3-6 「トリガー」

3‐6 「バラストの死闘 トリガー」





 いきなりの出来事で頭がこんがらがってしまいそうだった。





 ほんの数十秒前まで、僕はドクターの運転するトロリーバスで【バラスト層】に向かっていた。





 途中、道を間違えたのでUターンをし、来た道を戻ろうとアクセル全開で直進していたけど、いきなり車が重力に思いっきり引っ張られたのだ。





 僕とドクター・オーヤの体は一瞬宇宙空間にいるかのように浮き上がってバスの後部に吸い込まれた。なんとなく感覚でバスが真っ逆様に落下しているということを理解し、何とか座席にしがみついて危険を回避しようとした次の瞬間、今度はフロントガラスからなんと巨大な象の顔が迫って来た。遊園地のアトラクションのように畳みかける展開だ





「ぶつかる! 」





 象はバスの正面衝突を顔面で受け止めることになり、そのまま共に下へ下へと落下を続け、ついに地面に叩きつけられて強烈な衝撃が体を襲った。





 しかし、象がクッションになったおかげか、幸いにも僕達に大きな怪我はなさそうでひとまず安心した。Tシャツはペイント銃で真っ赤だったけど……。





 おまけにバスは落ちる途中でしっかりとタイヤが下に来るように体制を整えて着地している。不幸中の幸いと言える展開。





「痛ててて……全く何で道路に穴が空いとるんじゃ! 」





「ドクター…… ちゃんと前見て運転して下さいよ……」





「ワシのせいじゃないわ! 自治体の怠慢じゃ! 」





 愚痴をこぼすドクターを尻目に僕はバスの窓から周囲の様子を確認する。





 窓から顔を出すとまずサウナのような熱気と鼻に絡む粉塵に襲われた。そして目の前には炎が壁のように立ちこめ、大量の鉄くずのような物が散乱している。





 おまけにトロリーバスのちぎれた電線が上部の穴から垂れ下がっていてナイアガラ花火のように火花を散らし、尋常ならざる世界観を演出していた。





「これは一体……? 」





 僕が現実離れした光景を目の当たりにして引きつっていると、バスがわずかばかり浮き上がった気がした。





「いかん! 」





 ドクターは再びハンドルを握り、バスを走り出させる、下敷きにしていたロボットが突然動き出したからだ。





「うわわわ! 」





 間一髪でロボットによってバスをひっくり返されることを阻止したものの。背後から何発か弾丸を撃ち込まれたようでバス内に甲高い音が乱響してヒビの入った窓ガラスは次々と割れ散った。





