6-3 「相棒と偏愛」
6‐3 「相棒と偏愛」
ついてねぇ……本当についてねぇ……。
俺っちが何をしたってんだよ。
2週間前に仕事のバスをイカレたじじいに乗っ取られちまって、まる焦げにされるし……国のはからいで【第一居住区】でタクシーの運転手として働き始めるも、今度は死んだはずだったガキの幽霊が目の前に現れるわで、また仕事道具を奪われちまうしよぉ……。
そんでよ、途方に暮れてたらいきなり【アースバウンド】が浮上だろ? さらにシェイカーに放り込まれたみてぇな揺れが起こったと思ったら、空から趣味の悪い象頭のロボットが降ってくるし……。
「うわああああ! ちょっと待て! ちょっと待て! 」
そんでその象頭の一人は執拗に俺っちをおいかけてきて鯨だって殺せそうなマシンガンをぶちかまして来やがる……なんとかギリギリで命(タマ)を繋いでるけど、それも時間の問題ってヤツか?
「うわああっ! 」
と思った矢先にやっちまった! ホラー映画のヒロインよろしく派手にすっころんじまった!
ヤバいぞ……象頭が俺めがけて突進してくるじゃねぇか! 逃げる暇なんて無ぇ……
おしまいだ。バスの運転手として1年……タクシードライバーとして一週間、汗水垂らして働いた俺っちの長距離ドライブは終わっちまうのか?
迎えがきたんだ……蜻蛉となって天に昇った俺っちの愛車「ライトニング・バップ」の元に旅立つ時が来たんだ……全てを受け入れよう……。
これは運命だ。
「ドガッシャアアアア! 」
派手な音が聞こえやがる。俺っちに向けて弾丸をしこたまバラ撒いているのか?
痛みすら感じられないぜ……あんまりな結末だったけど、病気一つしない健康体だったし、収入も中の下くらいでそこそこ幸せな人生だったのかもしれない。今はそれだけを感謝しよう。
ああ、それでも最後に一度だけシュガーをたっぷりまぶした焼きドーナツを頬張りたかった……下痢になってトイレに籠城するくらいに……
「……あァ……? 」
おかしいな……俺っちはふと今日着ていたTシャツの柄はどんな物だったかが気になって、閉じていた瞼を開けて見たら妙な光景が目の前に繰り広げられているじゃねぇか。
「コーディ! これなら外さねぇだろ! 撃て! 」
「うるせぇぞ隊長! 分かってるって! 」
象頭はどデカい軍用ジープのタイヤの下敷きになっていて、そのジープに乗っていたこれまたデカい男によってマシンガンのシャワーをこれでもかと浴びせられている! なんだなんだ?
「ガガガガガガガガガ! 」
「よっしゃ! 一丁あがりだ! 」
男達は俺っちの命を付け狙っていた象頭を一瞬でスクラップにしちまったみたいだ……。
「おい! そこのあんた! 」
190cmはありそうなその男が俺っちに向けて声をかけてきた!?
「大丈夫か? スグに【第一居住区】の脱出ポッドに向かえ! ここにいちゃ危険だぞ! 」
俺っちの命の恩人は黒い戦闘服に身を包み、その上からでも分かるくらいに鍛え上げられた肉体をもっていた。そして彼が軽々と釣り竿のようにドデカいマシンガンを扱う姿を見て思わず俺っちはこう思っちまったんだ。
『か……かっこいい……! 』
「おいコーディ! やばいぞ! 」
「どした? 」
「【象頭兵】の部品がタイヤに絡んじまったらしい! ジープが動かねえ! こんな時はどうする!? 」
「何だって! なんとかしろよハゲワシ! 」
「うるせぇ! 前から言いたかったけどよ! 俺はハゲじゃねぇ! スキンヘッドだよ! 」
「やべぇぞ! 【象頭兵】の群がこっちに来るぞ! 」
どうやら俺っちの尊敬するお方の名前はコーディと言うらしい……
そして今、そのコーディさんはジープが発車できずに困っている……これは、俺っちが今何をするべきかなんて歯が生えたばかりのチビっ子にでも分かることだよな。
これは運命だ。
俺っちはジープに向かって走った。
「俺っちに任せてください! 」
「なんだあんた? 」
俺っちは操縦席に座っていたスキンヘッドさんをおしのけ、ジープのハンドルとシフトレバーを握った。
「こういう時はコツがいるんです! 見ててください! 」
俺っちには特技がある。バス、重機、バイク、タイヤの付いたモノならなんだって乗りこなせるコトだ! 軍の装甲車だってこっそり護衛隊の友達に教わってある程度は動かせる。
「ギュララララ! 」
そんな俺っちにかかれば、こんなトラブルは目クソを取るより簡単にこなせるってもんだ!
