第4章 アリー・ムーン編

4-1 「グレムリン効果」

4‐1 「グレムリン効果」





 第一居住区【中央評議堂】。





 パルテノン神殿を思わせる佇まいのこの施設は、主にアースバウンド内において重要な役割を担う人間が集まり、艦内の法律や政治に関わる議事が取り行われる場所である。

 いわばアースバウンドの脳部。









 バラストの死闘を終えて一週間が経った今、ドクター・オーヤはここ【中央評議堂】に召集され、BME打破の決め手となったジーツの「コンピュータ、及び人工知能を強制的に停止させる能力」についてを説明することになった。









「それではドクター、我々に説明をしてもらおうか? そっの……地上から持ち帰った少年、ジーツって言ったか? 彼の能力の概要を」





 一目で高い位の人間と分かる真っ白な制帽を被った強面の男がドクター・オーヤに詰め寄る。





「え、ええ……それではこれよりワシ……いや私、オーヤ・ムーンが、少年の半導体強制不能現象について、現時点で判明している事象を解説させていただきます」





 普段とは違い、かしこまった態度で解説に望むドクター。服装も当然ラフな格好ではなく、キチンと白衣を着て臨んでいる。





 それもそのはず、今回この研究発表には、艦内における最高位の[元首バディ・ボジオ]それに、制帽がよく似合うアースバウンド操縦機関最高位の[ギャビン・マステロット艦長]それに加えて上下の居住区長や軍の総統など、錚々たる顔ぶれの重役達が、すり鉢状に広がった机に所狭しと集結していたからだ。





 ドクターは議場のド真ん中に立ち構えて彼らに見下ろされている形になっている。その姿は公開処刑のギロチン台にひざまずいているようにも感じられ、それほどに場内は圧迫した空気が充満していた。





「それでは……まず[映像資料1]を提示致します、照明を落としていただきたい」

 照明が落とされ、プロジェクターにより映像が映し出される。





「皆様、モニターにご注目ください。この映像は3日前、【バラスト層】より現れたBMEとの戦闘の一部始終をとらえた監視カメラの映像です、火災の煙幕と粉塵で多少見苦しい箇所もございますが、ご了承いただきたい」





 ジーツが体を変色させ、BMEに磁気のような球体を浴びせて倒すまでの様子がプロジェクターに映し出され、重役の面々は食い入るようにその映像に見入っていた。





「皆様に今観ていただいたように、少年から発せられる磁気のようなモノにはコンピュータに特殊な作用を働かせ、その機能を停止させる効果があります。この現象を私は【グレムリン効果】と呼ぶことにしました」





「第二次大戦中にアメリカ爆撃機が、たっびたび原因不明の故障を起こしていた現象も同じく【グレムリン効果】と呼ばれていたが、アンタはそれにあやかったっつーことだな? 」





 ドクターの目の前で話を聞いているギャビン艦長が言葉を挟む。





「左様です。そして少年が発する磁気について細かく検証を重ねるうちに、その複雑なメカニズムが分かってきました」





 ドクターがプロジェクターの映像を消し、辺りを暗闇に包み込むと場内がどよめいた。




「まず、そもそもコンピュータは0と1、たった二つの数字の膨大な組み合わせによって複雑な処理を行っています」





 ドクターが暗闇をハンディライトで照らし、一筋の光線を描く。





「仮にこのライトが光っている状態を1、消えている状態を0とします、たった一つのライトでは一点の光しか表現できませんが……」





 ドクターがポケットに隠し持っていたリモコンを操作する。





 すると場内にドクターがあらかじめセットしておいた無数のライトが複雑に点滅を繰り返し、美麗なイルミネーションを作り上げた。





「複数集まれば、1と0の組み合わせでここまで複雑な表現が出来ます。これがコンピュータの基礎の基礎となる仕組みです」





「……珊瑚の産卵みたいだな」





 多くの重役達がライトの演出に見とれている中、元首バディが眉一つ動かさず一言つぶやいた。ドクターはその言葉を気にすることなく解説を続ける。





「コンピュータの半導体内にはトランジスタという物があります、少年が発する【グレムリン効果】はトランジスタ内のPウェル層と呼ばれる部分と接触すると、それを構成するホウ素が分解されて機能を失います。そうすると……」





