6-6 「亀と炎」

6‐6 「亀と炎」





「緊張してる? 」





「はい……」





 潜水艇は自動操縦を停止させ、[エリア112]の海岸近辺に停泊した。





「いよいよですね」





 ドクターが用意してくれた潜水艇はそもそも巨大な物資を運搬する為の特殊艇だ。艇内物資の搬入・搬出を簡単に出来るように、天井が扉の様に開いて昇降機で物資を上に押し上げる装置が備わっていた。






「君はとにかく教えたとおりに撃ちまくればいいよ。後は私がなんとかする」





「分かりました」





 僕達はゆっくりと稼働するその昇降機の上で、地上へと身を投じるまでを今か今かと待ちわびる。





「期待してるよ、相棒」





「はいっ! 」









「ガコォォォォンッ! 」









 昇降機が止まって機械が軋む音が響いた。





 二週間前にコールドスリープで目覚めた時以来の事だったけど、その時は【グレムリン効果】を発動させてすぐに気を失ってしまったので、こう言ってもいいだろう。









 実に200年以上ぶりの地上だ! 





 僕達はついに地上へと……青空の下へと飛び出した! 





 ……が、予想通りと言うか、現実を目の当たりにしたというか……そんな感動を味わう暇など与えないぞ、とばかりに[好ましくない]者達が僕達を手厚く出迎えてくれていた。




 20……いや……40はいるか……? 





 海岸にはその砂浜が見えなくなるほどに群を成した【象頭兵】の集団が、僕達に鈍色の銃口を向けて待機していた。





 【アースバウンド】にも数百の【象頭兵】達が襲来していたのにも関わらず、待ち伏せだけにここまでの兵力を用意できる【コブラ】側の戦力の厚さを垣間見た。





「ジーツ君、これでも今までと比べればかなり少ないほうだからね」





「悪夢ですね……」





 でも……今の僕達にはそんな悪夢でさえ、休日朝の二度寝に思えるほどの[心強い味方]があるのだ。





 見せてやるぞ。クラブ2クラブの猛攻を! 





「よし、撃ちまくれぇぇぇぇぇぇ! 」





 いつもの10倍くらいにドスを効かせたアリーの声。そして落とされた決戦の火蓋。





「うおおおおおお! 」





 ドクターが潜水艇の中に搬入していた[秘密兵器]の正体、それはアースバウンド護衛隊が誇る重装甲車TKSだった。しかし、先ほどバディ元首が搭乗していたモノとは一つだけ大きな違いがあった。





「ズガガガガガガガガガ! 」





 この重装甲車にはBMEの胸部に備えられていた[悪夢のガトリング砲]が取り付けられていた。





 きっとドクターは、僕が【バラスト層】で倒したBMEの残骸をどうにかして手に入れ、装甲車へと移植して改造を施していたんだろう。





「いけええええ! 」





 僕は砲撃手として車内に備わったスコープを覗きながらトリガーを思いっきり握り込み、浜辺に陣取った【象頭兵】達を文字通り[掃射]して蹴散らした。





「いいよ! いいよ! その調子! 」





「アリーさん! 道が出来ました! 」





「よっしゃ! それじゃ行くよ! しっかり捕まってて! 」





 潜水艇の上部は平らな滑走路のようになっていて、さながら空母のミニサイズを思わせる構造になっていた。そして運転手のアリーは重装甲車を一度滑走路の一番後ろ端まで後退させ……





「私らを舐めるなよぉ! この象頭のロクデナシ共がああぁぁ! 」





 一気に急速前進! 弓矢のように弾きだされた重装甲車はその重みを感じさせない跳躍を見せ、一気に海上から浜辺へと上陸し、そのまま【象頭兵】達を蹴散らすかのように猛進した! 





