6-11 「ごめんね……」

6‐11 「ごめんね……」






 ごめんね……ジーツ君……私にはやっぱりこうするしかないの……。





 5年間も2次元世界の人間だということを隠しながら……皆を騙しながら生きてきた自分にけじめをつけなきゃ……そう思った。





 私のせいで護衛隊のポー・トスターが犠牲になって、ビルに反逆のキッカケを与えてしまった。そして多くの人間が死んだ。





 そんな私が死ぬことを躊躇してこのチャンスを見過ごすなんて都合がよすぎるよね……私はこのロクデナシな父親と一緒にこの世界から消えることにするよ……。





 リフ、おじいちゃん、コーディ、ニール……生きて帰るって約束を守れなくてごめんね……。





 ジーツ君……君には嫌な思いをさせちゃってごめん。





 それと……君が立ち上がった時、めちゃくちゃカッコ良かったよ……ありがとう。





 人生最後の5年間を「アリー・ムーン」として過ごせたことを、誇りに思う……









 さようなら……。









 さようなら……みんな……。









 ■ ■ ■ ■ ■









 「空が割れた」





 【アースバウンド】よりこの現象を見守っていた者は、後に皆こう形容した。





 【カーネル】よりジーツが放った【グレムリン効果】の大爆発は、今までに発動したものとは比べものにならない規模になっていた。





 積乱雲を思わせる程に巨大に膨れた電磁波が漆黒の塔を包み込み、その直後に雷鳴にも似た裂空の巨音が轟いた。その音は10km以上離れた海に浮かぶ【アースバウンド】の内部にも届いたほどに超絶で、一人の人間が作り上げた光景としてはあまりにも巨大だった。





 すでに発動しかけた醜悪なレーザー砲を強制停止させられた【カーネル】は、その行き場を失ったエネルギーを内側から発散させた。





 果物の皮のように塔を覆っていた黒い外郭は剥がれ落ち、その内側から隠された真の姿が露わになる。





 それは青く澄んだ空に突き刺さるように巨大な白い巨塔だった。





 【カーネル】のベースとなった建造物は500年近く過去に人間達が作った大規模な電波塔。【コブラ】はそれを改造して凶悪な兵器へと変えてしまっていたのだ。





 そして今……長き時を得て、【カーネル】は人間達を駆除し続けた兵器では無くなった。





 人類の英知の結晶は誇らしげに眠りから目覚め、[エリア112]にそびえ立った。









 [スカイツリー]それがこの塔の真の名。









 【カーネル】が破壊されたことにより、そこから遠隔指令を受けていた【象頭兵】達も突然凍ってしまったかのように動きを止め、178人もの死者と数千の負傷者を出した【アースバウンドの戦】は人類の勝利により幕を閉じた。









「あの二人……やってくれたぜ! 」





 【アースバウンド】艦橋公園3階バルコニーより、【コブラ】の空けた天井の穴から【カーネル】を見守っていたニールは、珍しく嬉しそうな表情を作り、人類の勝利に歓喜した。





「俺達の勝利だ! 人類が勝ったんだ! 」





「やりましたよ! やりましたよコーディさん! 」





 大声で歓喜するO・N・ダッジは地べたで寝ているコーディ・パウエルを叩き起こし、【カーネル】が破壊されて【アースバウンド】最大の危機が去ったことを伝えた。





「……おお……やったか……! 」





「そうですよ! 俺っち達はこれで助かったんです! 」





「スゲぇな……ジーツ、アリー。あいつらはエロで人類を救いやがった」





 起きながら冗談じみた賞賛を送るコーディに、深刻な表情を崩さないドクター・オーヤが近寄る。ダッジは少し後ずさった。





「コーディ、それは少し違うぞ」





「ドクター? 違うって? 」





「ワシはな、【中央評議堂】で【グレムリン効果】のことを発表した時、少し嘘をついたんじゃ」





「嘘? 」





 ニール達はドクターの話に聞き耳を立てる。





「【グレムリン効果】は小僧……いや、ジーツが異性と肌を合わせてエロい気分になってお触わりした時に発動すると言ったが実は違う。それは二次的な要因で本当のところはもっとプラトニックなものじゃ……つまり」





「……純愛ってことか……? 」





 コーディは察したように話を繋いだ。





「そう。人間は愛しい人を想う時、恋をした時に脳内にフェニルエチルアミンという物質を分泌させる。

ジーツの場合、それが【グレムリン効果】を生み出す細胞を刺激させ、機械を停止させる電磁波を生み出すことが出来る。

つまり、単純にポルノを見たりそういった刺激を得ただけでは能力は発動しないんじゃよ」





 コーディはその話で自分の中での謎を一つ氷塊させた。【蜻蛉館】でセクシーな受付嬢を見て明らかに欲情していたジーツが【グレムリン効果】を発動させなかった疑問があったからだ。