「動いた! 凄いぞ! 」
コーディさんが俺っちの技術を賞賛してくれている……ああ、いいぞいいぞ!
「運転は俺っちに任せて、みなさんは攻撃に集中してください! 飛ばしますよ! 」
コーディさんは少し驚いた顔を見せるも、すぐに愛嬌と信頼を感じさせる不敵な笑顔を俺っちに向けた。
「分かった! 任せる! 街中の【象頭兵】を探しつつ、陣痛が始まった妊婦を運ぶみたいに飛ばしてくれ! 」
「分かりましたああああッ! 」
俺っちは地面にめり込むかと思うほどにアクセルを踏み込んだ! どんなに悪路だろうと、どんなに混雑していようと、【アースバウンド】中の道なら何でも知っている! 象頭がどんなに入り組んだ場所に隠れていようが見つけてみせる!
「おい、あんた! 」
「何ですか?」
「俺はコーディ、あんたの名前は? 」
「俺っちはO・N・ダッジ! ダッジって呼んでくれ! 」
「それじゃダッジ! 頼んだぜ相棒! 」
相棒ッ! うおぉ! やる気がどんどんみなぎってきた! 全神経を集中しろ! 俺っちは全力でこの人達をサポートしなければならない! 迅速かつ、安全に! 後方確認だってしっかりと……
「ゲゲェーッ! 」
俺っちは思わず急ハンドルで車を大きく揺らしてしまった。
「おいダッジ! 安全運転で頼むぜ! 」
俺っちはルームミラーからいけないモノ見てしまった……子供を射殺し、ライトニング・バップを盗んで火葬した俺っちの天敵……。
「おいドクター! 荷台で何してたんだよ? 」
「ヒヒッ! 【象頭兵】から奪ったロケットランチャーの使い方を探っていたんじゃよ」
なぜあのクレイジーなじじいがここに? いや、いかん! とりあえず……俺っちがしなきゃいけないのはコーディさん達を安全に運ぶこと! それ以外は忘れるんだ!
「うおおおおおおおおっ! 力を貸してくれぇぇぇぇ! ライトニング・バップゥゥゥゥ! 」
「なんじゃアイツは? 」
「ダッジだ、急遽運転手をやってもらうことにした」
「ふーん、見たことがあるようなないような……しかしアイツ、センスのないTシャツを着とるのう……」
■ ■ ■ ■ ■
僕はただただ驚いた。【蜻蛉館】に隠された螺旋階段を下りた先には、【第二居住区】でのドクターのラボに似た研究施設が待ちかまえていたからだ。
「オーヤさんは【第二居住区】でも作ることの出来ない開発をこの場所で行っていたの」
受付のお姉さんは僕達に説明しながらドンドンラボの奥へと進んでいく。僕達もその後を追いかけるように続いた。
「あの! 」
「なァに? ジーツ君? 」
アリーも気になっているだろう質問を僕はお姉さんに投げかける。
「お姉さんはドクターと……どういう間柄なんですか? 」
「ああ……単に私の主人がオーヤさんと友達なのよォ。その関係で私もオーヤさんのコトはよく知ってるの」
友達……そういえばBMEが襲来した時ドクターが……
『大丈夫じゃ! あそこにはワシの友達の嫁さんがいてな、その人にリフを預けたんじゃ。信頼できる人じゃから安心しろ! 』
……とか言ってたっけな……
「それじゃあリフちゃんを預かってくれたのは……あなたなんですか? 」
「そうよォ。ね! リフちゃん」
「うん! このお姉さん、オセロがメチャクチャ巧いんですよ! 」
リフはさっきからずっとお姉さんと手を繋ぎながら歩いている。気が合うのだろうか? リフがこんなに懐いている姿はアリーと一緒にいる時以外に見たことがない。
「それで、おじいちゃんの友人の奥さん。ここに何があるんですか? 」
アリーは露骨に語気を強めて話かけた。何故だろう? さっきからアリーがリフと仲良さげなお姉さんの姿に対し、少し威嚇しているような目で見ているのは……?
