5-2 「浮上! 」
5‐2 「浮上! 」
巨大居住潜水艦【アースバウンド】内に無数ある施設には重要度に応じて五段階のランクが振り分けられている。ランク1は【第二居住区】における居住施設。ランク3は【蜻蛉館】や【中央評議堂】といった公共施設や国家施設といった具合だ。
最高重要度のカテゴリー「ランク5」に該当する施設の主は、艦全体の動力を担う原子炉。そして巨大な【アースバウンド】の舵を取る【操舵施設】だ。
【第一居住区】の最船首部分には外界への関わりをシャットダウンするかのように巨大な壁がそびえ立ち、その向こう側へと足を踏み入れるには、五重にもなる厳しいセキュリティで守られたゲートを通らなければならない。
そのセキュリティは
①身分証明書、若しくは特例状の提示
②ワーム寄生を探知する為の検査
③審査官によるボディチェック
④銃器等の所持を防ぐ為の金属探知
⑤指紋と眼球の虹彩認証
その一つでもパスが出来なければ【操舵施設】には踏み込めない聖域なのだ。
「ワーム寄生者だとぉ……クソッタレが!全く護衛隊のヤツらは何やってやがんだぁ! 」
操縦機関最高位のギャビン・マステロット艦長は【操舵機関堂】にて憤りを隠せず、たっぷり蓄えた顎ヒゲを握りしめて数本むしり取ってしまう。
「痛ェッ! 」
他の操舵機関員達はその滑稽な仕草を怯えながら黙って見守った。彼等は知っている。ギャビン艦長のその行為は怒りが最高潮に達している時のサインなのだと。
「くっそぉ……近頃はめんどくせえことばかり起こりやがる……! 」
ギャビン艦長は自身の怒りの矛先を他者に向けることはしないが、その代わり露骨に不愉快な表情で次々とヒゲを引っ張り続けるものなので、その光景を見せつけられる部下達は痛々しくてたまったモノではなかった。
「ゲート入口の警備を強化しろぉ! バカったれのワーム寄生者を絶対この場に入れるんじゃねぇぞ! 」
のどに何かを詰まらせているかのような大きなダミ声で部下達に指示を送るギャビン艦長。レベル5の緊急事態に緊張を隠せずにざわつく【操舵機関堂】。
薄暗くバスケットボールの試合が楽々できそうなほどに広い【操舵機関堂】内。3D海底図やソナーの反応を写しだす為の巨大スクリーンには、緊急事態を警告するための「WARNING」の真っ赤な文字が不気味に点滅し、すり鉢状に広がるデスクの間を忙しなく行き交う人々を照らしている。
『1号艦は寄生者に【操舵機関堂】を乗っ取られて浮上しちまったんだ……同じ失態は繰り返させるかよ』
一週間前のBME襲来に続き、今度は殺人容疑のワーム寄生者。立て続けの緊急事態にギャビン艦長のヒゲはどんどん不揃いになっていく。
「ギャビン艦長! 」
操舵機関員の一人が威勢のいい大声で敬礼しながら自動シャッターをくぐり入室する。
「なんだァ! 」
「ハイッ! 護衛隊の者がお見えになっていますがいかがいたしましょうか? 」
「護衛隊だァ? 」
「ハイ! 何でもこの事態に対し、操舵施設への警護を強化するための責任者として来設したとのことです。それに関してギャビン艦長と直接お話を伺いたいと申し出ています」
「クッソ忙しい時に……勝手にやってくれよそんなことァよォ……いや……でも大事なコトか……まあいい! 通せ! 」
「……ハイ! 」
操舵機関員は再び敬礼をして機敏な動きで踵を返して退室しようとするも、何かを思い出したのか、ビデオの逆再生のように体の向きを元に戻し、再びギャビン艦長と対面した。
「すみません、伝え忘れたことがありました! 」「なんだ? 」
「その護衛隊の男、なにやら女児を一人抱えておりました。どういたしましょうか? 」
「じょ……なんだってェ? 」
むしり取ったヒゲをパラパラと床にまき散らし、ギャビン艦長は困惑の表情を作った。
■ ■ ■ ■ ■
ガタン! ガタン! と金属のぶつかり合う音が一定のリズムを刻みながら下降を続ける。
その4m四方ほどのエレベーターの中でコーディとニールが激しい視線の火花を散らし、緊迫する空気を作り上げていた。
「あんた……今までどこにいやがったんだ? 」