「ジーツの場合……アリー以外では能力は発動しないってことか……」





「そうじゃ……そしてジーツを含む全員に、そのことを伏せていたのは……なんてコトはない、単純にワシのエゴじゃよ」





 ドクターは黙って青空を仰いた。我が娘を想う父としての哀愁がその背中に感じられた。





 真実を公表すればアリーが実験対象にされてしまうことは明らかだった。そうなれば頭のワームを隠し通すことが出来ない。





「そうか……」





 3階バルコニーから降りてきたニールはドクターの肩を抱きながら励ます。その姿を見て何か焦りを感じ取ったコーディは、この雰囲気を断ち切るように大声を上げた。





「早くアイツらの所に行こう。2人とも怪我をしてるかもしれねぇ! 」





 コーディは英雄を迎える為、急いで[エリア112]と向かうべく、艦橋公園を後にした。





「急ぐぞダッジ! 」





「はい! 」





 喜び勇むクジャク部隊。しかし彼らはある一つの可能性について、暗黙の了解としてあえて口にしなかったことがある。





 それは、あれだけの規模の爆発の中、リモートコントロールワームによって生かされているアリーが無事でいられただろうか? という不吉な考察。





『きっとうまくやっているハズだ』





『奇跡の神が守ってくれているハズさ』





 などと、気休めの想いで脳内に沸き上がりそうな嫌な予感にフタをしつつも、この時すでに4人とも頭の片隅では照らし合わせていたように同じ考えを巡らせてしまっていた。








『アリーは……無事なのか? 』









 ■ ■ ■ ■ ■









 僕を見下ろしたアリーの顔は血で汚れていて、髪も埃だらけで、涙で目の下が腫れていて……それでもその顔が作った笑顔はあまりにも愛くるしくて……僕の心を満たせ、溢れさせた。





 アリーとのキスは、鉄臭さが鼻に抜ける真っ赤な血の味だった。





 ジョン・ブラックマンに何度も殴られてズタボロの口内に染み出た僕の血と、銃撃で臓器にダメージを負ったアリーが吐き出した血液が混ざり合い、お互いの遺伝子を交換するようなやり取りから【グレムリン効果】の爆発を起こし、巨大兵器【カーネル】を無害な金属の塊へと変えた。





 黒い装甲に覆われていた展望デッキも元の姿を露わにさせ、そこにはガラスがはめ込まれていたと思われる格子状の窓枠だけが残った壁面が姿を表し、吹き込む風の冷たさが胸の痛みをより一層強くした。





 さっきまでコンピュータを冷却する為のファンがうなりを上げていたこの場所も、時が止まったかのような静けさに包まれて僕は別の世界へと放り込まれたような錯覚を覚えた。





 冷たい岩のように重くなった自分の体を何とか起こし、少しぼんやりとした視界の中で悪趣味なマネキン人形と化した【コブラ】の残骸を確認する。





 僕達は……勝ったんだ……。





 濃密な死闘を終え、本当ならその喜びで飛び跳ねたいくらいだったけど、僕の手に抱かれた彼女の温もりが心に歯止めをかけていた。





「……アリー……」





 穏やかな顔で眠り続けるアリー。彼女の頬に着いた血の汚れをそっとジャケットの袖で拭き取り、その白い肌を露わにさせた瞬間、僕は涙が止まらなくなってしまった。





「アリー……起きてくれよ……」





 頬を伝って血を含んだ涙がアリーの顔に何度もお垂らしてしまった。





 僕はただただ泣くことしか出来なった。多くの人類を救う代償に愛する人を失った悲しみに対して。そして……2度も彼女を守れなかった自分の愚かさと罪深さに対して。





「……ごめんよ……助けられなかった……また助けられなかった……」





 奇跡は一つだけ起こっていた。





 ただその奇跡は僕にとっては深い戒めにしかならない十字架のようなものだった。





「メグ……思い出したんだ……僕、全部思い出したんだよ……」





 大規模な【グレムリン効果】の爆発がそうさせたのか? それとも彼女とのキスが呼び起こしたのか? 理由はわからなかったけど確かな現実として、僕はコールドスリープする以前の[過去の記憶]を全て取り戻していた。





 僕とメグと……ジョン・ブラックマンとの罪深い記憶を……そして本当の名前を……





「……ショーン・ボーナム……それが、僕の名前だよ……」








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