「この扉を開ければ分かるわ」
お姉さんは車のハンドルのようなハッチを回して重厚な金属製の扉を開いた。
ゆっくりと広がる隙間から明らかに違う空気がこちら側に入り込み、扉の奥に潜む「何か」への期待をこれでもかとかき立てる。
「さあ、入ってちょうだい」
僕達は恐る恐る奥の部屋へと足を運ぶ。照明が照らされて明らかになったその施設内には、鉄柵に囲まれた円形の巨大なプールがあった。
水深10m以上はあるだろうか? そのプールには四足のBMEを2体繋いだくらいの大きさはありそうな潜水艇が堂々と浮かんでいる。
「このプールは直接海中へと直行出来るトンネルになっているわ。
そしてこの潜水艇の最高速度は50ノット。
これに乗れば[エリア112]まで15分で行ける。
自動操縦も設定済みよ」
「……おじいちゃん……いつの間にこんなイカれたモノを……」
「凄い……! 」
僕もアリーもその潜水艇に釘付けになり、しばし見入って硬直してしまった。
「さあ、見とれてないで。二人とも大事な仕事があるんでしょう? 」
その通りだ、今は一分一秒が惜しい緊急事態、【カーネル】発射のカウントダウンは刻一刻と進行している。
「ジーツ君! 急ぐよ! 」
「はい! 」
アリーは素早い動作で潜水艇の上部へと昇り、出入口のハッチのハンドル回し始めた。
「……アリー姉ちゃん! 」
今まさに大任を果たそうとする姉の姿に何か不安を感じ取ったのか、リフが小さな体を精一杯動かして潜水艇の上部へとよじ登ってきた。
「無事で帰ってきて! ジーツ兄ちゃんも! 絶対に戻ってきて! 」
「リフ……」
アリーは壊れるかと思うほどに力強くリフを抱きしめた。まるで自分の体内に取り込もうとしているくらいに、その姿の必死さが伝わった。
「大丈夫……ジーツ君が一緒だから平気だよ」
「それが不安なんです……」
「はは……」苦笑いするしかなかった。
「ねぇリフ」
「何? 」
「ごめんね、私ずっとあなたに隠し事してたの」
「え? 」
「帰ったら教えてあげるね……だから、あのお姉さんの言うことを聞いてちゃんと避難するんだよ」
「……分かった。約束だよ」
するとリフは突然アリーの前髪をそっとかき上げ、そのおでこに不意打ちのキスをした。
「あ……」
そしてそそくさと逃げるようにリフは潜水艇を下りて行く。
「ジーツ兄ちゃん! 姉ちゃんをお願い! 」
「うん! お姉さんも、リフちゃんをお願いします! 」
「安心してェ! 気をつけて行ってらっしゃい! 」
僕は二人に手を振りながら潜水艦の中へと入ろうとしたが、アリーがハッチのハンドルを握ったまま凍ったように硬直している。
「アリーさん!? どうかしたんですか? 」
「……え? ああ、ごめん。今……開けるから……」
心ここにあらずといった感じで、アリーはハッチを開け、艇内へと入っていく。僕もそれに続いた。
「操縦はどうするんですか? 」
中に入ると艇内はスグにコックピットになっていて、操縦の為のレバーや端末が僕達を出迎えてくれた。
「うんっ……分かるよ……大丈夫……オートパイロットだから……」
寝ぼけているかのような口調で答えながらアリーはロボットのような正確な動きで端末を操作すると、潜水艇はうごめき、動き出して潜行を始めた。
「やった! これで[エリア112]までひとっ飛びってワケですね! 」
「……うん」
「……アリーさん、どうしちゃったんですか? 」
さっきから覇気のない返事ばかり。一体アリーの身に何が?
