第2話 濡れ滲んだ恋心


「独りで何してるんだ?雨降ってるけど」


少女は少々警戒しながら静かに答えた。


「………家出中…」


家出か、この年でも大変なんだな。それでもあまり褒められたことじゃない、どうにか説教口調にならないように注意しなくては。


「家出かぁ…、何があったのかは分からないけど、親は心配してると思うぞ」


「うん……………じゃあ六時には…帰る…………」


思った以上に素直な子でよかった。


「あと小一時間そこに立ってるつもりか?」


「………」


びしょびしょに濡れた少女は俯いたまま動かない。俺は2ブロック先にあるコンビニを指さした。


「とりあえず俺の傘に入ってそこのコンビニまで行くか?タオルと傘くらい買ってあげるよ」


そう言うとまた警戒するような目つきになった、よく出来た子だ。少女に傘をかざしているのに近づけないから、木を伝う雨で背中が完全に濡れてる。まぁいいけど。


「知らないおじさんについて行っちゃダメだって……習った」


「おう、確かにそうだな…じゃあこの傘あげるよ、俺はそこのコンビニで新しいの買うから気にすんな。」


「で、でも………それだとおじさんが濡れちゃう…よ」


もう濡れてるんだけどな、それなのに心配してくれるとはなんとも可愛らしい。


「じゃあ行くか?見えてるところまでだし、雨宿りもできるだろ」


「……うん」




少女と相合傘でコンビニへ向かってる途中、前から自転車が来た。

少女を傘にしっかり入れるため、反対の左肩はびしょ濡れになってる。

自転車に乗った少年はすれ違いざま、妙な視線をこちらに向けた。

自然なポーカーフェイスを決めていたはずだが、俺が不審者にでも見えたのだろうか。

そんな犯罪者臭がしたのか…?


「…………今、何かおかしかった?」


少女に聞いたが、その子もまた首を傾げていた。





********




コンビニに入るやいなや、少女は辺りを見渡し始めた。


「何か欲しいものでもある?」


「………(フルフル)」


少女は首を横に振る。


「じゃ、欲しいものがあったら言ってな」


そういってまずは入口に置いてあるビニール傘一本を手に取り店内を回る。

このコンビニには昔よく来ていた。

棚や商品の配置などは変わっているが、店内全体の形は変わっていないので少しずつ思い出す。

商品自体は東京で見ているから目新しさはないが、俺がいた頃は文房具コーナーやらはコンビニにはまだ無かった。

店内を確認しつつ、さらにタオル2枚と水を2本を取った。


「もう会計するけど、買うものない?あと、水でいい?」


「……うん」


「あの、これください」


会計を済ませおつりを受け取った途端、後ろから少女の消え入りそうな声が聞こえた。


「あぅ………あの、あれが…欲し……い」


「ん、オーケーオーケー」


俺は少女の指さすお菓子を手に取った。

それは最近流行りの魔法少女アニメの食玩だった。


「これが欲しいのか。うんうん、俺も見てるぜこれ」


「うん…………え?」


少女は驚いた様子で目を見開いた。


「これを見てる…の?」


「いやいや、これは大人が見ても面白い作品だからね!」


アニメ好きマイノリティの必死の抵抗で少し大きな声を出しちまった。

なんだか滑稽な姿をさらした気もするが、そんな俺を見て少女が笑ってくれた。

同じ趣味を持ってるから気を許してくれたのか、無邪気な子供の笑顔には心を浄化するような何かがある。


「ふふっ…おじさん、面白いね」


「そりゃどうも」


食玩を持ってもう一度レジに向かう。

すると、店員の態度が一度目とは違う。

何か変な物でも見ているような、微妙な表情をされた。

さっきの自転車少年と同じような顔だ、デジャヴ…。


気にしても仕方ないから、さっさと済ませコンビニを出た。

傘立ての横で雨をしのぎながら、ビニールから袋に入ったタオルと食玩を手渡す。


「ほい、どうぞー」


「…………えと……あ、ありがとうっ!!」


少女は大切そうに手に取り、満面の笑みを見せた。

その笑顔はまるで、キラキラと音を立て輝いているようだ。


「どういたしまして」


そう言いながら自分用のタオルを取り出してる俺も、無意識に笑顔になってる。

二人で黙々と服や髪を拭いた。




「もし…これから何処か行きたい場所があるなら………一緒に行っても…い…い?」


ん?


「んー…。んん!??」


なにを言い出すかと思えば…。

行きたい場所があるという図星をつかれて動揺したじゃないか。


「あれか、6時まで暇か」


「………うん」


普段なら断るだろうけど。

信頼してくれているし、このままこの子を放っておくのも良くないし。

もう一時間くらいは面倒を見よう。

時間的にはちょうどへ着く頃までだから……。


「よし、分かった。いいよ!…まぁへは行けないな」


「…どこ?」


俺は「ひみつのばしょ」について嬉々として説明した。





********




「ってな場所があるんだ。昔は放課後、友人と何度も遊びに行ったもんだ。そこから見える景色が大好きで…………」


「おじさんのお友達?」


「女の子だったけど仲良かったし、とても大切な友達だ………君も友達は大切にな」


「うん……………好き…だったの?」


「え?」


またもや図星をつかれた…。

女のかんってやつか?なんとも不思議な少女だ。


「まあね、何なら今でも好きだ」


この町を離れてから、新しく好きな人ができることはなかった。

恋愛から距離を置いた約10年間、唯一気になる人がいるとすれば初恋の相手。

名は覚えていないし、相手も俺のことは忘れているだろう。

それでも気にしないことはできない。

恋心なんてものはこうも不安定だから、ずっと触れずに生きてきた。


少し大人の余裕を見せてはっきり好きと言ってやったら、少女は自分でした質問なのに顔を赤らめていた。


「あと、俺はおじさんじゃねぇ……たぶん。お兄さんって呼んでもいいぜ?」


「えぇー………」


「………じゃ、カズキでいい」


「………………カズキ…」


あえて少女の名はこっちから聞かない。

見知らぬおじさんに名を名乗るのは、不安を煽るかもしれないからな。

あ、おじさんじゃねーや。


「うん、雨で足場が悪くなってるだろうから君を「ひみつのばしょ」へ連れていくのは良い考えじゃない」


「ん……」


少女は安心したような、それでいて少し残念そうな複雑な表情をしている。


「家は駅の方?」


「うん、反対側の出口の方……」


「それなら駅前のショッピングモールに行こうか」


そこなら食い物のあるし、時間も潰せるだろう。

女心を敬遠してきた俺にとって、女子をどこへ連れて行けば喜ぶのかなんて、試験問題よりも何倍も難しい問題だ。


……あとこっちのゲームセンターも行っておきたいしね。

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