第4話 記憶喪失
「んん!?……おま、カズキか!!!ちょっとすみません」
「いえいえ、どうぞ」
ユウダイは店員を待たせ、こちらに向かってくる。
俺は少女にここで待っててもらうよう頼む。
「ちょっと待っててな」
「………森…くん?」
「おぉ、昔の友達だ。ここから見える範囲にいてくれ」
「うん…」
ユウダイの元へ駆け寄り握手を交わす。里帰りで初めての友人との再会だ。
ユウダイは小学校からの付き合いで、中学の頃よくつるんでいた。当時趣味の傾向が完全に一致しており、ゲーム好きが始まったのはこいつの影響が大きい。
「久しぶりだな、ユウダイ!」
「帰ってたのか!久しいなぁ!」
昔から背の高いイメージだったユウダイだが、大人になって一層大きく見える。ガタイが良くなったからか、どことなく強そうな印象を受ける。
「ユウダイは残ったのか?何やってるんだ?」
「俺は親父のパン屋を継いだよ、朝早いのが難点だが楽しんでるぜ」
「お前がパン屋か、なんだか想像つかねぇや」
「はは、こもる場所が自室から工房になっただけだよ」
「相変わらずインドアなんだな、お前らしいや…」
「カズキは何を?」
「………………おれは……」
「ん?」
「まだフリーターやってんだ、別に悪いことじゃないとは思うんだが、少しやるせないんだ…」
「…………望んでやってるんじゃないんだな…なんか、すまん」
ユウダイは申し訳なさそうにしている。
「いや、別に…………な」
フラッシュバックが止まらない。様々な記憶が脳裏を駆け巡る。主に、大学でのこと。
「…なぁカズキ、お前のことだ……何かあったんじゃないか?高校受験で上京したのも、夢を追いかけてだったろ」
「そう、だな。」
さすがはユウダイといったところか、洞察力は一流、まるで見透かされているようだ。ずっと定職につかなかった…いやつけなかった理由を。
「俺な…今じゃ何をしたかったか思い出せすらしないんだ。おかしな話だろ?」
「思い出せない?」
「心的ショックによる部分記憶喪失だそうだ……………実際環境デザイン学科に入っていたから、そういうことがしたかったんだろうけど。明確な目標とか、何を学んだとか、そういった記憶が無いんだ」
「一体何があった…」
深刻な顔で心配してくれる友を見ていると目が潤んできそうだ。大学ではそこまで深い友好関係を築いた友は少なかった。どうしても固定のクラスが無いとこうなりやすいのだが。友人に囲まれ楽しく生きてきた自分にとって、少なからずストレスになっていたのかもしれない、だが記憶喪失の原因は明確だ。
「大学二年の期末試験で…………カンニング事件が起きた…」
「え?」
「犯人として挙げられたのは……俺だ…お前なら信じてくれるか?俺はやってないんだ」
「無論だ、お前は普段適当に過ごしたり流したりしがちだが、いざって時はクソほど真面目な奴だ。カズキがカンニングなんてのは論外だ!」
「…ありがとう。でも知っての通り、普段の俺の様とそこそこの成績だけ見た教師陣は俺の主張を信じてくれなかった。……椅子にな、答えがいくつか書いてあったんだ、試験前にそれに気付けなかった俺も悪いが、誰がどうやって何のために書いたのか皆目見当もつかない。故に俺以外容疑者は出てこなかった。俺が答えが書いてあったことに気づいたのは試験後だった。二週間ほど反抗していたが………まったくもって意見を変えようとしない教師達と、数人を除いて俺を信じてくれない生徒たちに……心が………折れたんだ」
話終えユウダイと顔を合わせた。ユウダイの顔に浮かぶ表情は、同情や哀れみのそれでは無かった。怒り、その一言に尽きる。額にしわを寄せ、険しい目で、俺の目を、おそらく俺が見てきたこの過去を睨んでいる。
「俺は…カズキ、俺はやるせないよ……」
俺は本当に嬉しい。
人の事でこんなに本気で感情をあらわにする友人を持てたことが。
「いいんだ………、俺はその後立て直せず、カンニングという成績表の傷に負けおめおめ大学を中退、その後はまた何かを始めることなくフリーターを続けててた。これは俺が決めたことで、俺が諦めた結果なんだ」
「諦めちまったのか……?本当に」
「…………そのつもりだった、でも何だかんだ俺が環境デザインを専攻した理由を、自分の夢を思い出せないかと、今こうして帰ってきている。結局、まだあきらめきれてないのかもしれない」
「…あぁ、ならじっくり時間をかけて絶対思い出せ。そして必ず自分でやりたいと思ったことをやるんだ。やりがいの無い仕事が嫌ならな。………今度俺のパン屋に来いよ、おごってやる」
「あぁ、ありがとう。話したらだいぶ楽になった気がするよ」
「それならよかった、はいこれ名刺。じゃ、店に戻るよ。また!」
「オーケー、必ず行くから!またな!」
手を大きく振ってユウダイを送った。
ユウダイも見えなくなるまで何度も振り返った。
********
雲に覆われていた空は、何の変化も見せず雨を降らせ続けている。
空調の効いたオアース店内は快適で、梅雨の嫌な湿気を感じさせない。
打ち解け合い二人の世界にのめり込む二十代後半の男と中学生ほどの少女、辺りと比べると異様な二人は、まるで世界から隔絶されているかの様だ。
しかし一時的な世界は、唐突に終わりを迎える。
「あれ、もう六時回ってるな」
楽しかった時間は光の速さで去ってゆく。気付けばすでに家に帰すと言っていた午後六時を回り、午後六時半になっていた。
少女は黙ってカズキを見ている。
「……………………」
「帰るか?」
「………うん」
少女は静かに頷いた。
そしてカズキに聞こえないほど小さな声で、呟いた。
「…………これで、私の使命は……果たせた…よかった………」
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