ひょっとして【カーネル】破壊の一大任務へのプレッシャーを感じて怖じ気ついてしまったのだろうか?
だとしたらマズイ……モチベーションが下がったままだと動きに支障をきたすし、何よりも【グレムリン効果】を発動させるための[その気]を起こさせづらくなってしまう。僕が何とかしなければ……!
「ア、アリーさん……分かりますよ、今の気持ち……
僕だって同じです……
心臓がバクバクしてて口から飛び出しそうだし……
体も熱くなって爆発しそうなくらいですよ……」
「……そうだよね……やっぱり……そう思うよね……」
「はい……僕もこうやって立っているだけで精一杯なくらいで……」
「私もそんな感じかな……でも、ジーツ君……ごめん。私限界かもしれない……」
そう言ってアリーさんは向かい合ってその震える手で僕の両肩を掴んだ。
「アリー……さん……」
僕は自分に備わる【グレムリン効果】のことを忘れ、ただ彼女を抱きしめてあげたい。体を密着させて少しでもその不安を取り去ってあげたい。そう思った。
「ぼ……僕でよければ……」
……がしかし、そんな妄想は直後のアリーの行動によって弾け飛んでいってしまった。
「かわいいよね……リフって……」
「へ? 」
とろけるかと思うほどにだらしない表情のアリーが予想外の言葉を吐き捨てた。
彼女と出会ってからまだ2週間たらずだけど、ある程度のコトは知り尽くしたと僕は思っていた。
でも全然そんなことはなかった……。
「よっしゃぁ! ヤルぞジーツ君! ドカッと【カーネル】をへし折ってやろうぜ! 」
潜水艇の壁に何発もパンチしてその興奮ぶりを表現するアリー。僕はそれを見て彼女が狂ってしまったのかと思った。
「は、はい……やりましょう」
「行くぜ行くぜぇぇぇぇ! 」
異常なテンションの中、僕たちは[エリア112]へと潜行開始した。
「行っちゃった……」
ジーツとアリーを見送り、二人の前では決して見せなかった悲しい顔で名残惜しさを表に出した。
「さあ、リフちゃん。私達も避難しましょう」
「うん……」
二人は手を繋ぎながら研究所を後にする。
「リフちゃん」
「なに? 」
「アリーちゃんの秘密ってなんだろうね? 」
「……なんとなく見当がついてます」
「へえ、そうなんだ」
「わたし達が本当の姉妹じゃないってこと」
受付のお姉さんはリフがあまりにもそっけない態度で重大なことを口走ったので、驚きの表情を作った。
「おじいちゃんもお姉ちゃんも隠してるつもりだろうけどバレバレですよ……わたしの本当の家族は、おじいちゃん以外みんな死んじゃったってことも……」
「全部……知ってるんだね」
「うん。でもいいの……
わたしが困っていたらいつだって助けてくれたし、味方でいてくれた。
たまにパニックになって妙な行動したり、夜中わたしが寝てる時に部屋に侵入してきたり、着替えを覗いてたり変なところもあるけど……」
受付のお姉さんは少し顔をひきつらせる。
「そんなアリー姉ちゃんが、わたしは大好きだから……血の繋がりとか関係ないですよ」
「そっか……アリーちゃんは幸せね」
リフは少し照れた表情を作った。
「私もアリーちゃんのコトは大好きよ。主人もよく褒めてたしねェ……この前もピンチのところを助けてもらったらしいし……」
「…………お姉さん」
「なァに? 」
「気になったんですけど……お姉さんの旦那さんって……? 」
受付のお姉さんはリフの言葉に不敵な笑みを向けた。
「主人は、秘密にしてくれ! って言ってるんだけどなァ……喋りたくもあるのよねェ……約束を守るか、この場のノリに任せちゃうか迷うわねェ……」
「教えて! 知りたい! 」
「う~ん、リフちゃんだったら…………こんな時はどうする? 」
【カーネル】発射まであと33分。
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