3-7 「拳」
3‐7 「バラストの死闘 拳」
「癪な展開だけどよ……どうやら俺達はあのゲロガキに助けられちまったのか」
ニール隊長は炎越しにジーツ達のはしゃぐ様子を遠くで見守っていた。
「ま、俺の足止めが無かったらあのガキも死んでたんだ。所詮その程度よ」
ニールの足下には牽引用金属ワイヤー。
そして天井の穴から伸びるトロリーバスのちぎれた電線が火花を散らしながら無造作に置かれている。
そしてニールは両手に自分が履いていたブーツを手袋のようにはめていた。
彼は炎の向こうにいるジーツ達を何とか援護するため、ある作戦を決行していたのだ。
トンネルに入る前、ビルがBMEを転ばせるために引っかけた牽引ワイヤー。それが未だに敵の足首に金魚のフンのように繋がっていたことが幸運だった。それに目を付けたニール隊長は感電しないようにブーツを手袋代わりにして、天井から垂れ下がった電線を掴み取り、そしてそれを牽引ワイヤーに押しつけてBMEに高圧電流を送り込んだ。
電流はワイヤーを伝って敵の足首に流し込まれスパークを起こし、一瞬の隙を作り上げてジーツに勝機を送ったのだ。
「コーディさん! 僕、やりましたよ! 」
「大したヤツだぜお前は! 」
クリスマスプレゼントを貰った子供のようにはしゃぐコーディに肩車され、僕はこれでもかと賞賛を受けた。
「やったねジーツ君! 」
ドクターに支えられながらアリーが僕を見上げた。僕はアリーよりも身長が低いのでこうして彼女を見下ろす視界は新鮮だった。しかしこの高角度で見下ろすとタンクトップの魅惑の隙間にいちいち視線を取られてしまい、気が気でならない。
僕は視線をそらそうと彼女の頭頂部を凝視することにしたが、その時「あ! 」と思わず声が出そうになった。
よこしまな感情を回避させる為に移動した視線だったけど、思いがけず少しだけショッキングな事に気が付いてしまったのだ。
アリーの脳天には髪で隠せないほどに目立つ一筋の縫い傷があった。
これで彼女が普段帽子を被っている理由がやっと分かった。過去に何らかの大けがを負った時の名残なのか? それとも脳外科手術を受けた形跡なのか? 真相は見ただけでは分からなかったけど、これは深く追求してはならないことだと思い、何も見なかったことにした。
そして緊急事態で仕方がなかった事だとはいえ、無理矢理彼女のワッチキャップを剥ぎ取ってしまったことに少し罪悪の念を感じてしまう。
心のしこりを残しつつも、とにかく僕は敵を倒したコトとみんなが無事に生き残ったことを喜ぶことにした。
それと同時に、僕には【コブラ】に対抗出来る力を持っているんだという自負を抱けるようになり、確かなアイデンティティーを確立した気持ちになった。
僕の居場所が、ここにある。
「……ゴゥンゴゥンゴゥン……」
エレベーターが動き出す時のような機動音と共に、背後にあった壁がゆっくりと上へと持ち上げられた。僕はこの壁が巨大なシャッターであることに今初めて気が付いた。
「行け行けぇ! 続けえ! 皆の衆! 」
シャッターの隙間から独特の演劇じみた口調のヒゲ面男が入り込んできた。
それに続いて部下と思われる大勢の兵士達が、大蛇のような太くて長いホースを抱えてトンネル内に大挙する。
「消せ消せぇぇぇぇ! 消火だ消火ぁぁ! 」
落ち着きのないヒゲ男の掛け声でホースから特殊な消火剤と思われる液体が散布され、トンネル内の炎はあっという間に鎮火。徐々にトンネルの向こう側の景色が鮮明になる。
「副隊長! 」
コーディは僕を肩に乗せたまま走り、向こうで仰向けに倒れていた男性の元へと駆け寄った。そこにはあまり顔を合わせたくないニール隊長のしかめっ面も一緒にあった。
「隊長! 副隊長は大丈夫なんですか? 」
「コーディ! てめぇ少しは俺の心配もしやがれ! とりあえず息はしてる! スグに病院に運べ! 」
コーディは僕を肩から降ろし、ひざまずいて副隊長の頭を抱え、彼に呼びかけ始めた。
「ビル! 副隊長! 分かりますか! 起きてください! 」
無駄だと分かっていても彼にはそうせざるを得なかった。必死に副隊長の気を戻そうとするコーディの姿に、2人の深い絆を感じさせた。
「う、うう……」
「副隊長!? 」
コーディの呼び掛けが届いたようだ! ビル副隊長は喉の奥から吐き出すような声を絞り出す。
「うう……う……う……」
「副隊長? 大丈夫ですか? 」
だが、少し様子がおかしい。声は出ているが意識は戻っていないという感じだ。まるで悪夢でうなされているかのように額から汗を滲ませている。
「ビル! もう大丈夫だ! BMEは倒した! 」
「うううううう……」
コーディは何とかビル副隊長を安心させようと躍起になるが、それがかえって彼の平常心を遠いモノにしているようにも見えてしまった。そして……
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ! 」
とうとうビル副隊長は狂気を帯びた絶叫を散らした! コーディもニールもその姿に圧倒された。驚くと言うよりも、乳幼児が突然立ち上がってスキップをするようにあり得ない光景を目の当たりにして思考が止まってしまったかのように見えた。
「ああああああっ! ごめん! ごめんよぉぉぉぉっ! 」
悲痛な声で謝りながら、両手の指で自分の顔をかきむしり始めたビル。額の薄皮が剥けて怖気の走る[赤色]が露わになり、たまらずコーディはその両手を握りしめ、力ずくで彼の動きを拘束する!
