5-8 「カーネイジ!」

5‐8 「カーネイジ!」





「そんな……【グレムリン効果】が……ジーツ君の能力が……」





「暴発しちまった……」





 BMEは僕の【グレムリン効果】によって機能を失い、仰向けになって豪快に倒れ込んだ。





「くそぉっ! 」





 悔しさのあまり、膝を付いて拳を床に叩き付けようと腕を振り上げるも、能力発動後に襲う凄まじい倦怠感により、その行為は腕をダラリと下ろすだけで終わった。何もかもが悔しい。





「【コブラ】! どこだ? 」





 僕は「もしかしたら効果の範囲内に【コブラ】がいたかもしれない」と、わずかな希望を抱いて倒れたBMEの奥へと視線を向けるが、そこにいたハズのビル・ブラッドと【コブラ】の姿は無かった。









「ソレは……その能力ハ……マサカ!? 」





 【コブラ】の声がする……一体どこから? 





「あぶねぇー! 」





 鬼気迫るコーディの声が聞こえたかと思った瞬間に、僕は背中に強い衝撃を覚えて思わず吐きそうになった。彼がいきなり背後から飛びついて僕を押し倒したからだ。





「スガガガガッ! 」





 覆い被さったコーディの身体越しに聞こえる銃声。そして仰向けに体を動かした僕は、上方を見て状況を把握した。





 上空に浮かぶ影が二つ。





 【コブラ】は右手で鞄を持つようにビルの襟首を掴みながら上空に浮かんでいた。そして銃のような形に変化した左手から弾丸を僕に向けて発射していたのだ。





「大丈夫か? ジーツ! 」





「は、はい! 」





 コーディのおかげで僕は間一髪銃撃から逃れることが出来たが、災難は終わらない。





「危ない! 避けて! 」





 【コブラ】が僕達に向けて[何か]を投げつけてきた。





「ドサァッ! 」





 柔らかそうな[何か]の直撃を転がり避けた僕達は、その[何か]が何であるのかを知り、胸が締め付けられ、僕は思わず目を背けた。





「……コー……ディ……」





 あまりにも残酷な光景がそこにあった。





「ビル……あんた……」





 【コブラ】が投げつけた[何か]は腕を通せるほどの穴を体に空けられたビル・ブラッドの肉体だった。





「コーディ……」





 マグマのように血を吐き出しながらビルは語り初めた。





「ビル……無理するな…… 」





「僕は……ただ…………彼女に……ブルーに……謝りたかっただけなんだ……」





「もう喋るな! 」





 ビルの顔はミルクのように青白くなっていく。





「……僕は……あの時……ブルーが死んだときな……」





 ビルの両目からは涙が溢れて止まらなかった。





「……ホッとしてしまったんだ……

これで……あの橋を渡れるぞ……って

……一瞬だけ……安心して……しまったんだ

……それが……それが……………………」





 ビルは動かなくなった。毒蛇に惑わされた反逆者の最後の言葉だった。





「……副隊長……」





 コーディは開きっぱなしになったビルの瞼をそっと下ろし、その亡骸に優しく呟いた。




「……あんた……真面目過ぎなんだよ……」





 かつて尊敬し、兄弟のように慕っていた人間をこんなカタチで失った。コーディの心境は誰にも真に理解するコトは出来ないだろう。彼はビルが最後まで大事に握りしめていた回転式拳銃を手に取り、形見としてそっと引き継いだ。






「オカシイな……

コレで好キなダケあの世デ謝罪出来ルととイウのに? この男ハなぜ泣イテいた? 」





 頭上で漂う機械の毒蛇が、僕達を嘲るような口調で言った。





「【コブラ】ぁぁぁぁ! なぜビルを殺した! 」





「ハ? 私ハ約束を守っタつもりダガ? 

貴様達アナログの人間タチは信じてイルのだろう? 

