方法1-7:なあこれどーすんだ?(まずは身バレを避けましょう)
少し離れたところでは魔界製の業務用食器洗い機がフル稼働していて、どこかから呼び出された人型の黒い影たちが担当してくれている。
食器洗い機の「付属品」だそうな。これで皿洗いまでさせられてたら心が折れてたと思う。
両手で耳をふさいで目を閉じてその場にしゃがんで、二度と立ち上がらないレベル。
「お疲れさん。初めてにしちゃ上出来だ」
ベルトラさんがワタシの横に何か置く。見ればさっきまで自分が配りまくった夕飯だ。
ちなみに今日のメニューはなんかのグリルとマッシュポテトみたいに見える何か、マカロニみたいなのが浮いた何らかのスープとパンだ。あとサラダ。なんの野菜かは知らん。
食べてみると、これがどれも美味しかった。
味付けはほとんど塩コショウだけみたいだけど、焼き加減や調理方法、バランス、素材が持つ味を活かすとか、そのあたりが上手いんだろうか。思わず夢中になるくらいだ。
気づくと山盛だった皿はすっかり空になっていた。
「さて。食べたし明日の準備をするぞ」
ベルトラさんはお皿を重ねると手にとって立ち上がった。
「本当にやるんですね……」
「明日すぐ調理にかかれるよう、ちょっと準備しておくだけだ」
「そういうのって魔法でどうにかならないんですか?」
ワタシも皿を重ねて持つと立ち上がった。
「ベルトラには前任者がいたの」
いきなり話しかけられて、驚いたワタシは皿を落としそうになった。
見ればどこから現れたのかヘゲちゃんが立っていた。
「前任の彼は調理や配膳、片付け、担当エリアの警備まで魔法で自動化してたの。ひと月くらい様子を見てたけど、彼は空いた時間でブラブラ遊び歩くだけだった。だから言ったの。“どうもこの仕事は好きじゃないみたいね。けど、今ウチで他にやってほしい仕事はないから、あなたはクビ”と」
ルーチンワークを効率化しすぎてクビになる。どっかで聞いたような話だ。でも。
「そんなことができるなら、他の仕事も魔法で効率化してもらったらよかったんじゃないの?」
まさかのタメ口に、ヘゲちゃんはわずかに頬を引きつらせた。デフォルト無表情キャラみたいだからこれは珍しい。ヤバいとも言う。けどやっぱり見た目10歳そこそこの美少女に敬語で話すのはやりにくくて。
あとほら、親しくなりたいって気持ちの表れだと思ってもらえるとオネーさん嬉しいな。まあ現在ヘゲちゃんは殺る気満点の冷たい目でこちらを見てるわけですが。愛が。愛が伝わらねー!
「言ってる意味がわからない」
凍てつく視線からの理解拒絶コンボ。ヘヘっ、ゾクゾクしてきやがった。風邪かなあ。
「つまりですね。業務改善担当にでもなってもらって、魔法であれこれ自動化してもらえばよかったんじゃないでしょうか?」
ワタシはっ、対話をっ、諦めないッ! というわけで敬語にしてみた。
「??」
ヘゲちゃん、本当にワタシの話が理解できてないっぽい。
ヤダなにこの娘。社畜的な考えしか理解できない社畜脳なのかしら。
まあここのボス、限りなくブラック経営者っぽいアレな言動だしなあ。すでに洗脳されてんのかも。
効率化とサボりの区別がつかない世界へようこそ。
「つまり、だな」
ベルトラさんが間に入る。
「接客以外ここの仕事はほとんど魔法で自動化できる。普通の悪魔ならわりと簡単に。オマケに前のヤツの魔法はそんなに質も高くなかったらしい。警備にしても結界と自動通報、迎撃型の罠魔法の組み合わせで、これは残ってたのをアタシも見たんだが、まあチャチなもんだった。じゃあなんでちゃんとした品質の魔法で自動化しないかって言うとだな。アタシらがわざわざ働いてるからなんだよ」
ああ! 人類の最後の良心、希望の星であるベルトラさんまでもが社畜脳に感染してたなんて!