「色々やることがあってな……艦橋公園は人気が少ないから隠れ場所にもってこいだったぜ」
ニールは【バラスト層】で会った時と同じく、真っ黒な下地に濃い紫色のラインが施されたクジャク部隊の戦闘服に身を包み、リフがすっぽり入ることが出来そうなほどに大きなミリタリー仕様のリュックを背負っていた。
「色々だと? クジャク部隊が無くなっちまったのも知ってるんだろ? 」
「ああ、残念だったな。でも今はそんなコトを言っている場合じゃないだろ? 」
「……んだと? 」
とうとう怒りの制御ができなくなったコーディははちきれんばかりに握りしめた右拳をニールに向けて振りかぶった。
僕の隣で事態を見守っていたアリーも思わず身を乗り出そうとするが、それよりも早くドクターがアリーを制止しながら一歩踏み出した。
「よすんじゃ! コーディ! 」
ドクターの鋭い豪声。飄々とした普段の喋り方とは大きなギャップがあるその声はエレベーター内に何度も反響して僕達の時を止めた。
「ドクター……? 」
「コーディ、お前が拳を振るいたくなる気持ちも分かるが、その前にニールがなぜ禁断物資を調達していたのかを聞いてからにせんか? 」
「そんなこと……」
ドクターの説得にコーディは少し冷静になったようだった。
「ニール、お前さんはこう言うことを自分で言うのが苦手じゃろうから、ワシが代わりに言うぞ? いいな? 」
「……勝手にしてくれ」
ドクターはまるで自分の家族に語りかけるようにニールと接した。まるで接点の無かったように思えた二人がとても親しげなニュアンスを込めた言葉のやり取りをしている。
それがとても意外な光景に見え、僕は少しあっけにとられてしまった。そしてそれは隣にいるアリーにとっても同じだったようで、目を極端に細めて目の前で起こっているコトが真実なのかを疑う彼女の姿があった。
「説明しよう。クジャク部隊はこれまで幾度となく地上に遠征していたが、経費が掛かる割にはなかなか目に見えた成果が上げられなかった。【中央評議堂】では度々部隊の解体が議題に挙がっていて、常に消滅の危機に瀕していたんじゃよ」
「そんな話……初めて聞いたぞ」
驚きを隠せないコーディ。
「その話はごくごく一部の人間にしか知らされていなかったからの……それでじゃ、ニールはなんとか隊を存続する手はないかとツテを回っているウチに、ある男に取り引きを持ちかけられた」
「まさか? 」
「そう、ラーズ大佐じゃよ。
クジャク部隊が解体寸前だということに目を付けたラーズは、ニールに禁断物資を調達・横流しをさせることで部隊の存続を約束した。
ニールはそれに応じてラーズのいいなりになったということじゃな」
ドクターによる衝撃の告白。それはつまりクジャク部隊が長い間、汚職によって成り立っていたことを意味する。
部隊をこよなく誇りにし、愛していたコーディにとってこれ以上心が抉られる事実は無いハズだ。
「ニール……本当なのか? 」
「ああ、【コブラ】をぶっ倒す。そのためなら俺はどんなことだってするさ」
当惑するコーディを尻目に、ニールは突然アリーの方へと視線を向けた。
「アリー、俺には親友がいた……1号艦に住んでいた頃、共にクジャク部隊で視線をくぐり抜けた唯一無二の相棒。そいつを【コブラ】に殺されちまってな。俺はそいつの仇をうちてぇんだ」
ニールはほんの少し口角を上げてアリーに笑みを浮かべた。それを見たアリーは全てを察したように息を飲んだ。
「まさか……親友って……」
「そう、ニック・ムーンだ。お前の……義理の父親というべきかな……」
ニールは自分の右掌を見つめ始めた。
「この右手がよ……まだ匂うんだ。俺は暴走したアイツの頭に銃を撃ち込んだんだけどなぁ……倒れねぇんだ、何発も何発撃っても……」
ニールは怒りの感情の込めながら言葉を続けた。
「耳が飛ばされようが、目ん玉潰されようがどんどんこっちに近づいてきてな……
頭がおかしくなりそうだったぜ……そんでよ……
頭を半分吹き飛ばしてようやっと動きが止まってな、割れた頭蓋骨からこぼれだした脳から胸くそ悪い触手みたいなモンがウネウネはみ出してたのよ……
