方法1-5:なあこれどーすんだ?(まずは身バレを避けましょう)
手にしたツノを見ながら、ラズロフが言う。
「昔の悪魔が契約者を地獄めぐりなんかに連れてくとき、余計なトラブルを避けるためのカモフラージュに使ってたんでしょう。この青い方を頭に刺せば他の悪魔からは魂が見えなくなります」
やっぱり! ワタシは身をよじって逃れようとするけれど、いつの間にかベルトラさんの手は左右からワタシの頭をがっちりホールド。
粘液で滑るはずなのに身動きできない。
「無理ムリ無理死んじゃう! ダメ! イヤヤメて! ちょっと、離して。はーなーしーて! 頭おかしいんじゃないの? と、こ、あの、あーもうクソっ」
いやー。人間命の危機になると恥とか恐怖とかなくなるね。ワタシの口からあふれ出る哀願と罵倒の数々。
なんか涙と鼻水も“助けに来たぜっ”て感じで出てきた。グチョドロの極み乙女。
「安心しろ。おまえさんに死なれて困るのはこちらも同じ。殺すようなことなら最初からやらんよ。……まあ、痛いかもしらんが」
なんだろう。この人さっきと様子が違う。
……興奮してる? もしそうならちょっと、いやかなり引く。
やっぱまともなのはベルトラさんだけなのか。
ラズロフは両手に1本ずつ杭をかまえると、思いっきり頭の左右てっぺんに突き立てた。
「ガッ、ぎ、いあぁァァァァああアッ!」
激痛。全身が骨の内側から掻きむしられるような。そして内臓や血管の内側を虫が這い回るような不快感。ミシミシと音が聞こえるけど、なんの音だかわからない。
そしてワタシは意識が飛んだ。
目覚めるとワタシは横になっていた。体を起こす。
さっきと同じ部屋だけど誰もいない。テーブルを二つつなげた上に寝かされてたみたいだ。
おまけに服も着せられていた。やたら生地の厚い丈夫だけが取り柄みたいなシャツとズボン。作業着みたいだ。着心地はよくない。
痛みと不快感は消えていた。
おそるおそる刺されたところに触れると、あった。小さな突起が二つ。自らの存在を主張するように、硬く尖っている。そっと指で押してみても、とくになにも感じない。
って言うとなんかやらしいな。えっちなのはいけないと思います。
たぶんこれ、知らない人からは小さなツノが生えてるように見えるんだろう。
「起きたか」
奥につながった部屋からベルトラさんが出てくる。
「上は営業準備中だ。調子はどうだ」
「大丈夫、みたいです。痛みもなくなってますし」
「そうか。ならいいんだが。食欲はあるか」
言われてワタシはひどく空腹なことに気づいた。ノドも乾いてる。最後になにか飲み食いしたのがいつだか知らないけど、ここへ来る前なのは確かだ。
「はい」
「じゃ、これを」
そしてベルトラさんは、持っていたパンと水を渡してくれた。
受け取るとパンは焼き立てでまだ熱い。
水はよく冷えていて、飲むと口からノド、体の中へ染みていく。
水で体をうるおしたら、こんどはパンにかぶりつく。熱いけれど、そのぶんバターと小麦の香りがフワッと顔を包む。
やわらかいのに噛むと奥のほうにしっかりした弾力があって、意外と食べごたえがある。美味い。
「ゆっくり食べさせてやりたいとこだが、食べ終わったらさっそく手伝ってもらいたい。急げとは言わないが、ほどほどにな」
気を遣ってくれてるな、と思ったらもうダメだった。
「ほら、泣くな」
自分でもびっくりするくらい涙が出て止まらない。
なんというかもう、こっちで目覚めてからの恐怖、緊張、不安や怒りなんかでそうとう張りつめてたらしい。
食事とベルトラさんの普通の優しさとで一気にそれが緩んだ。ついでに涙腺も。
もうワタシ、一生ベルトラさんについて行くっす。
「ず、びま、せっ」
鼻声で謝ると、ゴワゴワした袖で涙をぬぐう。
合間合間にパンをかじり、水を飲む。
だっておなかすいてるんだもん。時間あんまりないとか言われたし。
パンパン涙、鼻水パン水パン涙。
どうにか涙が止まって顔を上げると、ベルトラさんがこっちをじっと見てた。目が合う。
「本当に魂が見えなくなってると思ってな。それに人間臭もしなくなったし。ラズロフの薬も乾いたらニオイ消えたな」
そういえばそうだ。ベタついてもいない。それにしても。
「人間臭ってどんなニオイなんですか? クサイ、とか」
「いや、嫌なニオイじゃない。ただ人間臭としか言いようがないってのはあるな。おまけに強くて染み付いたらなかなか落ちない。汗とか涙とか、いろんな人間固有の臭いが混じり合ってるらしいんだが、あたしらとしちゃ、それは悪臭じゃない」
クセのあるニオイとか、そんな感じかな。
「それに甘い香りがしてるだろ。さっきまでラズロフが持ってきた“人間臭を消すのに効果的”ってお香を焚いてたんだ。いくらニオイの元を断っても、あのままじゃメシ食いに来たほかのスタッフに気づかれる。”フィ、フォ、フォ、フム。人間のにおいがするぞ”ってな」
ベルトラさんは黄ばんだ乱杭歯をむき出しにして、ニッと笑う。
たぶん冗談なんだろうけど、すんません元ネタがわからないんで笑えないっす。
ベルトラさんも伝わってないことに気づいたみたいで、ごまかすようにセキ払いをした。
「こう、棒の先に鎖で香炉がぶらげてあるやつがあって、さっきまでヘゲさんがそれでお香を焚いて部屋中歩き回ってたんだ。すみずみまで香りが拡がるように」
ほほう。ヘゲちゃんの性格を考えなければ、それはなかなかほっこりする光景ですな。ワタシも見たかった。
と、そこで嫌なことに気づく。
「そのお香の代金ってまさか」
「心配するな。そこらへんで買える普通のやつで、珍しいもんじゃない。ラズロフのやつもタダでいいって言ってたぞ」
あ。お金の話自体は出たんだ。悪魔ってやたら金に細かいのが多いんだろうか。
「お! 起きたか」
右手をシュタッと上げながら、アシェトが入ってきた。さっきとは大違いで、軽いノリだ。
「もうじきここで全体朝礼やるから、呼ばれるまで隣で待ってろ。で、絶対になにがあっても驚いたりすんなよ。怪しまれるから。あとは上手く話を合わせてくれりゃいいから。ん。ん。じゃ。はい」
アシェトは早口に告げると上げたままの右手の指をヒラヒラさせ出ていった。
こうやってあらためて落ち着いてみると、アシェトって言葉づかいだけじゃなく中身のすみずみまでオッサンだわ。
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