第3話 ヤヨイ・モーリス

 私の名前はヤヨイ・モーリス。モーリス男爵家の長女,そして「転生者」です。


 この世界に生れ出た時は、かなり混乱しましたが、現状を把握すると転生してくれた神様に感謝しました。

 それというのも、前世の私は物心がつく前から病院のベットの上での生活を強いられていたからです。自由に動かせる体の、なんと素晴らしい事か。五体満足に生んでくれた両親に、感謝の念が堪えません。


 そして年を重ねるうちに私は、この世界を知っている事に気づきました。この世界は前世において、私が夢中になった恋愛ゲームそのものなのです。その頃の私は、いつか元気になりゲームの様な、恋や青春の日々を送りたいと願っていました。その夢がここで現実になるのだと思っていました・・が。


 現実とは残酷です。


 ゲームの中では、あれほど素晴らしかった殿方たちも、この世界では平気で犯罪を犯すような人間なのです。王族や貴族とは、そういう人種なのかと思った事もありましたが、私の親族や他の大勢の貴族の方は常識的な生活を送っています。私の周りの殿方だけが異常なのです。


 それとは逆に令嬢方は、品があり優しい方が多いです。


 特に「カエデ・リンドベル」様。ゲームの中では悪役令嬢の象徴の様な方で、最後は王子から断罪された上、婚約破棄、学院追放、修道院送りという末路をたどるのですが、現実にはとても優しいお方です。

 貴族社会に不慣れな私を色々と気にかけていただいています。時には厳しく貴族の在り方を説かれる事から、陰口をたたかれたりもしますが、私自身はそれで、何度も助けられています。


 所詮ゲームは、現実を把握しきれていないようです。今世で健康な体を得た私は、空想ではなく現実に生きるのです。しばらくは、殿方たちとは距離を置き、カエデ様たちと楽しい学院生活を送ります。そして、いずれ父上が薦める分相応な殿方と結ばれるのがよいでしょう。


 ところが、距離を取ろうとするほど、殿方たちが周りに集まってきます。それも、会った事も無い方から親友だとか、我が同胞だとかと呼ばれています。


 私を「聖女」などと持ち上げる反面、カエデ様の事を「悪女」と罵るのです。その上、カエデ様が私を毒殺しようとしたなどという嘘がまかり通っています。カエデ様に頂いたスイカ(もどき)を食べ過ぎて、おなかを壊した事はありますが・・。


 呪われているのかもしれません。それとも何か、悪いスキルが発現したのかもしれません。スキルの中には「魅了」や「誘惑」のように社会に悪影響を及ぼすかもしれないものがあるそうです。昔、高レベルの魅了スキル持ちが王様に取り入り、その国を崩壊寸前にまで追い込んだそうです。その様な事もあり、国が指定する危険スキル持ちは国の管理下に置かれ、場合によってはスキルを封印させられるそうです。


 私は怖くなって、ステータスを確認してもらう為、神殿に急ぎました。この国では六歳になる年に、全ての国民がステータスの確認を行います。そして、それを基に個々人の将来設計の指標とします。

 私もその時に確認をしているのですが、聖属性に高い適正がある以外、スキルなどは持っていませんでした。ですが人によっては後からスキルが発現する事があるそうです。


 神殿に着き、どなたに頼もうかと辺りを見回すと、白いお髭の年老いた司祭様が


「皆には、内緒でね。」


 と言って、無料で見てくれました。六歳時の確認以外は有料なのだそうです。そうしないと、毎日ステータスを確認に来る人がいるのだとか。結果、私のステータスは六歳時のものと変わらずスキルの発現もありませんでした。


 スキルの発現には、一定の条件があると司祭様はおっしゃいます。


 この世界に生れた全ての人は、運命神により役割を与えられていて、その運命からは逃げられ無いのだそうです。しかし、中にはその運命をも超えて自由に役割を演じる人たちがいるそうです。そういう人たちが後に新たなスキルを発現させるのだとか。私はどうなのだろう、このまま運命に身を委ねるのだろうか。


「司祭様は、どうなのですか?」


 私が問うと、優しく微笑まれ、


「あなたの聖魔法が、たくさんの人を癒してくれる事を期待しますよ。」


 と言って頭を撫でてくれました。まだ、魔法が使えていないのですが・・。後で知ったのですが、その方は大司祭様でこの国の神殿のトップにあたる方でした。ともかく、危険なスキルの発現が無かった事に安心して楽しい学院生活を送ろうと、生徒会主催の新入生歓迎パーティーに参加したのですが、


 カエデ様が殿方に組み伏せられています。そして、サブロ王子による断罪が始まりました。婚約破棄に始まり、ありもしない冤罪の数々。果ては私を階段から突き落としただとか・・。実家は平屋でここしばらく、階段の上り下りをした記憶がありません。そもそも、王子はずっと、カエデ様と一緒におられたのですから冤罪だと一番ご存じのはず。


 ここは私が無実を証明するところなのですが、前世を含めてこの様な暴力的場面に遭遇した事が無く、恐怖で震えて体が動きません。前世で自由に動ける体を望んだ私が、健康な体を得た途端に動けなくなるとは、何たる皮肉でしょう。


 私はこのまま、運命に身を委ねるのでしょうか。いいえ、私は抗います。この体は、目の前の不幸を見逃すために頂いたものではありません。


(「聖女」の称号を獲得しました。)


 カエデ様の無実を証明するため、一歩踏み出したその時、


 世界は白く染まった。






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