4-2 「ティータイム」
4‐2 「ティータイム」
「だからよ、この写真をよく見てくれよ! 頭がピカピカしててよぉ……なんか見るからに性格が悪そうなヤツだよ! この辺りで見かけなかったか? 」
「う~ん……知らないわねェ……少なくとも、あなたの言うような人なんて見かけなかったワ」
コーディと共に僕は【バラスト層】の【蜻蛉館(せいれいかん)】と呼ばれる場所に足を運んでいた。
「よく思い出してくれよ! ここに来てるかもしれねーんだ! 」
「そうはいってもねェ……分からないものは分からないのよねェ……」
受付の妙にセクシーなお姉さんはオセロの駒をいやらしい手つきでいじりながら僕達と対応している。
「それより、軍人さん。今日は可愛いボーヤも一緒なのねェ! どう? オセロやらない? 」
突然お姉さんは受付の窓から身を乗り出して僕の手をやさしくすくい取るように掴み上げた。花のように心を溶きほぐす匂いが彼女から漂い、僕の嗅覚をくすぐる。
そして事務職にはいささか適していない、ブラウスの大きく開いた胸元についつい目がいってしまった。
「えええと……あの、その……」
「やっべ! 」
コーディは焦りながら赤面してしまった僕をお姉さんから切り放し、小脇に抱えこんだ。
「仕事の邪魔して悪かった! そんじゃな! 」
僕は子犬のように抱えられながら受付から遠ざかる。お姉さんはそんな僕達をとびきりの笑顔で手を振りながら見送っていた。
「あぶねぇあぶねぇ……こんな所で能力を暴発させちまう所だった」
コーディは僕の能力の発動条件を知っている。
ドクター・オーヤが今日【中央評議堂】にて僕の機械を停止させる能力【グレムリン効果】についての研究発表を行う前に、彼とアリー、そしてビル・ブラッド副隊長だけには特別扱いとして教えてくれていたからだ。
「すいません……ちょっと危なかったです」
「あの人はお前には刺激が強すぎる」
僕は羞恥心でいっぱいだ。これ以上恥ずかしいことはあるだろうか?
僕が救世主となり得るこの能力。それを使うということは大衆にあまり知られたくないことを公にバラしてしまうということ。
それもかなり派手に、分かりやすく、大げさに……。
そして何より、バラストの死闘でBMEを倒した時、あの緊急事態にも関わらず僕はアリーに対して……アレな感情を押さえきれなかった事が皆にバレてしまったことが何より恥ずかしいし、情けないし、最低だった。もう一度コーラ瓶で頭を砕きたい気分だ。
「僕は今後アリーさんにどういう顔をして会えばいいんでしょう……」
「そうだな……ま、とりあえずアリーと何かする時は気をつけろ、周りにバレバレだからな」
「ちょっ……やめてくださいよ! 」
「ジョーダンだって! はははっ! 」
と、こんな調子で彼は【グレムリン効果】の秘密を知ってからは度々茶化すように僕をイジってくる。
この前なんて軍用の連絡端末の調子が悪くなった時に「おい! お前今ヤらしいこと考えてんな! 」などと言ってあらぬ容疑をかけられたりと散々だ。
「ま、それはさておき。今重要なのはアイツを探すことだ。聞き込み続けるぞ」
コーディの言うアイツとはニール隊長のことだ。彼はバラストの死闘以来、行方をくらませている。
「あの野郎はもう一回ブン殴らなきゃ気が済まねえ! 」
BMEの襲来は【アースバウンド】内に大きな激震を走らせたが、その翌日、それ以上とも言えるニュースが艦内に二度目の激震が巻き起こった。
それはニール隊長が禁断物資を【第一居住区】で流通させていたということと、その仲介役として護衛隊大佐のラーズ・ヴァンデも関わっていたことが内部告発されたからだ。
ラーズはそのスキャンダルにより大佐の称号を剥奪され、護衛隊から追放されてしまった。
ちなみに告発者は【医療科学研究所】にて僕の姿に驚き、階段から転んで腰を痛めたおっちょこちょいな研究員だった。
