方法3-2:押し倒され系(不用意な接触は避けましょう)

 背中が壁に触れると同時に、ライオン男は残りの距離を一気に詰めてきた。

 気づけばワタシの両手は右腕一本に抑え込まれ、口を左手で覆われていた。

 両脚もライオン男の脚で封じられている。必死にもがくけど少しも動けない。


「さて、どうするか。逃げられないように脚からいくか。それとも抵抗されないように腕からいくか。

 いや、それはもったいないな」


 顔にかかる息が酒臭い。

 さらに生臭さもあって気持ちが悪くなる。目に涙が浮かんできた。


「おお。泣いているのか。ということは、やっぱり痛み止めは飲んでいないんだな? ホステスどもはこういうとき、ちゃんと痛み止めを飲んでいる。

 せいいっぱい苦しんで見せてくれはするが、しょせん演技は本物にかなわない。

 おまけに痛み止めナシは前日予約の高額オプションだなどと。

 心配することはない。君も擬人ならこういう経験はあるだろう?」


 ないないない。どういう経験だよ。

 生きながらバラされるってこと? 首を振ろうにもがっちり抑え込まれていてどうにもならない。

 怖い。


「そうだな。よし。指を一本ずついってみるか」


 ライオン男は舌をのばすとワタシの指をベロリと舐めた。

 ワタシとライオン男のあいだでよだれが糸を引く。

 ワタシはさっきから全力で自由になろうともがいているのに、壁へ押し付ける力はますます強くなっている。


「お客様。おやめください」


ライオン男の向こうから聞きなれた声がする。ヘゲちゃんだ。


「誰だ?」


 ライオン男の頭が180度回転して後ろを向く。


「これはこれはオラノーレ嬢。私はこれからお楽しみなんだ。出て行ってくれ」

「お客様。彼女は接客スタッフではありません。

 そういったサービスがお望みなら、接客スタッフにお申し付けください。

 それにさっきから、個室でホステスや楽士たちが帰りを待っておりますよ。

 今日もずいぶん賑やかにしておられたようで。まことにありがとうございます」

「オラノーレ嬢。感謝するならここはひとつ、見なかったことにして帰って欲しいんだがな」

「たしかにアジュラマンナ様はいつも当店を贔屓にしていただいております。アシェトからもくれぐれも粗相のないように、と言われております。

 ですが、規則は規則です」

「そこで上得意には融通をきかせるのが商売ってものじゃないのかね? たしかに今、百頭宮はうちから融資を受けていない。

 しかし今後はどうかね? そのとき私も気分よく投資できるかどうか。どうだろうか。

 私はもし今ここで断られたら気分が悪いよ。面目丸つぶれだ。


 旦那様旦那様と呼ばれていても、しょせんはこの程度の扱いか。

 じゃあ、ということで今後は見晴らしが丘のほうに通うだろうね。

 ミュルス=オルガン一の投資家として付き合いは広いし接待も多い。

 そうした人と遊びの話になったときだって当然、ここのサービスについては正直に言うしかなくなる」


 つまりあれか。このおっさん、今後は商売の取引もしないしここへ通うのもやめるし、☆0みたいな評価を口コミまくると。

 しかしそんなちゃちな脅し、結露するほどキンキンに冷えた鋼の心を持つヘゲちゃんに通じるわけが──。


「そう。ですか」


 おや? ちょっと待った。引き下がるの? それって私の死亡確定よ? あ、でもこの娘ってば結構な社畜体質でもあるからなあ。

 たとえどんな結果になろうと、お客様の圧力には逆らえない、とか?


「これは、その。あまり当店としてもおおっぴらにお話ししたくはなかったのですが」


 ヘゲちゃんは珍しく、何かをやたら言いにくそうにしている。


「お客様はこちらの義人を弱い擬人、つまり乙種だとお考えですね? ですが、実際は甲種なんです」

「適当なことを言うんじゃない。それならとっくに私から逃れているはずじゃないか」

「それはお客様にお怪我をさせまい。失礼なことをするまいと我慢しているのでしょう」

「だとしても、だ。甲種ならなぜそれを隠す。言いにくいなんてことがあるか」

「言いにくい話というのはここからです。どうか旦那様もこのことはご内密になさってくださいね。

 彼女には一つ、困った癖があります。その身に危害が加えられると、反射的に手加減もなく反撃してしまうのです。

 甲種の擬人。本来ならば当店の目玉ホステスとして旦那様のようなVIPのお相手をさせていただきたいのですが、そういった癖のためにこうして矯正が終わるまで裏方をしているというわけです。

 お客様にもしものことがあれば、それこそ当店の名誉にかかわりますので」


 ライオン男の頭がぐるりと回ってこちらを向く。

 ワタシはなるべく強気の視線を向けようとするが、上手くできている気がしない。

 そのせいかどうか、ライオン男はいまひとつ、ヘゲちゃんの話を信じきれないようだ。


「それでは、証拠をお見せしましょう。どうぞ代わってください」


 そしてどうやったのかヘゲちゃんはワタシたちのあいだに入って、ライオン男の代わりにワタシを押さえ付けた。

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