第6章 地上奪還編

6-1 「アクア進化論」

6‐1 「アクア進化論」





 なぜ【カーネル】の軌道がズレたのか? 【コブラ】は何故あそこまで取り乱したのか? 疑問に思うことはたくさんあるけど……確かなことが一つある。





 それは絶体絶命のピンチはまだまだ去る気配を見せないということだ。





 50? 100? いや、500体はいるかもしれない……機関銃を構えながら飛翔する象の頭を持ったロボット兵士の大群は動画で見た[飛蝗現象(ひこうげんしょう)]を彷彿させるほどだった。





「お前達……武器は今どれだけある? 」





 ニールが護衛隊の一人に聞いた。





「隊員一人ずつ主に自動小銃と拳銃を一丁ずつ……対【象頭兵】用の徹甲弾もありますが……正直に言えば少々心許ない装備です」





「なるほどな……」





 ニールは苦笑いをして自分の頭を撫でた。





「【カーネル】はあと1時間で再発射されるし、趣味の悪い象頭の大群は押し寄せるし……ちょっとしたお祭りだな……コーディ、こんな時はどうする? 」





「ジーツの能力を使ったとしても、一度に倒せるのはせいぜい10体……それに……ジーツ! 能力はあと何回使える? 」





「多分あと2回です……」





 僕の【グレムリン効果】は一日3回が限度だ。今さっきBME相手に発動してしまったことが悔やまれる。





 僕の十八番はBMEだろうと【コブラ】だろうと、機械であれば一瞬で倒せることが最大の強みだが、その効果範囲の狭さと発動条件・回数に難があることが弱点だ。





「倒せて20体か……」





 コーディ達が考えを巡らせている間に、【象頭兵】の大群はどんどん【アースバウンド】内に降り立とうとしている。もう時間がない。僕を含め、護衛隊の数人も諦めの雰囲気を感じさせる表情を作っていた。





 この状況に突破口が見いだせない。





 例え【象頭兵】を破壊したとしても【カーネル】の発射を止めなければ意味がないし、【コブラ】を倒せば【カーネル】が止まるという都合の良いコトも期待出来ない。





 【象頭兵】に撃ち殺されるか? それとも二発目の【カーネル】によって沈没するか? 僕達は負のニ択を再び強いられている。






「ズドォォォォォォンッ! 」





 突如鳴り響いた爆音。空気が撹拌され、地面がしびれるように揺れた。【象頭兵】が爆弾でも落としたのだろうか? 





「なんだ! 」





 どういうことだ? 僕は自分の目を疑った。空を飛ぶ【象頭兵】の10体……いや20体ほどが体を炎上させながら地面に落下していく様子が見えた。









「何? 何が起きた? 」









『人類の祖先は、かつて生活を地上から海へと移し、再び地上へと戻った。そして海中生活での経験を生かし、高度な文明を作り上げたという説がある……』









 爆発音にも負けないほどに大音量の講釈。僕は耳を塞ぎながらその音の出所である背後に体を向けると、そこには煙突の様な砲塔を携えた巨大な装甲車があった。おそらく【象頭兵】はこれによって放たれた砲撃によって撃ち落とされたのだ。





『この説をアクア進化論と呼ぶ。 人類は海から地上へと戻る時、新たな発展を遂げるのだ 』









「バディ元首!? 」





 [バディ元首]装甲車のハッチから顔を出しつつ、拡声器で僕達に生物学を教授する人物をアリー達はそう呼んだ。





「まぁ、これには確たる証拠もなく仮説の域を脱しなかったがね……」





 バディと呼ばれた男は終始無表情で行動が読めない曲者のような雰囲気があった。でも同時に、この場にいるだけで安心感が得られるようなカリスマ性も同時に持ち合わせていることも一目見ただけで感じ取られた。