あの時彼が僕に話しかけられて異常なほどに驚いていたのは、その直前にニール隊長と禁断物資の取引を行っていて、そのやり取りを見られたと勘違いしたからだと聞かされた。
「コーディさん、今日はもうこれくらいにしときましょうよ」
「待て、あとあそこのカフェで聞いてみよう! 行くぞジーツ! 」
「ちょっと待って下さい! 忘れてますよ! 」
「何を? 」
「リフちゃんですよ! 」
「コーディ君、先に行かないでください! 」
小動物のような小走りで一人の少女が僕達の後を必死で追いかけてきた。飴のように艶やかな黒髪に小さな体。そして肩に下げた大きめのショルダーバッグ。
「あ! 悪い! ついつい……」
「もう! 」
今回コーディ主導の元行われているニール隊長捜索任務には僕だけでなく、アリーの妹であるリフ・ムーンも帯同している。
「それにズルイですよ! ジーツ兄ちゃんばっかり楽して! それに楽しそうだし」
そういえば僕はコーディに抱えられたままだった。10歳の少女を差し置いて大人に担がれる僕の姿は確かにズルイことをしているように見えるのかもしれない。
「ごめん、リフちゃん……交代してあげるよ」
「いいです、他人の楽しみを無闇に奪い取るほど子供じゃありませんから」
変な所が大人びているリフに苦笑いを作るしかなかった。
「カフェでなんか奢るからよ、機嫌を直してくれ」
コーディは優しい口調でリフと接する。
「ホント? 」
何かごちそうしてもらえる。それだけで湖面のように輝く笑顔を作り上げるところはやはりまだ10歳の女の子だ。
とりあえず僕はコーディの腕をふりほどいて自前の足で地上に立ち、三人でカウンターとテーブルだけで作られた簡素なカフェに歩み向かう。
【バラスト層】はBMEの一件で多くの建物が損害を受けたが、釣具店や軽食屋等を営む商人達は逞しくも次の日には営業を再会していた。僕達が向かったカフェも戦闘のとばっちりで屋根が吹き飛ばされていたけど、そんなことは意にも介さずそのままの状態で店を開けていた。
やはり閉鎖された世界に住み続ける【アースバウンド】の住人はこれくらいバイタリティがなければつとまらないのだろう。
「お待たせしました」
マスターがコーラ瓶を二つとホットコーヒー、角砂糖の入った小さな容器、そしてドーナツが盛られたカゴをテーブルに置く。
【アースバウンド】で飲まれるコーヒーは艦内での栽培が困難なコーヒー豆から作られる物ではなく、水耕栽培された大豆によって作られた代用品が飲まれている。そして砂糖も同じく水耕栽培によるステビアを初めとする甘味料が主だ。
「お前らは先に食っててくれ、俺はちょっと聞き込みしてくるわ」
コーディはニール隊長の写真を片手に他のテーブルにて飲食を楽しんでいる客たちに聞き込みを始めた。そんな彼を不思議そうに頬杖をついて眺める少女リフ。
「コーディ君があんなに必死で探してる人ってどんな人なんですか? 」
リフはコーヒーカップに次々と角砂糖を投入しながら僕に質問する。
「う~ん……」
果たしてクジャク部隊における上司と部下の確執についてを、まだ税金の仕組みすら分からないような少女に説明してもいいものなのか迷った。
「その人にお金を貸しているんじゃないかな……多分」
その末に、何となく言葉を濁してごまかしてしまった。
「ふ~ん……まあいいですけど」
どうやらそこまで興味は無かったらしく、甘味で満たされたコーヒーを小さな口に流し込んだ。僕もそれに続いてコーラを飲み込む。
「ねぇ、ところでジーツ兄ちゃん」
「何? 」
「お姉ちゃんのコト、好きなの? 」
「…………えぇッ? 」
リフの予期しない質問に思わずコーラを吹き出しそうになる。しかし、このまま吹き出して対面したリフの顔を汚すワケにもいかずに無理矢理こらえた結果、鼻からコーラを滝の様に噴出するハメになってしまった。