「よっしゃあ! このまま【カーネル】まで突っ込むぞコラァ! 」





「ハイッ! 」





 アスファルトが隆起して凸凹になった悪路をものともせずに突っ切らせるアリー。腹の中身が飛び出しそうになる程の振動をこらえながら、僕はガトリング砲の40mm段を次々に【象頭兵】へと射出した。





「ガン! 」「ガガン! 」「ガン、ガガン! 」





 飛び散る金属の残骸が装甲車にぶつかり、けたたましい音の振動が僕の鼓膜をつんざいた。正直泣きたくなるくらいにキツイ状況だったが、アリーはそんな事は全く意に介さず、むしろこの状況を楽しみながらハンドルを操作しているようにも見えた。





「ジーツ君! 不思議に思ってたでしょ? 」





「なんのことです? 」





 【象頭兵】を引き壊しながらアリーが僕に大声で話しかけた。





「なんで私がクジャク部隊に入ったのかって」





 確かにそうだ。脳内にリモートコントロールワームを飼っているアリーにとって、一般の人よりもワーム検査が厳しいクジャク部隊に入ることは多くのリスクが伴う。そんな危険を承知でなぜ彼女は入隊したのか? 





「初めは【コブラ】や【カーネル】のコトをもっと知りたいっていう純粋な気持ちで入隊した。

でも、そんなのは建前で……本当はもっと違う理由だったって、今気が付いたかもしれない! 」





「どういうことですか!? 」





 アリーは僕に笑顔を向けた。それはリフのコトを語っている時に匹敵するほどに爽やかな[いい笑顔]だった。





「私ね! 単純にこうやって暴れたかっただけだったかもしれない! 」





「ええっ!? 」





「あっちの世界じゃこんなコトはまず出来ないからね! 」





 アリーは[二次元世界]にいたころは今よりもヤンチャな性格だったと聞いていた、戦闘中ではその頃の気性が隠せなくなってついつい暴れたくなるのか? それともクレイジー気質のムーン家と共に生活を送る内に影響されてこうなったのか? 





「うおおおおぉぉ! どけどけ! ひき殺すぞおめぇら! 」





 おそらく両方だろう……。





「ジーツ君! 何やってんの! 撃って撃って! ドシャァッって撃ちまくれぇぇぇぇ! 」





「は、はい! 」





 クジャク部隊の新米である僕は、先輩隊員に言われるがままにトリガーを引き、行く手を阻む敵軍を無惨な鉄くずへと変えていく作業に没頭した。





「いいよ! いいよ! いいよ! ジーツ君! アンタ最高にバイオレンスだよ! 」





「はは……」





 【象頭兵】の警備が手薄になったことに加え、超絶的な威力を誇るガトリング砲のおかげで、僕達はあっという間に【カーネル】まであと100mという所まで来ていた。





「よっしゃ! ジーツ君! 【カーネル】までもうスグだよ! 」





 任務が順調に進み、何もかもが良い方向へと導かれているように思えた。しかし……

 やっぱり変だ……。





 僕は不自然な点に一つ気が付いてしまい、この状況を素直に喜べずにいた。





 アリーは気が付いていないのか……? 





 不自然な点、それはあれだけいた【象頭兵】が一体たりともコチラに向けて発砲をしていなかった。というコトだ。





 確かに【象頭兵】はこちらに向けて銃を構えていた。でも、僕が見る限りは発砲まではしていない。こちらとしては都合の良いことには決まっているが、それがどこか不気味な片鱗を予感させてしまっていた。





「よっしゃ! 予定よりもかなり早いペースで着いたよ! 」





 しかし、折角良い流れで士気も高まっているところに水を差す気がしたので、僕はあえてそれをアリーには黙っていることに決めた。ただの杞憂で終わってくれればいいけど……。





