4-6 「こんな事ってあるかよ」
4‐6 「こんな事ってあるかよ」
「全く面倒かけやがって、あの二人は」
コーディ・パウエルは未だ微かに鈍く痛み続けている腹部を撫でながら【第一居住区】へと向かうため【艦境】エスカレーターにて愚痴を漏らしながら移動を図っていた。
体の不調があったとはいえ、まだまだ子供扱いしていい年齢のリフ・ムーンとジーツに出し抜かれとなっては隊の笑いモノだ。
とはいえ、リフは天才発明家であるドクター・オーヤの孫であり、同僚アリー・ムーンの妹。それにジーツは300年以上眠りから目覚めたコールドスリーパーかつ、機械を強制停止させる不思議な能力【グレムリン効果】の使い手。
何かが起きたとなっては軍事裁判モノだ。そうでなくとも二人はコーディにとって大事な友人でもある。
恥など考える間もなく【中央評議堂】にいるハズのドクターに連絡を取り、対策を講じて無事二人の身柄を確保したと聞いた時は心の底から彼はホッとした。
「全くリフはドクターに似すぎて困る……ホントにアリーの妹なのかよ……それにジーツのヤツもしっかりしてくれよ……200歳以上年上なんだからよぉ……」
エスカレーターの手すりにもたれながら小言をこぼすコーディの姿は、先ほどまで腹痛でトイレにこもっていたコトも相まってただならぬ悲壮感を醸しだし、エスカレーターに同乗していた周囲の哀れみを込めた視線をこれでもかと浴びていた。
エスカレーターはそんなコーディをゆっくりと上階へと運び、あと数秒で【第一居住区】へと到着するかのところだった。
「ビジュジッ! 」
彼が身につけていた携帯無線機が突然厚紙を引き裂くような音を発する。緊急の無線連絡が入ったのだ。
『コー……ディ! 応……答してくれ! 』
無線機から発せられるよく通る声の主はビル・ブラッドだった。電波が多少乱れてノイズが混じっていてもコーディには関係ない程に馴染みのある声だった。
「隊長! 何かあったんですか? 」
彼は素早く右腰に備え付けたホルスターから手のひら大の携帯無線機取り出し、マイク部分に向かって応答する。
『コーディ、今どこにいる?』
「【艦境】エスカレータで上に向かってます! 」
『一人か? 』
「そうです! 」
『分かった。ショックの大きいことを伝えるが落ち着いて聞いてくれ! 』
「……大丈夫です。言ってください! 」
原子炉に何かあったのか? それともBMEが再来したのか? コーディは様々な憶測を巡らせ、掌ににじみ出た汗を押さえ込むように拳を握りしめ、聴覚に神経を集中させた。
『総合病院で護衛隊が一人殺された。犯人はアリーだ! 彼女はワームに寄生されていた! 』
コーディはその言葉を聞いた瞬間、背中からシャワーを浴びたかのように汗を大量に吹き出した。
「隊長、すみませんが順を追って詳しいことを教えてください」
血の気が引く。その言葉の的確さを改めてコーディは再認識した。体温が一気に低下して体が重くなっていくような感覚。しかしそのせいなのか頭の中は自分でも驚くほど冷静になっていた。
『俺がアリーに眼鏡を届けようと病室に入ろうとした時だ、彼女が目の前でドアを勢いよく開けて飛び出していった。
何かと思って病室を覗いたら護衛隊の男が拳銃で頭部を撃たれて倒れていた。
そしてそばに落ちていたワーム探知機から寄生者の反応を示すランプが点滅していたのを見て、俺は急いで鑑軍本部へ連絡を取り、この事を伝えた。
ほんの数分前の出来事だ、じきに艦内全体に警報が鳴るだろう! 』
「隊長、現場の状況をもっと詳しく教えてくれますか? 」
ビルは一瞬ためらった後、無線越しにコーディの質問に答えた。
『死んだ護衛隊員は拳銃のホルスターを腰に付けているが、中身が無い。
おそらくはアリーにその銃を奪われ、射殺されたのだろう。
俺が発見したとき彼は仰向けに倒れていて大量の血液が病室の壁に飛び散っていた。
弾丸は眉間から真っ直ぐ後頭部へと抜けていたよ。
即死だったろう』
「死んだ隊員はどんなヤツだったんですか? 」
『……ああ、護衛第五部隊のポー・トスターという男で190cm以上ある巨漢だ。知っている奴なのか? 』
「いえ……分かりました……とにかく俺はアリーを探します」
『コーディ? お前、何か知っているのか? 』
ビルに返答することなく、コーディは携帯無線機の電源を落とし、連絡を断絶した。
そしてそれに反応したかのように、天井に設置された緊急時にのみ照らされる回転灯が不吉な赤い光を照らし、人々の顔を真っ赤に点滅させた。
『緊緊急事態が発生しました 緊緊急事態が発生しました 』
回転灯の始動からやや遅れて【艦境】内にて警報が鳴り響き、エスカレータ上の人々がざわめき始める。
コーディはその喧噪の中、黙って照明が照らされている殺風景な鉄骨で骨組まれた天井を仰ぎ見、大きくため息を吐き捨てた。
「……キャロル、どっかで見てるんなら俺を慰めてくれねぇかな……こんな事って…………あるかよ……」
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