3-5 「無天の霹靂」

3‐5 「バラストの死闘 無天の霹靂」





「クジャク部隊よ! スマン、今しかタイミングはなかったのだ! これもアースバウンドの平和の為……致し方ない犠牲なのだ! 」





 ラーズ・ヴァンデ大佐は【バラスト層】のダムの水位や巨大ゲートの開閉等の管理を担う司令室【バラスト総合管理局】にて、トンネル内の監視カメラによって映し出された様子をモニターで伺いながら演劇じみた独り言を漏らしていた。





「悪く思うなよ、警報で知らせたら君たちはBMEへの攻撃をやめるだろう? そうしたら敵をシャッターの外へと逃がす隙を与えてしまう……そんなことになったら多大な被害を被ることは明白」





 クジャク部隊が死闘を演じている間に、トンネル内のシャッターは前後共にゆっくりと人知れずに下り始めていた。合図として鳴らす約束の警報もあえて鳴らさずに。

「これは私の聡明なるタクティクスなのだ」







 ■ ■ ■ ■ ■







「副隊長! 警報鳴ってましたか? 」





「やられたな! 初めから僕達を逃がすつもりは無かったらしい」





 奥行き50m、幅30m、高さ7mの密室空間となったトンネル内。炎が立ちこめ、黒煙が舞い。巨大象型兵器が暴れ狂う。これを地獄と呼ばずにどう表現しようか? 





「ウオォォォォッ! 」





 怒りの感情さえも感じ取れるBMEの雄叫び。敵は自身がトンネル内に閉じこめられたことを理解したらしく、強固な作りの3番シャッターを巨大な腕を振り回して殴り始めた。





 その一発一発は重く、けたたましい衝撃音が木霊となる。





「ガンガンガンガンうるせえなあのヤロウ! 」





 コーディ・パウエル、ビル・ブラッド、ニール隊長の3人は武器輸送車の残骸に身を潜め、何とか地獄の中で命を繋いでいた。





 騒音はやかましかったが、少なくともシャッターが敵の攻撃にある程度耐えられていることが分かり、BMEを閉じこめることに成功したことは幸いだった。





「くそ、それにしても火の勢いが強すぎるだろ! 」





 武器輸送車はちょうど密室の中央で爆発を起こした。その際、コンテナから炎が横に広がり、2番シャッター側にいるアリーと3番シャッター側にいるコーディ達を分断するように火炎の壁を作り上げていた。それが影響してコーディはアリーの元へと駆けつけることが出来ずにいる。





「当然だコーディ、あの車にはガソリンが積んであったんだからな」





「え? 」





 ニール隊長の爆弾発言にコーディは熱気でシャワーを浴びたように汗をかいていたのにも関わらず、一気に寒気を感じてしまった。





「隊長、今……なんて? 」





「ビル、こんな状況だ、しらばっくれなくてもいいぜ。どうせ俺を疑ってたんだろ」





 ガソリンはアースバウンドに持ち込んではならない禁断物資の一つだった。それをニール隊長が運転していた武器輸送車に積まれていたということは答えは一つしかなかった。




「じゃあ……上で禁断物資を流通させてたのは……」





「ああ、俺だよ」





 さも当然のように「トイレの水を流さなかったのは自分だよ」くらいの軽々しさでニール隊長は告白し、その悪びれもない横顔がトンネル内の炎でオレンジ色に照らされ、顔の陰がより一層強調されていた。