「ビル! しっかりしろ! 」
「ああああああああああッ! 」
「目を開けろ! 俺を見ろ! 俺を見てくれ! 」
馬乗りになってお互いの鼻と鼻がくっつく程に顔を近づけ、取り乱したビルを元に戻そうと何度も何度も声を掛け続けた。僕はその光景を見て、記憶の気泡の中から悪霊を退散させようとする霊媒師の姿を浮かび上がらせた。
「はぁっ……はぁっ……」
「ビル! 分かるか? 俺だ!
ビルは徐々に目を開き始め、荒々しい呼吸を和らげつつあった。
「はぁ……はぁ……コーディ……か……」
「そうだ、俺だ! しっかりするんだ! 」
ビルの乱心は時間にしてほんの10数秒の出来事だった。けど尋常ではない緊迫感で10分以上の喧噪だったようにも感じられた。
「ビル……どうしちまったんだよ……? 」
コーディはビルの背中を支えてゆっくりと彼の上半身を助け起こす。
「……すまん……少し、昔のコトを思い出して……な」
「ビル……まさか、10年前のことを…… 」
コーディはそう言って、それ以上のことは何も追求しなかった。
ニールもただただ遠くを見つめる表情を作っている。
クジャク部隊の3人が暗黙の了解を察したかのような空気に僕だけが取り残されてしまった。
コーディとニール、そしてビルには共通に合わせ持つ[痛み]があるのだろうか? 空気の読めない僕でも、ここでビルを追求をすることは禁句だということは流石に読みとれた。
「よくやった! クジャク部隊達よ! 」
でもそんな中、空気を読む気などさらさら感じさせない拍手をパチパチとさせながら、さっきのヒゲ男が僕達に近寄って来た。その怖気ない態度に僕は感心すら覚える。
「すまなかった……コントロールシステムに不備が生じてしまってな、警報も鳴らせず、勝手にシャッターが下りてしまったのだ。私は閉じこめられた君達を必死に逃がそうと……そう! まるで全身に針をさされる思いで様々な手を尽くしたのだが、結局今になるまでシャッターを開けることが出来なかったのだ……クジャク部隊よ、このラーズを許してくれ」
大統領の就任演説かと思うほどに無駄に力の入った謝罪。
僕は彼のことをまるで知らなかったけれど、この人が言っていることは信用してはならない。と本能的に感じ取ってしまった。コーディ達も呆れた表情を作っている。
「大佐、お言葉ですがシステムの故障にしてはシャッターが開くタイミングが良すぎるんじゃないですか? 」
「そ……そうか? 」
ラーズと名乗った男は両目を泳がせて明らかに動揺していた。
「まるで俺達がBMEを倒したコトを見計らってから開いたようにしか見えませんでしたよ」
「……いやいやいや! 偶然だ! 偶然! そんなことはない! 嫌だなぁ、君にだってあるだろう? パーティの日に自慢の腕時計を無くしたとしよう! それがいくら探してもでてこないので諦めた。でもパーティから帰宅したのと同時に腕時計を見つけちゃった! なんてことが! 偶然ってのはいつだって良くも悪くも切りのいいタイミングで起こる。それは至言だろう? 」
真剣な話をしているコーディを茶化すような態度に、横で聞いている僕もイライラが募ってきた。
「初めから俺らごと閉じこめる気だったんじゃないですか? 」
「ち……違う! 断じて違う! 何を言っているのだ! 私も辛かったのだ……お主らが必死に戦っている姿をただただモニターで眺め、どうしようも出来ない自分自身を歯がゆく思う時間は万年の如く長大な時のように感じられ、様々な策を弄するもプールにピンポン球を投じるかのように無益な徒労に終わりそれでそれで……」
ラーズのふざけた態度にとうとうコーディはキレそうになっていた。皮膚が裂けるかと思うほどに右手を握りしめて、顔を真っ赤に染め上げている。
「……とまあ、良かったじゃあないか。君もコレで仲間の死に一矢を報いたということじゃないか? な? 」