 「あのクソでかいロボットは多分地上でお前が能力を使って倒したヤツじゃ、軍の奴らはBMEとか呼んどったな」





「少し形が違いますけど……」





「男子三日会わざれば刮目してみよ。という故事がある! 一週間もすりゃ、あれだけ変わってもおかしくないわ! 」





 バスを走らせながらBMEの攻撃から逃げていると、突然後部の出入口から誰かが飛び乗って来た。





「ジーツ! 」





「コーディさん? 」





 飛び乗ってきたのはコーディだった。





「バカ野郎! 遅いじゃねぇか! 」





「すいません、渋滞してまして……」





「デートに遅刻した時みたいな嘘言いやがって! 」と、いいながらコーディは笑顔で僕をヘッドロックする。ちょっと痛い。





「二人共仲がいいのは結構だが、まずはあの巨鼻を倒すのが先じゃ! デートはその後にしろ! 」





 依然BMEはこのバスに向けて機銃を乱射している。いつ破壊されてもおかしくない状況だ。





「ドクター! 分かったんだろ? ジーツの能力の使い方! それで片付けちまおうぜ! 」





 子供のような無邪気な笑顔のコーディ、僕はその反応に少し気まずさを覚える。

「ああ……ところでコーディ、アリーはどこじゃ? 」





「あそこだ! 」





 と、コーディはバスの窓から指を突きだす。その先には大きな炎が燃えさかっている。




「あの炎の向こう? 」





「そうだ、さっき一瞬姿を見せたんだが、また見えなくなっちまった」





 大丈夫だろうか? 僕は彼女の安否が気になって仕方がなくなってしまった。




「我が孫ながらクレイジーな場所にいよってからに! よっしゃ、お前ら腹をくくれ! このまま炎に突っ込むぞ! 」





「おいおい! アリーの救出も大事だけど先に敵を倒しちまった方がいいんじゃないのか? 」





 コーディの言い分はもっともだが、それが出来ない理由がある。





「コーディさん、実は僕の能力なんですが……」





「能力なんですが? 」





「それが、アリーさんがいないと……駄目なんです」





「な、ええっ? 」





 目を丸くするコーディ。そしてバスはそんなことなど知ったこっちゃないとばかりに炎の中へと決死のアタックを敢行する。





「伏せろおおお! 」ドクターが叫び、僕らは運転席下部の隙間に体をねじ込む。フロントガラスを押し破る炎の圧力。熱気が充満し、煙が視界を覆う。ほんの2~3秒の出来事が延々と続く地獄巡りにも感じられとてつもない恐怖が僕を襲ったが、コーディが僕に覆い被さってくれたおかげで死の不安は抱かなかった。





 僕が女性っだったらデートを申し込んでいたと思う。





「よーっし! 成功じゃ! ヒッヒッヒッ」





 バスの動きが止まり、フロントガラスからの熱風が収まった。バスは無事に炎の壁を突き破ったのだ。





「アリーッ! 」





 僕達はバスから飛び降りて、アリーを探す。その直後、半身が炎に浸かっていたバスはとうとう全身を炎に包み込まれてしまった。





 あと数秒脱出が遅かったら僕らも火だるまだっただろう……そして、バスの運転手に返しきれない程の借りが出来てしまった瞬間でもあった。





「アリー、どこだーッ! 」





 どうか無事でいてくれ。ざわめく鼓動を押さえきれず、僕達はアリーの名を叫ぶ。

「みんなーッ! 」





 トンネル内に散らばる瓦礫の陰からアリーが姿を表した。ワッチキャップからはみ出る髪がボサボサの埃まみれになっており右足を引きずっていた。





「無事だったか! 」と抱擁を交わすオーヤとアリー。この二人が家族であることを時折忘れてしまうけど、なんだかんだで深い絆で繋がれているのだと再確認した。





「感動の再会も結構だけどな、どうやらアイツはそれを許しちゃくれないらしい」





 コーディが親指を立てて背後を指さし、みんなの注意を促す。





「ウオオオオオオオ! 」





 炎の壁を突き破るように僕達に迫り来るBMEの姿。それはまるで地獄から這い上がる悪魔のようなおぞましさだった。





「時間がないぞ! ジーツ! さあ、あの時みたいにあのデカブツを使い物にならなくしてやれ! 」





 急がせるコーディ。僕もそうしたいのはやまやまだけど……





「あ、あのアリーさん。お願いがあります」





「何? 」





「その……」





「小僧! 緊急事態だ……今なら許す! 」





 まごまごしている僕を見てドクターもせき立てる。





「おじいちゃん、許すって? 」





「何だかわからんけど早くしろよ! 」





 煮え切らない僕の態度が周囲を苛つかせてしまっている。僕だって早く能力を使いたい! でもその為に必要な手順は周りから「やれ! 」と言われるほど実行しづらいことなのだ。





「ズシャアアアアンッ! 」





 慌てた空気を一掃する破裂音。その方向にはBMEの巨大な拳によってペシャンコに潰れたバスの残骸。そして一瞬遅れて上方から弧を描いて何かが僕に向けて迫ってくることが分かった。





 それが炎に包まれたバスのハンドルだったことに気が付いた時には、もはや火弾と化したそれは回避不可能なほどに近くまで迫っていた。





 ぶつかる! 





 僕は無我夢中に腕で顔を覆った。しかしその直後、何かが思いっきりぶつかってきたような強い衝撃が伝わり、僕は地面に叩きつけられる。





「うああああああああッ!」





 悲鳴が上がり、僕が急いで起きあがるとそこには目を覆いたくなるような光景があった。





「アリィィlッ! 」





 炎に包まれてのたうち回るアリーの姿。彼女は足を怪我していたのにも関わらず、僕を救うために突き飛ばして、火弾の直撃を代わりに受けてしまったのだ。





 その瞬間、僕の失われた記憶の断片が沸かしたお湯の気泡のように次々と脳内に浮かび上がってきた。[火に包まれた人間を助けるには? ]





 僕は記憶の気泡を頼りに、まずアリーの着ていたベストを脱がせようとした。





 のたうち回るアリーの動きを止める為、乱暴だったけど彼女の髪を思いっきりひっぱった。





 反射的に頭に両手を伸ばした隙にがら空きになった胸元のジッパーを下ろし、タマネギの皮のように燃えさかるベストを剥ぎ取る。そして下半身のミリタリーパンツにも炎が燃え移っていたので僕は着ていたTシャツを脱ぎ捨てて燃えている箇所に押しつけた。ペイント弾の水性インクで濡れていたのが功を奏して、すばやく消火出来た。





