第5章 狂気編

5-1 「元クジャク部隊」

5‐1 「元クジャク部隊」





「ねえ兵隊さん、なんだか騒がしいけど何かあったの?」





「いや、何でもないよリフちゃん……何だろうなあ……」





 ボクは護衛隊第三部隊員「イアン・ステイシー」16歳。





 幼少の頃からの憧れだった護衛隊に晴れて今年度に配属されたばかりのルーキーだ。





 大いなる期待を胸に【アースバウンド】の治安を守るため、【コブラ】の刺客を迎え撃つため、隊で精進に明け暮れる毎日だったが、ここのところボクには悲劇と言っていい程の不運に悩まされている。





 まず悲劇の発端はボクの憧れだった誉れ高きラーズ・ヴァンデ大佐が言われもない罪を着せられて失脚してしまったことだ。





 禁断物資の流通に関わっていただと? そんなワケがあるものか! きっと何者かににハマられたのだ! きっとそうだ! 





 ボクは日頃からラーズ大佐に特別な寵愛を賜っていた。「お前だけに特別な任務を任せたい。引き受けてくれるな? 」とボクだけに軍事医療関係の者に機密物資の受け渡しを常々任せてくれていた。





 他の連中はボクのことを[空薬莢]だの[昼灯台]だのと罵っていたが、あのお方は全ての事柄において実直な姿勢を貫くボクの真価を見抜き、買ってくれていたのだ。





 そんなラーズ大佐がいなくなった護衛隊には忠誠の心も薄れ、もはやボクはモチベーションを保つことさえも困難な状態。ああ……ラーズ大佐、あなたが恋しいです。





「兵隊さん、あなたの番ですよ」





「あ……はいはい。ボクの番だね……」





 そんな傷心中のボクはたった今、死体に鞭を打つようなあまりにも屈辱な仕事を押しつけられている。





「ここかな? 」





「ブー! そこは6通りあるうちで一番ヒドい悪手ですよ? もっと考えながらやってくださいよ」





「はは……まいったなあ……」





 このクソガキ! 小便臭いクサレ蒙古斑めが! なんたってこのボクが【中央評議堂】たる神聖な場の一室で10歳にも満たない子供のお守りなんてしなきゃならんのだ! こんな仕事は他の小間使いのハナタレにやらせればいいのに! 





「はあ~……兵隊さん弱すぎてつまんないや……これでもわたし、手加減してるんだよ? 」





「ご、ごめんな。ボク、オセロは苦手なんだ……ハハッ……」





「ちょっと手を洗ってくるからその間に考えといてね」





 そう言ってリフ・ムーンは簡素なパイプ椅子から飛び降り、部屋に隣接された洗面所のドアの向こうへと姿を消した。





 カァーーーーッ! 





 腹が立つとはまさにこのことだ! ズル賢さばかり際だって成長を遂げた過激派予備軍めが! 今にも胃液が煮えくり返ってボクの腹部を膨張破裂させんばかり! オセロ如き下等な卓上遊技でボクの心を弄びよってからに! かの有名発明家であるオーヤ・ムーンの孫娘でなければ護衛隊の名の下に尻叩きの制裁を与えているところだというのに! 





「ガッチャ! 」





 ボクが怒りの感情を脳内で燃やしていると。突然この部屋の重い鉄格子の鍵を開ける音が響き渡った。





 迎えか?





 ボク達がいるこの一室は本来なら【中央評議堂】内にて不届きな行いをした者を一時的に閉じこめておく為の簡易留置場。今回ドクター・オーヤの強い要望によりリフ・ムーンを預かるためとして特別にこの場所の使用を許可されている。





「ハイッ! 」





 僕が声を上げてドアの方へと振り向くと、そこには護衛隊の崇高なる制服に身を包んだ男が一人立っていた。しかし……





 誰だ……? 