俺はその時狂ってたのかもな。右手を突っ込んでよ……
脳味噌をかき回してそいつを引っ張り出したのさ……
吐き気を催すリモートコントロールワームをな……」
ニールによるあまりにも残酷な過去の吐露に僕の目は自然と湧き出た涙で潤んでいた。アリーはただただ両手で口を塞ぎ、その絶望的なニールの運命に言葉を失っていた。
自分の手で親友の命を断たなければならない。たとえワームで操られていたとしても、それ以上に辛いことはないだろう。
「アリー……」
ドクターはそっとアリーの背中に手を添えて彼女を落ち着かせようとした。
「ワシがワーム探知機を開発出来たのも、全てニールのおかげなんじゃ。
あやつが捕獲したワームをワシのところに持ってきてくれてな……
おかげで機械の構造を知ることができ、その探知方法を見つけることが出来た。
それ以来ワシとニールは【コブラ】打倒の為、密かに連絡を取り続けてたんじゃ」
ドクターとニール。ニック・ムーンを介した奇妙にも思える二人の関係。
ドクターが天才発明家として【アースバウンド】を照らすポジティブな[光]の存在であるならば、ニールはその逆。なりふり構わず汚職にも手を染め、負を背負い[光]をより一層濃くさせるための[陰]の存在なのだ。まさに[二身一体]。
さっきの出来事もそうだ、僕らが護衛隊に囲まれていて窮地に陥っていたその時も、艦橋公園のどこかで身を潜めていたニールの存在にドクターがいち早く気づき、催涙弾によって難を逃れることができた。彼らのコンビネーションの成せる技だ。
「おいコーディ」
ニールの真実を知ってからは、じっとエレベーターの床を見つめ続けているコーディ。
「どんな理由であれ、禁断物資を流通させたのは事実だ。殴りたけりゃ殴れよ」
コーディはゆっくりと顔を持ち上げてニールの目をじっと見つめながら口を開けた。その表情は感情が入り交じり、笑顔にも見え、泣き顔にも見える顔つきだった。
「……そんな気分じゃねぇや。アンタさ……もっとそういうことは隠さねぇでいて欲しかった」
「悪いな……苦手になっちまったんだよ。そういうの……」
「ハハ……そうか、そんじゃ俺も今から苦手になりそうだわ」
コーディは自嘲気味にそう言って、ドサッとその場に胡座をかいて座り込んだ。
「なぁニール、抜け目ないあんたのコトだ、護衛隊を殺した犯人……大体見当がついてんだろ? 」
「ああ、無線を傍受しまくってな……色々と情報を探っている間に、俺も一人思い当たるヤツがでてきた」
「分かったの? 」「本当か? 」
二人にはどうやら真犯に検討がついているらしい。アリーの方へと目を向けると、どこかほっとしているような表情を作っているが、人間が一人殺されたという事実を重く受け取っている複雑な思いもにじませていた。
「ああ、アリーもジーツもみんなが知ってる奴だ。そいつは……」
エレベーター内に緊張が走る。
『緊急警報! 緊急警報! 【操舵施設】より【アースバウンド】の全ての住民にお知らせ致します』
それは突然だった。コーディの言葉を遮る大音量のアナウンスが流され「ビー! ビー! 」と不吉な警告音と共に僕達の耳をつんざいた。
『ただ今よりメインタンクブローが行われます。
【第一居住区】・【第二居住区】の住民の皆様は早急に屋内に避難し、【バラスト層】の住人は速やかにダム湖より離れ、大きな揺れに備えてください。
繰り返します。メインタンクブローが行われます……』
そのアナウンスが流れた瞬間、コーディもアリーもドクターもニールも、皆の顔が青ざめてしまった。その理由は【アースバウンド】での生活の短い僕でも理解に難しいことではなかった。
「まさか……」
療養中にリフから聞いたことがある。[メインタンクブロー]とは【バラスト層】にため込まれた海水が圧縮された大量の空気の圧力によって捨てられるということ。つまりはその結果……
「【アースバウンド】が……浮上する!? 」
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