孤独なサボテン

あれはなかったな、と今でも思う。


つまらないことで喧嘩して、あいつがいない間に部屋に入り、殺風景な景色に一つ置かれたサボテンを見て、その花が咲いているのが忌々しくなりそのまま持ち帰ってしまった。


母さんに「どうしたのそれー」と聞かれ、「別に」と無愛想に返事して自室へと持って帰った。

暇なとき、目に入ったら水をやる。

あいつからの便りは来ない。


あいつは、電話どころか、メッセージも寄越さないでしれっと喫茶店にて働いており、私がばっちりと決めて登場しても、「いらっしゃいませ」と気軽に済ませるだけで、まるで意に介さない。


思うに、あれが彼なりの復讐だったのだと思う。

盗人の称号をまんまと頂いてしまい、誰にも言えない。でも物は増えて行くばかり。

ふと見ると、サボテンが咲いている。可愛い黄色い花を咲かせて。


私はサボテンを、奴の部屋に返しに行った。

すると奴と出くわしてしまった。

玄関で俯いている私を見て、「どうせなら、もっと良い物取ってけよ」と言って、私に部屋の合い鍵を返すよう手を出した。

私は何だか悔しくて、その手をぎゅっと握り返し、二度三度振って握手した。

「握手じゃねーわ笑」と彼が笑った。


サボテンの花が相変わらず咲いている。

私は彼と一緒に商店街のダイソーでサボテンをもう一つ買った。

CMを真似ていつでも持ち歩けるポシェットに入れて、どこへ行くにも連れて歩いている。

最初は彼を、風変わりな人だな、と思った。

学生時代、虐められていた眼鏡少年は、今ではサボテンを友に、一人静かに本を読み、詩作なんて寒い趣味を持ちながら、今日も喫茶店にてコーヒーを立てている。


私も散々いじめに加わったものだから、最初は嘲るような態度で友達を連れて通ったが、鉄壁の如く無視されるので腹が立ち、店が終わった後追いかけて行って「なんで無視すんのさ!」と言ったら、息を切らした私を見て、「知らない人とは話さない」と大人な対応をされた。


それからずーっと、彼を追いかける日々が始まって、いつしかコーヒーを飲むのが習慣になって。


気づけば彼は微笑んでくれるようになった。

完璧に惚れていた。私が。

「お前のお陰で、俺は学生時代寂しかったよ」と彼がたまに目元を拭ってしみじみ言うので、私は「ごめんってー!」と彼より泣いて謝った。

その日は彼と私の過去の罪の擦り付け合いとなり、「やめよう、意味が無い」と席を立つ彼の袖を引っ張って、強引にキスをしたのが始まりだった。


今日は私、彼の部屋に引っ越すのだ。

元の友達とは縁を切った。散々言い合いになり、「あんたもういいわ、つまんねー奴」とリーダー格の子に言われて、ツイッターもラインからも締め出された今、彼の傍でDVDの洋画を見たり、音楽を掛けてぼーっとして過ごしている。

ソファの上で彼は微動だにしない。本に熱中しているのだ。


サボテンの花はまだ枯れない。

写真に撮ろうとしたら、「まるでお別れを惜しむみたいだから、止めな」と彼に止められた。

がやがやしたものは趣味じゃないのだそうだ。


私はネット断ちして、いつも彼について回って近所の人と仲良くなったり、植物の植え替えや料理をして過ごしている。


私のサボテンは見事に枯れてしまい、彼が腐った部分を慣れた手つきで切り取って、「ちょっと間置いときな」と窓辺に置いた。


私のサボテンは咲かなかったな。

でもいつかは根を伸ばして、また元気になるのだそうだ。

私は凝った炊飯器を買い、具沢山の味噌汁とカニクリームコロッケを白米に添えたら、「オムレツとか作れないの?」とランニングから帰った彼が言った。


私は「日本人なら、米を食え!」と言って、自己流の美味しい食べ方を彼に伝授した。


彼は「ほんとそういう強情なとこ変わんないよね、米原さん」と私を相変わらず名字で呼びながら、白米になめこのおかずを掛けて一口食べ、「美味い」と言った。


最近ツイッターなんかで私と彼を名指しでなじるツイートがあったらしく、どうしようと彼に言ったら、「どうもこうも、何にも変わりませんよ、昔からあなた達はそのまんまです」と言ってサボテンに霧吹きを掛けていた。


私は彼が寝たころ、フェイスブックで「私達、あんたらに興味ないから」と呟き、幸せな写真を沢山上げてやった。

途端鳴る電話。


私は震える携帯を持ち、階段を下りてマンションを出たところにある川に、それを投げ捨てた。


ぽちゃんという音がし、流されたのかまだそこにあるのか、わからないが私はこうして繋がりを捨てた。


部屋に帰れば、「おかえり」と彼がリビングに立ち、「俺の気持ち、わかってくれた?」とコーヒーを立てながら言った。


私は誰かと繋がりたい、一緒に居たいと思うとき、彼がいないと走ることにした。


サボテンの花は閉じている。

明けきらない夜の中に放り出された様な気持ちを抱えながら、私は音楽を聴いて映画を見て、本を読んで暮らしている。


彼は必ず帰ってくるから、電話はいらない。

「そんなに寂しいなら店に来ればいいのに」

彼がそう言ったので、私はサボテンをポシェットに入れ、彼の営む喫茶店へと歩いていく。


近頃目が優しくなったねと、よく言われるようになった。

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