第5話 消えた現実


カズキ少女を家まで送ることにした。少女に案内してもらい、普段歩きなれてる町とは駅を挟んで反対側の住宅街を歩いた。

最終的に新しく買ったビニール傘に出番は無く、二人はずっと一つの傘を使っていた。

案内された家は、マンションやアパートが立ち並ぶ住宅街にポツンと建つ、場違いな古い一軒家だった。


「ありがとう………カズキ…」


寂し気な後姿にカズキは名残惜しくなった。ほんの小一時間、それだけの時間を共有しただけでもすでに好意を抱いていた。無論、恋愛感情ではなく、むしろ恋を知らない子供の純粋な’好き’という感情だ。


「こちらこそ………あ、親にちゃんと謝るんだぞ?」


「……………………………」


寂しそうにうつむいていた少女の頭を優しく撫でる。


少女はそっと顔を上げ、カズキに聞こえるか聞こえないか程度の声で呟いた。


「…………見つけてくれて、ありがとう」


そしてそのまま家に入っていった。


「……名前ぐらい聞いておけばよかったかな……」


カズキは表札を確認したが、霞んでいて読めない。

瞬間、ポケットに入れてあったスマホのバイブレーションに気づく。

母からの着信だ。


「ん?母さんからか、どうしたんだろう…」


<カズ?カズ!?今どこ!!?大丈夫なの??>


いきなり大声を出し興奮気味の母親に困惑するカズキ。その言葉を直接聞いているカズキには、これがイタズラや冗談の類ではないことは分かっていた。これは本気で心配している。


「ま、落ち着いてよ。今北口の方にいるんだけど……どうした?」


<えぇ…北口?なんで…山の例の場所に行くって……というかなんで電話出ないのよ!!!>


カズキは「ひみつのばしょ」については親に話していた。親が心配性なのもあるが、子供とのコミュニケーションを大切にしており、さらに自由に遊ばせる両親だったので、カズキは「ひみつのばしょ」のことは嬉々として話していた。


「ごめん、全然気付いてなかった」


<………まぁ…無事ならいいわ、とにかく早く帰ってきてね>


「何かあったの?」


<ええ、まぁ……>


「………………じゃ、すぐに帰るよ」


そう言って通話を切り、雑草の生い茂った空き地をあとにした。





********





訳も分からぬまま家路に着いた、


インターホンを鳴らすと、ものすごい勢いで母親が出てきて抱きしめられた。


「カズ!……よかった、本当に…!」


「ただいま、母さん」


玄関の奥には父親が立っていた。歳を重ねても変わらず元気な両親の姿は心を支え、胸を締め付けるような不安はスッと引いて行った。


「カズキ、よく帰ったな。とりあえずこっち来てニュースを見てみろ」


そう言って父はリビングへ行くよう促した。テレビがついていてニュースがやっている、映像は生中継の空撮映像だ、その映像は俺を戦慄させるのに十分すぎるものだった。


<本日、午後6時12分に発生した土砂災害の様子です!ご覧の通り山の斜面が広範囲に渡り崩れ落ち、土砂が車道ごとふもとまで…>


見間違いではない、そこは知っている場所だ。

美しかった森の中の穴場、「ひみつのばしょ」は、辺り一帯のえぐれた地面と共に姿を消していた。大規模な土砂崩れ、それは思い出も命もを消し去る、災害という名の自然の猛威。

……俺は、そこへ向かっていた。

6時12分なら、おそらく丁度「ひみつのばしょ」にいただろう。確実に。


「カズキ、お前は本当に運がいい………止めておいてよかったな」


母は泣きそうになっていた。

運がよかった…、本当にそうなら、おそらく相当の悪運だろう。でも、やはりあの時あの少女に出会ったことに救われたと思わずにはいられない。


夕飯は久方ぶりの家族団らんとなり、この歳になってもまだ人生の方針が決まらない俺を真っすぐ見てくれている両親に、大いに助けられた。未だにやりたい事を探す猶予をくれているのは、ただ甘やかしているわけではないと思う。この道を進む以上絶対に諦めるなと、父から度々言われてきている。


心に残ったそのシンプルな言葉が、大学を退学してもなお俺に諦めることを許さなかったのかもしれない。



家の至る所でフラッシュバックが起こった。


風呂場も懐かしかった。


今では木彫りの熊も感慨深い。




夜、窓の外から聞こえる雨音が心を落ち着かせてくれる。寝室のベッドの上で横になり、考えていた。俺はあの少女に礼を言わなければならない、と。


明日、あのへ戻れば会えるだろうか……。


「あれ?」


あれ、空き地って……なんだよ。

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