6-9 「正体」
6‐9 「正体」
「ジーツ君……ちょっと聞いて 」
「なんですか? 」
僕とアリーのクラブ・2・クラブは【カーネル】の中枢を担う[展望デッキ]に向かうべく、塔内のエレベーターにてその到着を待ちわびていた。
「ちょっと告白することがあるんだけど……」
「告白!? 」
予想もしなかった彼女の言葉に、僕は心臓の高鳴りを押さえきれなかった。
「なんでしょうか……? 告白って? 」
アリーは四方が灰色に染まった殺風景なエレベーター内を見渡し、少し躊躇しながらも僕の目を見て答えてくれた。
「私ね……最初に【カーネル】を壊そうとした時……そう、君と出会った日までね……【コブラ】に会いたくてしょうがなかったんだ」
「え……【コブラ】に? 」
その告白の序文は想像以上に重い内容を予感させた。
「前に話した[トール・ヤンシー]って人、覚えてる? 」
「はい……一人でここまで来たけど結局【カーネル】破壊に失敗した人ですよね……」
そういえば以前屋根の上で彼について尋ねた時は、アリーは何か重要なコトを隠していた感じがあった。
「実はね……トール・ヤンシーの件にはちょっと不可解な点があってね……一部でそれが大きな議論を読んだんだ」
「何があったんですか? 」
「トールは【カーネル】を破壊する気が無かったのかもしれないって疑惑」
それが意味することは用意に想像がついた。
「もしかして……」
僕の脳裏にビル・ブラッドの顔が浮かび上がる。
「そう、トールは2次元世界への移住を【コブラ】に願い出た可能性があるの」
僕は思い出した。そういえばトールは映像内で『これで全部終わる! ヒャッホーッ! 新しい世界が待ってるぜ! 』と叫んでいたことを。
それは【カーネル】に怯える世界が終わり、人類が地上へと戻ることを意味する言葉だと思っていたけど、見方を変えてみれば2次元世界への移住に歓喜しているようにも見える。
「つまり……アリーさんもその可能性を信じていたってコトですか? 」
「ちょっとだけね……ふっきれたといってもね……私の生まれ故郷はやっぱり[二次元世界]なんだ。そこに置き去りにしたママやパパのコトがどうしても心配で仕方がなかった……」
アリーの言葉のその先はある程度予想がついた。
「こんなコトを考えた時があったの。[二次元世界]には今の三次元世界とは別の私が、今も変わらず生活を送っているんじゃないかって……それを【コブラ】に確かめもらいたいってね。そうだとしたら家族も心配させないで済む。でも、そうでなかったら……」
「【コブラ】に頼んで向こうの世界に帰っていた? 」
「ひょっとしたらね……」
そのアリーの言葉は残酷にも感じた。5年間共にしたムーン家やクジャク部隊の家族との絆を安直に放棄するのも同然だったからだ。
「でも、そんな考えは一気に吹っ飛んだよ……クジャク部隊の仲間をゴミのように扱って殺した【コブラ】を見て、自分はなんて馬鹿なことを考えてたんだろうって……」
アリーさんは右手に携えた小銃をそっと見つめた。散っていった仲間達の魂に懺悔の気持ちを伝えているように僕には見えた。
愛する者の為であればどんなコトだってする。そんな過ちを犯したビル・ブラッドにも、彼女は少しだけ共感していたのかもしれない。でも……
「アリーさん……なんでそんな話を僕に? 」
「……何でだろ? なんかさ、不思議と君と一緒にいる時ってぽわぽわ~って色々喋りたくなっちゃうんだよね」
さっきまでの真剣な表情とは打って変わり、妹を愛でる時と同じ様な顔を僕に向けた。
「似たもの同士だからかな? 私達」
「そうですか? 」
「そうだよ。カプセルから出てきて自分の名前も分からない。過去の記憶もどこか抜け落ちてる。それだけ共通点があれば、似たもの同士って言っていいんじゃない? 」
僕はコールドスリープ。彼女はエッグシリンダー。形は違えど、カプセル仲間であることは確かだ。
「それにねジーツ君。私、知ってるんだ」
「何をですか? 」
アリーは僕をからかう表情を作った。
「前に君、コーラ瓶を頭にぶつけたことあったでしょ? あれさ、映画の真似をしたんでしょ? 」
「ええっ!? 」
自分でも全く想像していなかった言葉に、両目が飛び出しそうになる。
「私が[二次元世界]で生活してた頃、[ザ・サイレント]って映画をよく見てたんだ。そのワンシーンでね、主人公がビール瓶を自分の頭でドカッと叩き割って威嚇するシーンがあるの。『この瓶は……お前だ! 』って言ってね。それにそっくりだったから」
アリーにそう言われると、僕は確かにそうかもしれない……と思い始めてきた。その[ザ・サイレント]に関する記憶は抜け落ちているけど、断片的に思い出される記憶の気泡には映画に関する情報が多い気がするからだ。