 ドクターが再びリモコンを操作すると場内を彩っていたイルミネーションは一斉に光を失い、議場は漆黒の闇に包まれてしまった。





「コンピュータは0しか信号を送ることが出来なくなり、その結果機械は動きを停止します」





 照明が灯され、場内に明かりが戻る。





「仕組みはなんっとなく分かったがねドクター、肝心な点をまだ聞いていない」





「……ええ、【グレムリン効果】の発動条件について……ですね? 」





 ギャビン艦長の口出しをあらかじめ予測していたかのように、ドクターは本題へと話を続ける。





「……それについて説明します。【グレムリン効果】は以下の手順を踏んで発動させることが出来ます……まずは少年に[異性]の姿を見せること……」





 場内が瞬時にざわついた。





「[異性]だと? それはつまり……女っか? 」





 半笑いでギャビン艦長が説明に割り込む。





「その通りです。まずは女を見ることから始まります……それが肝要なのです」





 その言葉に半ば呆れた表情を作るギャビン艦長。それは彼だけでなく、他の重役達も同じだった。





「続けます……

次に、少年はその異性と物理的接触を行うことによりフェニルエチルアミンを脳内に分泌。

それが少年の皮膚に作用して細胞に特殊変化を及ぼし、全身から【グレムリン効果】を発生させます。

その副作用として皮膚の色素に異常が生じ、肌の色が褐色へと変化、そして全身の毛穴が収縮することで髪の毛が逆立ったようになります。

しかしそれは効果を発動した直後に元に戻ることを確認済みです。

さらに発動後の少年には極度の疲労感が伴うことも分かりました。

そのことから一日に効果を使う回数は2~3回が限度で、それ以上は少年の体に多大な負荷を与えることになり、失神するか、最悪死に至る可能性もあります

……さらに……」





「ちょっと待ってくれ! 」





 説明に熱が入ったドクターは自分でも気が付かない内にとてつもない早口になっていた。





 専門用語が飛び交い、その内容に着いていけなくなった議場内の重役達を代表して、ギャビン艦長が素早くストップを掛けたのだ。





「ドクター、少し落ち着いて説明してくれないか? 特に始めの方に言っていたことがさっぱり理解できん、どういうことなんだ? 」





 ギャビン艦長の言葉で我に返ったドクターは白衣の袖で額の汗を拭い、フーッ……と思い切り息を吐き捨て、気持ちを一新した大きな声で説明を再開させる。





「単刀直入に言いましょう。少年が【グレムリン効果】を発動させるタイミングはまさしく……彼が女性に[スケベな気分]で[お触り]したその時なのです! 」





 場内にはため息の合唱。ドクターがジョークを言っているのかと思って笑い声を上げる者もいた。





「ドクター、それはつまり少年が[硬くなった]時ってこっとか? 」





 ギャビン艦長がドクターをおちょくるような口調で質問した。その発言に触発され、ドクターもついつい調子に乗ってしまい、いつもの口調で……





「その通り! あんたらの頭みたいにガッチガチになった時じゃ! つまりワシらは思春期の少年の滾る欲望の末に命を繋いだってワケじゃ!  ヒヒャーッハッハッ! 」





 と声を張り上げて高笑い。そのドクターの発言の瞬間、場内は過去に類を見ないほどの騒がしさを作り上げた。





 冗談を言うな! ふざけるな! とばかりに怒りの声を上げる者。





 さらに笑い声を上げる者。





 奇天烈な発言にただただ唖然とする者。





 いつもの威厳に満ちた風格の【中央評議堂】は、今ばかりはボクシングの試合会場にも似た騒々しさが全てを作り上げていた。









「……欲情で象が立てなくなるとは、これイカに……だな」





 場内の喧噪に紛れ、元首バディがそっと呟いたその言葉は、誰一人聞くことなく、単なる空気の振動として役目を負えた。








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