6-8 「ミントの記憶」

6‐8 「ミントの記憶」





 コーディ・パウエルは今ほど自分の無力さを実感したことは無かった。彼は火炎放射器で【コブラ】の動きを停止させている絶好のチャンスを失いかけていた。





「くそっ! 当たれ! 」





 彼は艦橋公園3階バルコニーより【象頭兵】から奪ったマシンガンを射撃し、地球型オブジェをつり下げているワイヤーを断ち切ろうと奮闘していた。





 先ほど【コブラ】に向けて放ったロケット砲の衝撃ですでに5本ある中の4本は切断され、あと残りの1本でかろうじてその球体を支えているという状況だった。





『一発でも掠ればいいんだ……それでオブジェは【コブラ】の真上に落っこちる……』





 しかし、15mは離れた場所から一本のワイヤーに弾丸を命中させることは困難の極みであり、ましてや射撃の不得意なコーディにとっては、その難度は揺れる船の上にて、足の指で針の穴を通すことを強いられたのも同然だった。そして……





『……なんってこった……』





 無情にもマシンガンは弾切れを起こした。コーディに残された武器はもはや一つしか残されていない。





『ビル……この銃、ちょっと借りるぜ……』





 ビル・ブラッドが愛用していた銀色の回転式拳銃。それだけだった。





『あんたがしたことはどうしても正当化できねぇ……

最低な行為だった……でもな……

クジャク部隊として送った戦友としての記憶、共に励ましあった親友としての記憶……

それだけは無かったコトにしたくはねぇんだ。

あんたの負の遺産にちょっとだけでも明るい光を照らしてやりてぇ……』




 ビルは撃鉄を引いて照門をのぞき込み、オブジェを吊すワイヤーに狙いを定める。





『とは言っても……こりゃまいったな……残弾数は4発だけ……さてどうする……』





 弾は4発。時間も限り無い。多大な重圧に手が震え始めた。





「早くしろコーディ! もう燃料が切れる! 」





 一階にいるニールの叫びが聞こえた。火炎放射器も長くはもたない。





『キャロル……力を貸してくれ』





 コーディはポケットからキャロルが栽培していたミントの葉を取り出して噛みしめた。清涼感のある香りが口内に広がり、鼻にぬけて前頭に刺激が走った。彼の脳内に過去の記憶が呼び覚まされる……









 ■ ■ ■ ■ ■









 2ヶ月前【第一居住区】射撃練習場。





「よく見てて、こうやってしっかりと構えて。銃と自分の骨が一体化するようなイメージでね」





「こ……こうか? 」





 キャロル・パーマーのアドバイスに従い、自動小銃を構えて15m先にある円形の的に狙いを定める。





「そして頭の中で標的と自分との間に一本の線を引くイメージをする。野外で距離がある時は、それに加えて風や重力によって変化する弾道の軌跡も予測してその分標準をずらす」





「ええっと……うんうん」





「そして落ち着いて引き金を引く」





 キャロルが放った弾丸は快音と共に的の中心を射抜いた。





「簡単でしょ? 」





 一方コーディは銃撃で空気だけを振動させるに終わった。





「キャロル……簡単に言ってくれるよな……それが難しいから俺は悩んでんの」





「あんたはなんでも難しく考えすぎなの。近道で済むことをわざわざ遠回りして行くタイプなんだよね」





「んなこと言ってもよ……」





「とどのつまり、シンプルに考えれば射撃なんて簡単なんだよ」





 キャロルはコーディをからかうような口調で言った。





「シンプル……」





「そ、誰でも弾を命中させることが出来る方法を教えて上げる」





「どうやるんだ? 」





 彼女は右手の指で銃の形を作り、それをコーディの胸に押しつけた。





「絶対に外さない距離まで近付いて撃つ! ただそれだけ」





「はぁ? 」





「あんたにはそれが一番いい方法なの」









 ■ ■ ■ ■ ■









 香りというモノほど過去の記憶を呼び覚ます引き金はない。





 コーディがアドバイスを受けていた時も、キャロルの髪からはミントの移り香が漂っていた。彼はその香りが大好きだった……





『一番の近道…… 』





 コーディは悟った。自分がいかに無駄なことをしていたのかを。そして決意した、自分が何をすべきかを。





「分かったぜ! 」





 全てを悟ったコーディはたっぷりと助走をつけてダッシュした! バルコニーの手摺りに向かって疾走した! 





『俺にはこの方法しかねぇし! この方法がベストなんだよ! 』





 手摺りに足をかけ、彼は高らかに跳躍した! 地球型のオブジェに向かって! 





「おりゃああああっ! 」





 そして見事[地球上に着陸]を果たした。





『全部0にしちまえばいいんだ! 』





 コーディはすかさず回転式拳銃の銃口を地球を繋ぐワイヤーへと密着させる。





 まさしく[0距離]! 





「重力(グラビティ)を味わいやがれ【コブラ】ぁぁぁぁ! 」





 放たれた弾丸は間違いなくワイヤーに衝撃を与え、抉り、貫いた。地球型のオブジェはその支えを失い、コーディを乗せたまま【コブラ】が絡まる転落防止用ネットの上へと引き寄せられた。





「うおおおお!? 地球が落ちてくる! 」





 【コブラ】の動きを止めていたニールはダッジと共に、その場から逃走! 【コブラ】は炎の呪縛が解かれるも時すでに遅し。巨大な金属球は【コブラ】を下敷きにし、そのままネットを突き破って床に激突! 





