2-4 「オーヤ」

2‐4 「オーヤ」





「ジーツ、着いたぞ」





 車に揺られて30分位経っただろうか? とうとう目的地に到着したようだ。ここまでの道中はまたまた驚きの連続だった。





【アースバウンド】の中は主に上下三つの階層に分かれていて、上から【第一居住区層】【第二居住区層】【バラストタンク層】となっているらしい。





 【第一居住区】はさっきコーディが説明した通り、軍事関係者や一部の特権階級、要するに富裕層の為のスペースで、それに対し【第二居住区】はそれ以外の人々が住んでいる言わば庶民の為のスペースだ。





「意外でした、アリーさんの実家は第二居住区なんですね」





 第一~第二居住区間の移動は艦内の環状道路を使うのが最も一般的らしく、他の方法としては巨大なエレベーターで昇降することも出来るらしいけど、特別な物資の伝達や一部の人間にしか利用を許可されていないのだとか。なんにせよスケールが大きい。





 車を降りて天井、要するに【第一居住区】にとっての地面を見上げる。電線や鉄骨、鉄橋が幾重にも張り巡らされ、点在するライトが辛うじて日光を再現しようとしているが、その頑張りも空しく周囲は薄暗い。地上で言う、曇った日の早朝くらいの明るさだ。





「上に比べて少し暗いでしょ?. 」





 アリーの言う「上」とは【第一居住区】のこと。【アースバウンド】の人々には「上」が【第一居住区】、「下」が【第二居住区】という意味で通るらしい。





「はい、それに少し……」





「汚い。だろ? 」





 僕が思わず口にしそうになった言葉を、コーディが代弁した。





「いや、そんなこと……」





「いいのジーツ君、実際そうだから。ここは下の中でも一番貧しいエリアでね、治安も少し悪いから気をつけてね」





 集合住宅地になっているこの場所は、鉄骨で作られた5階建て程のビルが密集している。ビルとビルとの間に多くのワイヤーが張り巡らされ、それには無数の洗濯物と思しき衣服が吊るされている。ビル以外には、住人が勝手に作ったと思われるトタンや廃材らしきもので構成された無数の簡素な住居が密集している。





 スラム街。【第一居住区】の整った街並みとは程遠いその光景から僕の断片的な記憶からその言葉が引っ張り出された。





「少し歩くけど、俺達から離れるなよ」





 車を路上に止め、コーディとアリーが僕を前後で挟む形で錆びたグレーチングの地面を歩き始めた。





 ペンキで落書きされた壁や大きな浴槽のようなゴミ溜め。その近くに群がり、ジッとこちらを睨みつけている20代位の男達の視線。確かに僕のような子供が一人でうろついていたら5分で丸裸にされる恐れがある。





「あんまりキョロキョロするなよ」





「すぐ着くからね」





 コーディのアリーの口調から緊張感が伝わる。僕はなるべくコーディの背中だけを見つめることを努力した。コーディの大きな背中が背負うクジャク部隊のマークが頼もしさと安心感を与えてくれる。





 大丈夫だ。何も心配することはない。そう信じ切っていたその時だった。





「痛てっ! 」





 いきなり額に強い痛みを感じ、その直後に間の抜けた金属音が足元から響く。





「ジーツ! 」「ジーツ君! 」





 強い衝撃で揺さぶられた意識の中、地面に転がった缶詰の空き缶を目にして理解した。誰かが僕に向けてコレを投げつけたのだ。





 「お前ら、いつまで無駄なコトをやってんだ! 」





 襟がヨレヨレになったシャツを着た男僕達に向かって叫んだ。さっきゴミ溜めからこちらを睨みつけていた男達の一人だった。





「お前……まさか? 」





 コーディはその男を知っているようだった。





「この前の地上遠征で、もうクジャク部隊はほとんど残っていないんじゃないか? えぇッ?」





「……ああ……」





 僕の予想に反し、コーディは力なく返事を答えるだけだった。大柄で豪快な彼のイメージとはほど遠い姿だった。





「大丈夫? 」





 アリーは僕の肩を引いて男達から遠ざけるように立ちはだかってくれたけど、チラリと見えた彼女の瞳は男達の脅威を警戒するというよりも、どこか哀しげだったことが気になった。





