2-5 「実験」

2‐5 「実験」





「小僧、裸になれ! 」





「え? 」





「いいから脱げ! 下着も全部だ! 」





 ドクター・オーヤの目は真剣だった。どうやら僕はアリーやコーディの見ている前で、再び全裸を見せなければならないらしい……。





 躊躇する僕に対し、容赦のない視線をぶつけるドクター。どうしてこうなってしまったのか……
















 数十分前、クジャク部隊に因縁を持った男達の襲撃から逃れた僕達は、ドクター・オーヤと共にアリーの実家、つまりはドクターのラボへと到着した。





 ラボは集合住宅のビルではなく【第二居住区】では珍しい一戸建てと呼ぶべき二階建てのコンクリートのような材質での建築だった。建物の壁には電気系統コードが張り巡らされていて、用途不明の機械の箱が山積みになっている。いかにも非常識な博士の仕事場だということを演出するには十分すぎる程だ。





「さぁ入れ」





 ドクターは南京錠や鎖で何重にもロックされた鋼鉄の扉を開錠し、自身のラボ内に僕達を招き入れた。





「うぉっ! 」





 ラボ内には溶接に使うゴーグルや工具が散乱し、壁には発明品の設計図や意味不明なグラフが印刷された紙が隙間なく貼られ、無数のモニターとパソコンと思われる電子端末がケーブルにまみれている。





 そんな中、テーブルの上の空になった缶詰と金属製のマグカップだけが、人間らしい生活感を漂わせていた。





「いつ来ても、すげえなここは」





 コーディが呆れとある種の感心を込めて笑顔を作る。





「たまには片づけてほしいんだけど」





 アリーは足元に転がっていたビスケットの欠片のような物を拾い上げ、ゴミ箱に放り投げるが、箱にはスデに大量のごみの先客が溢れかえっていたのでビスケット片は虚しく弾かれてそのまま床に落っこちた。





「ま、飲みながら話そう」





 ドクターは隣の部屋から見覚えのある形の瓶を四つ携えて戻ってきた。





 散らかったテーブルの上に置いたその独特な曲線で作られた瓶の中には気泡が漂う黒い液体が入っていた。栓抜きでフタを開けると瓶の口からガスが噴き出る軽やかな音。

 間違いない、これは僕の時代からあったモノだ。





「お前さんにまずコレを飲ませてみたかった」





「まさか、ここでコーラが飲めるだなんて」





 後から聞いた話によれば、人類が【アースバウンド】へと移住する際、艦内に持ち込むべき物資や技術は厳選されて多くの文化が失われたけど、コーラは民衆の高い支持によって最優先で持ち込まれたらしい。





 僕は記憶喪失中だけど自身の名前や生い立ち、それに関わる記憶以外は断片的に残っている。観たことのある映画や、音楽、僕が生活をしていた時代の文化等の記憶を棚から抜け落ちてバラバラに散らばった本を拾い上げるように、時間をかけて思い出すことは出来る。





 その中から僕は第二次大戦中、アメリカの軍艦には必ずアイスクリーム製造器が持ち込まれたというエピソードを思い出した。人類の甘い物にかける情熱はいつになっても変わらないのだろう。





「いただきます」





 600年以上の歴史を持つ伝統的な飲み物を、僕は少しかしこまった気持ちで喉に流し込み、よっぱらいから逃げる為に走り回ってカラカラになっていた喉に潤いを与えた。





「さて、小僧の能力について、少し話そう」





 僕達はパイプ椅子に座ってテーブルを囲んだ。そしてドクターは傍らにある機材の山から、掌に収まるほどの小さな人型ロボットを取り出してテーブルの上に置いた。





 そのロボットは角ばった体系で真っ白な宇宙服を着たような見た目、背中にはコードが伸び、ラジコンのコントローラーらしき装置と繋がれている。





「まずコンピュータを始め、機械には集積回路という物が備わっている」





 ドクターがコントローラーを操作すると、モーターの動く音と共にロボットが動きだし、ぎこちない足取りで歩行を始めた。





「機械にこうやって命令を送る際、電気信号で0と1の2進数の数字が集積回路に送られ、処理をする。つまりたった二つの数字の組み合わせで機械は複雑な動作を行っているのだ」