[死後の世界]トいうモノを……」





「ああ? 」





「私はビルにこう言っタのダ……

別ノ世界で、貴様ガ愛した女に会わセてやる。トネ」





「騙しやがったんだな……! 」





「困るナぁ……私は二次元に連レテ行くダなんテ一言も言っテナイのに……」





 まるでレストランでオーダーを間違えた定員に文句を付けるような軽率な口調だった。




 感情など全く感じられない振る舞いに、この【コブラ】は確かに[機械]なのだと改めて実感を覚えた。





「【カーネル】はスデにこの鑑に向ケテ発射準備をシテイル 」





 足裏から吹き出すジェットの噴射を弱めて、ゆっくりと【コブラ】は【アースバウンド】の地上へと降り立った。









「ソレにしても……マサカ貴様が生きてイタとはナ……」





「へ? 」





 【コブラ】が僕に話しかけてきた。想像してなかった事態に体が強ばる。





「嬉しいぞ……ウサギ小僧……宿敵とコンナ形で邂逅スルとはな……」





「ウサギ小僧!? ……僕のこと? 」





 全身の毛が逆立つような衝撃が走った。コールドスリープから目覚めてから、僕は今初めて自分自身の過去を知る者に出会ったのだから。





「ソノ反応を見るニ……ドウやら昔のコトは覚えていないようダナ……残念だ……興醒めとイウやつダナ」





 どうやら僕と【コブラ】には過去に深い因縁があるらしい。





 しかし、僕が記憶喪失だというコトを知った途端に【コブラ】は最早僕に対して興味を失っていた。





「もうイイ、アト10秒もスレバ、レーザー砲は発射サレテ長年に渡ったキミ達と我々との鬼ゴッコも終了ダ」





 【コブラ】のその言葉に誰もが生存を諦めたようだった。アリーもドクターもリフもニールも護衛隊達も一切の抵抗をしなかった。あのコーディさえも、もちろん僕もだ。





 コールドスリープから目覚め、ほんの2週間ほどの期間だったけど……【アースバウンド】での刺激的な体験、そして仲間と過ごした日々の輝きが走馬燈のように蘇る……





 僕は結局一体どこの誰なのか? 【グレムリン効果】とは結局なんだったのか? 





 そして夢に現れた謎の部屋とアリーそっくりな女の子は一体なんだったのだろうか? 僕にはまだまだ知りたいことが山ほどあったのに……





 嫌だ! 僕の物語が……【アースバウンド】の物語が……そしてみんなの物語がこんなところで終わってしまうなんて! 





「時間ダ……」





 地鳴りのような音が遠くから聞こえた……





 多分【カーネル】が作動した際に生じたモノなのだろう。そしてその音がここまで聞こえるということは、今【アースバウンド】は【カーネル】の近くに位置しているのだということを示している。






「グッバイ人類」





 【アースバウンド】の天井の穴から世界中にある電球を全て集めて点灯させたかと思うほどに強い光が差し込んだと思った瞬間。





「うわああああああっ! 」





 世界が揺れ、体が空に引っ張られるかのように吹き飛ばされ、どっちが上でどっちが下なのかが分からなくなった。





「ゴオオオオオオオオオオッ! 」





 遅れて鼓膜を消し飛ばすかと思うほどの轟音。





 この世から「生還」「生存」「安堵」「明日」「幸福」「笑顔」「歓喜」「安楽」といったポジティブな言葉が消え去った。





 僕の脳内には「死」その一文字だけが何度も浮かび上がり、全ての抵抗力を奪い去った。




 僕は今どうなっているのだろうか? 









 吹き飛んだ瓦礫の弾丸を全身に浴びている? 





 衝撃で天高く舞い上げられている? 





 レーザー砲の直撃で全身を焼かれている? 