「うわっ、その驚きようはやっぱり図星ですね」
鼻から液体を吹き出す人間を見て特に動揺しないあたりは流石ドクターの血を引いている。
それを考えるとアリーはつくづくドクターには似なかったのだろうと再確認した。
「……急に何を……そりゃ好きか嫌いかって言われれば……」
「好きなんでしょ? 」
リフの畳みかけに屈服し、僕は袖で鼻を拭いながらゆっくりと頷いた。10歳の女の子に対してなぜここまで追い込まれなきゃならないのか……
しかし、アリーには一目惚れしていた自分の気持ちに嘘は付けない。
コールドスリープから目覚めた直後に目にした瞬間、何度も顔を見合わせたかのような既視感を感じ、そして不思議な懐かしさすらあった。
ちょっと気持ち悪いかもしれないけど、前世からお互いのコトを知っているかのような磁力を感じずにはいられなかったのだ。その時は、この人と一緒にいたい! という気持ちでいっぱいになり、全身が生温かいジェルに包まれたようだった。
初対面で彼女に最悪な印象を植え付けてしまったことが悔やまれるけど……。
「やっぱりそうかあ……フフ、そうですよね。お兄ちゃん、屋根の上で二人で話してたでしょ? すごい嬉しそうな声してましたもん」
「ええっ! 聞いてたの? 」
「うん、寝たふりしてたの。二人とも声が大きすぎでしたよ」
なんて抜け目ない。僕はつまりあの時の一部始終をムーン家の全員に見られていたコトになる。目が泳ぎ、コーラ瓶が握られた僕の手がワナワナと震え始めた。
「ねぇお兄ちゃんさ、お姉ちゃんのお見舞いに行ってあげたらどうですか? 上の病院にいるんでしょ? 」
「おおお、お見舞い? 」
「そう」
アリーは戦闘で負った足の怪我が思ったよりも重かったようで、今は上の、つまり【第一居住区】の病院に入院して治療を行っている。それは確かなのだけど、本当の目的は僕とアリーを無闇に接触させない為の隔離である。
僕の【グレムリン効果】は発動すれば病院内の高価な精密機械を一瞬でガラクタに変えてしまう恐れがある。
アリーと僕が一緒にいれば能力を暴発させる危険性があるため、彼女は上の病院に入院し、僕はオーヤのラボでの人体実験……いや、療養を余儀なくされている。
ドクターにも「しばらくアリーに会ってはならん! 」と釘を刺され、実はBMEと戦って以来一度も顔を合わせていなかった。
「お姉ちゃん、きっと喜びますよ! 」
そのことについてはもちろんリフは知らない。「そうしたいのはやまやまなんだけど……」
「コーディ君はわたしが適当にあしらっておきますから! 行ってあげてください、お姉ちゃんはああ見えて寂しがり屋なんで、わたしも昨日お見舞いに行ったんですけどちょっと元気なかったです。だからきっとお兄ちゃんに会いたいんだと思いますよ! きっとそうですよ! 」
リフの言葉はいたずらめいた口調から徐々に真剣味を増し、遂にはテーブルから身を乗り出して顔を近づけてきた。
彼女も姉のコトが心底好きなのだろう。その真摯な気持ちが、リフの透き通った目を通して痛いほどに伝わった。
「お姉ちゃん、一回元気を無くすとなかなか立ち直れないトコロがあるんで……」
椅子に座り直したリフは表情を曇らせて呟く。
「ごめんね、僕だってアリーさんに会いたい。でも……」
「そうだ、ジーツはアリーに会っちゃ駄目なんだよリフちゃん」
聞き込みが終わったコーディがいきなり僕とリフの間に割り込んできた。
「ジーツは300年前の人間ってのは知ってるよね? こいつの体には対応出来ない病原菌やらがあって上の病院には行っちゃいけないって決まりがあるんだ。分かってくれ」
彼はそれらしい嘘でとっさにリフを言いくるめようとしてくれた。
「そうなんだ……」
見るからに残念そうな表情を作るリフを見て、少し罪悪感を沸かせてしまった。でも、しょうがないことなんだ、ごめん。
「……ところでコーディさん、ニール隊長の件、何か手がかりはあったんですか? 」
