後編
「――お疲れ様でした。残念でしたね」
コックピットのドアが開き、ナビゲーターのアンドロイド、ユンファの声がした。
俺は、『アスドガルド』世界でのゲームオーバーを示し続けるヘッドマウントディスプレイを頭上へ押し上げた。
「あぁ、さすがは最高難易度だね。全然、歯が立たなかったよ」
シートベルトを外し、コックピットから出た。
「いえいえ! ラスボスまで辿り着いただけでも、けっこうすごいですよ!」
ユンファがフォローしてくれた。
「そういえば、あの法術士のマリナって子はいったい何者だったんだ?」
「マリナ? そんなキャラクターは『アスドガルド』には存在しませんね」
なんだと。ユンファの言葉は俺を混乱させた。じゃあ、俺が見たあの少女はいったい何なのだ。
しかし、その疑問についてゆっくりと考える暇もなかった。
轟音が鳴り、施設全体に振動が響いた。
「? なんだ!?」
「あちゃ〜、敵が来たみたいですね」
「敵?」
俺が間の抜けた声を出すと、ユンファは頷き、再び室内中央部に設置されたコントロール・パネルに指を走らせた。
床の一部が垂直に盛り上がり、箱が出現した。その箱の扉が観音開きに開くと、中には大量の銃火器が収められていた。
「これ持って下さい」
と、ユンファが俺に渡したのは、初心者でも扱いやすそうなハンドガンだった。
「へ?」
俺は未だに状況が飲み込めずにいた。
しかし、俺は思い出しつつあった。仮想世界への数回のトリップで忘れかけていたが、こちらの世界ではテロや紛争が日常茶飯事であったことを……。
隔壁が爆破され、銃声が室内に鳴り響いた。
「なるべく食い止めます。下がっててください」
俺は物陰に隠れて頷いた。
ユンファはマシンガンを持ち、テロリストたちに応戦した。
が、いかんせん多勢に無勢だった。俺たちは一つのコックピットの後ろに追い詰められ、二方向から挟まれた。
「――ここまで、ですかね」
彼女は最後に手榴弾を投げようとした。が、投げようとした瞬間に手榴弾を持った手を撃ち抜かれてしまった。
「あ! いけないっ!!」
彼女は落ちた手榴弾を、全身で抱きかかえるように地に伏せた。俺を爆発から庇うために。何ら為すすべなく、手榴弾は爆発した。
「ユンファ!!」
俺は絶叫した。爆発が収まって見ると、アンドロイドの彼女は内部の電子部品が剥き出しになり、見るも無残な姿に成り果てていた。
「そんな……、くそっ……」
俺は自分の無力さに腹が立ち、テロリストたちに夢中で銃を撃った。俺はまた、守れなかったのか。
カチッカチッと、乾いた撃鉄の音がする。弾切れだ。
「じゃあな」
テロリストたちはそう言って、容赦なく俺の全身を蜂の巣にした。
それが、俺の最期だった。
*
「――お疲れ様でした」
俺はゆっくりと、覚醒した。
そこはコックピットではなく、人ひとりがすっぽりと入るカプセル型の機械装置の内部だった。
係員の女性が、カプセルの天蓋を外から開けてくれた。
「いかがでしたか、当『ブイアールズ・イン・ブイアール』の世界は?」
俺は徐々に身を起こした。左右の頸部に繋がれたケーブルが自然に外れた。
そうだった。ここは『ブイアールズ・イン・ブイアール』(VRs in VR)という、新感覚のアミューズメント施設だった。利用者は仮想現実の中で、更に複数の仮想世界を楽しむことができるという。あのユンファや、テロリスト達は、仮想世界の中の存在だった。
「すごいですね。本当に現実の世界みたいでした」
俺は正直にそう答えた。実際、リアルな夢のような体感だった。このカプセル型の装置は、脳に直接電気的な信号を送ることで、五感全てにおいて実体験とほぼ変わらない感覚を与えることができた。
上体を起こした俺は、係員の女性の顔に見覚えがあることに気がついた。
「……マリナ?」
女性は驚いた。
「どうして私の名前を……?」
武藤麻里菜というのが、彼女の名前だった。
それは、仮想現実の中の仮想世界『アスドガルド』で出会った少女の名前だった。
問い返されて、俺は内心で慌てた。何と説明すればいいのだ。――しかし、次に自分の口から出た言葉は、自分でも信じられないような内容だった。
「今日、仕事何時までですか? 食事、一緒にしませんか?」
どストレートなナンパだ。言ってから俺は後悔した。唐突すぎるだろ。
とはいえ、俺はなぜだか、この女性を放ってはおけないような気持ちになっていた。
麻里菜さんは一瞬、驚いて言葉に詰まったが、その後、こう答えた。
「ごめんなさい」
そうですよね。こちらこそ、ごめんなさい。
俺は肩を落として、うなだれた。
「今夜は急なので、次の週末にでも」
(了)
VR of VRs 卯月 幾哉 @uduki-ikuya
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