「元首! これは一体? 」





 コーディの問いにバディは無表情で答える。





「元クジャク部隊コーディ。

ビル・ブラッドの一件はまことに残念だった……

だが、彼がアリー・ムーンをワーム寄生者としてでっち上げたことを真に受け、NM法を発令した我々にも責任の一端がある……」





 バディの視線はコーディからアリーの方へと向けられた。





「アリー・ムーン。いるのだろう? 」





「は…はい! 」





 元首直々に呼び出されたアリーは敬礼をして応える。





「我々はワームに対して少々ヒステリックになっていたのかもしれない……すまなかった」




 バディはアリーに頭を下げて謝罪をした。





「いえ……それは……」





 アリーの頭の中には本当にリモートコントロールワームが埋め込まれている。でもその真実をバディ元首は当然知らない。そのためアリーは、艦内のボスともいえるバディに頭を下げられたことに、ひどく気まずさと罪悪感を感じているのかもしれない。





「我々は大きなミスによって窮地に立たされたワケだが……

最大のピンチは最大の好機とも言える……

ドクター・オーヤ。今この【アースバウンド】は【カーネル】がそびえ立つ[エリア112]にかなり近い位置を漂っているということには当然分かっているな? 」





「ええ……【カーネル】の発射音がハッキリと聞き取れましたし、【操舵機関堂】に映し出された海洋マップからも確認をしました……」





 ドクターも僕と同じくそのことに気が付いていたようだ。まぁ、当然だ。





「ならば答えは一つだ」





 バディ元首は護衛隊と同じモスグリーンの戦闘服の胸ポケットから一枚のカードのようなモノを取り出し、手品師を思わせる手首のスナップでそれを僕に向けて投げつけた。





「痛っ! 」





 抜群のコントロールにより投げつけられたカードは僕のおでこに命中し、涙目でその紙切れに印刷されたマークを確認した。





「これは……トランプ? 」





 それは紛れもなくトランプカードの52枚ある内の一つ「クラブの2」だった。





「アリー・ムーン。そして【グレムリン効果】の少年よ。君達に命令を下そう」





 [命令]





 その言葉に僕は心臓を握りしめられるような緊張感を覚える。ほんの1週間前には自分のパンツの臭いで気を失っていた僕に、人類の代表から必要とされているのだから……。





「[エリア112]へと赴き、【カーネル】を破壊せよ。君達になら出来る」





「「ええっ!? 」」





 バディの命令内容に僕もアリーも驚き思わず声を上げてしまうも、その意図は何となく理解できた。あの【象頭兵】の群は[エリア112]の警備にあたっていたヤツらを召集したのに間違いはない。つまり【カーネル】の警備が手薄になっているということ。





「【象頭兵】と【コブラ】は我々に任せるんだ」





「ですが……」





「大丈夫だ。【第一居住区】には200人を超える護衛隊に、この重装甲車TKSが10基。それに、百戦錬磨のクジャク部隊もいるじゃないか」





 コーディとニールが自動小銃を構えながら「安心しろ」とばかりに、頬肉が引きちぎれるかと思う程の笑顔を僕とアリーに向けた。





「……行きましょう、アリーさん」





「ジーツ君……」





 僕の決心は固まった。





 コーディ達が【アースバウンド】を守り、僕達が【カーネル】を攻める。これしか人類が存続する手段は無いように思えた。





「でもね、ジーツ君。問題が一つ……」





 アリーが未だ残る不安要素を述べようとしたその時……。





「ズガガガガガガガガガガガガ! 」





 フライパンに大量の小石を流し込むようなけたたましいと共に、地面に火花が生じた。





「伏せろ! 」





「来やがったな! クサ象めが! 」





「抗戦しろ! 」





「撃て撃てぇぇぇぇ! 」





「落とせ落とせ! 」





 高台に近づいてきた【象頭兵】が、空中から僕達に向けて容赦なく発砲してきた! 