「やはりそうでしたか……」





 ビルにはおおよその見当はついていたようで、ショックというよりも呆れという感情をむき出した一声だった。





「ニール隊長……」





 コーディはBMEに攻撃を受ける恐れすら忘れ、立ち上がってニール隊長をにらみつけた。





「俺を許せねぇってんなら好きにしろやコーディ、どうせこの状況だ。みんな死ぬ」





 潰れて弾けるかと思うほどに拳を強く握りしめるコーディ。地上で散った6人の仲間の誇りを汚した彼に対して[何もしない]という選択肢を選ぶことは到底無理だった。

「よせコーディ! 」





 ビルの制止も空しく、コーディは握りしめた右拳をニールの顔面に向けて振り下ろし、騒音が飛び交うトンネル内にも浮きだって聞こえる鈍い音を叩き出した。





「恥ずかしくねぇのかこの野郎! キャロル達がどんな思いで散ったと思ってんだ! 」





 コーディの右拳を頬にめり込ませたニールは鼻血を流しながら地面に倒れ込む。





「……くそ、痛えなこの野郎……」





 ビルは必死にコーディを羽交い締めにして動きを封じ込めようとするも、怒り狂った彼を取り押さえることは副隊長の力をもってしても難しかった。





「よせ! こんなことをしている場合じゃないだろう! 」





 ニールが震える足で何とか体を支えてゆっくりと立ち上がり、コーディの胸ぐらを掴む。





「バカ野郎が! それとこれとは話は別だろうが青二才! お前こそあいつらの死を軽々しく口にするんじゃねえ! 」





「どの面下げて言ってんだこの恥知らずが! 」





「落ち着け二人とも! 」たまらずビルが間に入り二人を諌めようとする。







 ……ズシン







 こんな危機的状況にも関わらず内輪でもめている3人はすっかりと気が付かずにいた。





 ……ズシン





 ……ズシン





 BMEがシャッターを殴るのをやめ、凶悪のガトリングガンをこちらに向けながら歩み寄っていることに。





 ……ズシン





 ……ズシン





 ……ズシン





 重戦車をも数秒でガラクタに変えてしまう悪魔の造形に。





 ……ズシン





 ……ズシン





 ……ズシン





 ……ズシン





 胸部を突き出すBME、コーディ達の死は目前だった。しかし、その時だった! 









「みんな危ない! 」









 鋭く軽やかな声が響いた。その一声で一触即発状態だった3人は一瞬で目が覚める。

 声の方向へ同時に視線を向けたその先には、火炎の壁の向こう側で軍用ワッチキャップから金髪をはみ出させ、燃えさかる炎光を反射させた眼鏡が眩しい彼女の姿があった。









「「「アリー! 」」」









 アリー・ムーンはBMEの強襲から避ける際に右足首を強く捻ったものの、無事に危機を乗り越えて生き残っていた。





「アリー! 無事かぁぁーッ! 」





 炎の向こう側にいるアリーに声を上げるコーディだったが、彼女は焦りの表情で何度も腕を水平に振ってコーディ達の向かって右方向を指差した。





 何かと思いながら、アリーの指さす方へと振り向き、クジャク部隊男組3人は初めてBMEが目前に迫り、そのバスタブのように巨大な手を大きく振りかぶらせていることに気が付いた。





「あぶないッ! 」





 BMEの巨大な鉄拳によりミンチになりかけた3人だったが、ビルがとっさにコーディとニールにタックルをして突き飛ばし、その直撃を免れた。しかし……





「うぐっ! 」





「副隊長! 」





 衝撃によって飛び散った武器輸送車の残骸を頭部に直撃させてしまったビルは、そのまま倒れて気を失ってしまった。





「ビル! しっかりしてくれ! 」





「コーディ! それどころじゃねぇ! 」





 ビルを起こそうと彼の頬を叩くコーディだったが、目の前には鈍色に輝く6つの銃口を突きつけるBMEの姿。銃身を束ねたシリンダーはキュラキュラと回転し始め、虐殺のイントロを奏でる。





 「だめだ! 」と死を覚悟したコーディとニールだったが、BMEの次なる意外な行動を目の当たりにし、呆気にとられて静止してしまう。





「ガシャアアアアアン! 」





 それはあまりにも予想外だった。BMEは両手を大きくバンザイの形に上げ、そのまま後ろにアーチを描きながら後ろに倒れたのである。その体勢は仰向けになって両手両足で地面を支える所謂[ブリッジ]の格好だった。