「くたばれ【コブラ】ァァァァ! 」





 その圧力に耐えきれなくなった【コブラ】の体はミシミシと音を立て……





「ウおおォォォォヲヲヲヲ! 」





 オブジェと共に爆散! 艦橋公園内には無数の金属片が巨大樹の葉のように散り、空気が揺れて発火するかと思うほどの裂音が鳴り響いた。





『やったぜ……クソ野郎! 』









 コーディ達が本物の孔雀になった瞬間だった。









「コーディさん! 」





 爆風で吹き飛ばされ床に激突しかけたコーディを、間一髪のところでニールとダッジが彼の巨体に押し潰されながら受け止めた。





「コーディ! 馬鹿野郎! 」





「よ! ありがとよ二人とも」





「コーディさん……よく無事で……」





「心配すんな。ちょっと派手めのダンクシュートを決めてやっただけさ」





 コーディは何事も無かったように立ち上がり、大きな怪我が無いことを二人にアピールした。





「何だかよ、【コブラ】よりもお前の方がサイボーグじみてるぜ……」





 彼の頑丈過ぎる体をニールは呆れつつも賞賛を送った。コーディは両手で力こぶを作ってその言葉へ無言の返答をする。





「おお、よくやったコーディ……」





 【コブラ】打倒に喜び勇んでいるところに、ドクター・オーヤが腹部を押さえながら割り込んだ。





「おおっ! ドクター! あんた大丈夫なのか? ……待てよ……そういやニール隊長! あんただって【コブラ】にやられたのに……」





 コーディの驚く様子を面白がるように、二人の被弾者は顔を合わせながら……





「「じゃーん」」





 と、その服の下に隠された真っ黒な鎧を見せつける。





「そのボディ・アーマーは? 」





「BMEの装甲を再利用したんじゃ、軽いし強度バツグン! 」





「【コブラ】の銃撃もしっかり防いでくれたってことだ! まぁ、かなり痛かったけどよ」




 この2人にかかったらBMEの残骸も巨大なおもちゃ箱と化してしまう。コーディは改めて頼りがいのあるクジャク部隊の先輩2人に敬意の念を抱いた。





「……まったくあんたらたくましいぜ」





 安心して力が抜けてしまったのか、コーディは尻を付いて座り込んでしまった。





「あとはアリーと小僧が上手くやってくれれば……ワシらの完全勝利ってことじゃな」





「そうだな……残り時間は少ねぇし……後は運命に任せるぜ……」





 コーディは軍用の腕時計を見て、【カーネル】発射まであと残りわずかだという現実を確認する。





「それにしても……謎が残っちまったな……」





 ニールは再び険しい顔を作る。





「やっぱり【コブラ】の行動が腑に落ちない……自分だって【カーネル】の直撃を喰らったらひとたまりも無かったハズなのによ……逃げる素振りすらしなかった……自分もろとも【アースバウンド】と心中するような感じだった」





「確かにそうじゃ……それに加えて、まわりくどい方法でワシらをおちょくるようなやり方……なにやら【コブラ】は人間的な考えを持って行動しているようにも感じられたわい」





 無視できない事柄が多すぎてニールもドクターも【コブラ】を倒し、ひとまず人類の勝利に一歩近付いたコトを素直に喜べずにいた。





「ま、その辺は後になってから考えようぜ」





 コーディはそんな二人の不安をよそに、そのまま床に大の字になって寝そべり、壊れたオモチャのように一瞬で眠りについてしまった。





「コーディさん? 」





「ダッジ、そっとしといてやれ」





「でも……街にはまだ【象頭兵】が暴れています! 加勢にいかないと……! 」





「無駄じゃ、ここから街にたどり着くまでに、【カーネル】発射の時間になっちまうよ」





「でも……」





「まぁ聞け。BMEと違って【象頭兵】は自律行動出来んのじゃ。

【カーネル】内のメインコンピュータからの遠隔操作で行動しとることは調査で分かってる。

つまり、もうここからは【カーネル】を破壊するか出来なかったかが全てなんじゃ。

今ワシらがすることは、アリーとジーツの成功を祈ること。それだけじゃよ」




「はい……」





 自分が何も出来ないことに若干の苛つきを感じているダッジに、ニールは慰めるように彼の背中を叩いた。





「お前の気持ちも分かるがなダッジ。

まぁ、今はちょっとでもいいからコイツを休ませてやりな。

コイツは今回の戦いで失った物が多すぎる……

よくもまあ今の今まで持ちこたえてたもんだぜ……」





 さっきまで死力を尽くして戦っていたコーディは、まるで母親に抱かれた赤子のような穏やかな顔で静かな寝息をたてている。









『キャロル……みんな……とりあえず仇はとってやってぜ……』





 そしてその閉じた瞳の隙間から、一筋の涙が流星のように頬を伝った。









 【カーネル】発射まであと5分。





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