 コーディと護衛隊達はそれに応じるかのような喧噪をあげて銃撃戦を繰り広げ、僕達のいる場所はその瞬間に戦場となった。





「リフ! 大丈夫! 」





「うん! 無事無事」





 僕はアリー、そして彼女に抱き抱えられたリフと共に、近くに止められていた軍用ジープの陰に隠れて銃弾を凌いでいた。





「参ったな……この状況でどうやって[エリア112]まで行けばいいワケ? 」





 鉛玉の豪雨というあんまり過ぎる天候に、アリーがたまらずぼやいた。





「【第一居住区】にも緊急脱出用の装置とかあるんじゃないんですか? 」





「脱出用カプセルね……確かにあるけど……あれはあくまでも脱出用の小型潜水艇でスピードは期待できないよ……[エリア112]に辿り付くだけで1時間は掛かりそう……」





 【カーネル】が再発射されるまで、おそらく後55分。僕らには否でも応でも迅速に行動しなければいけない……なのに肝心の移動手段さえ見つけられない体たらくだった。





「いい考えがあるんじゃ」





 滑り込むように僕達の前に現れたドクター。何かを企むような表情を作っていた。





「アリー! リフと小僧を連れて【蜻蛉館】に行け! そこに秘密兵器を用意してある! 」





「ええ? 【蜻蛉館】に? どうやって? 」





 ここから【蜻蛉館】まで行くとなるとそれだけで最低30分は掛かってしまう。大きなタイムロスだ。





「大丈夫だ! 」





 今度はニールがジープの陰に滑り込む。その右手は一人の護衛隊の襟首が握られていた。





「【蜻蛉館】まで10分で行ける道をコイツが知ってる。ほらよ! 」





 ニールは捕まえていた護衛隊員の背中を強く押して僕らに差し出した。隊員はひどく迷惑そうな表情を作っている。





「あ! オセロが弱い兵隊さん? 」





 リフがその隊員を指さし、二人が顔見知りであることを僕達に教えてくれた。





「……護衛隊第三部隊員イアン・ステイシーです……よろしく」





 イアンは若いけど少し頼りがいのなさそうな風貌の隊員だった。着ている制服も護衛隊の仮装をしているように感じられるほどに……。





「大丈夫なの? 」





 不安を隠せないアリー。





「安心しろアリー、そいつだって護衛隊のはしくれだ」





 コーディが【象頭兵】の残骸を引きずりながら現れた。





「ジーツ、お前の真価が発揮できる時が来たな! 露出趣味のガキが【カーネル】破壊の命を受けるとは思わなかったぜ! 」





「露出趣味って……ちょっとひどいですよ」





「二人ともかならず生きて帰ってこい! そしたら一緒にストリーキングしてやるからな」




 たった数週間の付き合いだけど、この人の心の強さに僕は何度も救われた。家族を失い、恋人を失い、仲間を失い、親友すらも失ったコーディ。心には大きな哀しみの渦が立ちこめているハズなのに、それでも彼はその心を押さえ込んで前へ前へと絶えず歩みを続ける周りを導こうとする。本当にタフで、太陽のような人だ。