 僕の体には一切の感覚が無かった。まるで夢の中で空中を漂っているかのように感じた。





 視界は目を閉じて真っ暗だったけど……人間が死ぬ間際に見るという[思い出の走馬灯]が脳内のスクリーンに投影されたようだ。





 ビルの死を看取ったコーディ、アリーの感触、ニールの怒鳴り声、ドクターの悪趣味な笑い、アリーの匂い、リフの元気な笑顔、BME、【蜻蛉館】、セクシーな受付のお姉さん、コーヒーの香り、艦橋公園のオブジェ……アリーの横顔、【アースバウンド】での重厚な記憶が次々と映されていく……。









 僕は死ぬんだな。









 半ば心地よい気分で自分の運命に見切りを付けた。





 [思い出の走馬灯]は徐々に色彩を失い、僕はこの世との決別が間近になっていくことを理解した。






 ……ああ……





 ……最後にもう一度だけでも……





 ……アリーの顔を見たかった……









『ショーン……』









 心の遠くから声が聞こえた……









『ショーン……』









 これは……夢なのだろうか? 





 僕の目の前に、アリーそっくりな女の子がこっちを見つめている。





『……大……丈夫?……ショーン……』





 彼女は涙を流し、さらに頭から血を流していた。そしてとても悲しげな表情で僕の顔をのぞき込んでいた。





『……ごめん……ね』





 違う……アリーみたいだけど……違う。





 この子は、誰だ? それに……ショーンとは何なんだ? 









 思い出した……

 この子は前に見たことがある……。









 夢で見た密室の少女……! 













「………ジーツ君! ジーツ君! 」

「……ジーツ! 起きろ! 」

「寝るには早いぞ! 小僧! 」

「兄ちゃん! 兄ちゃん! 」

「ゲロガキ! さっさと起きやがれ! 」





 ……あれ? 





 妙に現実感のある発声が僕聴覚を刺激した。





 大勢の人達に呼ばれた気がして、僕はゆっくりと瞼を開いた。





「ジーツ君! 良かった! 」





「ちくしょう! こんな時に寝るとは呑気な野郎だ! 」





 開かれた視界にはまずアリーとコーディの顔があった。





「あれ……? アリーさん?  」





 僕は仰向けに寝ころんでいたようだ。傍らにいたアリーが僕の上半身を助け起こしてくれた。





「コーディさんも……? それにみんな……」





 何が起こったのかさっぱり理解出来なかった。僕達は【カーネル】によるレーザー砲によって消し飛ばされたハズだったのに?





「アリーさん……生きてるの? 」





「うん……どういうワケかね」





 僕はゆっくりと起きあがって状況を確認した。





 まず大きな空が見えた。【アースバウンド】に空けられた大穴は先ほどの衝撃でその規模を拡大させ、もはや天井は[無い]に等しかった。





 僕はその光景を見て、記憶の気泡から[スタジアム]という言葉を思い浮かべた。





 そして下界の【第一居住区】を見下ろすと、そこにはわずかに倒壊した建物と、どこかで起こっているだろう火事の煙が昇っていることが分かった。





 大きな被害は確かにある。でも、【アースバウンド】は沈んでいない。





「【カーネル】のレーザーを落とされたのに……何で? 」





 ドクター・オーヤが僕の隣に立ち、下界を見下ろしながら言った。









「直撃しなかったんじゃ」





「え? 」





「軌道がズレて【アースバウンド】からかなり離れた海面にレーザーが落とされた……多分な。さっきの揺れはそれで生じた波の影響じゃ」





「なんで軌道がズレたんですか? 」





「それは……撃った本人に聞かなきゃ分からないらしいぞ……」





 ドクターは上方を指差し、僕の視線を天空に導いた。その先には黒い点が青空をバックに浮遊している。





「【コブラ】……? 」





「さっきからずっとあんな感じでな……空に浮きながら何か考えてるようにも見えるんじゃが……」





 人類の敵は隙だらけの状態で漂っている。





 攻撃のチャンスでもあったが、10m以上離れた【コブラ】に【グレムリン効果】を喰らわせる方法も無く、ただただその様子を見守る硬直状態が何とも不思議な感覚だった。





 一体何をしているんだろう……? 





