第5話 黒歴史の記念日

 購買部でパンを買ってきた。


 保健室に戻り、野中に与えると彼女は小さい口いっぱいにパンを頬張ってもぐもぐと一心不乱に食べていた。よほど腹が空いていたんだな。

「朝から何も食ってなかったのか?もしかして昨日の夜も食ってなかったとか?」

「あさもひるも食べたんだけど、おやつ忘れたの」

 え 朝食も昼食も食っておいてそれかよ。見かけによらず大食いなのか。

「パン1つで足りるか?まだ腹すいてるだろ」

「平気。わたしは大食いってわけじゃないの。消化が早いからひんぱんに食べるだけ」

「変わった体質だな...」

「おいしかった。ありがと。君、いい人ね。」

「ああいや、成り行きっていうか...まあ気にしないで」

 こうやって話してみると言葉数は少なくて表情は硬いがなんら普通の女の子っていう感じだ。いや、普通よりかわいいけど。

「あ、そうそう君部活のこと...」

「なまえ」

「え?」

「あなた、おなまえなんていうの?」

 さっきも言ったんだけどな〜。それに一応同じクラスだし。まあ無理もないな。入学早々1週間も欠席してたんだし、さっきのも体調が悪かったら聞いてなかったんだろう。

 ...まあさっきの挨拶は気まずさのあまりへんなこと口走ってたからな。聞かれてなくてよかった。

「俺は坂道昇太郎。君といっしょで1年1組だよ」

「あ そーだったそーだった。さっき、ごきげんようとか言ってそのあともごもご言ってたから変な人かなーって思って聞かないようにしてたんだった。坂道くんだったね。よろしく。」

「ちょっと待てぇ!!お前やっぱ聞いてたのかさっきの!あれは気まずさのあまり口走っただけなんだ!だいたいお前が無視するから...」

「最初は答えようとした。でもごきげんようとか言ってくるし」

「ごきげんようは忘れてください...」


 くっ 完全に負けた。そしてこの瞬間「ごきげんよう」が黒歴史になることが確定。カレンダーにごきげんよう記念日を書き込んでおこう。そして毎年ケーキを食ってやる。


 俺が顔を真っ赤にして額から汗を流している間も彼女は顔色1つ変えず上目遣いに俺を見ている。さっき普通の女の子って一言ったのは前言撤回。かなりやなやつ!


 そしてまた沈黙...

 だがこの沈黙は俺が打破する必要はなかった。保健室のドアが開かれる。

「おお ここにいたのか。探したぞ。おや?野中は体調悪いの?」

「だいじょうぶです」

「なら、部室案内するから。おいで」

 三乗先生の二度目の登場によりこの気まずい状況から抜け出せられそうだ。でも、部室の案内かー...早く帰りたいんだけどな...

 俺重い足取りで先生に付いていく。



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