 ボクはその男の顔にどことなく見覚えはあったものの何者であるかはハッキリ分からなかった。 護衛隊の人間なら大体の顔を覚えている。一目見ればどの部隊の所属なのかがすぐに分かるのに……新参者か? 





 不信に感じながらもボクは向かい合って敬礼を行ったが男は無反応。無礼なヤツだ! と思いながらも、敬礼の腕を素早く下ろした。





「リフを迎えに来た。どこにいる? 」





 男はボクの事などどうでもいいというような口調で尋ねた。





「ただ今あちらのドアの向こうにいます! しかしながら、ドクター・オーヤ氏の許可なく彼女を引き渡すことは出来ません」





 僕は内ポケットに保管していたドクター・オーヤのサインが記されたリフ・ムーン託児に関する委任状を男に突きつけた。





「分かったでしょう? あなたがドクター・オーヤ氏の代理であることを証明出来なければ私は……え? 」









 一瞬のことだった。さっきまでボクの目の前にいたハズの男は猿のような素早い動きでボクの背後に回り込んだ。









「んぐっ……! 」





 そして今まさにボクは男に首を締め付けられている! まさしくヤバイ! 頸動脈が万力のようなパワーで締め付けられて脳へ酸素が届かなくなる……目の前がだんだんとぼやけて……









「………………………………」









 視界は真っ白になり、微かに感じた膝への痛みがボクが意識を失って崩れ落ちたことを理解させた。そして眠りにつく直前に、やっとのことで男が誰であるのかを思い出した……









 あいつは……クジャク部隊の……









 ■ ■ ■ ■ ■ 









 艦橋公園にて僕達は完璧に[詰み]状態に陥っていた。





 唯一の出入り口である前方のエレベーターには十数人の小銃を構えた護衛隊達が待ちかまえ逃げ場が無い。





 言えば、こっちには機械を狂わせて停止させることしか能のない僕と、70代の少しクレイジーな発明家、腕利きの軍人とは言え負傷中の指名手配者。





 そして怪力、強固、高い分析能力を持ち合わせてはいるものの、射撃とイレギュラーが苦手な筋肉男の四人だけ。





 こんな状況を打破出来るとしたらTシャツ一枚で戦場を駆け巡るようなアクション映画の主人公だけだろう。





「元クジャク部隊のコーディ・パウエルだな? よくやった、さあ早く寄生者をこっちによこせ! 早く! 」





 護衛隊の男が一人、コーディに対してやや見下した口調で命令した。その言葉に少し腹を立てたのか、コーディは語気を強めてその男に突っかかる。





「ああ? 待てよ! どういうこった? 元クジャク部隊だ? 俺は今も現在進行形で心身共にクジャク部隊だ! 見くびるんじゃねえ! 」





 魂の込もったコーディの叫び。彼のクジャク部隊に対する深く強固な想いがひしひしと伝わった。しかしそれに対し、彼の冷蔵庫のように大きな背中に背負われているアリー・ムーンが気まずそうな表情を作って彼の耳にそっと耳打ちした。





