方法2-2:はじめてのおつかい(生きて帰るを最優先に)

「他の店だとか、そういったところにはないの?」

「この地方で病気用にしか使えない薬種も扱ってるのはウチだけです。

 悪魔は滅多に病気をしませんからな」

「医者の所にはないのか?」

「ですから私も買った医者の所へ相談に行ったんです。まだ残ってるという話だったので。

 他にもありそうな所はあちこちあたったんですが空振りでしたし。

 本来なら一度売ったものを買い戻したいなんて許されることではありませんが、事情が事情ですからな。

 恥をしのんで頭を下げました。

 ところが、です。売るのはイヤだと言うんですな。どうにも承知してくれない。

 しかたがないので、その」


 そこでラズロフは言いにくそうに言葉を切った。


「どうした?」


 アシェトが促す。普通の口調なのに、なぜか逆らえない雰囲気がある。


「じつは……ああ、勝手ながらこちらの名前を出させてもらいました。この街で百頭宮と敵対したいという者はいませんからな。

 もちろん本当のことを話したわけじゃありません。

 今度、百頭宮でいろいろな薬種を漬け込んだ酒を売り出せないかと考えている。

 ついてはその試作に使うんだ、と。

 実際、ピンディバァイの種の中身には独特の風味がありましてね、産地ではそれを酒に混ぜて飲むといいます。

 美味いものじゃないそうですが」


 そこでラズロフはアシェトの様子をうかがう。アシェトはうなずいた。


「するとそれまでの態度が一変。

 あそこには最近、擬人の女が入ったと聞く。

 一度会ってゆっくり話してみたいから、その女が一人で取りに来るのなら残りは差し上げましょう、とそう言うんですな」


 話してる途中でワタシをチラッと見てたから、ヤな予感はしてたんだよなー。



 ワタシのことは街の人たちにも知られていた。

 目覚めた翌日、ミュルス新報という地方新聞に小さい記事が載ったからだ。

 見出しは“ミュルス・オルガンにあらたな擬人! 300年ぶり”。

 休憩中に新聞を読んでたベルトラさんが見つけて教えてくれた。


 内容としてはアシェトが夕礼で話していたことだけだったけれど、その詳細不明さがかえって興味を引いたみたいで、百頭宮にはインタビューやら会いたいやら、いろいろ話が来てるらしい。

 もちろん、あまり表に出るとウソがバレやすくなるわけで、そういった話はすべて断っているというけど、とにかくチヤホヤされたい、じゃなかった胃が痛い。

 みんながワタシに会いたいだなんてねぇ。いやホントそんなワタシなんてつまらないですよフフフ。

 記事になった理由は簡単で、スタッフの誰かが客として来ていたミュルス新報の記者に喋ったから。

 アシェトは、“あえて口止めしなかったからな。変に隠そうとするよりゃいいだろ。そのほうが勘繰るヤツが出てきて厄介だ”と言っていたけど、ワタシの中では「口止めするの忘れてた疑惑」が根強い。


 というわけでその日の就業後。

 仕事明けでヘロヘロのワタシは今、魔界の街を歩いています。

 薬の材料をもらいに行くという、まさに「はじめてのおつかい」状態。


 少し離れたところを護衛のベルトラさんが撮影スタッフみたいについてくる。

 こういうときはなんとなくヘゲちゃんが来そうな気がしていたので、ちょっと意外だ。

 ひょっとしてワタシ、ヘゲちゃんと親しくなるどころか嫌われてる?


 しかし嫌いは好きの裏返し。

 無関心はどうにもならないけど嫌いはいずれ陰陽反転して「好き好き大好き超愛してる。」になるはず。

 今の調子なら反転したとき極まってヤンデレ化するルートまで視野に入ってる。

 あれ? つまり今はそうとう嫌われてるんじゃね?


 そんなヘゲちゃんだけど出る前にナビゲーターを貸してくれた。

 “道に迷われても迷惑だから”なんて言ってたから、“いまちょっとデレた?”と尋ねたら無言でぶん殴られた。

 これはかなりワタシへの遠慮がなくなってきている兆候なのでは!?


 ナビゲーターは進む方を示してくれるコンパスみたいな道具だ。

 おかげで道に迷うことはない。まあ、それでも一回迷ったけど。

 だって道が複雑に曲がりながら絡まりあってるんだもん。

 進行方向を示すだけじゃなくて地図とかも出してくれなきゃ。


 魔界の街は「19世紀末ロンドン」というか「コープス・ブライド」だっけ? あんな感じだった。

 石で舗装された道の両側に、これも石やレンガ、漆喰でつくられた建物が密集してる。

 あたりは霧が出てて、夕暮れの深まる闇に街灯の明かりがぼんやり光ってる。


 百頭宮は街はずれの高い丘の上に建っていて、そこからゆるゆる下ってきた。

 丘の上といってもすぐそこまで建物が迫ってるから見晴らしは良くなかったけどね。

 こちらの感覚では朝にあたる時間帯。

 人通りは多くて、それこそバラバラな外見の悪魔が歩いている。

 全体ではなんとなく人型っぽいシルエットの悪魔が多いのかな。


 ワタシは目立たないよう顔を覆うフードをかぶっていた。

 目の部分にだけ穴が開いてる。それにゴワゴワの作業着みたいな服装だから不審者度マックスなんだけど、こんな悪魔たちの中ではそんなに浮いてない。

 むしろ素顔のまま歩いてたほうが目立つと思う。ほらワタシもう有名人だから。


 そうこうしているうち、とうとう目指す建物が見えてきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る