「トール・ヤンシーのコトを忘れたか? ……なぜそんなに死にたがるんだお前らは! 」




「……確かにトールは犠牲になった……だがそれは俺達クジャク部隊が後ろに下がる為にじゃない、前に進む為にだ! 」





「その結果がアレか……結局お前らは【コブラ】のしかけた罠に引っかかっただけのマヌケじゃねぇか! 」





「成果はあった! 」





 [トール・ヤンシー]? 会話のやり取りから察するに、男達は元々クジャク部隊、もしくはその関係者だった人なんだろう。





「それは失った命に釣り合ったモノか? いい加減に目を覚ませよ! 【コブラ】には誰も敵うワケねぇんだよ! 」





 怒りで荒れる彼の元に仲間と思われる男達がゆっくりと歩み寄って合流する。全部で5人。僕らを穏やかに見過ごす雰囲気ではなさそうだ。

「行こう! 」





 アリーが僕の手を引き、コーディも僕の背中を守るように続き、その場から走り去った。





「悪いな、ジーツ。これだけは見せたくなかったんだけどな……」





 走りながら覗くコーディの顔は怒りと悲しみを必死に押さえ込んだぎこちない笑顔だった。僕の手を引っ張りながら走るアリーの背中にも無言の哀愁を感じさせていた。

 僕にはまだまだ知らないことがいっぱいある。そして知らない方がいいことも、きっと沢山あるのだろう。





「逃げてんじゃねぇぞ! 」





 男達は顏を紅潮させながら僕達の後を追って来る。その必死さには少し異常さすら感じさせた。





「くそっ! 追ってくるぞ! 」





 パイプが張り巡らされる密集した黒い壁を横目に、細い路地を駆け抜け、僕らを含め大勢の足音がプレハブ小屋のような家々に反響する。終わりの見えない鬼ごっこは200年間も寝むりっぱなしだった僕の体にはキツ過ぎた。





「うわっ! 」





 やってしまった。僕は自分の足と足を絡ませて転び、体を固い鉄板の床に叩き付けられてしまう。





「ジーツ君! 」





 全身が泣きたくなるくらいに痛かったけど、幸い大けがではなさそうだった。しかしその間に僕らは男達に追いつかれてしまう。ジリジリと距離を詰めようとする彼らの前にコーディが立ちはだかる。





 一触即発。





 男達とコーディが火花を散らし合い、ほんの少しでもどちらかが隙を見せた時には、血液飛び散る乱闘が勃発するんじゃないか? と思うほどの緊張感だった。





「もう、地上遠征はやめろや……10年前の悲劇をまた繰り返すつもりか? 」





「ここで諦めるワケにはいかねぇだろ! 」





「なら、俺達が[行けないように]してやるよ……」





 男達は拳を力強く握り締めながら僕達との距離をジリジリと詰め寄る。





「大丈夫、君は傷つけさせない」





 アリーが僕を守るように横から肩を抱き寄せた。





「アリーさん……! 」





 彼女のブラウス越しに伝わる柔らかな感触に鼓動が高鳴り、[あの時]と同じ感覚が全身を襲った。血の流れの勢いが増し、体温が上昇したことがハッキリと分かった。巨大な像型ロボットを倒したあの力を……もう一度……! 





