方法3-1:押し倒され系(不用意な接触は避けましょう)

 診療所で殺されそうになりながら種を持ち帰ってから、一週間くらい経った。

 ヘゲちゃんからは「秘密を知られるたびに全員殺して回るわけにもいかないんだから」ってめっちゃ怒られたけど、他にあの状況でどうすりゃよかったのさ。

 そりゃまあ、ワタシだっていくら相手がド変態の悪魔でも、自分のせいで殺されたってことについては気が咎めるし、今後も積極的にこれでピンチを乗り切りたいとは思わないけど。

 ツノの抜き差しも超痛いし。


 ただ、無事に丸薬もできて目立った事件もなく、ワタシは順調にここでの暮らしに慣れてきていた。

 特に仕事に慣れてきたのがワタシとしては嬉しい。

 体が疲れにくくなってきたし、気分的にも楽になってきた。

 コツはやることをよく理解して、作業中はなるべく意識と体を切り離すようなイメージでこなすこと。


 検品、床掃除、皮剥き、千切り、配膳に火の当番などなど。

 まるで体が勝手に動いてるのを眺めてるような気分になれれば成功。

 まだそこまで上手にできるわけでもなく言われたことをどうにかやってるだけだけど、この先もやってける気がしてきた。

 人界に戻る? 転生の謎を解く? 何それ美味しいの? それとも儲かるの? ワタシにどうこうできるものじゃないからなー。

 とにかく今はここでの生活に集中してないと単純にアッサリ死ぬか、借金で身動きできなくなる。


 なんだよ護衛派遣費用って。

 ベルトラさんが医者のところまで一緒に来てくれたときのとだってのは判るけど、普通に考えてお金が発生するとかおかしいっしょ。

 業務外だって言うんならこちとら就業後の私用に付き合ってもらっただけだっつーの。


 アシェトに抗議したら謎のブラック経営者超ヒモっぽい理論を展開されたので、5秒で聞くのやめたった。それこそ向こうの思う壺かもしれないけど。

 その後の1時間くらいはベルトラさんの素晴らしさとかヘゲちゃんの可愛らしさについて考えることでアシェトの話は全編聞き流した。

 けっきょく、もう二度とこういうことはしないってことで話が勝手にまとまったからいいけど。

 いやよくない。

 こういうふうにスキあらばワタシに借金負わせようとするのはそろそろいい加減に辞めてほしいと心の底から真顔で思う。

 たぶん止まらないだろうけど。


 こっちに来てからやさぐれっぱなしだな。元々こういう性格だったんだろうか。

 こういうときはベルトラさんと話して癒やされるのが一番だけど、今はお客さん向けの料理や飲み物を出す第一厨房のヘルプに呼ばれていて居ないんだよなー。


 ワタシはモップで床を磨く手を止めて、あたりを眺める。

 いまはスタッフホールの清掃中だ。ここは食堂と繋がってるので、ワタシの担当になってる。

 さて、どうしようか。終わったらジャガイモの皮むきを頼まれてたんだっけ。

 こっちのジャガイモは伯爵とメーポールというのが一般的で、どちらもカボチャくらいある。

 おまけに芽の部分にトゲがあって、触手みたいにこちらへ絡みつこうとしてくる。

 そのくせ中身は普通にジャガイモで、むしろ人界のものより美味しいの気がする。


 ふむ。どうしようか。皮むきを終わらせてベルトラさんに褒められたい。

 けど、独りであの触手どもの相手はしたくない。


 迷っているとドアを開けて誰かがスタッフホールに入ってきた。

 頭がライオン、人間の体に派手なサーカスの団長みたいな服装の悪魔だ。


「うぅ……おぉ……いぇぁ……」


 低い声で呟きながらライオン男は何かを探している様子だった。

 やがて部屋の奥にいた私に気づくと、その顔が明るくなった。


「君が新しく入った擬人かね? 会いたかったよ!」

「違います」


 思わず即答する。


 だってこの人、どうも様子がおかしいんだもん。

 関わり合いになりたくない。

 そもそも誰だっけ。スタッフ全員の顔がわかるわけじゃないけど、たしかライオン頭は見たことあるような。

 あれ? ライオンの頭に人間の体だっけ。

 でも腕が八本あったような気もする。

 うーん。いろんな姿の悪魔がいすぎて、逆にどんな姿の悪魔がいるんだか憶えにくいんだよね。

 ライオン男は私の返答に驚いたような顔をして笑った。


「そういうジョーク、嫌いじゃないぞ」


 そしてワタシのほうへ近づいてくる。

 って、この人すごい酔ってる。

 足取りがフラフラでまっすぐ歩けてないし、体の方もぐわんぐわん揺れてる。


「お客様、ですか?」


いちおう聞いてみる。


「お客様ですか、か。ここで旦那様といえば私のこと、というくらい客も客、上客だよ。

 この街きっての投資家でもある」


最後に唐突なオレすごいっしょ? 系の自慢をぶっこみつつ、ライオン男はなおもゆっくり近づいてくる。

 そうかそうか。廃課金のお客様だったか。


「お客様。ここはスタッフエリアです。どうかお帰りください」


 いちおう客なら礼儀は尽くさないとね。

 ワタシはじりじりと後退しながらどうにか笑顔で告げる。


「そんなことぐらい知ってるよ。あのね。こういうとき便宜を図ってもらうために私がどれだけここの従業員へチップを払ってると思ってるんだ。

 今日だって大変だったんだぞ。警備員にスタッフアシスタント、第一厨房のやつら」


 ほほう。なにやら不穏なことを言っている。

 ひょっとしてベルトラさんが呼ばれたのって……。


 逃げたほうがいいんじゃないかと思った時にはもう遅かった。

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