「ごめんコーディ言い忘れてた……クジャク部隊、なくなっちゃったんだ……」









「…………んな、何ィ! 」









 クジャク部隊が無くなる? その事実に、僕自身も驚きを隠せず口を大きく開き、文字通り開いた口が塞がらなかった。





 そしてさらに驚きを隠せなかったコーディは、ショックで思わずアリーを背中から床に落としてしまった。





「痛っ! いきなり下ろさないでよ! 」





「どどどどういうことだよぉぉぉぉ! 何でもっと早く言ってくれなかった? 」





「アンタがいきなりガーッって襲いかかってきたからでしょ! 」





「んなこと言ったってお前! そんな大事な……説明しろ! 説明! 」





「分かるでしょ! ニール隊長の不祥事だとか色々あったからってコトくらい! 」





「んだと! そんなくだらねぇ理由で解体だ? 悔しくねぇのかお前! こちとらハイそうですか。とそんな重要なコトを簡単に受け入れられるほど薄情じゃねえんだよ! 」





「そんなの悔しいに決まってるよ! でも決まったコトなんだから! 」





 依然護衛隊達に銃口を向けられた状態で口論をし始めた二人に対し、向こうもシビレを切らし、こちらの空気に割り込みを入れる。





「黙れぇぇぇぇッ! お前ら今の状況を分かっているのかタワケがぁ! もういい! 10秒以内にアリー・ムーンをこっちに渡せ! さもなくばNM法の元、問答無用で貴様ごと穴だらけのザルにしてくれるわ! 全員構えろォッ! 」





 部隊長と思われる男の威勢のいい掛け声と共に十数の部隊がエレベーター内から飛び出し、コーディとアリーは半円状に多い囲まれる。そして金属の擦れ合う音が鳴り響き、無機質な小銃がこちらに向けられた。





「おいおい! 落ち着けよお前ら! 話を聞けって! 」





「10・9・8……」





 コーディの説得も空しく、無情にも破滅のカウントダウンは1秒・また1秒と告げられていく。





『まじかよ……この短気で融通の利かない感じ……こいつら間違いなくラーズの直属だった奴らだな』





 失脚したラーズの迷惑な意志を受け継ぐ隊員達のプレッシャーに僕達はたじろぐ。

「7・6・5……」





 猶予の半分は過ぎ去った。この時ほど僕は自分の無力さを呪った。象頭兵やBME相手ならまだしも、僕の【グレムリン効果】はそれ以外には無力に等しい。この難局を打破する知恵も力も持ち合わせていない。





「少し時間をくれよ! 」





 コーディの言葉は届かない。それだけ【アースバウンド】の人間にとってワーム寄生者という存在に抱く恐怖は大きいモノなのだと認識した。





 このままじゃアリーが……





 気持ちを焦らせながら僕は周囲を目の動きで見渡した。コーディに背負われているアリーは毅然とした表情で何かを彼の耳元で呟いている。コーディはそれに対し、歯を食いしばりながら首を横に振っている。





『もういい、私を下ろして』





『諦めるな! まだ方法はある! 』





 言葉は聞こえなくとも二人がそんなやり取りをしているだろうことは簡単に想像が出来た。





 僕だって諦めたくない。僕達の絶対的といえる敵は機械兵達であり、【コブラ】だ。断じて同じ人間達ではない。





「4・3……」





 残された時間はもう無い。これまでかと思いかけたその時、僕の左肩に感触があった。





 視線を向けるとドクターがいつものいたずらめいた笑顔を作り、僕にしか聞こえないようにこう言った。





「小僧、エレベーターまで走れ! 」





 一体どういうことなのか? その言葉の意味を十分に咀嚼出来ないまま部隊長は「2・1……」と最後の審判を投げかけようとしていた……その時だった。





「カラン」「カララン」「カラン」「カン」「カカラン」





 無数の軽やかな金属音と共に、護衛隊達に向けて無数のスプレー缶のようなモノが降り注いだ。緊張が張りつめる空気に突如襲来した異物にこの場にいた一同は僕を含めあっけにとられた。





 これは前にどこかで見たことがある……そう、僕が初めて【第二居住区】に踏み入れた時の……





 ドクター特製の催涙弾! 





 一瞬だった。艦橋公園エレベーター前は手榴弾から噴出する催涙煙幕に包まれ、1m先が確認出来ないほどの真っ白な世界が出来上がった。





「グヘッゲホッ! 」





 唐辛子を浴びるような痛みを伴う煙が容赦なく目や鼻、そして口の中に入り込み、僕は身動きがとれなくなっていた。目視は出来なかったけど、周囲からも護衛隊と思われる人間達のむせび苦しむ声が合唱している。





