第4話 トラ・リンドベル

 私の名はトラ・リンドベル。リンドベル辺境伯家の次男です。


 リンドベル辺境伯領はレグルス王国の北部に位置し、オオモリ大森林とは東西にわたり隣接する広大な領地です。また、その東端では軍事国家ヒガシ帝国とも隣接しており、武力無くしては維持できない領地と言えます。


 そんな領地ですので、父も兄も人間離れした武闘派です。まだ小さい頃、兄がオーガを素手の一撃で葬るのを見て、弱い魔物だと思っていました。

 しかし初陣の際、一匹のオーガに何人もの騎士が倒されるのを見て愕然としました。父に至っては、一人でドラゴンの首を刎ねたとか。屋敷のエントランスにそれが飾られているのですが、馬車ほどの大きさがあります。


 私は二人に追いつこうと必死に剣を振るいました。結果、一人でオーガを倒すほどには上達したのですが、二人には遠く及びません。


「あの二人は脳筋ですから。」


 妹のサクラが言います。輝く銀髪に白い肌、天使が舞い降りたかのような美少女。ただ、その目は右は青、左は赤のオッドアイ。この国では、オッドアイは不吉の象徴とされています。なぜなら、邪神がオッドアイであったからです。


「脳筋?」


 妹は、頭が良すぎるのか時々、理解不能な言葉を使います。


「脳みそまで、筋肉で出来ているかのような肉体バカの事を言います。」


 ぷっ!。思わず吹き出すところでした。確かにその通りです、「脳筋」ですか・・、ふふっ。


「それに、あの二人は強化魔法を使っています。」


 初耳です。我が家で魔法が使えるのは、サクラだけでは?二人が呪文を唱えているところさえ、見た事がありません。


「はじめは、無詠唱で魔法を発動しているのかと思いましたが、」


 無詠唱!伝説の大魔導士ですか・・、サクラの魔法も無詠唱ですが。


「どうやら、筋肉が詠唱している様なのです。」


 ・・・。えっ、今までの話は冗談?


「冗談ではありません、私も信じられませんが。ですから、トラ兄様も魔法が使えるのです。」


 私の筋肉も、詠唱するのですか?


「そんな化け物は、あの二人だけで十分です。兄様は頭で考えて、魔法を使ってください。」


 父や兄の様に強くなれるのかな?


「あの二人の様な強さは、無理です。無意識に筋肉が魔法を詠唱する化け物ですから。しかし、トラ兄様は空間魔法の適正があります。」


 空間魔法?聞いた事の無い魔法だね。


「一瞬で任意の場所に移動できる空間転移テレポートや、沢山の荷物を持ち運べる空間収納イベントリーが使えます。」


 運送業者になると、成功しそうだね。


「戦闘においても強力な能力となります。大丈夫、私が一から指導しますから。」


 それって、大丈夫なの?サクラの指導で本気マジ泣きしている兄を何度も見ているのだけれど。


 それから、何度かの本気マジ泣きを繰り返して、いくつかの魔法を取得しました。そんな時、魔物の大氾濫がおこります。折しも、イチロ王子が領内に視察に訪れていた最中でした。父が、いい機会なので王子に魔物の討伐を経験させようという事になりました。普通に考えれば非常に危険な行為なのですが、父がいて更にサクラがいるので、なんの心配もありません。


魔物大暴走スタンピードと言うより、トレインですね。」と、サクラ。


「サクラ嬢、スタンピードとは?トレインとは?」


「王子。スタンピードとは、動物がパニックを起こして集団暴走を起こす事です。そして、トレインとは、」 サクラは指差しながら、


「あの、ドラゴンの卵を抱えたゴブリンが、魔物の集団を先導して暴走するさまを言います。」


「ゴブリン?私には人間に見えますが?」


「この場合、あのゴブリンを止めれば魔物の暴走も止まります。誰か、あのゴブリンを弓で射殺しなさい。」


「え?あれは確か、大司祭様のお孫さんでは?」


「ちっ!」


「父上、大変です!」 「どうした、クマ?」


 兄が、良いタイミングで公開処刑を止めてくれました。


「帝国が、我が国に侵攻を開始しました。」


「何!和平交渉が決裂したのか?」


「その和平の交渉団を、宰相のバカ息子が襲撃したそうです。


「・・・、それで状況は?」


「カナリ侯爵領に深く進攻し王都をうかがう勢いです。」


「お父様、兄様方と救援に跳んでください。」


「サクラ。さすがに、わしでも1㎞跳ぶのが精一杯だぞ。」


「(ジャンプで1㎞も跳べるのかよ、この怪物は)いえ、筋肉で跳ぶのでは無く、トラ兄様の魔法で敵の後方に跳んでください。」


「例の空間転移テレポートか。よし、魔物の方はサクラに任せた。」


「はい。」


 私は父と兄、そして5千の兵を連れて敵後方へ転移した。もちろん、そのための物資を空間収納イベントリーに持ってである。いきなり現れた我々に、敵軍は成す術もなく自国へと退却していった。この功績により「空間の貴公子」という、少し恥ずかしい二つ名を頂く事となる。

 魔物の方も、サクラ一人で対処したようだ。食用となる魔物の肉は氷漬けにして王都に送られたのだが、その中に氷漬けの大司祭の孫が混ざっていたとか、いなかったとか。


「最近、何か吹っ切れたようだな、トラ。」


「はい、兄上。サクラにいろいろと指導してもらい、自信がつきました。」


「そうか、よかった。それでは、今度は私と筋肉で語り合うか。」


「・・いえ。遠慮しておきます。」


 どうやら、兄の筋肉は喋るらしい。


 サクラは、他の兄弟が父達の様な脳筋にならないように勉強会を開いている。今日もその勉強会が開かれていたのだが、


「ところで、サクラ・・」


 と話しかけた時、そこに居たサクラが消えていた。






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