記憶を失う前の自分は映画が好きだったのかもしれない。
「それじゃあ、僕とアリーさんは同じ映画を好んでいたかもしれないんですか? それじゃ僕もひょっとして元は[二次元世界]の人間なのかも……」
「それは分からないね。[二次元世界]にあった文化は、元は[三次元世界]にあった物の流用だったらしいし……」
どっちにせよ、僕はより一層アリーさんとの[運命的な絆]を感じざるを得なかった。同じような生い立ちで、お互いに足の小指に爪を持ち、過去に同じ映画を愛していただなんて。
「私達、ひょっとして結構気が合うのかもね……」
「僕も……そうだと嬉しいです」
アリーにそんなことを言われ、なんだか照れ臭くなってしまった。多分自分の顔は今、真っ赤に染まっているだろう。それを悟られていないだろうか? と僕は彼女の顔に視線を移すと、彼女の顔も火傷をするかと思うほどに真っ赤に染まっていた。自分で言って自分で照れ臭くなっていたのだ。
「ねぇ……ジーツ君」
「はい? 」
「今までゴタゴタしてて言いそびれちゃってたけど……」
「何をですか……? 」
「私達が初めて会った時……助けてくれてありがとうね。君は命の恩人だよ」
「え?……いや……それは」
アリーの言葉に僕は心臓が四散するかと思った。
「いつも怒ってばっかでごめん……君には何度も助けられてるのに……」
アリーがそう言って視線を合わせようとしたけど、僕はワッチキャップを目深に被り直して誤魔化してしまった。
「……いや、こちらこそ……すみません。任務とはいえアリーさんには嫌な思いをさせてばっかりで……」
「……まぁ……さっきみたいのはもう勘弁ね」
「【コブラ】が来た時だって……」
「あれはいいの」
「え? でも、[ごめん]……って」
「違うって! あれはそういう意味じゃなくて……」
一体どういう意味なのだろう?
「アホだね、君は……」
アリーは顔を背けてしまった。変なコトを言ってしまったのかもしれない。
「お互いさ……分かるといいね」
「何をですか? 」
「自分のコト。ジーツ君も本名くらいは知りたいでしょ? 」
「いえ……」
自分の過去……僕も断片的に沸き上がる記憶の気泡をかき集めれば、いずれその答えを導き出すことも出来るのかもしれない。でも、僕にとってはそれはあくまで過去のことであり、不思議とそのコトに関してはあまり興味も抱かないし、執着もしていない。
僕は未来のコトを考えていたかった。
「僕はアリーさんがつけてくれたこの名前があれば十分ですよ。ジーツって名前、結構気に入ってるんです。アリーさんが僕の名付け親になってくれて本当に感謝してますよ」
「そ……そう」
アリーはそう言ってからしばらく無言で小銃の安全装置をONにしたりOFFにしたりを繰り返す作業に没頭してしまった。なんだか様子がおかしいぞ。
「ジ……ジーツ君、もうすぐ着くよ! 準備はいい? 」
「ハイ! 」
アリーが再び声を上げたのと同時に、エレベーターが目的の高度に達したことを告げる通知音を発した。
「行こう! 」
ゆっくり開かれた鉄の扉をくぐり、僕達は【カーネル】の制御を担うメインコンピュータへと走った。トール・ヤンシーの動画で予習したとおり、360度がモニターに囲まれ、床にはケーブルが木の根のように張り巡らされている。
僕達はその中央にそびえ立っている壁のような大きさのメインコンピュータの前に立ち、お互いに向き合った。
「それじゃあジーツ君……」
「は、はいっ! 」
アリーさんの両手の感触が肩に伝わった。
「僕の色が変わったら、すぐに逃げてください……」
「うん、わかってる。それじゃいくよ……さっきみたいに[する]から……」
アリーが目を閉じ、その白い肌色の顔を僕に近付け、僕の心臓をキュっと締め付ける。【グレムリン効果】発動の儀式だ。
僕も同じく目を閉じてその感触の到来に備え、今日という濃密な一日の出来事を瞼の裏で振り返る。
ムーン家の秘密・アリーの生い立ち・ニールとの再会・ビルの裏切りと死・【アースバウンド】の浮上・【コブラ】の襲来・【カーネル】潜入……半日にも満たない時間で消化するには濃密すぎる内容だ……だけど、それももうすぐ終わりに近付く。
僕とアリーはここで【カーネル】を止め、人類の勝利へと一歩躍進させるのだ!
「待っテいたゾ」
くぐもった機械的な声が上から聞こえた? 嘘だろ……? 僕はその瞬間に全身が一気にずぶ濡れになったような不快感を味わった。
「ぐえっ! 」
背中に強い圧迫感を覚え、僕はうつ伏せに倒されてしまった。[誰か]が僕の上にのしかかっている!?