『小僧、エレベーターまで走れ! 』





 僕は混乱する一歩手前でドクターが直前に呟いた言葉を思い出す。そうだ、エレベーターに向かわなければ! 距離はそう遠くないハズだ。





 僕はその方向に大体の見当を付け、目を閉じて両手で鼻と口を覆いながら足を動かした。少しでも特殊な煙の干渉を避けようと前屈みの姿勢でがむしゃらに疾走した。





 アリーとコーディ、そして何故かこの催涙弾のコトを知っていたドクターは無事だろうか? 不安を抱えつつ目的のエレベーターまで[おそらく]もうすぐと思われた……が……




「痛でッ! 」





 視界をふさいで動けば当然こうなる。





 僕はおそらく護衛隊の誰かと衝突してしまい、仰向けに転んで背中を強く打ち付けてしまった。さらにその衝撃で大きく口で煙を吸い込んでしまい、胸の中が焼けてしびれるような苦痛が襲った。





「うああぁぁっ! 」





 僕は叫び、のたうち回った。もう立ち上がることすら出来ない。何とか這ってでもエレベーターまで向かおうとするも、一度転んでしまったせいでどっちが前なのか後ろなのかも分からなくなってしまった。どうにかしないと……





「急げ! ゲロガキ! 」





 どこかで聞き覚えのある声と共に、僕は突然自分の体が宙に浮かび上がるような錯覚を覚えた。腹部の辺りが強く圧迫される感覚……間違いない。





 僕は荷物を運ぶように誰かによって脇に抱えられて移動している。そしてそのまま僕の視界は徐々によみがえり、煙が晴れて鉄骨が組まれただけの簡素な壁面が出迎えてくれた。





「よしいいぞ! 」





 宙に浮いたままの僕の右横でドクターの声が何かを促した。





「ガッグオン! 」





 堅いもの同士がぶつかり合う音と振動、そして体が上方向に引っ張られる独特の感覚。それはエレベーターが無事に作動して僕らを下階へと運んでくれているサイン。誰かがエレベーターを起動させたのだ! 





「逃がすなああああッ! 」





 ラーズ大佐そっくりの怒声と共に、今や頭上となった艦橋公園の方から銃撃が金属板を打ち付けるけたたましい音が鳴り響いている。





「助かった……? 」





 催涙煙によって滝のように流れ出た涙をシャツの袖で拭い、ぼんやりとした視界から徐々にコーディ・アリー・ドクターの姿が、カメラのピントを合わせるように浮かび上がってきた。





「みんな……無事だったんだ! 」





 僕は大声で歓喜するも目の前の3人は、僕の声など聞こえなかった、とばかりにだんまりだった。





 特にコーディはゴミ箱の底にへばり付いた粘土状の汚物を見るような目で、こちらを睨み付けている。一瞬僕はまた皆の前で下半身を露出してしまったのでは? と焦り、急いで両手で下半身をまさぐるも、しっかりとした布の感触からそうでないことを確認した。




 あら、そういえば……。





 今になってやっとのことで気が付いた。目の前にはさっきまで一緒にいた3人が無事に立っている。となると……今なお僕を抱え上げている人物は一体何者なのか? おそるおそる首を上方向に曲げ、僕を携帯している人物の顔を仰ぎ見る。





 ゴーグル付きのガスマスクを被っていて顔が分からなかったが、エレベーターの天井から降り注ぐLEDライトの鋭い光を強く反射させるその頭には見覚えがあった。





「よおコーディ、相変わらずヘマばっかりしてやがるな」





 その男はガスマスクを片手で外しながらコーディを嘲る。





「どの口がいいやがる……」





 コーディもアリーもその男と顔を合わせるのはバラスト層での死闘以来だった。もちろん、僕もだ。





「ニール……隊長 」





「[元]隊長だアリー。お前のコト、全部聴かせてもらってたぜ……色々あったみたいだが思ったより元気そうだな」  









 僕達の窮地を救った男、それはクジャク部隊を潰した張本人だった。









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