「ただ存在するだけなら悪魔は働く必要も、食事や睡眠なんかも必要ない。なんなら数百年くらいその辺にボサっと突っ立ってることだってできる。けど毎日の生活習慣を作って、日常を続けることでメリハリを持つことが大事なんだよ。でなきゃ数千年も生きてるうち、その膨大な時間に押し潰されちまう」
ベルトラさんは言葉を切って、私が理解するのを待つ。
「型にハマった“やること”が必要なんだよ。全員無目的、やることも無いじゃあ社会としても成り立たない。そこには生活がないんだからな。アタシだってそうさ。料理も厨房を回すのも好きだし、酔ってスタッフエリアに入り込んだお客やら向こう見ずで馬鹿な押し込み強盗をつまみ出すのも好きだ。そうやって毎日をやり過ごして、その積み重ねが生活になって、アタシを支えてくれてる」
うーん。ベルトラさんなにげに知的なんだよな。丁寧に説明してくれるのも、親切っていうより説明好きだからってことみたいだし。
ただ、おかげで言いたいことはわかった。
目標もなく何も作れず、腹も減らないし敵も湧かないマイクラを数千年やれって言われたら辛いとかそういうことでしょ? たぶんヘゲちゃんにとってはその辺の前提が当たり前すぎてワタシの言葉が理解できなかったんだろう。
ヘゲちゃんはあれかな? 少し残念な娘なのかな? いや、ベルトラさんの洞察力が高いのか。
「で、ヘゲちゃんはなにしに来たの? ワタシたちこれから明日の準備で忙しいんだけど」
またヘゲちゃんの頬がひきつる。今度は2回も。自己ベストだ。
「アシェト様の話を補足しに来たの。設定にボロが出ても困るでしょう」
得意げに無い胸を張る。
「それ後でベルトラさんに聞こうと思ってた」
頬がまたピクッとしかけて、おー、耐えてる耐えてる。顔にすごい力入ってる。
「ベルトラはあなたの教育係じゃないのよ」
ヘゲちゃんにブラック上司の片鱗が見える。オネーさんそういうの感心しないなあ。
ベルトラさん、ワタシの面倒見るように言われてなかったっけ? いまここでそれ言うと面倒臭くなりそうだから言わないけど。
「あなたと話してると脱線ばかりで前に進まないわ。いい? まず擬人。これは自然な状態で人間と同じか、ほぼ同じ姿の悪魔。途方もなく強力か、どうしようもなく弱いかのどちらかで、いずれにしても希少な悪魔よ」
それで注目されてたのか。
「なら、もっと普通の悪魔に変身させてくれてたら楽だったんじゃないの?」
「んー。たとえば幻術であなたにカラスのクチバシを付けたとしましょうか。その場合、あなたは水を飲むときどうする?」
「どうって、こう」
ワタシはコップを口に持ってく動きをする。
「それだと他の人にはあなたの手とコップがクチバシを突き抜けて見えるでしょうね。逆にクチバシの位置でコップを傾ければ、水がクチバシを抜けて下へ落ちていくように見える」
なるほど。作りの甘いCGみたいだ。
「おまけに幻術はある程度力ある悪魔には通じない。そういう悪魔に見破られたら擬人が正体を隠してるようにしか思えないから、よけいややこしい状況になる」
「いちおう変化といって肉体を作り変えるタイプの変身もあるが、人間なら骨や筋肉、血管や神経を破壊しながら作り変えることになるから、普通は痛みでショック死するか、完了前に失血死する。仮に成功してもまたやれば死ぬ可能性は高いし、なにより二度とやる気にはならない」
ベルトラさんが付け加える。さすがベルトラさん、マジ解説キャラっす。
「つまり、シンプルに擬人のフリするのが一番いいわけよ。次にドゥナム=ンフの大秘境帯だけど……」
「それ、まだ長いの? できれば紙にでも書いといて欲しいんだけど。あとで読むから」
「……大秘境帯は魔界のほぼ反対側にある広大な針葉樹林」
あ、スルーした。
「ごく少数の悪魔が散らばって世捨て人みたいな暮らしをしているらしいけど、他には誰もいないし生き物もいない。たぶんここで実際に行ったことのある悪魔はほとんどいないんじゃないかしら。だから誤魔化しやすいんだけど」
そんな場所から来た謎めいた希少な悪魔(美少女であることを願う)。
そりゃみんな気になっちゃうよね。しょうがなかったのは解るけど、正体隠して暮らすには目立ちすぎる設定のような気が。
「昔のツテについては、えーと、どういうツテかというと、まあそれくらい適当に話を合わせられるでしょ」
急にポンコツモード入ったな。そこいちばん話がブレそうなんだけど。
「こんなところかしら。他に気になることは?」
大丈夫、と言おうとしたところで何か熱くて刺激の強い塊がノドの奥を駆け上がってくる。
ワタシはとっさに口を手で押さえて走る。
どうにか側溝まで行くと、そこでリリース。みごとリバース。
はい。吐きました。いま吐いてます。
走ってるとき指の間から少し漏らしてたのは秘密な。
空っぽの胃に肉の脂なんかがダメだったんだろうか。
あるいは心労かストレスか。って、どっちも一緒かえろえろえろ。
「さっきも吐いてたし。吐きグセのあるヒロイン。……ゲロイン?」
「いや、ヒロインじゃないでしょう」
そんな二人の会話が聞こえる。吐きグセってヒドい言われようだ。
こうして魔界初日はゲロのニオイとともに終った。最悪だ。
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