最終話 守ってやるよ
少女について片岡さんから聞いてから二週間がたったが、戦果はなし。
最初の一週間は聞き込みに徹した、途中土日を挟んだのでさすがに親孝行したが。次の三日間はネットで事故について調べてみた。しかし十年以上前のそこまで大きくない事故についてインターネット上で探すのはおそらく不可能に近い。出てくる検索結果は交通事故の件数やら被害者、死者の統計ばかりだ。探偵事務所なども検討したが、やはり情報が無さ過ぎると思う。
ここ三日間は手詰まり状態でひたすらあの日少女と共に通った道を追って歩いている。
一日の終わりには必ずこの空き地にたどり着く、この場所が少女と関係ないかと思い聞いて回ったが、空き地になる前は小さな小屋が一つあっただけだそうだ。
そして今日、いよいよできることがなくなった。
朝起きて、ベッドの上で何分か時間を潰す。
「………………くそっ…なんで名前聞かなかったんだよ………」
家でじっとしていても落ち着かないからとりあえず家を出た。
********
「はぁ、もう昼過ぎか………」
なにかいいもん持ってたっけ。
んーリュックの中身はいつも通りか、ノートパソコンにノートと筆箱。携帯充電器とここら一体の地図も途中から入れるようにした。
財布の中は何入れてたかな。金少々、カードもろもろ……あれ、そういやトレーディングカード入れてたんだ。こりゃあの子が見てたっていう魔法少女の………。絵のクオリティ高くて気に入ってるんだよな、これ。
そういえば十年以上前に亡くなったのに最近のアニメとか見るんだな。こっちは片岡さんの名刺で…。
「……これは……………ユウダイのパン屋か…パンでも買いにいくか…」
名刺に駅からの地図が載っているからこれを見ればわかるな。
パン屋に着くとそこにはグレーのレンガ造りでシックな店舗があった。大きな窓から奥のパンがすべて見える、どれもおいしそうだ。
中に入るとレジの前に綺麗な女性が立っていた。
「いらっしゃいませ」
「すみません、あのユウダイさんっていますかね?友人なんですけど」
「えっ!あ!はい、今呼んできますね」
奥の扉へ入っていくとすぐにユウダイが出てきた。
始めて見る仕事着のユウダイはいかにも働き者のパン屋といった感じだ。
「おぉ!来たかカズキ」
「おう、いいなこの店」
「リニューアルしたかいがあったよ。さ、何にする?」
「んん、どれも良さそうだ」
ミルクフランス、チョココロネやクロワッサンなど、袋がいっぱいになるほど選んだ。
「よっしゃ!初回限定でおごってやろう」
「え、いやいや悪いよ。多めに選んじゃったし……」
「いいんだよ!友達だろ」
「…まじか、ありがとうな!」
昔に戻った気分で騒いでいると先ほどの女性が出てきた。
「楽しそうね」
「あ、そうそうこれがうちの嫁だ、カズキ」
「奥さん!?お前結婚したのか!どうも島田です、よろしくお願いします」
「いえいえそんなへりくだらないで下さい。夫から話は聞いています」
「そりゃどうも……二人でお店を?」
********
長いこと世間話をした後、奥さんは厨房へ帰っていった。
「どうだ?里帰りして…もう二週間か」
「うん…ちょっとある場所を探しててな、ずっと探してるんだがなかなか見つからなくって……」
「ある場所かぁ…お前はもう行ったのか?墓参り…」
「………………ん……………墓参り?」
「……そうだよ、お前まさか…まだ………」
「…なんの話だ」
墓……。墓参り…。
…墓、それは俺が今探してるものじゃないか。
まだ?俺が…まだ…何だ?
「思い出してないんだな、記憶喪失だっていうからまさかと思っていたけど」
「…………………………教えてくれ……………だれの墓だ」
空気が冷たく感じる、聞くのが怖い。
でも俺が無くした過去のピースが、今そこまで帰ってきている気がする。
「………お前…ずっと仲良くしてただろ、杉本ミサキ……小6の時に」
杉本…ミサキ………。
ミサキ…
あの時、俺は遠くから見ているしかできなかった…
小6の時……
「ゴメン!!また来る!!」
リュックも忘れて、俺は店を飛び出していた。
********
思い出した…ミサキは、俺が唯一好きになった女の子だ…
小学校のころはよく一緒に「ひみつのばしょ」へ行った………
そしてあの日、家周辺を使ってかくれんぼをしていた時…
彼女は事故にあった
俺は事故現場を遠くから見ていた…それしかできなかった
約束なんて、守れもしなかった
彼女を守れなかった
いや、彼女は守ったのか
濡れてぬかるんだ山道を走った。記憶が戻った瞬間、忘れていなかったはずの「ひみつのばしょ」の記憶で欠如していた部分がよみがえった。
墓の場所が思い出せたわけではない。でも、当時の俺は「ひみつのばしょ」に墓を建てていた、ただ丈夫な木を立てただけの簡易な墓。それでも、彼女の好きだった景色の見える、俺たち二人が最も長い時を過ごした場所にお墓を建てたかった。
雲に覆われ暗い空は、俺の心情を映しているようだ。
どうして忘れていたのか…きっとこの現実を受け入れられなかったんだろう
山道から車道に出て少し行ったところで道が途絶えていた。
山の傷口、何もかもが麓まで流れ落ちている。
道の入口に立入禁止の看板とバリケードがあったが、まだ放置されていたのか。おそらく他に代用できるルートがあるからだろう。
「あの墓は…どこ…だっ!」
迷いなく土砂災害の現場に飛び込んだ。
目に見える限り瓦礫の山、そこから墓を探し出すのは難しくなかった。
そこに少女が、ミサキが立っていた。
「あーあ、見つかっちゃった、えへへ」
「ミサキ…か……?」
「うん、そうだよカズくん」
「……………ゴメン……」
「どうしたの?」
「おれ、約束守れなかったな……」
「んー、それはお互い勝手にした約束でしょ?いーのいーの、そうじゃなくって」
「あぁ…ありがとう」
「どういたしまして!」
ミサキは変わらず明るい、それは死んでも変わらない。
ずっと好きだった彼女そのもの。
数週間前は迫真の演技だったのか。
「ここにいたんだな」
「うん!わたしの魂はここにいるよ、大好きな景色が見えるさいこーのお墓だからね!」
「それは良かった」
いま、自然に話しているミサキはもう……生きていない………。
俺の記憶の中からもいなくなっていたミサキ。
あの日、永遠の別れをしたはずのミサキに、伝えなきゃいけない言葉がある、言えなかった言葉……。
ふと小さい頃の自分とミサキの声が聞こえてきた、大切な記憶がまた一つ…見つかった。
(も、もう!俺だって男なんだから世話焼くなよな!!)
(なーに言ってんのカズくん!カズくんがピンチの時はわたしが守ってあげるんだから!)
(んな……!違う!何かあったら俺が守ってやるよ!)
結局、ミサキは人を助け死んでいき、死んでもなお俺を助けた。
本当に、こいつには敵わん。
俺はミサキを見つめながら、静かに涙を流していた。
ミサキは笑顔で俺を見ていた。
いつぶりだろう、こんにも心が安らぐのは……。
…そっと頭を撫でた
「ミサキ………………見ぃつけた………」
雲の切れ目から差し込む、黄昏色の夕日が二人を包み込んだ。
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