8-2 「コーディとダッジ」
8-2 「コーディとダッジ」
「あれから3年も経つだなんて、早いモンすね」
西暦2508年6月16日月曜日。天気は晴れ。時間は昼。
O・N・ダッジとコーディ・パウエルは金属の廃材が大量に打ち上げられた海岸に切り立つ崖の上から、湾に浮かぶ【アースバウンド】の黒い艦体を眺めている。
「そうだな……ダッジ……あれからそんなに時間が経つんだな……」
ジーツとアリー・ムーンの奮闘によって【カーネル】が破壊されてから3年の月日が流れていた。
100年以上に渡る【カーネル】の脅威から解放された人々はもう失われることのない雄大な青空に感謝し、新たな生活を送るべく2種類のタイプに分かれて時を過ごした。
まず住処を地上へと移した者達。
彼らは【コブラ】の支配から逃れた[エリア112]の周辺に居住施設を作り、【アースバウンド】で培われた技術を応用してライフラインを確保。街を作った。
彼らは奪われた地上での時間を取り戻さんとばかりに、開拓・発展に意欲的でバイタリティに溢れていた。コーディとダッジもこの中の人間だ。
そして残りは湾に座礁させた【アースバウンド】を風変わりな孤島として、そのまま居住艦体で生活し続ける者達。
地上での生活を拒否した彼らの多くは【第一居住区】の富裕層、元護衛隊の者達だった。
その中では一時地上での生活を送っていたが空気に馴染むコトが出来ず、トンボ返りしてしまった者達も少なくない。
【アースバウンド】を心から愛し、海の住人としての人生を全うしたい。最後まで【アースバウンド】を守り通したい。その信条が彼らの地上への帰還を拒んでいた。
「でも、思い返してみるとやっぱり長くも感じるよ。この人と一緒に笑っていた時期が、何十年も昔のことだったように感じる」
コーディはそう言って手のひら程の大きさの丸い石だけで作られた簡素な2つの墓碑の前にひざまずいた。
「久々に来たぜ。ビル……どうだい? ここからの眺めは? あんたが愛した青い海がよく見えるだろう」
その2つの墓碑銘は「ビル・ブラッド」そして「ブルー・ブラッド」人類を裏切り、【コブラ】に荷担した反逆者とその妻だった者。
「本当ならもっと立派な墓を作ってやりたいが……コレで勘弁してくれよな。こうやってコソコソ墓参りするだけでも結構キツいんだからよ……ほら、俺が栽培した花だぜ」
何人もの同胞を殺し、幼い子供を人質にとって【アースバウンド】を強制浮上させた歴史的大罪人に墓標を作ることなど許されるハズもない。
彼の存在は黒歴史ともされ、ビル・ブラッドの名前は軽々しく口走らないことが暗黙のルールにされつつもある。
コーディは年に1度か2度、こうしてこっそり作り上げた小さな墓石に献花するだけで精一杯だった。
「赤くて綺麗だろ、ポピーってんだ。もうキャロルから受け継いだ趣味もかなり板についちまった……あんたが今の俺を見たら嫌みを言われそうだな」
コーディはまるでビル自身がそこにいるかのように、延々と近況を語り続けた。ダッジはそんな彼の姿をただ黙って見守りながら時間の経過を過ごした。
「……コーディ兄貴、そろそろ時間っス。街に戻りましょう」
「おお……すまんなダッジ。もうそんな時間か」
弟分に促されると、コーディはゆっくりと立ち上がり、悲しげな笑顔でジッと石碑を見下ろした。
「なぁ、ダッジ」
「なんスか? 」
「この人はな……誰よりも優れてて誰よりも真面目な、[ただ]の人間だったんだ……でも、それ故に思い詰め過ぎちまってあんなコトをしちまった。それほどにビルは苦しんでいた……」
「はい……でも、あれは許されない行為っス。俺っちには同情なんて出来ないっスよ……」
「そうだな……言い訳も美化も出来ない最低の凶行だ。でもな……俺だって下手をすりゃビルと同じようなコトをしていたかもしれねぇんだ」
コーディはポケットからミントの葉を一枚取り出し、どこか自虐的な雰囲気を漂わせながらそれを噛みしめた。
「ダッジ、もしも俺が狂っちまいそうになったら……そんときゃぶっ殺してでも止めてくれ」
ダッジはその時、自分の目を見つめる兄貴分の表情に潜む亀裂のようなモノを感じ取り。胸に鋭い痛みを覚えた。
「はい……そうならないように俺っちがあなたを守りますよ……だから、ここに来るのは今日で最後にしてください」
そう言ってダッジは懐から古い回転式拳銃を取り出し、コーディの目の前に突きつけた。
「それは! ビルの形見の? 」
「兄貴、すみません。あなたの部屋からこっそり持って来ちゃいました……」
「なぜ!? 」
焦るコーディに対し、ダッジは眉一つ動かさずにその拳銃を思いっきり振りかぶって崖下に放り投げてしまった。
陽光を鈍く反射させながら放物線を描いた拳銃は、その飛沫の音すら届けずに海の底へと沈んで消えた。突然のことにコーディは声すら出すことが出来ずに、ただ呆然としていた。
「もう、あの銃を大事に持っている必要は無いっスよ……あなたも、真面目過ぎるんです」
潮が香る生ぬるい風の音と崖下でぶつかり弾ける波の音が2人の静寂に割り込み、悠久の時間を感じさせた。
「そうか……」
コーディは俯きながらゆっくりとダッジに近づき、彼の右肩をにそっと手を置いて向かい合った。
「クジャク部隊にお前がいて……本当に良かった」
「兄貴……」
「帰るかダッジ。みんなのところへ」
ダッジに再び向けられたコーディの表情は、必死で繕っていた緊張感が抜け、太陽のような温かさを取り戻していた。
「ハイ! 行きましょう! 兄貴! 」
「ダッジ、何度も言ってるけどよ! クジャクのエンブレムを背負ってる時は、その呼び方はよせって! 」
「すみませんっ! 隊長! 」
コーディはブラッド夫妻の墓碑に振り返ることなく、その場を後にした。
過去に縛られかけた自分の心を解き放ってくれた後輩の背中に刺繍された孔雀のエンブレムを見つめ、彼は悟られないように目頭を熱くさせた。
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