 僕はやり遂げなければならない。この人をもうこれ以上悲しませない世の中を作らなければいけない。





「……約束ですよ」





「ああ、ポコ○ン洗って待ってろよ! 」





 コーディが拳を突き出し、僕はそれに応じた。映画で観たことがある、拳と拳を付き合わせた男同士の友情を確認し合う伝統的所作だ。





「さあ行くんじゃ! 時間がないぞ! このジープで行け! 」





 アリーとアイコンタクトを取り、僕達は銃撃の壁として使っていたジープに乗り込み、イアンが運転席に乗ってエンジンを始動させた。





「待って! おじいちゃんは? 」





 後部座席に乗り込んだリフが出発を阻んだ。





「ワシはこっちでやることがある。大丈夫じゃ! ニールやコーディがいる」





 ドクターは孫娘の頭をそっと撫でた。





「でも……」





「出してくれ! イアン! 」





 ドクターが無理矢理ジープのドアを閉めた。走行を始めた車両のリアガラス越しに、リフは遠ざかるコーディ・ドクター・ニールの三人を涙目で見送った。





「おじいちゃん……! 」





 彼女の不安は頂点に達して、隣に座っていたアリーの胸に顔を埋め、肩を震わせた。





 無理もない。いくら天才的な頭脳を持ち合わせているとはいえ、リフはまだ10歳の子供だ。肉親が死地に残るとなれば、心が穏やかで済むワケはない。





「急がなきゃ……」





 これは戦争だ。人類が地上へと再び戻る為の。そして機械へと一矢報いる為の。

 僕達は一刻も早く【カーネル】を止めなければならない。













「ドクター、あんたも行ってあげた方が良かったんじゃないか? 」





 大きな瓦礫の壁を背に【象頭兵】から奪い取ったマシンガンを撃ちながらコーディは言った。





「バカタレ! 知らんかったのか? コーディ。ワシは若い頃に軍医をやってたことがあるんだぞ。医者であり軍人じゃい」





 ドクターは落ちていた自動小銃を拾い上げ、慣れた手つきで【象頭兵】に銃撃を開始した。





「戦場には慣れとる、銃くらい扱えるわ! 」





 撃っては素早く瓦礫に身を隠すその機敏な動作は、70歳の老人とはとても思えず、コーディは少し呆気にとられる。





「こりゃたまげたな……軍医というより衛生兵だろ」





「ヒヒっ! まあそうじゃな! 」





「戦闘狂のオーヤ・ムーンを知らなかったのかコーディ? 1号鑑じゃ有名だったろ? 」




 ニールが手榴弾を瓦礫越しに投げつけながら呆れ顔で言った。





「俺はそんときゃガキでしたからね」





「それじゃドクターが元クジャク部隊だってのも? 」





「それも知らな……ええっ! マジかよ? 」





 驚くコーディに、ドクターは得意気な表情でシャツの襟をめくり、首筋に彫られたクジャク部隊のエンブレムのタトゥーを見せつけた。





「ヒヒ……コーディよ、先輩に敬意が足りんぞ! 」





「こりゃ……クレイジーなハズだぜ……」





 コーディにとってそれは驚愕の事実だったが、剛胆な性格と平気でバスを盗んだりする行動力の裏付けともなり、ある意味納得のいく事実ともいえた。





「コーディ油断するな! 後ろを見ろ! 」





 やや緩みきった空気を一括するように、ニールが声を上げた。





「うわっやべえ! 」





 コーディ達の背後には送電用の鉄塔があった。その10mほどの高さの塔の足場に、5体ほどの【象頭兵】がロケット砲を構えてこちらに残酷な標準を合わせている。





「逃げろ! 」





 コーディ達がその場から飛び出して逃げようとしたその瞬間……





「ドゴオオオオオオッ! 」





 鉄塔に何か巨大な物が撃ち込まれ、金属が悲鳴を起こすような轟音と共に大爆発を起こした。





「おおっ! 凄え威力だ」





 鉄塔は少し離れた位置に陣取っていた重装甲車TKSの砲撃によって崩れ落ちた。ロケット砲を構えていた【象頭兵】らもバラバラになって地面に叩きつけられ、コーディらは九死に一生を得た。





『こんな言葉がある……潜水艦乗りは馬鹿な奴ではなれない、利口な奴はそもそもならない……と』





 バディ元首がハッチから顔を出し、相変わらずの無表情で再び拡声器で演説を始めた。




『我々【アースバウンド】の民は優れた能力を持ちながらもそれにあぐらをかくことなく、あえて困難な挑戦に立ち向かった選ばれし者達の血統だ。地上でふんぞり返っていた奴らとは違うことを証明してやれ』





「「「「「おおおおおお! 」」」」」





 元首の演説に士気を高めた護衛隊達が雄叫びを上げ、次々と【象頭兵】に弾丸の雨を降らせていく。





「大丈夫かよ……? 国のトップのくせに前線に立ち過ぎだろ……」





 あまりにもアグレッシブ過ぎるバディの姿に半ば呆れながらコーディは呟いた。









 【カーネル】発射まであと50分。





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