「あれが【カーネル】ですか? 」





「そう、私も近くで見るのは久々」





 写真や動画で何度か見たことがあったけど、こうやって近くで見上げるとその巨大さに圧倒される。まるで塔が空に突き刺さっているかのような迫力だ。





そしてその塔の近くには真っ黒なドーム状の建造物がビルの隙間から顔を出している。おかしい、僕が写真で見た時にはこんな建物は無かったハズだけど……。





「アリーさん。【カーネル】の隣に真っ黒なドームがありますよ? アレはなんですか? 」





「あれは【カーネル】に向けられた大型ミサイルとかをレーザー砲で打ち落とす迎撃兵器だよ。でもあんな所にあったっけな? 」





 アリーさんもどうやら違和感に気が付いたようだ。





「大丈夫なんですか? 」





「アレは対人兵器じゃないから心配しないで! 」





「でも……」





 さっきから自分の目がおかしくなったように感じる。どいういうワケかその巨大なドームはゆっくりと[動いている]ようにしか見えなかったからだ。





 僕は感じた異変をとりあえず目の錯覚だと決めつけ【カーネル】へと侵入することだけに集中することに努めた。





「到着! 」





 そしてとうとう僕達は何人をも拒む【カーネル】の入口ゲート前へと到着した。





「ジーツ君! マスターキーをお願い! 」





「了解! 」





「ズガガガガガガンッ! 」





 僕はガトリング砲を放って【カーネル】の強固な入り口の扉に大穴をこじ開けた。





「行きましょう! 」





 ビデオで予習した通り、【カーネル】の内部にはエレベーターがある。それを使ってメインコンピュータのある展望デッキまで上昇するのだ。





 僕達は重装甲車から飛び降り、【カーネル】内部へと疾走を始めた。





 しかし……! 





「揺れた? 」





 僕達は思わず足を止めた。





「地震……ですか? 」





 確かに地面が突然揺れた。スコーンを砕く音を何百倍にも増幅させえたような地鳴りが足を伝って迫り来んできた……! 





「まさか……」





 僕達は突然大きな陰に飲み込まれ、それを作り上げる[あまりにも巨大な存在]がすぐ近くにまで迫ってきていることにようやく気が付いた。





「ヤバイ! ジーツ君逃げて! 」





 咄嗟に僕とアリーは左右に分かれ、お互い近くにあったビルの物陰へと避難した。





「ズガグォォォォッ! 」





 鋼鉄を叩き割るような音の衝撃! 僕達がさっきまでいた場所には直径1m程のクレーターが出来上がっていた。あと少しでも遅かったら僕の体は複数形になっていただろう。








「ズシン……」





「ズシン……」





「ズシン……」









 クレーターの創作者は、巨大な地鳴りと共に老朽化したビルを破壊しながらその全貌を現す。





「ウヴォオオオオオオオオッ! 」





 それは……あまりにもスケールが大きかった。ドーム状の建造物と思われていた物は、真っ黒な装甲に身を包んだ巨大な機械兵だった。





 小型車と同等の大きさを持つ一対の前足と後ろ足がその巨体を支えながら歩いて【カーネル】の前に立ちはだかり、シャチを思わせる頭部に備え付けられた真っ赤で鋭い眼光が僕達の行く先を阻んだ。





「まさかアレが動けるだなんて……」





「蛇・象・ときて……今度は……」





 【カーネル】の守護神はその厚い甲羅で侵入者の一切を拒む、真っ黒な[亀型兵器]だった。









 ■ ■ ■ ■ ■









「さあ! どっからでも掛かってこい! お前を駆除する準備は出来てるぜ! 」





 艦橋公園へと戦いの場を移したコーディ・パウエル達クジャク部隊【コブラ】討伐チームは、バルコニーの2階にて身を潜め、追跡してきた【コブラ】を迎え撃つ準備を整えていた。