ラーズのその一言でとうとうコーディは怒りを抑えることが出来なくなってしまった。左足を踏み込み、右拳を大きく振りかぶってその標準をヒゲ面に合わせた。僕はこれから起こる惨劇に備えて思わず目を閉じてしまった。
「ひぃっ! 」
ラーズの情けない声を聞き、僕は再び目を開いた。血みどろの光景を目の当たりにする覚悟をしていたけどそれは不要だった。
なぜなら顔面にクレーターを作るかのような勢いだったコーディの拳は、その威力を発揮させることなくラーズ大佐の目の前で寸止めされていたからだ。
「よせ、コーディ」
怒りの鉄拳投下は未遂に終わった。コーディの右腕はニール隊長により抑えられていたからだ。
そして次の瞬間……
「うッ! 」
壊れた笛の音色のような声を上げてうずくまるコーディ。そのみぞおちにはニール隊長のボディーブローがめり込んでいる。
「隊長! 」
気を取り戻したばかりで、静かに事を見守っていたビル副隊長ですら思わず声を上げた。
「コーディ、これ以上大佐に無礼な振る舞いをするんじゃない」
ニール隊長が耳打ちするように囁いた。
「そ……そうだ! まったくけしからんヤツだ! ニール! しっかり教育をしとけ! 」
「ええ、申し訳ありません、大佐」
「た……隊長……あんた……」
足を震わせてなんとか立とうとするコーディの肩に、ニール隊長はそっと手を置いた。
僕はその姿を見て、不思議と彼に対して抱いていた苦手意識が浄化されたような感覚に陥った。
「コーディ、どうしても気に入らないことがあって無性に殴りたくなった相手がいる。だけど立場上それを実行することが出来ない。そんな時はどうする? 」
「……え?……」
ニール隊長は振り返ってラーズ大佐と向き合う。
「教えてやるよ」
ゴッ! と鈍い音が鳴り、その場にいたコーディや副隊長、ラーズ大佐の部下達、そしてもちろん僕も我が目を疑った。
ニール隊長はラーズ大佐の顔面を思いっきりのパワーで殴り飛ばしていた。地面には赤ん坊のように体を丸めて倒れる大佐の姿。
「隊長! どうして? 」
ビル副隊長がフラフラな体を叩き起こし、ニールに詰め寄った。
「ラーズは殴る価値もねぇゲス野郎だ。部下にそんな汚ぇ面に触れさせるワケにはいかねぇだろ? だから俺が代わりにやった。それだけだ……」
ラーズ大佐は護衛隊の部下達に起こされながら凄む。
「ニッ……ニール! 貴様! ただじゃすまんぞぉお! 」
ニール隊長は鼻血を流しながら頬を腫らしたラーズ大佐を見下し、鼻で笑った。
「ラーズ、俺には分かってんだぞ。ちょうどいい口封じのタイミングだと思ってやったんだろ? 」
ラーズはその言葉に対し、胸にナイフを突き立てられたように口をパクつかせる。
「コーディ、汚い仕事を請け負うのは上司の務めだ。覚えとけ」
「隊長……あんた……」
そしてニール隊長はその場からゆっくりと立ち去ろうとする。事態が飲み込めず、周囲の人間は黙ってそれを見送る。
「おいゲロガキ」
少し離れて事の一部始終を傍観していた僕はニール隊長と目が合って話しかけられてしまった。思わず緊張で脇汗が湧き出る。
「は、はい! 」
ニール隊長は夕焼けを眺めるような切ない表情を向け、ただ一言……
「10年前に、お前が目覚めていりゃあなぁ……」
僕だけに聞こえるような声でそう言い残し、トンネルが作る闇の中へと一歩一歩、溶けていくように消えていった。
その時、彼が戦闘服に背負ったクジャク部隊のエンブレムが妙に煤けて見え、それが僕の脳に強烈な印象となって残った。
「ニール隊長……」
バラストの死闘はどんよりと不穏な空気を残し、その幕を下ろした。
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