 ドクターがコントローラーを操作すると、ロボットは右へ左へ、くねくねと曲がりながら歩み始めた。





「貴様は不思議な力で象型の巨大ロボットを停止させたようだな? 」





「は、はい……そうらしいです」





「その時、体が変色して電気のようなモノを周りに発散させたんだな? 」





 ドクターはテーブルから身を乗り出し、どんどん僕に顔を近づけてくる。





「そう、全身からビリビリってしてパーン! って」





 アリーが僕とドクターの間に割って入るように言葉を挟んだ。





「お前はある条件を満たして体から特殊な磁場を発生させ、集積回路になんらかの影響を与え、その機能を停止させることが出来る。そういうことじゃな」





「ええ……そのようですけど……」





 ドクターはコントローラーを操作してロボットの動きを停止させる。ロボットはそのまま横に倒れてしまった。





「お前の力は機械にとっての天敵になり得る」





 ドクターはコーディが研究員から受け取ったブリーフケースを奪い取るとテーブルの上に乱暴に叩き付け、ケースの中の大量にある僕の研究資料の束をパラパラとめくり始めた。





「【コブラ】の……天敵? 」





「左様! 問題はその発動方法が分からないということだな」





 書類に目を通しながらドクターは早口でつぶやく。それにしても凄まじい速さで次から次へと紙をめくっている。





「その点はその資料を見ての通り、上の研究員が色々と試してダメだったみたいだぜ」





「フンッ! 上のヤワイ若造共のやることなどタカが知れとるわ! 自分らで分からなかったから結局はワシ頼みなんだからな! 始めからワシに任せておけばいいモノを! 」





「それはしょうがないよ、だっておじいちゃん……」





 アリーが言葉の途中で口ごもった。何やら嫌な予感がする。





「アリー! 小僧が力を使った時、お前はどれだけ離れていた? 」





「ええと、5mくらいだったと思う」





「よし! アリーとコーディは奥の壁まで離れていろ! 」





 ドクターが先ほど動きを停止させたロボットを元通りにテーブルの上に立たせ、コントローラーの電源を入れるとロボットの腕がバンザイを繰り返すような動きをし始めた。アリーとコーディが心配そうな面持ちで壁際からこちらを見ている。何が起こるのだろうか? 





「小僧」





「はい? 」





「1+1は? 」





「え? に……」









「パァーーーーン!」









 突然過ぎる出来事に頭も体も何一つ反応出来なかった。鼓膜に突き刺さるような破裂音、これには覚えがあった。





 ニール隊長からも味わわされた驚愕の一瞬。





 目の前で白く輝く拳銃を構えるドクター・オーヤ。数秒の沈黙。胸に染み付いたべっとりとした感覚。ようやく把握したこの状況。





 僕は拳銃で撃たれたのだ。





「うわぁああああ! 」「きゃあああ! 」「うおおおお! 」





 僕とアリーとコーディがパニックで悲鳴を上げている中、ドクターは落ち着いた様子で紙にペンを走らせていた。





「フム……危機的状況による防衛反応ではない……と」





「何やってんだぁああ! ドクターぁああ!」





「血が! 血が出てる! 」





 僕の胸は真っ赤に染まっていた……【医療科学研究所】で支給された簡素な白いカッターシャツは残酷な染みで汚されてしまった。痛みは不思議と無い、僕の体からスッと魂が抜け落ちるような感覚があった。僕は、死ぬのか? 





「騒ぐな、ただのペイント銃じゃ」





「へ? 」





「実験したんじゃよ、突然生死に関わる危機に襲われたらお前の能力が発動するんじゃないかと思ってな」





 僕を含め、アリーとコーディは絶句してただただ楽しそうにメモを取るオーヤを傍観していた。全て分かった。上の研究員から依頼をされるほどの発明家であるドクターがなぜ【第一居住区】に住んでいないのか、なぜ真っ先に僕の研究を依頼されなかったのかを理解できた。





 このドクターは街も研究素材も、全て実験で破壊してしまう恐れがあるからだ。





「お前の不思議な力が発動したらこのロボットが動きを止めるハズじゃが、今の実験は失敗じゃったな! ヒヒヒ」





 ロボットは相変わらずガチャガチャとバンザイのポーズを繰り返している。





「よし、それじゃ次の実験だ、小僧、裸になれ! 」





「え? 」





「いいから脱げ! 下着も全部だ! 」





「ちょっとおじいちゃん! 今度は何なの? 」





 アリーが必死に詰め寄る。





「この小僧が力を使った時、裸だったそうじゃないか? だったらその時と同じ状況に合わせるのは当然じゃろ? 」





「だからって……」





「いや、アリー。ジーツは一度裸になった方がいいな」





 コーディはやっぱり気が付いていたようだ。僕の体の異変に。そしてアリーも改めて僕の体、主に下半身を見て察したようだった。





「あう……」





 僕は発砲された驚きで失禁してしまっていた。下半身から黄色い液体を滴らせる醜態。僕は恥ずかしさで思わず涙を浮かべてしまった。





「フム、多大な羞恥感情からは発動しない……と」





 ドクターが軽やかにペンを走らせる音と滴の落ちる音だけが、ラボ内の空気を残酷に彩り。ロボットはそんな僕の姿を茶化すようにひたすら両腕を上げ下げしていた。





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