「カランッ! 」





 目の前で何かが起こった。上空より先ほどの空き缶を思わせる物体が地面に叩き付けられたかと思った瞬間、男達が噴火を思わせる程に大量の白い煙に包まれた。





「ゲホっ! なんだこりゃ! ぐぇええ! 」





「涙が止まらん! 」





 煙に包まれた男達は咳と涙で顔を歪ませ、悶絶している。





「な…なんだこりゃあ? 」





 コーディもアリーも目を丸くしている。もしかして、これが僕の力なのか? だけど、あの時のように全身を襲う疲労感もないし、体の色も変わっていない。





 何が起きて、どうして僕らは助かったのか? 





「ヒヒョーッヒョヒョヒョッ! 」





 何者かの奇声に「まさか! 」と何かを感づいたアリーは声をあげて真上を向く。

 僕とコーディもつられて首を傾けると、奇声の持ち主がとてつもなく軽い身のこなしで僕達の目の前に舞い降りた。





「ワシ特製の催涙弾。効果はてきめんだったな! 」





 天から現れた謎の人物は、派手なアロハシャツを着込み、真っ黒なゴーグルを掛け、スキューバダイビングに使う酸素ボンベのようなタンクを背負い、そのタンクとチューブで繋がっている銃のような者を両手に構えている。





 その装備には見覚えがあった。正確には僕の200年前からの記憶の欠片から似たような情報を探し当てたというべきか……





「去れ! チンピラ共! ワシが寝ずに開発した火炎放射器が文字通り火を噴くぞ! 」

 老人に火炎放射器を向けられた男達は催涙ガスにより刺激された溢れ出す涙と共に、悲鳴を上げながらこの場から走り去った。





「フン、戦うことを忘れた海藻どもめが」





 やや掠れた声とたっぷりと蓄えた白ひげの男はゴーグル外しながらそう言い捨てた。





「火炎放射器だなんて! そんなモノ作ったら逮捕されるじゃない! 」





「大丈夫じゃい! 燃料は入ってない。そもそもそんなヤバいモン持ってないわ! 」





 頭を抱えて疲れた果てた表情のアリーを尻目に、妙な老人は高らかに笑い始めた。





「アリーさん、この人を知ってるの? 」





「知ってるも何も……」





 アリーの言葉を遮るようにその男がガシャガシャとオモチャ箱を揺らすような音を立てながら僕に近寄る。





 そしておでこがくっつきそうになるくらいに顔を近寄せたかと思ったら、卵のような大きな目をこれでもかと開かせた。





「貴様が噂の骨董坊主か! 思ったよりシケたツラ構えしとるな! 」





「ど……どうも、スミマセン……」





 猛禽類のような迫力の男は顔のシワや肌のシミから70歳以上の高齢であることは確かだった。しかし発散される気迫からは10代のようにエネルギッシュな生気が満ち溢れている。





「ドクター紹介するぜ、こいつが例のコールドスリープ少年で名前はジーツってんだ」





「ほう、ジーツ? なんだか嘘くさい健康食品みたいな名前だな」





 そう言ってコーディにドクターと呼ばれた男は一人で大笑いした。なんというか色々と忙しい人だな。と僕は思った。





「おじいちゃん! いい加減にしてよ! 」





「え? お、おじいちゃん!? 」





 アリーの発言に思わず声が裏返った。





「ジーツ、話したろ? この人がお前の不思議な能力のコトを調べてくれる例のちょっとヤバイ人だ、まぁ、こんなんでも根はいい人だから、気構えなくったていいぞ 」





 そうじゃない、ヤバイ人だというのは一目で分かる。僕が驚いた点は別にある。





「ワシはオーヤムーン。元外科医で今は発明家、周りからはドクターと呼ばれとる」





「私の祖父なの……」





 [二次元世界]に巨大な潜水艦。そして孫とは似ても似つかないマッドサイエンティスト。200年後の世界にはまだまだ不思議に満ち溢れていて退屈する暇すら与えてくれない。





「ジーツといったな! 仲良くしようなぁ、ヒッヒッヒ……」





 無理やり僕と肩を組みドクター・オーヤは再び大きな声で笑う。今日も一日、長くなりそうだ。




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