 他に燃えている箇所はないか? とアリーの体を改めると髪の毛とワッチキャップに炎が燃え移っていた。咄嗟に彼女が被っていたキャップを脱がし、向かい合って抱き合うような形になり、両手で炎を包み込んで消火する。





「ううっ……」





 掌が焦げたような感覚とともに、両手にジワジワと痛みがこみ上げてきた。





「大丈夫か! 」「よくやった小僧! 」





 コーディとドクターの声でようやくパニックから平静を取り戻したアリーはゆっくりと目を開いて、僕と視線を合わせる。





「ジーツ君……」





「無事ですか? 」





「……君は、大丈夫なの? 」





「……300年も凍ってたから……これくらいの火傷、平気です」





 消火のドサクサもあって、僕とアリーの顔は密着するかと思うほどに近かった。彼女の眼鏡のレンズ越しの見える瞳はいつもと違う輝きがあり、目が離せなくなった。





 そんなアリーに見とれているうちに、僕は今、アリーと抱き合う形になっていることに遅れて気が付き、思考回路がピンボールのように跳ね回る。タンクトップ越しに伝わる柔和な感触。そして彼女は僕の瞳を見つめて静かに……





「ありがとう」





 と一言つぶやいた。そしてその瞬間、僕の体の奥から再び熱く煮えたぎるような感情が込み上げてきた。





「お前ら続きは後でしろ! 敵が近づいて……」





「待て! これでいい! 」





 慌てたコーディの声をドクターが制した。そうだ。僕はアリーを救出する際、奇しくもあの能力を発動させる手順を踏み揃えていたのだ。





 全身の毛穴から高揚感が湧き出る感覚。髪の毛が逆立ち、褐色に染まる僕の体。準備は整った! 





「みんな離れろ! ジーツが[アレ]を発動させるぞ! 」





「わ、分かった! 」





 ドクターの声に促され、コーディはアリーを僕から剥がしとるように抱き抱えて走り去った。





 ドクターが僕に話してくれた、能力についての注意点を思い出す。それはこの能力が人体にとって影響があるかないかが未だに不明だということ。僕の能力に触れないように皆を待避させるのは当然だ。





「ジーツ君! 」





 コーディに抱かれながらアリーは僕を心配して手を伸ばしながら声を掛けてくれた。その一言が僕の能力をより一層力強くしてくれるような実感があった。





 炎の方へ視線を向けるとBMEは僕から5mという所まで近づいた。しかし能力の効果圏内からはギリギリの距離だ。僕は能力の効果を確実なものにするため敵に走り近寄る! 





「いくぞ! 」





 ほんの数歩だけ距離を詰めればいい、ただそれだけだった。しかし……今になって気が付いた。敵の胸から突き出している天体望遠鏡のようなガトリングガンが、その弾丸を今にも撃ち出そう予備動作の回転を始めていたことに。





 しまった! 





 刹那の駆け引きだった。範囲外でも今すぐ能力を発動させるか? それともあと一歩踏み出すまでこらえるか? 





 奥に見える炎の壁の動きが、海にたなびく海藻のように見える程、時間がゆっくりと感じられた。





 出すか? 待つか? 究極のニ択を強いられる。どうすればいい? 









「ウオオオオオオオ! 」









 僕が選択を躊躇していると、目の前の敵は急に雄叫びを上げて苦しみ悶え始めた。何が起きたのかさっぱり分からなかった。でも確かなチャンスが生まれた! 





 この隙を逃すわけにはいかない! 





 敵との距離、2m。準備万端、脳がみなぎり心が躍る! 





「全てをゼロに! 」






 両手を天にかざし、電磁球体が全身から広がり、BMEを一瞬で包み込む。そして巨大な風船が弾けたかのような裂音がトンネル内に響き渡る。





 BMEのガトリングガンの回転音が徐々に静かになり、ゆっくり停止した。





 次に巨大な象頭ロボットはまず膝を落とした後、上半身が横に引っ張られるように地面に叩きつけられ、金属がこすれ合う音と共に粉塵が波紋のように広がる。





 そして燃えさかる炎が空気を揺らし、その音だけがトンネル内に残った。









 BMEは機能を失った。






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