『律儀にエレベーターを使ってくるか? それとも車の時みたいに床を突き破ってくるか? 何度もやっていたように上から降ってくるのか? 』





 【象頭兵】から奪い取ったマシンガンを構えながら【コブラ】の出方をイメージするコーディ。





『さあ、来やがれ【コブラ】! コイツを見舞ってパウダーにしてやるぜ! 』





 その傍らにはドクターが【コブラ】からもぎ取った右手を携えていた。





『ワシの予想が正しければ……【コブラ】は必ずワシ達を攻撃してくるハズじゃ』





 汗を拭うことすら許されないほどの張りつめた空気。【第一居住区】で行われている護衛隊と【象頭兵】との交戦音もここではあまり聞こえなかった。その静寂がひたすら不気味だった。





『来い! 来い! 来い! 来い! 』









「ドガッシャァァァァ! 」









 チェーンソー同士で鍔迫り合いをしたかのような激しく鼓膜に突き刺さる裂音が艦橋公園の静寂を切り裂いた! 





「来た!? 」





 その音の諸原は間違いなく【コブラ】。しかしその姿の出所はコーディの予想とは大きく外れ……





「後ろから来よったか! 」





 【コブラ】はコーディ達が待ち伏せしていた2階バルコニーの壁を左拳で突き破り、その姿を現した。





「ソロソロ登場ノ仕方がワンパターンだと思ワれていただろうからナ。意表をツカせてモラったヨ」





「大して変わってないぜ! このマンネリ蛇頭! 」





 コーディは大型マシンガンにて【コブラ】に先制攻撃。弾幕を作って敵を制しようとするも、【コブラ】はそのまま跳躍してドリルのように回転し、左手から銃弾をバラ撒きながらコーディ達に襲い掛かった! 





「うおおおおっ! 伏せろドクター! 」





 バルコニーに設置されたベンチを盾に、【コブラ】の掃射をやり過ごす。火花が水しぶきのように飛び散った。





「クジャク部隊……ト言っタか……お前ラはイズれカーネルで跡形モなく消えル。

ダガ、ワタシも名前ダケの孔雀にいいヨウにサレたママだと思うと……

どうも腹のアタリがスッキリしないノだよ……」





 公園中央にワイヤーでつるされた地球型のオブジェの上に着地しながら、【コブラ】は得意げな態度を作って言い放った。





「そりゃ光栄だ! だけど心配すんな、もうそんなモヤモヤに悩まされることは無え! 」




 コーディは【コブラ】の右手をドクターから受け取り、それを思いっきり宿主の元へと向けて放り投げた。





「ナニッ? 」





 思わず【コブラ】は投げつけられた右手を左手でキャッチしてしまう。両手が塞がり、【コブラ】に隙が出来た瞬間だった。





「俺達がブッ壊すからな! 」





 バルコニー3階部分にて待機していたニール隊長がその隙を逃さず、今までずっと背負っていた[兵器]を【コブラ】に向けて射出した。





「ウオオオオォォ! 」





 その[兵器]の効果はてきめんで、【コブラ】は耐えきれずに悲鳴を上げた。





「人類の歴史は炎との歴史! しかと味わえ! 情熱と発展のホットフレイムをォォォォ! 」





 ニールが背負っていた[兵器]の正体。それは【アースバウンド】では禁断とされていた燃料を使う[火炎放射器]だった。





「クソ……人間如キが……」





 本来なら耐火性のボディを持つ【コブラ】に火炎放射器は通用しない。しかし、右腕がもげて内部構造が露出している今なら【コブラ】の動きを鈍らせるには十分な効果を発揮できた。





「いいぞ! 効いとる、効いとる! 」





「テメエの黒光りボディを真っ白な灰に変えてやるよ! オセロで挟むみてえにな! 」

 高熱の火炎に包まれている今なら【コブラ】は止まった標的も同然。コーディとドクターは次の行動に移った。





「よーく狙ってくれよ……! 」





 【象頭兵】から奪い取った重いロケット砲をコーディが担ぎ、ドクターがそのグリップを握って、標準を合わせる為のスコープをのぞき込む。





「安心せい! ワシャ狙った獲物は外さん! 昇天しちまった嫁だって一撃でしとめた! 」





 非力なドクターと射撃音痴なコーディ達の短所を補うコンビプレーた。





「もうちょい右……よし! ばっちりだ! 」





 ロックオンが完了した! 





「おっ死ね【コブラ】! 」





 トリガーを引き、凄まじい射出音と共に円筒形のロケットが火だるま状態の【コブラ】へと引き寄せられる! 









「ズゴォォォォォォォォン! 」





 酸素の悲鳴と共に、ロケット砲は鮮やかなまでに【コブラ】の体を捕らえて爆発した。




「やったか! 」





 衝撃で振り子のように揺れる地球型のオブジェ。煙で視界が遮られ、その上にぐったりと倒れ込む人影のようなモノだけが確認出来た。





「あれは、【コブラ】か? やったぞ! ダラリとして倒れ込んでる! 」





 【コブラ】をついに倒した! コーディとドクターはその場で飛び跳ねてその喜びを全身で表現した。





「やりおったぞぉ! 」





 しかし、ニールだけは懐疑の姿勢を崩さず、【コブラ】の姿への凝視をやめなかった。








「いや、まて二人とも! ……ありゃあ……外側の皮だけだ……! 」





「なんじゃと? 」





「ありゃあ、まるで……」





「ソウ……脱皮ダ! 」





 迂闊だった。コーディは数秒前の自分を思いっきり殴りたくなるような気分になった。




「ぬああっ! 」





 【コブラ】はロケット砲が直撃する瞬間に炎の中から脱出していた。あたかも蛇が古い外皮を捨てる脱皮のように、外側の装甲を脱ぎ捨てて中身は無傷のまま安全な場所へと避難していたのだ。





「ドクターァァァァ! 」





 その安全な場所とは、コーディ達が待機していたバルコニー2階部分だった。





 【コブラ】は素早い動きで移動してコーディ達の背後を取り、左手による機銃でドクターをスデに銃撃して吹っ飛ばしていた。





「奥の手ダ……コレだけは使いたくナカッタがな」





 装甲が無くなって配線や人工筋肉がむき出しとなり、まるで人体標本を思わせる不気味な姿と変わり果てた【コブラ】が、ゆっくりと歩みコーディの元へと近寄る。





「くそ! この猥褻頭が! 」





 3階から降りてきたニールが再び火炎放射器の筒先を向けた。しかし……





「無駄ダ! 」





 装甲が無くなって身軽になったのか、今までよりもスピーディな動きでニールとの距離を一瞬で詰め、銃に変形したままの左手を彼のボディに叩きつけた。





「うぐぁっ! 」





「隊長! 」





 コーディは、吹き飛ばされて壁に叩きつけられたニールに気を取られ、【コブラ】がすでに瞬速で自分の真横に立っていることに気がつかなかった。





『何ィ!? 』





 銃形から普通の形に戻した左手で【コブラ】はコーディの首を掴み、軽々と持ち上げた。





「所詮はお前ラは人間ダ……孔雀ではなイのダ! 」





「うぐ……くそったれ……」





「言っタだろう……我々は常ニお前タチの先を行クと……」





 コーディは手足をバタつかせて、なんとか脱出を計ろうとするも、蛇に噛みつかれた蛙状態。最早成す術が全くない。





「オ前達の信じる死後ノ世界というヤツに送ってヤロウ……あのビルとかイウおめでたい人間のヨウニ」





『この野郎……』





 徐々に意識が薄れかけたその時だった。





「コーディさぁぁぁぁん! 大丈夫ですかぁぁぁぁ! 」





 艦橋公園の1階から彼の名を呼ぶよく通る声が聞こえた。





「オヤ……」





「バカ野郎! ダッジ! 隠れてろっつたのに! 」





 その声の主はO・N・ダッジ。コーディは元々軍人ではない彼に、1階の奥で身を隠しているように指示をしていた。





「もう一人の姿ガ見エないと思ってイタが……あんな所にいたノカ……」





「よせ! 【コブラ】! あいつは関係ない! 」





「イヤ、抜け目ナイお前達のコトだ……隙ヲ見てアソこにいるヒドいセンスのTシャツ男に何かをサセるつもりダロウ? 」





 【コブラ】は締め付けていたコーディの首から手を離し、手すり部分から身を乗り出して1階にいるダッジの姿を見下ろした。





「アイツはクジャク部隊じゃない! ただのタクシードライバーだ! 」





「タクシードライバーでモ人間は人間ダ……」





 【コブラ】は軽やかに飛び上がり、柵を越えて下界へと急降下してダッジへの空襲を計った! 





「ヤメロォォォォ! 」





「フハハハハハ! 」





 無情なるコーディの叫びをあざ笑う【コブラ】。ダッジは空からの敵襲に全く反応することが出来ず、ただただ驚いて立ち尽くしていた。





「死ネぇぇぇぇイ! ちっポケな人間よ! 」





 ダッジとの激突まであと5m! 





「よせぇぇぇぇ! 」













「……アレ? 」





 【コブラ】は突然自分の身に襲いかかった出来事に対し、全く反応が出来なかった。





 人類の天敵はちっぽけなダッジを目の前にして、網に絡まりながら滑稽なまでに上下にバウンドしている。それはまるで蜘蛛の巣に掛かった蝶のようだった。





「だから言ったろ……やめとけってな……」





 【コブラ】は転落防止用ネットの存在に気がついていなかった。ダッジは初めから【コブラ】を罠にはめる為の囮だったのだ。





「よう【コブラ】、いい眺めだな」





「お前ハ! 何故平気ナノダ? 」





 1階へと降りて来たニールが罠に掛かって身動きのとれない【コブラ】を見上げた。





「ズル剥け頭にお熱いのを浴びせてやる! 」





 ニールの構えた火炎放射器の起動音を聞き、【コブラ】はこの時初めて人間に対して[恐怖]を抱いた。





『マサカ……そんナばかナ……』





 再び火炎放射の熱に包まれ、のたうち回って悶絶する【コブラ】。





「ウぐぉあアアア! クソぉ! この【コブラ】ガぁあ……人間ゴトキにィィ! 」





 【コブラ】は何とかこの窮地を逃れる為、左手で手刀を作り、ネットを一本一本切り裂いて脱出を試みる。





「コーディ! 今の内だ! コイツにとどめをくれてやれぇ! 」





「分かった! 」





 下階からの隊長の指示を聞き取り、コーディは咄嗟に先ほど【コブラ】に対して使ったロケット砲の姿を探す。





『あと一発だけ撃てるハズだ……ドコに置いたっけ? 』





 しかし肝心のその姿が見あたらない。焦り、慌てながらコーディは上下左右、2階ギャラリー内にくまなく視線を向け、ようやくその姿を発見。そして絶望する。





「マジかよ……」





 ロケット砲は【コブラ】が襲撃のどさくさで吹き飛ばされ、トリガーとグリップを破壊されてしまっていた。これでは使い物にならない。





『どうする? どうする? どうする? 』





 何か【コブラ】に大ダメージを与える方法はないか? 迷い、パニックを起こしかけているコーディ。





「……コー……ディ」





 掠れるような声。銃撃を受けたドクターが這いながらコーディに呼びかけた。





「ドクター! 無事なのか? 」





 胸に数発弾丸を喰らい、致命傷になっているハズのドクターだったが、自分のコトなどどうでもいい! とばかりに、震える手であるモノを指差した。





「アレ……を……使え……」





 ドクターの指先が示す物を確認して、コーディは唾を飲み込んた。なぜならそれは艦橋公園名物である地球型の巨大オブジェだったからだ。









「……地球を落っことせってコトか……」









 【カーネル】発射まであと10分。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る