6-7 「蜻蛉の加護」
6‐7 「蜻蛉の加護」
「すごいデカさ……【蜻蛉館】くらいありますよ! 」
突如現れた亀型の大型ロボットは、兵器や武器と呼ぶよりも施設と呼んだ方がしっくりくるほどのスケール感だった。半球状の巨大な甲羅を背負うその巨大亀を、僕は勝手に【亀ドーム】と呼ぶことにした。
「亀のクセにしっかり【カーネル】の入り口を塞いじゃってる! コイツを倒さなきゃ中に入れそうもないってことだね……」
重装甲車は【カーネル】から少し離れた場所にあり、そこまでたどり着くまでに、[クレータ]を作った正体不明の攻撃の餌食になることは明らかだった。
そもそも[悪夢のガトリング砲]の残弾数も残りわずかだったし、あの巨大兵器にはそれすらも通用しない可能性もある。かくなる上は、この手しかない!
「ジーツ君…… しょうがない! アレ行くよ! 」
そう【グレムリン効果】だ! コレしかない!
「分かりました! 」
僕達は【亀ドーム】が鎮座してる道路を左右に挟んだビルの陰にそれぞれ身を隠していた。【グレムリン効果】を発動させるには僕がアリーに触れることが大前提、僕達は危険を覚悟でタイミングを合わせて道路へと飛び出すことをアイコンタクトで疎通し合った。
しかし【亀ドーム】は僕達の思惑を察知し、その背負った甲羅に刻まれた六角形の亀甲模様の一つ一つがトランクを開けるように開かれ、そこから長さ30cmはありそうな筒状の小型ミサイルらしき物を見せつけた。
「ヴィィィィィィーーーーーーーーンッ! 」
そして今まさに、そのミサイル群が一斉に発射されるかのような不吉な機械のうなり声が辺り一帯に鳴り響いた。
「逃げて! ジーツ君! 」
「やっべぇぇぇぇ! 」
僕はミサイルを避ける為、必死にビルの奥の方へと再び身を隠した。
「ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ! 」
数多の小型ミサイルが雨のように降り注ぎ、塵と煙が周辺を覆い尽くした。
あと一瞬でも遅かったら、僕は跡形もなく霧のようになっていただろう。【亀ドーム】の攻撃はそれほどに強力かつ無双だった。
「ジーツ君! 」
道路の向こう側からアリーの声が聞こえたと思った瞬間、小型ミサイル攻撃の第2波が僕の安全を守ってくれているビルそのものに攻撃をし始めた。
「ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴォン! 」
「僕は無事です! でもヤバイですよ! ここから動けそうにないです! 」
アリーに聞こえたか分からないけど、僕は喉がすり切れるほどに声を張って自分の安全(今のところ)を主張した。
「……屋上へ上って! 」
爆撃が織りなす轟音の隙間を通るように、かろうじてアリーの声を聞き取った。
【亀ドーム】の体高は5mほどだ。屋上に登れば10mはあろう高さからそれを見下ろす形になる。彼女は地形的にこちらが有利になると考えたのかもしれない。僕は言われるがまま、ビルの内部に入って屋上を目指す。
アリーさんも、無事でいてくれ!
僕は彼女の無事を祈りながら、ビル内の階段を登っていく。ミサイルの猛攻で建物は激しく振動し、今にもトランプで作ったタワーのように崩れてしまうのかと恐怖を覚えるほどだった。
急がないと!
焦りながらも、僕は3階建ての鉄骨構造のビルの階段を登り切り何とか屋上へと辿り着けた。すると向こう側のビルの屋上でこっちに向かって手を振るアリーの姿を見つけた。
彼女は屋上に設置されていた鉄塔に昇っていて、そこから電線のように延びる回線ケーブルを握っている。
そのケーブルはこっち側の屋上の塔屋へと繋がっている。どうやら彼女はロープウェーの要領でこちら側に向かい、僕と合流するつもりだ。
しかし彼女の姿を視界に入れて安堵したのも束の間、下にいる【亀ドーム】から小型ミサイルが屋上へと放たれ、再び僕に向けて爆撃を開始した!
「ズゴゴゴゴォーン! 」
間一髪屋上の塔屋の中に隠れてその攻撃をやり過ごす。
どうやら、【亀ドーム】は温度センサーか何かで僕がいる位置を完璧に把握しているようだ。小型ミサイルはそれを感知して誘導する仕組みなのだろう。
「ズゴゴゴゴゴゴゴゴォーン! 」
「あぶね! 」
次々と放たれるミサイルの洗礼。コンクリートが抉られ破片が飛び散り、行く手を阻まれた僕は屋上へと身を乗り出すことすら出来ないでいる。
どうする……どうすればいいんだ?
