十六年目のかくれんぼ
加賀崎
第1話 記憶との再会
「何かあったら俺が守ってやるよ!」
小さい頃そんな約束をした気がする
始めて好きだという感情を抱いた少女がいた、今では名前すら思い出せない。
こういった記憶は本来、2、30年経とうが薄れないはずだが、俺の場合昔のことはさっぱり覚えていない。
昔の記憶が欠如している。
初恋の相手に関して残った記憶といえば、その子を含む仲良しでかくれんぼをしていた記憶。
顔も思い出せないピントのずれた記憶
俺が鬼でみんなを見送った
その子の笑顔だけで胸が高鳴った
そんな美しくも淡い記憶…
今ではそのかくれんぼの結果すらも思い出せない
********
もう長いこと止まない雨、カズキは水滴で歪んだ景色を車窓からに眺めている。
厚い雲に覆われた夕方の空は光を閉ざし、住宅街には雨が降り注ぐ。
都市部から離れていくうちに少しずつ草木が増え、山が見えるようになっていくのを見ていると、あぁ帰ってきたんだな、という実感とともに、どことなく安堵感を覚える。
イヤホンから流れる音楽が途切れ、着信音に切り替わる。
俺はイヤホンを付けたまま通話を開始した。
「あ、母さん?…うん、もうそろそろ着くと思うよ」
久々の聞く母の声に安心しつつ、車内に人が多い訳ではないが一応電話を切っておく。
「うん、まぁ先に山行ってから夕飯までには家に帰るよ。………いま電車だから、切るね」
男の名はカズキ、流されるがままに生きてきた27歳フリーター。
夢も生き甲斐も特になく、それでいてただのサラリーマンになることを嫌がって生活費を稼ぐためにバイトで食つなぐ。
自分はまだ遅くないと信じ、これから人生の目的ができると思っている。
延々と時間を消化するだけの人生を変えたくて、何かしらのきっかけが変えてくれる気がして、自分探しという身目のもと東京から生まれ育った故郷に帰ってきた。
何か大切なことを思い出せるのではないか、カズキが今回帰郷した理由のカギとなる記憶の片鱗があった。「ひみつのばしょ」、それはカズキと例の少女が放課後に度々二人で訪れた山奥の秘密基地。
山の道路を20分ほど登ったところにある、乗用車3、4台しか止まれない小さな駐車スペースから森にはいってすぐの穴場である。
そこから見える忘れがたい景色、連なる山々とそこへおちる夕日は、空一面を鮮やかな群青と山吹のグラデーションに染め上げる。
カズキはこの場所を訪れるのを、この里帰りで最初にする事と決めていた。
********
電車からホームへ、ホームから改札へ、きょろきょろと辺りを見回さずにはいられない。
少年時代に見てきた駅はその姿をほとんど変えていなかった。
「懐かしい……」
都会とも田舎とも言えぬこの町は、駅の周りはにぎわっていて、それでいて山に囲まれ自然も多く残っていた。
駅前の大型モールの反対にある出口から出ると、そこには数本のビルと住宅街が広がりその奥に雄大な山がそびえ立つ、自分の生まれ育った町が広がっていた。
雲の日陰で雨に濡れるその町は、記憶の中より美しく見えた。
俺は心の中で静かに「ただいま」とつぶやいた。
黒の折り畳み傘をさし、「ひみつのばしょ」のある裏山を目指して歩き出した。
実際に住宅街を歩いていると想像以上に様々な思い出がフラッシュバックした。
「この信号はよく渡ったな、だれかの家があっちの方にあるんだよな……。ここを曲がったところにコンビニがあった気がするが。」
記憶通り、角を曲がると奥にコンビニが見えた。しかし改装されており、見た目はだいぶ綺麗になっていた。何か思い出すたび嬉しく、ついつい口角があがる。
奥のコンビニからふと目を離すと、ある光景が注意を引いた。小雨とは言えない勢いの雨の中、傘もさしていない中学生ほどの私服姿の少女が、十字路の角にある木の下に立っているのだ。
どことなく不思議な雰囲気の少女。
話しかけていいものか?そんな疑問が頭をよぎる。
すぐそこのコンビニで傘を買うくらいのお節介を焼いたところで迷惑はしないはずだが…。
普段の俺や、一般的な日本人ならおそらくスルーする状況だろう。「そんなことはない!」と言いながらも、実際にその状況になれば動けない人がほとんど。
事実俺も今こうして悩んでいる。
なにより中学生くらいってのが問題だ…話しかけただけで訴えられても、なぜか負ける気がする……。
「………………」
もう通り過ぎそうになった時、この里帰りの目的を思い出す。
何かを変える、人生の何かを。このままくだらない一生にしないために。
「…………風邪、引くぞ?」
「…」
少女を傘で覆った。
この小さな変化は、なにか大きな変化をもたらすのか。
今はただこの不思議な少女の世話を焼こう。
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