 どんな複雑な計算も瞬間のそのまた瞬間の内に解いてしまうコンピュータの頭脳が考え込むだなんて……マグロが溺れるくらいにあり得ないことが目の前で起こっている。





「……メグ……? 」





 え? 





 自分の耳を疑った。今、確かに【コブラ】は喋った。酔っぱらいの独り言のような台詞を……? 





「メグゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ! 」





 とてつもなく大きな声が【アースバウンド】に響きわたった。あまりにも大音量の雄叫びに、僕達はたまらず両手で耳を押さえた。信じられないことに、その声の主は他なら無い【コブラ】だった。





「……………………ハア……ハア……」





 【コブラ】叫び終えたかと思ったら今度は乱れた呼吸を必死で整えるかのように肩で息をしている。【コブラ】の様子が、何もかもおかしい。





「一体何が起きたんじゃ!? なんなんじゃ[メグ]って! 」





「ドクター! 聞いた話じゃ【コブラ】は冷静沈着なロボット兵器なんですよね? 」





「ワシもそう思ってた……でもおかしい……これじゃまるで……」





「人間……? みたいですよね? 」





 ビルを裏切るならわざわざ【アースバウンド】に出向く必要もないのに、わざわざ姿を現した点。BMEを待機させておきながら【グレムリン効果】を防ぐ盾として使わなかった点、そしていちいち【カーネル】発射の事前告知をするあたりから少し違和感を覚えていた。





 【コブラ】の行動は機械にしてはあまりにも人間じみている。しかも……





「まるで駄々をこねるガキですね……」





 僕とドクターの間に割って入ったリフが気持ちを代弁してくれた。そう、10歳の少女が思うほどに【コブラ】の行動は少し異常じみている。





「地上で会った時も少し変に思ってた……やろうと思えば俺とアリーも簡単に殺せるハズだったのに……」





「確かに……私達相手にゲームをしているみたいだった 」





 アリーとコーディも【コブラ】の素性に疑いを持ち始めた。





 人類の天敵【コブラ】。2次元世界の番人という以外はほとんど謎に包まれていた存在が少しだけ見えてきた気がする……。





 【コブラ】は……人間なのか? 





「ウオオオオォォォォォォォヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲヲ!  」





 【コブラ】は再び大声をあげた。それはまるで泣いているかのような雄叫びだった。





「見ツケタ! 見ツケタ! 見ツケタ! 見ツケタ! 見ツケタ! 見ツケタ! 見ツケタ! 見ツケタ! 見ツケタぞ! 」





 狂ったかのように同じ言葉を連呼する【コブラ】。見つけた? 一体何のことだろうか? 





 そして僕らを散々困惑させておきながら、【コブラ】そんなコト知ったことか! とばかりに右手を上げ、金属の指を擦り合わせて器用に「パチン! 」と音を立てた。





「サア! 【カーネル】を再始動さセた! 次の発射マデ1時間ダ! それマデ生き地獄を味ワッテもらオウ! 」





 突然空が暗くなった。雲で日光が遮られたのかと思い天を仰ぐと、そこにはまさに地獄と呼んで相応しい光景があった。





「やべえぞ……こりゃ……」





 コーディが怖じ気付いた視線の先には、雨雲と見間違えるほど大量の【象頭兵】の群があった。





「象が空を飛ぶ時代がきたとはね……」





「いや、アリー。耳で羽ばたくタイプなら、ワシは古い書物で見たことあるがね」





 【コブラ】と同じく脚部にジェット機能を搭載された【象頭兵】が恐ろしく驚異であることは、その姿を初めて見る僕でさえ明らかな事実。





「サあ……人類ドモ! 大量虐殺(カーネイジ)の時間ダ! 」







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