 そして次の瞬間、クジャク部隊の面々は『自分達に向けて銃撃してくれた方が遙かにマシだった』と戦慄する光景を目の当たりにする。





「ズガガガガガガガガガ! 」





 BMEの胸から40mm近い大口径の弾丸が、トンネルの天井に向けて放たれた。

「嘘だろ」コーディは最悪の展開を想像してしまった。





 このトンネルの真上は紛れもなく【第二居住区】。シャッターが壊せないと判断したBMEはなんと天井を破壊してこの密室空間から脱出しようと試みたのだ。





 天井はまるでスポンジケーキをスプーンでほじくるかのようにみるみる崩れ、トンネル内に金属板やワイヤーといった残骸が雨のように降り注ぐ。





 そしてそんな物は意に介さないとばかりにひたすらに兵器を打ち続け、コーラ瓶と見間違えるほど大きい薬莢が次々と地面を叩き、その音がパーカッションとなりクジャク部隊の耳をつんざく。





 トンネルの内壁は基本的に緊急用シャッターと同じく、戦車を使っても穴を開けるのには一苦労する。しかし、天井のごく一部の部分には、空調の関係でわずかにだが脆い部分がある。BMEはまさにそこを狙ったのだ。





「ズガガガガゥン…… 」





 永遠に続くかと思われたガトリングの演奏が終了した。





 クジャク部隊はただただ黙ってその一部始終を見過ごすことしか出来なかった。









「そんな……」









 トンネル内の空気が上方に引っ張られるように感じた。コーディが恐る恐る上を見上げると、そこにはポッカリと巨大なサメが口を広げたような大穴が広げられ、その穴の向こうにわずかながら星空を思わせる点々とした照明の光が確認出来た。





「お、おいコーディ……こりゃ……夢か? 」





「……信じたくねぇけど……現実だぜ」





 【バラスト層】と【第二居住区】を分断する厚さ10m以上の壁は今、巨大象型兵器により、貫通してしまったのだ。





 自らが空けた風穴を仰ぎ見るBME。敵はゆっくりと膝を曲げたと思えば、地面を強く蹴り上げて跳躍。7mの高さを物ともせず穴の縁に手を引っかけ、両手を突っ張りながら上層へと登り始めた。









 アリーは青ざめた。彼女は全身の血が流れを止めてしまったかのような錯覚すら覚えた。





 このままでは殺戮に特化した巨象が、多くの人々が暮らす【第二居住区】に放たれてしまう。





 彼女の脳裏に浮かび上がる妹の表情。もはや平静を保つことが出来なかった。









「止めてぇええーーーー! 」









 腹が割けるかのような絶叫を上げながら、捻った足を引きずってBMEの元へと駆けつけようとするアリー。目の前には未だ勢いを止めることのない業炎の壁が彼女を阻むも、もはやそれすらも関係無いとばかりに、灼熱の中に飛び込む勢いだった。





 絶望・無情・無力がコーディに押しつけられる。自分達が出来ることなど思いつかなかった。アリーの叫び声すらも耳に入らなかった。ただただ上へとよじ登るBMEの巨大な臀部を見上げた。





「くそおおおお! 」





 コーディはヤケになってライフルを天井に向けて連射する。意味の無い行為だとは分かっていた。しかし、キャロルの決死の自爆が自分を救ってくれたように、何かがキッカケとなり奇跡が生まれるという思いが彼の体を動かした。





『何でもいい! 奇跡よ起きろ! 』





 銃声が木霊する。絶叫が空気を揺らす。弾丸が弾かれ火花を散らして無益の時間がひたすら流れた……しかし。





 奇跡は起こった。









「ガシャアアアアアン! 」









 [青天の霹靂]という言葉がある。雲の無い青空から突如落雷が落っこちるというくらいに起こりえない出来事の事を意味するが、コーディの目の前では空の無いアースバウンド内にて[無天の霹靂]とも言える事態が起こっていた。





「なに!? 」アリーは目の前の出来事が一瞬では理解出来なかった。





 BMEの巨体は天井の穴から勢いよく落下し、トンネル内の地面へと叩きつけられ、その強烈な激震にクジャク部隊の面々は全員膝ををついてしまっていた。





「マジかよ……」





 仰向けに倒れるBMEの上には雷マークの付いた黄色く巨大なトロリーバスが押さえ込むようにのしかかっている。





 コーディは驚きで動揺する中、バスの運転席側に真っ白なヒゲを蓄えた老人と、真っ白な肌の少年の姿を見つけた。





「やっと来やがったな……」





 救世主は舞い降りた。





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