何も出来ないまま、刻々と時間が過ぎる……この状況がひたすらに悔しい。
僕達を信じて送り出してくれたコーディ達に見せられない醜態だ。【アースバウンド】の人々が、初めて【コブラ】に一矢報いる最大の好機だったと言うのに……。
「クソォッ! 」
どうしようも出来ずに追い込まれたこの状況にいらだちを隠せず、拳でコンクリートの壁を思いっきり殴りつけてしまった。
映画であればこんな時には騎兵隊が助けに来てくれるのだろう。しかし、そんな都合の良い現実なんてまずない。だれも助けにこないし、奇跡も起きない。……僕は知っている。
「現実は…いつだって弱者に厳しい……」
「バザザザザザザザザザザザザ! 」
突然外が騒々しくなった。いや、騒がしかったのはさっきからずっとそうだったのだけど、何かが壊れたり飛び散ったりする爆裂音とは一切異なる別の音が塔屋の外から聞こえてきた。
「なんだ、なんだ? 」
僕はゆっくりと外の様子を伺った。
「まさか! 」
そこには以前資料映像で見かけた映像とそっくりな光景が繰り広げられていた。
「これは……トンボだ! トンボが飛んいるのか? 」
目を疑った。銀河の星々を思わせるほどのトンボの集団が、ビル群の隙間を絶え間なく飛んで横切っていく。
これはまさしく飛蝗現象と呼ばれる現象。人の手が付かず、代わりに【象頭兵】を初めとする機械達が地上で際限なくサーバを構築し続ける特殊な環境下により、トンボだけが異常に数を増やしてしまったのだろう。
そして……それが影響して僕の目の前では、奇跡と呼んでも良い程の喜ばしい光景が生まれていた。
「ズゴゴォーン! 」「ズガゴォン! 」
『時として飛蝗現象は、観測レーダーが雲と見間違えるほど大量に発生し、精密機器に悪影響を与える時もある……』
【亀ドーム】は、大量に発生した昆虫の集団によって僕の姿を見失ったのか、自慢の小型ミサイルを全く関係の無い方向へと乱射し始めたのだ。
「現実は、弱者に厳しい……」
……そうだ、冷静に考えてみれば、【亀ドーム】はこれまで何発ミサイルを撃ち散らした? 数え切れないほどに攻撃を続けて、未だに僕を爆散させることが出来ていないじゃないか!
それに対し、僕が【グレムリン効果】を発動させれば、あの巨体でさえ一発で趣味の悪いの観光名所に変えることが出来るじゃないか!
「そうだ! 弱者が亀で、強者が僕達だ! 」
僕は飛び出した! 飛蝗現象によって亀がターゲットを見失っているうちに……蜻蛉の加護があるうちに……僕が【グレムリン効果】を発動させるんだ!
「ジーツくゥゥゥゥん! 」
屋上へと出た瞬間、僕の姿を発見したアリーが絶叫にも似た声で僕の名を呼んだ。
「アリーさぁぁぁぁん! 無事だったんですね! 」
しかし、安堵すると同時に先ほど抱いた不自然な疑惑が確信となったことでたとえようのない胸のつっかえを感じてしまった。
やっぱりだ……おかしいぞ……
先ほどの【象頭兵】を蹴散らしている時と同じく、アリーがいるビルには、ミサイル攻撃が一切されていなかったのだ。攻撃は全て僕に集中している。
アリーさんが2次元世界出身であることや、脳内のリモートコントロールワームが影響しているのか? もしかしたら……
「ジーツ君! 早くそのビルから離れて! 」
ダメだ! そんなのは後で考えよう!
深まる疑問にフタをして、行動を起こさなければならない。このビルは今すぐにでも崩壊しそうな程にボロボロの湿気たビスケット状態にあるからだ。
「分かりました! 」
【亀ドーム】が混乱している今、無理してワイヤーを伝ってビル間を移動する必要はない。一度地上に降りてアリーさんと合流出来れば【グレムリン効果】で奴を倒すことが出来る。
急げ!
僕は屋上を後にしようとした、しかし直後に耳に入った破壊音と、それによって生じた状況の変化によりその行為を中断せざるを得なくなる。
「うわああっ! 」
ほんの一瞬だけ目を離した瞬間、【亀ドーム】の小型ミサイルがアリーが登っていた屋上の鉄塔に着弾していた! アリーはその直撃を避ける為に、鉄塔からジャンプしてワイヤーへとしがみつく。
「アリーさん! 」
蜻蛉の加護は諸刃の剣だった。
誘導ミサイルの軌道がデタラメになった代償に、今まで攻撃対象でなかったアリーに対してもその爆撃が及ぶようになってしまったのだ。
「ジーツ君! こっちは大丈夫! 早く逃げて! 」
[逃げる]……安全な場所に、危険の及ばない所に逃げろと言うアリー。その指示はまさに的確だ……僕は彼女の言う通り、最も安全な場所へと逃走を計る。
「待っててください! 」
僕はビル間を繋ぐワイヤーの張られた鉄塔へとよじ登る。
「待て待て待て待て! 何してんの! 」
今僕にとって一番安全な場所は、アリーさんの元だけ、敵に背を向けるだけが逃走じゃない。彼女と合流して【亀ドーム】を倒す! これが僕の逃走経路だ!
