方法2-3:はじめてのおつかい(生きて帰るを最優先に)

 目的地にようやく到着。三階建ての地味な建物だ。

 入口には「エイバート診療所」の文字。

 うん。ここだ。

 なんでもこの街で最古参の信用ある病院らしい。

 珍しい「悪魔の病気」を診察できる数少ない病院の一つでもあるとか。

 そりゃまあ悪魔が病気に掛かるとか想像しにくいわな。

 そういうことがあるって方が驚く。

 ベルトラさんとはここでお別れ。ワタシ一人が中に入る。


 先にラズロフから連絡してもらってたおかげで、ワタシはあっさり応接間に通される。

 そこまで案内してくれたのがここの主人、エイバートだ。

 どうも独りきりらしい。

 どうした名門。大丈夫か。

 でも考えてみたら、この世界で医者って需要の少ないニッチな職業なのかも。


 エイバートはドブネズミの顔にウナギの顔を混ぜて後足で立ち上がらせ、全身の毛を剃ったような姿だ。

 目も少し飛び出し気味でなかなかグロい。

 どうした信頼と実績。がんばれ!


「お待ちしてましたよ。アガネアさん」


 会うだけでこんな嬉しそうにしてくれるなんて、ワタシも嬉しい。

 ごめんウソ、ちょっと引く。


「そちらでピンディバァイの種が必要だそうですね。

 もちろん百頭宮のお役に立てるなら喜んでお譲りしますよ。

 薬種を漬け込んだお酒の開発ですか。いやはや、楽しみです」


 ペラペラと調子のいいことを喋りながら、エイバートは机の引き出しから袋を取り出す。


「種はこちらに、ご心配なく」


 が、渡しやがらない。


「私は擬人が好きなんですよ。いつか乙種を所有してみたいですね。

 しがない町医者では夢のまた夢ですが。

 ちなみにあなたは甲乙どちらです?」


 甲乙というのは擬人の種類で、非常に強力なほうを甲種、非常に弱い方を乙種と呼ぶ。

 甲種は政治家や実業家、そのほか権力者が多い。

 乙種は激弱なので、たいていは扱いのいい有力者に囲われている。

 乙種擬人を従えるのはステータスなんだそうな。


 そして、目の前のエイバートみたいな愛好家もいる。

 もちろん全部、解説大好きベルトラさんの話してくれたことだ。

 けどたしか、初対面で甲乙どちらか聞くのはマナー違反だったような。

 こいつひょっとしてコミュ障か?


「さあ、どちらでしょうね?」


 ワタシは謎めいた微笑を浮かべて曖昧にかわす。

 と、そこでフードをかぶったままだったことに気づいた。せっかくのスマイルが。


 焦ってることを悟られないよう、ゆっくりとフードを外す。

 エイバートはそんなワタシをまばたきもしないでじっと凝視してる。

 「すべてこの目に焼き付けるんだ」という強い意志が感じられてキモいです。


「素晴らしい。小さなツノがあるものの、これは髪で隠せるくらいですね。

 そうしてしまえば完品の擬人だ」


 エイバートはそのまま動かなくなった。ひたすらウットリした顔でワタシを見てる。


「あの、そろそろ?」


 ワタシの声で我に返る。

 自分の世界に入ってたみたいだ。バグってフリーズしたかと思った。


「ああ、失礼。あまりの素晴らしさに、つい。

 そうそう。長いあいだ大秘境帯に居たそうですが、あなたのような方がまたどうして。

 それに、なんだって戻って来たんです?」


 一番聞いちゃいけないことを聞くねこの人は。

 そこは設定がまだフワッとしてるのに。

 ワタシはさっき披露しそこねた謎めいた微笑を見せる。

 こんな時のために寝る時間を削って鏡の前で練習したのだ。


 ワタシが答えないでいると、エイバートは勝手に話しだした

「やっぱり俗界に嫌気がさしたとか? そりゃそうでしょうね。

 甲種なら力を頼って凡人がすり寄ってくる。

 乙種ならしゃべる装飾品扱い。誰だって嫌になりますよ。

 まったくああいうのは許しがたい」


 人のことほぼ完品だの所有したいだの口走っといてよく言うな。


「では、そろそろ?」


ワタシは手を差し出す。


「おお。これは失礼。あまりの素晴らしさに、つい」


 それさっきも聞いた。


 ワタシはエイバートから袋を受け取ると、中を確認した。

 種っぽいものが入ってる。少なくとも小石とかじゃなさそう。


 ワタシはエイバートに促されて廊下へ出た。

 背後でドアが閉まる。

 振り返るともうそこにドアはなく、ただ廊下が続いていた。


「驚いたでしょう。この屋敷にはちょっとした仕掛けがありましてね。

 というのも、私のもう一つの趣味は悪魔が衰弱死していくのを観察することなんです。

 そこで特に気に入った方はここへご案内するわけです。

 もっとも、そうしょっちゅう私の目にかなう悪魔なんていませんし、あんまり頻繁だとバレますから滅多に楽しめないんですが」


 どこからかエイバートの声がする。


「たとえあなたが甲種でも、そこから自力で出ることは無理です。

 そしてここがこの仕掛けのもっとも苦心したところなんですが、たいていの悪魔はその部屋にいるとゆっくり衰弱していきます。飲まず食わずの人間みたいに、ね」


 スーッと手足の先から冷たい感覚に襲われる。最悪だ。


「そんなことしたら百頭宮から報復される。解ってるでしょう!?」

「あなたは確かにここへ来て種を受け取り、出ていった。そこから先どうなったかは私にも判りませんね。

 たとえこの屋敷をくまなく調べたところで何も見つけられません。万事抜かりないというわけです。

 今日は休診にしておいたんです。あなたのことをじっくりと観察しましょう。

 ああ、時間の流れを調節しますかね。しかしもったいない気もする。悩ましいですね。

 それでは」


 それきり、いくら呼びかけても返事はなかった。

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