自分の罪の意識を誤魔化すかのように僕は露骨に話の方向転換を行った。
「ゼロだ。やっぱりこの辺りにはいねぇのかもしれないな」
コーラを飲みながら席に座るコーディ。彼の表情にも疲れが見え、若干諦めの雰囲気を漂わせている。
それもそうだ、僕達がこうしてニール隊長を独自に探す以前に、自警団や護衛隊による人海戦術で艦内の隅々まで捜索の手が回っている。
それでも見つからず自殺による死亡説。地上への逃亡説などの噂も、まことしやかに囁かれる現状。そんなニール隊長の行方が僕達に見つかる程度であれば苦労は無いという話だ。
「今日はもうやめにしましょうよ」
「そうですよ、そろそろおじいちゃん、家に帰ってるかもしれませんよ」
そもそも今日、コーディはドクターが【第一居住区】で研究発表を行う間、僕とリフの面倒、いわば子守を頼まれている身だ。
しかしいても立ってもいられなくなった彼は僕達を引き連れてニール捜索を強行して今に至っている。
「そうだな……しょうがねぇ、そんじゃちょっと一服楽しんだら帰るとするか。二人共、今日のことは内緒にしといてくれよ? 」
「いいですよ、チョコチップスコーンもつけてくれたらですけど」
「はあ……全くしょうがねぇな……さすがドクターの孫だよ。逞しい」
そんなやり取りをしながら僕達はしばし和やかなティータイムを楽しんだ。
不思議な気持ちだった。200年も眠っていた僕がこうして普通の人間として生活を謳歌しているということが当たり前のように成り立っている。ひょっとしたら僕はまだあの小さなカプセルの中で眠りについていて夢をみているのではないか? と思うほどに。
コーディ、リフ、ドクター、そしてアリー。皆ちょっと変わっているけど僕という人間を偏見なく接してくれているということに今更ながら感謝の気持ちが沸いてきた。
僕の本当の名前、記憶。そんなコトはずっと分からなくていい。ただこの時間を大切にしたいとさえ思ったほどだ。
「……さて、もう5時だ……そろそろ帰るか」
コーディは腕時計を確認して一時の安らぎを打ち切る。
「ドクターに怒られちまうからな」
「もうちょっといませんか? 」
ドーナツを頬張りながらリフが名残惜しく喋る。
「残念だけど駄目だ。ただでさえ俺は時間にルーズだと散々言われてんだ。今日はしっかりキッカリとコトを済ませるつもり……」
コーディは言葉を中断させてどこか遠くの方角を見つめて、険しい顔つきになった。
「どうかしたんですか? 」
コーディは僕の質問に答えることなく、ポケットからカードを取り出してテーブルの上に無造作に投げ置く。
それは【アースバウンド】内で使われているプリペイドカードだった。基本的にこの時代の売買はクレジットカードや電子マネーを使うのが主だ。
預金から必要な分だけカードにチャージし、それを財布として使う。紙幣や硬貨はスペースの限られたこの艦内では製造や廃棄、管理に都合が悪い。
「悪い……先に会計を済ませといてくれ」
そう言ってコーディは小走りで店の奥へと消えていった。
「どうしたんだろ……? 」
「きっと下痢ですよ、甘いものを食べ過ぎたからじゃないかと思います」
そういえばステビアのような甘味料を取りすぎると、人によってはお腹がゆるくなってしまうという記憶が残っている。
甘いものを食べ過ぎるとお腹が痛くなるという現象が、甘味料が希少なこの【アースバウンド】においては常識となっているのだろう。
「ジーツ兄ちゃん」
心に不意打ちするように、リフが僕の袖を引っ張ってきた。
「これはチャンスですよ! 」
「え? 」
どうやらリフは十中八九何かよからぬ事を考えているようだ。なぜならその表情が実験中のドクター・オーヤにそっくりだったからだ。
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