「とうっ! 」
ワイヤーに跳び移り、雲梯のようにぶら下がって彼女の元へと向かった。真下では爆風と洪水のようなトンボの群。奇異なシチュエーションに一瞬だけ心を奪われるも、僕は必死になってワイヤーをたぐって体を運ぶ。
あと5m!
アリーも僕の考えを汲み取ったようで、ロープを伝って僕の方へと近寄ってくれた。
あと3m!
「ズゴゴゴゴォーン! 」
「うわぁっ! 」
もう少しで合流出来ると思ったその瞬間、背後からの爆発音と共に大きな圧力を背中に感じ、僕は前方に吹き飛ばされてしまった。
「ゲ! 」「あ……」
[溺れる物は藁を持つかむ]
僕は前方に吹き飛ばされたながらも「何でも良いから掴める物に捕まってしまえ! 」の精神で身の安全の確保に全力を注いだ。しかし……その結果。
「ウソでしょ! 」
気が付いたら僕はアリーさんの下半身にしがみついていた。
「ちょっと待ってください! すぐによじ登りますんで! 」
僕はアリーさんの体をよじ登るようにしてワイヤーを再び握り直そうとした。無我夢中だった。
「どどどどこ触ってるの! 」
「すみません! ワザとじゃないです! 本当です! 」
彼女が反射的にもがいた影響で、僕はどんどん重力に引っ張られていく。マズイ……彼女のミリタリーパンツがどんどんズリ落ちている……
「勘弁してよマジでぇぇ! 」
半ば泣きそうになる彼女の顔を見送りながら、僕はとうとう自分の体が地面に引っ張られ、空気の抵抗を全身で浴びる浮遊感に包まれた。
僕は【亀ドーム】に向かって落下した。両手に宿主をなくしたミリタリーパンツを手に……。
あ……青……。
落ちながら見上げたその先には晴天をバックに写る機能性を重視した淡いブルーの三角形……白肌とのコントラストと、空の色と溶け込んだそのフォルムが自然主義の絵画を思わせた。
「うおおおおおおっ! 」
僕の体が熱く高揚していく。血流が巡り、頭が冴え渡って全身の皮膚が褐色に染まる!
僕は落下しながら両手を真下に向け、その凝縮された力の矛先を亀型の巨大兵器へと向けた!
「全てを0に! 」
半導体の働きを向こうにする特殊磁場の爆発。その威力は重力に引っ張られる僕の体を一瞬持ち上げる程の反動を生んだ。
【亀ドーム】は一瞬で動かなくなり、僕はゆっくりとその甲羅の上へと着地した。
「やった……やったぞぉ! 」
勢いの緩やかになったトンボ達の群が僕達の勝利を祝う紙吹雪のように見え、感慨もひとしおだった。
蜻蛉の加護よ……ありがとう……。
「ジーツ君……それ、返して」
マントルから発せられたようなくぐもった声が聞こえた……晴れやかな気分を一気に曇天にするような殺気を背中に感じた。
「あの……」
アリーが僕の背後に立っていた。彼女は5mの高さから、いとも容易く亀の上に着地していたようだ。
「こっち見ないで……絶対に」
僕の手に握られたミリタリーパンツを力強く引ったくり、アリーが無言でそれを履き直したことを衣擦れとベルトのバックルがカチャカチャと触れ合う音で確認する。
「……すみませんでした……」
「私、別に怒ってないからね」
言葉の内容と口調が全く一致していなかった……どう言葉を返せばいいのか分からずに狼狽してしまう。
「その……なんというか」
「いいよ、私も君のパンツ下ろしたし……おあいこってことにしとく」
そう言ってアリーは僕の手を引っ張って無理矢理向き合わせた。
「ただし! 全部終わったら君のケツを2・3発ドカっとシバくくらいのコトはさせて! 」
やっぱり怒ってる!
「先を急ご、時間ないからね! 」
今が緊急事態だということに初めて救われた瞬間だった。とりあえず今は助かった。
「はいっ! 終わったら好きなだけシバいてください! 」
「嬉しそうな顔で言うな! 」
僕達はいよいよ【カーネル】内部へと侵入する。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます