6-4 「激突と準備」

6-4 「激突と準備」





 コーディ・パウエル達は新たな仲間であるO・Nダッジと共に、【第一居住区】内に蔓延る【象頭兵】達を一体、また一体と蹴散らし続けていた。





「ニール隊長! これで何体目でしょうか? 」





「いちいち覚えちゃいねぇよ! ダッジ、とにかく飛ばしやがれ! 」





「了解! 」





 ダッジが運転、ニールが助手席で前方の敵に対して攻撃。後部座席にてコーディとドクター・オーヤが後方と両サイドの敵に対応する布陣をとっている。





「コーディ! 左にいるぞ! 」





「OK! 」





 コーディは射撃には自信が無かったが、【象頭兵】から奪い取った大型のマシンガンとの相性はすこぶる良く[下手な鉄砲も数撃てば当たる]の要領で数々の【象頭兵】を鉄クズに変えた。





「よっしゃ! 」





「お前さん、よくそんなバカでかいマシンガンを軽々と使えるもんじゃな」





「腕力には自信があってな! 」





 [象狩り]は順調だった。コーディ達クジャク部隊はもちろん、元首バディ・ボジオを筆頭にした護衛隊達も士気の高い応戦で、多勢に無勢の状況をモノともしない活躍を見せていた。





「いいぞ、あとはあの二人が【カーネル】を破壊してくれりゃ、晴れて人類は地上に戻れるってことだな! 」





「そう言いたいところだがな、コーディ。大事なモンを忘れてるぞ。前見ろ! 」





「ああ? 」





 ニールに促されて前方に体を向けるコーディ。その先には……





「……あの野郎! とうとう現れたな! 」





 クジャク部隊の行く先を阻むように一つの黒い影が仁王立ちして待ちかまえていた。





「【コブラ】!」





 負の象徴。二次元の番人。そして、ビル・ブラッドに悪魔の囁きを施した宿敵。





「コーディさん! どうしますか? 」





「ブチ壊してやりてぇところだが、場所が悪い! なんとかまけねぇか? 」





「やってみます! 」





 【コブラ】との距離、およそ15m。ジープとを繋ぐ直線に【アースバウンド】浮上の際に流れ込んだ海水の水たまりがあった。





『行ける! 』





 ダッジはアクセルを全力で踏み込み、【コブラ】へと向かって突進を始めた。





「おい! 突っ込む気か? 」





「しっかりと掴まっていてください! 」





 【コブラ】は左手を銃の形に変化させ、コーディ達へとその銃口を向ける。






「うおおおおおおおおっ! 」





 【コブラ】と正面衝突するかと思われたその瞬間、ダッジはフットブレーキとハンドルを巧みに操り、水たまりの滑りを利用して半月を描くようにジープを滑らせ【コブラ】の横側をすり抜ける。





「ドリフトターンか! 」





 そしてそのまま360度自転する形で体勢を立て直して直進。その一連の流れは水面に浮かぶ葉のように軽やかで、真横から見れば【コブラ】をすり抜けたかのように錯覚するほどだった。





「すげえぞダッジ! 」





「やりましたよ! 」





 【コブラ】の壁を超絶なテクニックで突破したことに喜ぶコーディとダッジだったが、ニールとドクターがすぐさま事態の異常さに気が付き、動揺した。





「おい! 【コブラ】がどこにもいねえぞ! 」





「どこにいったんじゃ? 」





 ほんの一瞬だった。少しだけ目を離した瞬間、やり過ごしたハズの【コブラ】が忽然と姿を消したのだ。





「なにぃ? そんなワケねぇだろ! 」





 周囲を見回して【コブラ】を探すも見つからない。しかし、唯一ダッジだけがジープに異変を感じ取り、【コブラ】の行方に見当を付けていた。





「ヤバイです! 」





「どうしたダッジ! 」





「ジープが重いです……もしかして【コブラ】がこの車に……」









「そのトオリ」





 海底から響くような不吉な声と共に、光沢を放つ真っ黒な手刀がジープの床を突き破った。





「うわあっ! 」





 手刀は丁度コーディの股下に植物が生えるかのようにせり出されてた。





『ジープの真下に貼り付いてやがったのか! もう少しで蛇に去勢されるところだったぜ……』





「気をつけるんじゃ! 」





 ドクターがコーディに注意を促す。なぜなら床に生えた手刀は右手。つまりリモートコンロールワームを発射する機能を備えているからだ。





「やべえ! 」





 コーディはとっさに右手を掴み、ワームを発射させる銃口となっている指先の方向を逸らす。





「くそっ! すげえ力だ! 」





 ドクターもコーディと共に【コブラ】の腕を握ってワームの射出口を自分達に向けられないようコントロールする。





「ヤバイぞ! 耐えられん! 」





 【コブラ】の力は尋常ではなかった。腕を押さえる二人には、陸に上がってのたうち回る鮫を押さえ込むような力を要求された。





「ダッジ! 」





 ニールは新参者の名を呼びながら前方に向けて小銃を連射する。





「ガガガガッ! 」





 飛び散る火花と共に、1m四方のモニターパネルが床に落下した。





 このパネルは【第一居住区】のいたる所にぶら下げられている物で、それが丁度前方に転がっていた【象頭兵】の残骸の上に覆い被さる形になり、ジャンプ台のようなスロープを模した。





「出来るか? 片輪走行! 」





 ニールのリクエストにダッジは乾いた唇を舐めながら……





「やります! 」





 と一言だけ返した。





 ニールの思惑は瞬時に読みとった。今の状況は車を走らせているから五分の戦況なのだ。もしも走行を止めたとしたら、【コブラ】は車にしがみ付く必要がなくなった分自由がきくので、地上戦であっという間にクジャク部隊は殲滅させられるだろう。





『【コブラ】を振り落とす方法は一つ……! 』





 ダッジにとって初めての挑戦だったが、彼はこれも運命と受け入れた。





 ニールのお膳立てによって用意されたスロープの上を左側の車輪だけを走らせて車体を斜めに傾かせ、右側のタイヤだけでジープを走らせることに成功した。





「うおおおお! 」「うひゃああああ! 」





 突然ひっくり返るように車体が傾いてコーディもドクターも振り飛ばされそうになるが、必死に【コブラ】の右腕にしがみついて地面への激突を阻止する。





「【コブラ】! 俺っちがお前をすり下ろしてやる! 」





 ダッジは片輪走行をキープしたまま車道に面したビルの壁に近づき、車の裏側に貼り付いた【コブラ】の体を壁面にこすりつけた。





「ウオオオオぉぉぉぉ! 」





 金属のボディが擦れて花火のようにスパークを散らし、たまらず悲鳴をあげる【コブラ】。





「そろそろ離れやがれぇ! 蛇野郎! 」





 これだけのコトをしても【コブラ】は車から離れない。番人としての執念か? それとも苦痛を感じない機械の体だから成し得る不退転か? いや、違う……





「ワシらが掴んどるから離れられんのじゃ! 」





 そう、コーディとドクターが自分の身を守るために【コブラ】の右腕にしがみついている限り、【コブラ】は車体から離れることはない。





「離したら落ちちまうじゃねえか! 」





 かと言ってジープの体勢を元に戻してしまっては状況は振り出しに戻る。





 まさに「彼方を立てれば此方が立たず」の状況。





「やばいです! 俺っちもう無理です! 」





 【コブラ】がもがき、コーディとドクターがぶら下がり、激しく揺れる車体のバランスを維持することが出来なくなったダッジは苦渋の思いで片輪走行を中断した。





「ズガシャァァァァン! 」





 上下にバウンドさせながらジープは元の四輪走行へと戻り、状況は振り出しに戻った。しかし……





『車体が軽くなった? 』





 ダッジはジープの重みが軽くなったコトを感じ取り、後方を目視して確認する。





 後部座席には床に生えた【コブラ】の右腕にしがみつくコーディとドクター。そしてさらに後部には横転しながら地面に叩きつけられた【コブラ】の姿。これはつまり……





「やったぞ……右腕を引きちぎってやったぜ! 」





 コーディは、その本体を失った機械の右腕をまるでトロフィーのように抱え上げた。





「でかしたぞコーディ! 」





 これは重要なことだ。【コブラ】が誇る最大の武器、リモートコントロールワームを封じたも同然なのだから。





「コーディ! それを貸してくれ! 」





 ドクターはコーディから右腕を奪い取り、その構造を探るように凝視した。





「やっぱり全部機械じゃ……」





 先ほど【コブラ】が見せたあまりに人間じみた言動に、ドクターはもしかしたら【コブラ】は機械のスーツを着込んだ人間じゃないのか? という可能性を考えたがそうではないらしい。右腕の内部は複雑に束ねられたワイヤーで出来た人工筋肉しか確認出来なかった。





「おいドクター、それよりも見てくれ! 」





 【コブラ】の正体なんて後回し! とばかりにコーディはもぎ取った腕の表面装甲に注目した。





「こうやって近くで見ると細かいヒビがいっぱいあってボロボロだぞ! 」





「確かに……劣化しとるぞ……装甲が! 」





「やっぱりそうだ……

アイツと地上で会った時は、もっと素早くて強かった……

恐怖の塊だった。でも今は違う、こうやって右腕もちぎることが出来た。

無駄じゃなかったんだ……」





「無駄? 」





 コーディの瞳が少し潤んだ。





「ああ、アイツ、キャロルが自爆した時のダメージがまだ残ってたんだ! 」





 [エリア112]にてコーディとアリーを逃がすために爆弾を起動させて散ったキャロル・パーマーの意志は、【コブラ】を弱らせる渾身の一手となっていた。





「おい、アイツがまだ追ってくるぞ! 」





 ニールは後方から走って追いかけてくる【コブラ】を確認。そのしつこさと執念深さには効率性を感じさせず、やはりどこか感情に任せて行動する人間臭さを彷彿させた。





「いいぜ……やってやるぜ【コブラ】」





 コーディは散っていったクジャク部隊員の為、ゆっくりと、低い声で復讐の炎を静かに燃やす。





「ダッジ! 艦橋公園に行ってくれ! 【コブラ】を引きつけながらな! 」





「はい! 」





「艦橋公園じゃと? 何をする気だ? 」





「あそこには3階構造のバルコニーがある。【コブラ】の飛行能力に対応しやすいだろう! 」





「……コーディ、[やる]ってことだな? 」





「ああ……コブラには孔雀が天敵だってことをキッチリ教え込んでやる! 」









 ■ ■ ■ ■ ■









 潜水艇は問題なく海中を潜行。順調に[エリア112]へと向かっている。目的地までは10分以上、その間に僕とアリーは戦闘準備を整えることにした。





「あ? アリーさん! クジャク部隊の戦闘服にブーツもありますよ! 」





 潜水艇内には、対【象頭兵】用の徹甲弾が装填された自動小銃といった武器や、防弾仕様のボディアーマーといった防具がおもちゃ売場の陳列棚のように用意されていた。





「よかった、この格好じゃ動きづらかったからね」





 アリーは病院から抜け出した時の病衣に、コーディから借りたブカブカのジャケットと、これまたコーディから借りた予備のブカブカブーツという出で立ちだった。これから最重要任務をこなすというには少しマニアックすぎる格好だ。





「ジーツ君も着なよ。その格好じゃ今から映画館に行くみたいで緊張感がないしね」





 平凡なシャツとパンツに運動靴。そしてアリーから貰ったワッチキャップ。こんな格好では確かにそうかもしれない……コーディ・リフと一緒にカフェにいた時からずっと同じ格好なのだから。





「ほら、これならサイズも合いそう」





 アリーは戦闘服の一式を僕に手渡してくれた。それは少し重くて生地が厚く、戦闘に特価した物であることを再確認し、気持ちが引き締まった。





「それじゃジーツ君は奥に行って着替えてきて。私も今から着替えるから[いいよ]っていうまで絶ッッッッッッッッ対にこっちを向かないように! 」





「は……はいっ! 肝に銘じておきます」





 覗き行為に釘をさしたアリー。倫理だとかセクハラだとかそういう問題以上に、僕達の場合は直接生死に関わるコトなのだ……冗談抜きで……。





 僕達はお互いに十分な距離をとり、背中を向けて着替え始めた。無言で静かに、まるで泥棒が音を立てずに物色するように……。





 ま、マズイなコレ……。





 僕は潜水艇のエンジン音に混じって聞こえる、かすかな衣擦れの音を意識せずにはいられなかった。どこか緊張感を漂わせる艇内の雰囲気がそれに拍車をかける。黙っていてはマズイ! そう思った。





「アリーさん? 」





「え、何? こっち見てないよね! 」





「み、見てないですよ! 聞きたいことがあるんです! 」





「聞きたいこと? 」





「はい、さっきは話の途中で終わっちゃったんですけど……

アレです。アリーさんにとって艦橋公園が思い出の場所だって話ですよ」





「……ああ、アレねぇ……」





 数時間前に僕がどういうワケか彼女に触れずに【グレムリン効果】を暴発させそうになって中断されてしまった話。元々その続きが気になっていたのと、僕の本能の荒波を抑える防波堤としてアリーに話を振ってみた。





「あそこね、私が自殺しようとした場所なんだ」





「へぇ~………………っえ!? じさっ……」





 アリーの重い告白はあまりにもそっけなく、日常の出来事だったかのような口調だった。うっかり軽い相づちを打ってしまうところだった。





「言ったでしょ? 私がこっちの世界に来た直後は、何度も逃げ出しそうになったって……」





「はい……」





「それである日にね……ホームシックになっちゃってついつい、こんなコトを考えちゃったんだ。[こっちが二次元の世界なんじゃないか? ]って」





 アリーの発言には強い同意しかなかった。僕だって過去の記憶が無い状態で突然見知らぬ時代に放り込まれたので何度か「僕はまだコールドスリープしていて、今は夢を見ているだけなんじゃないか?」と思ったことがある。





「そう思ったら、いてもたってもいられなくなって、何故だか知らないけども[死ねば元の世界に帰れる]そう思っちゃった……それでラボを抜け出して彷徨う内に艦橋公園にたどり着いたんだ」





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