「嘘……なんでお前が? 」
続けて深すぎる絶望の色を含んだアリーの怯え声で、僕は自分の上にのしかかっている者の正体を確信した……
「……【コブラ】! 」
「ソノ通りだ」
そう言って【コブラ】は僕を羽交い締めにしながら無理矢理引き起こし、膝立ちにさせた。そして信じられない……いや、絶対に信じたくない悪夢を見せつけられてしまった。
「そんな……」
僕の目の前には[二体]の【コブラ】によって体を拘束されているアリーの姿があった。
「ジーツ君……」
「まさか……まさか【コブラ】は……」
「ソウ、【コブラ】は一体ではナイ」
その直後、「ゴォン! 」「ゴォン! 」と次々に重量感のある振動と音が部屋全体を響かせた。
僕は全身の水分が一気に吹き出しそうになる。
3・4・5……【コブラ】が8体も……?
頭上をよく見ると、天井には金属の楕円球体がいくつも張り付くようにひしめき合っていた。それが【コブラ】のボディを作る為の卵のような装置であることは一目瞭然だ。
「私ノ電子頭脳はこの【カーネル】のメインコンピュータ内にアル。それサエ残ってイレバ、何度でもボディを変えて復活出来ルのだよ……」
【コブラ】が【カーネル】砲撃の際、【アースバウンド】から離れなかった理由が分かった。新しい体があるから壊れてもそれに乗り換えればいい。それだけのコトだったのだ。
「サア、少し遊ボウか? 」
【コブラ】はそう言って僕の体を畑の野菜を引っこ抜くようにして持ち上げ……
「ぐぁっ! 」
そのまま思いっきり床に叩きつけた。肺の中の空気が口から飛び出して全身が硬直する。そして痛みがじっくりと伝わった。メチャクチャ苦しい……。
「ジーツ君! 」
アリーが僕を案じて飛びそうとしたが、2体の【コブラ】によって身動きが拘束されているので、体を少し揺らすだけに終わってしまった。
「おっト……コイツには近づけさせないゾ」
「離せ! このポンコツ蛇! 」
周りに取り巻いていた1体の【コブラ】がアリーの目の前に立ち、向き合った。
「相変わラズ口が汚いなァ……感動的な親子の対面ダトイウのに……マあ、ソコがお前のカワイイとコロなんダガね」
「親子……? 何言ってんの? 」
アリーは【コブラ】の言っていることの意味が理解できなかった。もちろん、僕も一緒だった。
「2週間前に会っタ時ハ……体が成長シテイタので分からナカッタ……本当に済まなカッタ……謝るヨ……」
信じられなかった……人間のことなんて床に転がった虫の死骸くらいにしか感じないような【コブラ】が……アリーに対してひざまずいて謝罪したのだから。
困惑するアリー。その顔には恐怖を通り越した驚きが感じられた。
「まア、あのモニターを見てクレ」
コブラは無数に設置されているモニターの内一つを指差すと、そこには家族写真のような画像が映し出された。全員金髪で、父・母・娘と思われる3人構成の仲むつまじい記念写真を思わせた。そして驚くことに、その一人娘の顔立ちはどう見ても明らかに……
「嘘……」
幼い頃のアリー・ムーンその人だった。
「思いだしてくれたか……これは200年以上前に撮ったものでな、私もお前も平凡な家族だった頃の写真さ」
一体のコブラが無機質な蛇を装った顔部分を、仮面をはぎ取るかのように脱ぎ捨て、その下に隠されていた表情を露わにさせた。
「私の名前はジョン・ブラックマン。お前のパパさ」
コブラの仮面の下に隠されていた顔……それこそ写真のアリーと共に写されていた父親の顔と一致していた。そして驚くことはまだある……
「まさか、ジョン・ブラックマンって……2次元世界と【コブラ】を作った……? 」
「その通りだ。私は記憶と魂をデジタルに変換し、今日まで【コブラ】として地上を見守ってきたのさ……長かったぞ……とても」
意識が宇宙にまで飛んでいきそうな衝撃だった……
人類の天敵【コブラ】は完全なマシーンではなく、同じ人間の魂を宿した人心体機(じんしんたいき)であり、その人物がこの二つに分かれた世界と番人を作り上げた張本人だと言うのだ。さらにそれがアリーの父親だと言う衝撃の連鎖。
「私のパパが【コブラ】…… 」
「そうさ……そして君の本当の名前は[メグ・ブラックマン]……君が生まれた時にね、私が名付けたんだよ」
【コブラ】……いや、ジョン・ブラックマンは優しくアリーの頬をなでた。
「……分からないことが多すぎる……私は200年以上前に普通の人間として生まれてたの……? パパもママも2次元世界の住人じゃなかったの? 」
「メグ、詳しいことは後でゆっくり話そうか? それよりもパパはしなくちゃならないことがあるんだ」
ジョン・ブラックマンはゆっくりと拘束された僕へ近づき、屈んで視線を合わせて来た。殺意があるのか慈悲があるのかも区別が付かない、目があった者の心をただただ混乱させる眼光だった。
「うぐぁぁっ! 」
次の瞬間、涙腺から涙が上昇する感覚をハッキリと味わった。まるでペンチで挟まれたかのような力で思いっきり[鼻]をつままれたからだ。
「ジーツ君! 」
「いいかい? お前がジーツと呼んでいるこのクソガキ。コイツこそがブラックマン家をメチャクチャにし、そして……メグ! お前を殺した張本人なんだよ」
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