方法2-4:はじめてのおつかい(生きて帰るを最優先に)

 歩いてみると部屋はロの字型で、エイバートの言うとおりどこにも出口はなかった。

 さっきの言葉を信じるなら、隠し扉みたいなものもなさそう。

 アイツの感じからすると、そんな脱出されるようなリスクは犯さないタイプだろう。


 ワタシはムダだと解ってても歩き回り、叫び、嘆き、怒り、脅し、哀願した。

 それが向こうを楽しませるだけだと理解してても、そうせずにはいられないのが人間というもの。

 ガリガリ爪で壁を引っかかなかっただけまだマシだ。

 もっと追い詰められたらやっちゃうかもしれないけど。


 だんだん座ってるのも辛くなってきた。

 さっきから体が火照るし頭も痛い。これが脱水症状かもしれない。

 今は初日みたいに感情が麻痺して、落ち着いた気分。

 あーこれ楽だわ。ワタシがこうなのか、人間こうなのか、このままなのか波みたいに寄せて引くのを繰り返すのか知らないけれど、助からないならこのままでいたい。


 そう。もうワタシは何も試すことなく、早くも諦めていた。


 だってそうでしょう。ワタシに特殊な力はない。並の悪魔ほどでもない。

 補うような頭の回転もない。

 人界にいたころはたぶんその他大勢、モブだ。ゲームで言うなら使い回しの顔面だ。

 普通の高校生とか言いつつその実すぐれた何かを持ってたりするラノベの主人公とはデキが違うんだよ。

 ポンコツかつボンクラ、略してポンクラとはワタシのことだ馬鹿野郎。


 魔界に転生してからたったの5日。こうして変態に見守られながら思い出せる記憶もなく死んでくのか。

 ベルトラさん、20分経っても戻らなかったら扉ぶち破って迎えに行くとか男前すぎること言ってたけど、もうそうしてるのかな。

 でもワタシは見つけてもらえないままここで死ぬんだ。死んでそして──。


 あ、そうか。そこまで考えてようやく気づいた。

 というか今まで思いつかなかったワタシはホントどうしようもないな。

 いやでも、うーん。…………まあ、死ぬよりマシか。


 ワタシは壁にもたれかかりながらどうにか立ち上がる。

 ベルトラさんが突入してたらアウトだ。急がないと。


「エイバート! 聞こえてるんでしょ?」

「ええ。聞いてるどころかそちらの様子はずっと見てますよ。

 さらに温度、湿度、ニオイなんかも把握して私にフィードバックされてます。

 まるであなたのすぐそばに居るようだ。

 もちろん記録も採ってますからね。いつでも追体験できます。

 で、どうしました?

 さっきから動かないんでこのまま終わりかと、少し残念に思ってたところです」


 普通ならドン引きするところだけど、今は違う。ふふふ。聞いて驚け見て死ね。


「じつはワタシ、人間なの」

「ほほう。匂いもしないし魂も見えませんが。興味深いですね」


 このヤロー。ビタイチ信じてないな。

 やけ起こしたとでも思ってるんだろう。


 ワタシは両手で左右の角をつかむと一度大きく深呼吸して、一気に引き抜いた。

 激痛と不快感、けど、刺すときほどじゃない。

 それでも一瞬、気が遠くなる。

 なんだか足のあたりがじんわりと生温かくなったような気がするけれど、気のせい気のせい。


 そして──こうかはばつぐんだ! ワタシを見ていたエイバートが息を呑む。

 魔界で人間と接したらどうなるか、というのはわりと知られてるらしい。

 接触した全員を危険にさらす。まるで歩く疫病にでもなった気分だ。

 ともあれ、今回はそれに助けられた。


「魂が見えるでしょう? ワタシが死んだら魂は解き放たれる。

 ヌル化による、えーと、ヌル化によるなんか放射? もあるし警察や天使がこれを気づかないことの方を試して賭けてみる勇気はある?」


 今にも力が抜けそうな膝へむりやり力を込める。

 なんか日本語がおかしいけどまあいい。ワタシとしては喋れてるだけでも上出来だ。



 出してもらったワタシが応接間の床に倒れ込むのと、扉を破壊したベルトラさんが突入してくるのとはほぼ同時だった。

 ヒューッ、間一髪だったゼ。

 そしてベルトラさん、なんというヒーロー的タイミング。


「おい、どうした! テメェは動くんじねぇぞ!」


 ベルトラさんはエイバートを視線だけで牽制しながらワタシを抱き起こす。

 ぶ厚い服の布越しにも太い腕の筋肉が感じられて、自分でも意外なくらい安堵する。

 ベルトラさんカッコイイ……。


 すっかりビビッて「もう来ないでください、許してください」と繰り返すエイバートの前でワタシは何があったのかをすっかり話し、そのまま気を失った。



 目覚めるとワタシは応接間のすみにある横長のソファに横たえられていた。


「起きたか」

 あぐらをかいて床に座っていたベルトラさんは立ち上がると、テーブルの上の水を渡してくれた。

「ゆっくり飲め」

「エイバートは?」


 ワタシは見回す。警察にでも連れてかれたんだろうか。少し頭がぼんやりする。


「アイツはおまえを殺そうとした。そして、秘密を知った。

 ところで、この家の仕掛けってのはなかなか良くできてるな。

 百頭宮の新しい刺激的なアトラクションに使えるかもしれない。

 ま、そんなところだ」


そう言ってベルトラさんは凶悪な歯を剝いて笑った。

 さすがのワタシも、それで何があったかは判った。あのド変態にはふさわしい最期だ。


 帰り? もちろんベルトラさんにツノを刺してもらって帰った。

 魂丸見えじゃ外なんて歩けないしね。


 刺すときは力を入れすぎたベルトラさんの拳が頭にぶつかって気絶しかかった。

 そしてあまりの痛みと気持ち悪さにまた吐いた。もうワタシ、ゲロインでいいや。いやよくない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る