方法1-6:なあこれどーすんだ?(まずは身バレを避けましょう)
ワタシの居た部屋、スタッフホールの隣はこれも広い食堂だった。
ずらりと並んだ長テーブルの周りを椅子が囲んでいる。100人くらいは余裕で一度に食事できそう。
その奥がカウンターで仕切られていて厨房になっている。
さっそく何か仕事があるのかと思ったらもう準備は終わっていて、ベルトラさんは丁寧に食堂や厨房のこと、どこに何があるのかやここでの食事の流れ、一日のスケジュールなんかを説明してくれた。
そのあたりを理解しないで手伝ってもらっても足手まといだしな、とか言ってたけど、その心遣いが真の漢だとおもいました、まる。
説明を受けているとだんだん隣のホールがにぎやかになってきた。
といっても騒がしいわけじゃなくて、誰もがコソコソ話してるみたいな感じ。
いよいよ全体朝礼が始まる。
「では、時間もありませんしアシェト様どうぞお話ください」
ヘゲちゃんの声だ。大声でもないのに不思議とよく通る。
部屋が静かになった。ワタシたちは食堂の入口まで移動した。
広いホールいっぱいに異形が立っていた。
“これコンビニ本の悪魔図鑑とかで見たことあるやつだ!”みたいなのはいなくて、「悪魔の軍勢」とかで描かれてるモブみたいな多種多様なのが集まっている。
心の準備はしてたのに、それでもワタシは本能的な恐怖で膝が震えた。緊張で胸も苦しくなる。
みんながヘゲちゃんを見ていてこっちに気づいてないのは幸運だった。
「あー。みんな開店前で忙しいとこ悪いな。今日から新しく来たヤツを紹介したい」
ベルトラさんがそっと背中を押す。
ワタシは一瞬だけためらってから歩きだした。
後ろをベルトラさんがついてきてくれる。
それだけでもうトキメける。
ワタシたちが前まで行くと、ざわめきが起こった。
「今日からベルトラの下で働く、擬人のアガネアだ。永らくドゥナム=ンフの大秘境帯にいたから、街の暮らしには慣れてない。私とこいつには古いツテがあって、ウチで面倒見てやることになった。よろしくしてやってくれ」
だいたい何がなんだかわからないけれど、こういうときに言うことは決まってる。
「よろしくお願いします」
頭を下げる。以上。完璧。
「それではこれで、全体朝礼は終わり。みんな、よい一日を」
ヘゲちゃんの言葉で解散になった。みんなワタシの方をちらちら見ながら部屋を出ていく。
それから数時間後。食事をしに来る悪魔たちで食堂は混んでた。みんながワタシを見てる。話題にしてる。自意識過剰とかそういうことでなしに。
ヤダ、ワタシったら人気者!?
……ある意味な。
などとセルフつっこみを入れながら、ワタシはひたすら皿に焼きあがる肉を載せ、鍋からスープをよそい、そのほか今夜の夕飯セットを揃えて渡すマシーンと化すことに徹していた。
料理はどれも盛るばかりの状態でどんどん追加される。
ただ動きが早すぎるのとコッチが忙しすぎるのとで、背後で動き回るベルトラさんの気配はあるもののその姿は見えない。
気づくと目の前の盆に焼きたての肉が山盛りになってたりしてて驚かされる。
にしても本当に他人の視線って刺さるんですね。手許だけ見てても感じる。
そういえばワタシってどんな顔してるんだろ。こっち来てから鏡見てないうえに記憶なくしたおかげで自分の顔が判らないんだよね。
っていつの間にか付け合せのマッシュポテト補充されてる。
結局、あのあとは説明の続きを聞いて今日の配膳について話を聞いてシュミレーションまでさせられて正直それってやりすぎじゃないかと思ってたんだけど今はマジ感謝してます。
我ながらよく捌ききれてると思う。
悪魔の波が寄せては返し、寄せては返しエンドレス配膳地獄をどうにか乗り切れてるのはベルトラさんのおかげっす。
百頭宮は夜明け開店の夕暮れ閉店。悪魔は夜行性なので、ちょうど人間とは昼夜逆転してる形。“夜の商売”が魔界では“昼の商売”なので営業時間が日中なのだ。
それでだいたい10時から13時くらいの間に手の空いたタイミングでみんな食事をしに来る。
つまり途切れることなく3時間くらいこの調子。
ワタシたちがいるのはまかない用の第二厨房で、客用の料理や飲み物をは上にある第一厨房が担当してるんだとか。
そっちは開店からマックスで閉店までフル稼働な真の地獄らしい。
ワタシにはここでも充分忙しいけど、昨日までベルトラさん一人でどうやって回してたんだろう。
「アガネアが来てくれたおかげで焼きたて、できたて、よそいたてが食わせてやれるからいいな!」
ベルトラさんの声が聞こえる。
心の底から嬉しい楽しい大好きってな感じで、はあ、よかったっすね。
悪魔たちは食事を受け取るときにまずじっとこっちを間近で観察し、席に座れば食べながらコソコソと、あるいはおおっぴらにワタシについて話している。どうしてこんなに注目されてるんだろ。あとでベルトラさんに聞いてみよう。
ようやく最後の一人に食事を出し終えると、緊張が切れてワタシはその場にへたり込んでしまった。
疲れが足先から頭の上まで一瞬で這いあがり体が重くなる。
「ほら、そこ座れ」
ワタシはベルトラさんに言われるまま、ヨロヨロ立ち上がると調理台の脇にある簡素なテーブル席に座った。そのままぐったりとテーブルの上に突っ伏す。
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