方法2-1:はじめてのおつかい(生きて帰るを最優先に)
左右どちらを見ても真っ白い壁と天井にモスグリーンのカーペット。
どちらも10メートルくらい先で直角に曲がっていてその先は見えない。
窓もない。ドアもない。こんな廊下がつながってるだけの空間。
座りこむワタシ。壁に背をあずける。
おなかすいたのどかわいたトイレ行きたい。
くたくたなのに目を閉じても明るすぎる照明のせいで寝られない。
もうかれこれ何時間? まだ数分? 時間の感覚がおかしい。というか、おかしいのはこの状況。どうしてこうなった。
ワタシが魔界に爆誕してから4日が過ぎた。
初日は結局あのまま余ってるという従業員部屋までヘゲちゃんが案内してくれて、ベッドと小さな棚があるきりの狭い部屋で気絶するように寝てしまった。
“明日の準備はあたしがやるから、おまえはもう休め”というベルトラさんのありがたい言葉だけが救いだった。
ヘゲちゃんは“ゲロの臭いがするから近寄らないでね”とか言ってたからベルトラさんの好感度がさらに際立つ。
さすがはワタシ的上司にしたい悪魔ランキングナンバーワン。いやもう上司だけど。ちなみに最下位はアシェト。
割り当てられた部屋は両隣が空き室で、向かいはベルトラさん。
さらにその両隣は誰か住んでるようだけどよく判らない。
ちょっとした私物置き場兼寝床みたいな部屋で、かろうじてシャワーだけの狭いユニットバスがついてる。
普通なら風呂トイレは共同でもう少し部屋を広くすると思うんだけど、悪魔の考えることはよく解らない。
ユニットバスの壁には鏡があって、そこでようやくワタシは自分の顔を見た。
ひょっとして何か思い出すかも、なんて期待してたけどそんなことはなく、そもそも人界と同じ自分の顔かどうか確信が持てないくらいだった。
気になる顔面偏差値はというと、うん。この話はこれくらいにしておこうか。
主に目にする人間の顔がアシェトとヘゲちゃんという規格外の二人だからだと思いたい。
あれに比べればね。よほどの宝石でも石ころですよ。ええ。
5日目ともなると少しは慣れたかというとそんなこともなく。
ようやくゴワゴワした服×5を手に入れただとか歯磨きセットを手に入れただとか、すべて立て替えで給料から天引きとか言われたけれど最低限の生活用品は揃ってきた。
ただ仕事は余裕でまだ辛い。
ベルトラさんがフォローしてくれてはいるけど、毎回最後の方は魂が口から半分出てるような状態で、それでも体は勝手に動くんだなあ、生命ってすごいなあ、と変な感心をしたりもした。
ベルトラさんは本当にこの仕事が好きみたいで、ワタシが入ったことを喜んでくれていた。
それまでは盛り付けまで先にやっていたので、どうしても時間の経ったものを出すしかなかったのが不満だったらしい。
さすがに百頭宮の悪魔たちも初日ほどワタシに興味はなさそうで、その点はずいぶんマシになった。
ただ気にはなるのか廊下を歩いてたりすると遠巻きにこちらを見てるなんてことはあった。
カエル男のラズロフがやって来たのは、ひととおり作業を終えてみんなが食事に来るまでの休憩時間中のことだった。
その時間はベルトラさんとゆっくりできるので、ワタシにとっては数少ない癒やしタイム。
できれば別の時間に来てほしかったけれど、それはそれで仕事が雪だるま式に後へ押していくのでしょうがない。
「丸薬のレシピはありましたか?」
どこからともなく現れたヘゲちゃんが尋ねる。
この人、どうも全員の死角から現れるというスキルを持ってるらしい。
「で、どうだった?」
入り口からアシェトもやって来た。
今日はダークブルーのイブニングドレスを着ている。
「ええ。見つけましたよ。ワタシが記憶してなかったのも無理はない。
台帳には載ってない、いわゆる口伝の薬だったんです。
おかげで地下の先代たちから聞きだすハメになり、優秀な弟たちが5人も失われてしまいました……」
ラズロフは目頭を押さえ、うつむく。
いくら悪魔でも家族が亡くなれば辛いどころじゃないだろう。私だって気の毒に思う。
「しかしレシピは手に入りましたし、製法が込み入ってますがどれも安価で手に入れやすい材料ばかり。
ただ一つ問題があります。そのうちの一つが、ないんです」
「ない?」
ヘゲちゃんに向かってラズロフはうなずく。
「ピンディバァイという木の種なんですが産地が限られているうえ、まず売れないものなんで、うちも在庫が少なかったんです。
ところが少し前にそれもとある医者に売れてしまいましてね。
発注はしてたんですが収穫期直前だとかで納品までどんなに急いでも1ヶ月は掛かると」
粘液の効果があと5日ほど。種の入荷を待ってたら間に合わない。
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