1-3 「人類電子化計画」

1‐3 「人類電子化計画」





「まるでプランターのミントみてえだ。見るたびに増えてやがる」





 海岸を上がり、元は人間達が利用していただろう朽ち果てた無数のビルの間を、中腰で走りながらコーディは私に呟いた。





「園芸の趣味なんてあったんだ? 」





「いや、キャロルが言ってたんだ。ミントってのは繁殖力が半端ないんだと。抜いても抜いても生えてくるんだ」





「なるほど、前にキャロルが隊長の頭にはミントが必要だ。って言ってた意味が分かった」




 コーディは苦笑いを浮かべながら走りを止めると、ビルの壁に背中を張り付けて曲がり角から首を出し、奥の様子を確かめる。





 私達が身を隠すために背中を合わせているビル壁には、強化ゴムでコーティングされた無数のケーブルが蔦のように絡まり合って壁面を覆っている。





 ケーブルとケーブルの隙間から覗くコンクリートの壁面に耳を近づけると、微かに金属と金属がこすれ合うような音が聞こえてきた。








 このビルの中には、もう一つの世界がある。








 今から155年前の話だ。





 西暦2350年、地球上の人口は80億を超えた。深刻なエネルギー不足と温暖化で森林は枯れ、食糧難により乱獲された動物は種を減らし続けた。





 そしてそれから巻き起こる貧富の差、残酷な紛争が世界中の人間を危機に陥れた。

 血と煙と涙が絶えない人々の未来に暗雲が立ち込め、絶望的な時間が過ぎた。しかし、そんな中、一人の天才科学者が人類存亡の為に一つの打開策を提案する。








 【人類電子化計画】








 科学者の[ジョン・ブラックマン]が提案したその計画とは、コンピュータ内に自分の思考、風貌と体格、性別に年齢、そして能力をインプットし、自分と全く同じ分身を作りあげて電子データによる二次元の仮想世界で日常生活を送れるようにするという計画だった。





 コンピュータの[二次元世界]は実世界の地球と同じ環境で構築されている。海があり、山があり、青い空が広がる第二のリアルとも言えた。





 もちろん違う点もある。その世界では動植物も絶えることがなく、病気で苦しむこともなく、貧しさも存在しない、絵に描いたような理想の平和を演出された世界という点だ。




 数多くの人間達がその計画に賛同し、実世界の苦しみから逃れる為にタンパク質の体を捨て、電気信号で構成されるデジタルの体へ魂を引っ越すことを希望した。

 しかし問題が生じる。電子データ容量の限界により、身体を電子化出来る人数は当初1万5千人に限定されたことだ。





 始まりの1万5千人は医学者や学者に政治家。社会的に地位が高い人物達が優先された。ジョン・ブラックマンは徐々にデータ容量を増やす為に、サーバを増築して少しずつ電子化させる人数を増やす長期プランを立てていたが、1万5千人に含まれなかった人々の心にはその余裕は持ち合わせていなかった。俺を! 私を! 電子世界に逃げ込みたい人々が暴徒と化し天才科学者の元へと詰めかけた。





 このままでは計画そのものが失敗に終わってしまう……ジョン・ブラックマンはこの状況をなんとかしようと、やむを得ず強硬手段をとることになった。





 実世界からの攻撃から電子世界を守る番人【コブラ】の投入だ。





 特殊強化プラスチックで作られた強固なボディ、人類の英知を結集させた人工知能。そして多種多様、様々な殺人方法と武器を使いこなす邪悪な技法。それらを持ち合わせた蛇頭の人型ロボット。それが【コブラ】





 【コブラ】の役割は主に2つ。





①「電子世界の破壊を企てる人間の駆逐、その為の兵士を量産すること」





②「電子世界のデータ容量を増やすためのサーバを増築すること」





 【コブラ】は与えられた役割を忠実にこなした。いや、こなし過ぎたと言うべきか……。





 銃殺、撲殺、爆殺、惨殺……暴徒化した実世界の人間達を、量産した兵士達と共に次々と駆除して行くうちに【コブラ】の人工知能は、人間達全てが電子世界にとって害悪と判断してしまった。





 そして【コブラ】は知識と技術を駆使し、天を仰ぐ文明消滅兵器【カーネル】を作り上げる。





 実世界の人口はその兵器によってわずか10年で半分にまで減少。40億もの人間が命を落とし、生き残った人間達も【コブラ】の魔手から逃れる為に地上から姿を隠した。





 そして現在。かつて人間達が居住に使っていたコンクリートのビル群は、今では気が遠くなる程大量にある電子データを保存する為の外壁として使われている。

 電子で作られた世界の人口が増える度にコンピュータ内で必要なデータ容量も同様に増える。その為、実世界にサーバが作られ、地上のスペースを圧迫する。その勢いはコーディの言う通り、ミント並みだ。





「このビルの中にあるサーバに、電子化した私達の遠い親戚が生活して、恋愛して、結婚して……」





「子供を作って増え続けてるってことだ」





 コーディは私の呟きに答えながら、左手を振り『ついて来い! 』と合図を送り、再び中腰の姿勢で勢いよくビルの角から飛び出す。私もそれに続いた。





 アスファルトがひび割れて雑草が伸び放題になっている道路を横断し、別のビルの壁に背中を合わせると、コーディは手のひらを私に突き出し『待て! 』のサインを送る。私は電池の切れた時計のように体の動きを止め、無言でコーディに視線を送る。





 ほんの数秒沈黙の間が流れた後、コーディは振り返ってターコイズブルーの瞳を向ける。




「すまん、大丈夫だ」





「なんだったの? 」





「残骸だった、【象頭兵】と……仲間のな……」





 コーディが親指を立ててビルの角から顔を出すようにジェスチャーする。私はコーディと位置を入れ替え、ゆっくりと角の向こう側に首を入れて覗き込む。そこには上半身と下半身が分断された人型のロボットの残骸と、私達と同じ黒い戦闘服を身に纏い、白骨とミイラの中間状態に変わり果てた人間の亡骸が虚しく倒れていた。





 【コブラ】がかつて量産した兵士、つまり私達の[敵]のそのマスクには、大きな耳のような受送信アンテナと、長い鼻を思わせる強化プラスチックのチューブの左右に、円柱型の手榴弾が一つずつ装備されている。体は特殊な金属による真っ黒の鎧がケーブルの束で作り上げられた筋肉をしっかりと保護して二足歩行の人型を作り上げている。





 私達はその風貌からこの[敵]を【象頭兵】と呼んでいる。





 【象頭兵】には心が無い。【カーネル】から発せられる遠隔信号の指令通り、ただひたすらに[二次元世界]の容量を増やす為のサーバを増築することと、実世界の人間を殺処分することだけに特化した人型マシーンだ。





「損傷が激しすぎて誰なのか分からねぇな……スマン……」





 。私とコーディは申し訳ないと思いつつも、その[仲間だった]亡骸に黙祷をすることすら出来ず、その場から去った。





「畜生、クジャク部隊は生半可な気持ちじゃ務まらねぇ……」





 コーディは先ほどまで発散させていた余裕の態度が消え、真剣な面持ちになった。

 亡骸が着ていた戦闘服には遠目からでも確認できるほどに何発もの銃弾が撃ち込まれた穴が見えた、まるで漫画に出てくるチーズのように。部隊の遠征ではこのように象頭兵と衝突して命を落とすことも珍しくない。それは今の私達も同様だ。





 私達クジャク部隊は[二次元世界]に侵略された地上を取り戻す為に編制された特殊部隊。課せられた任務は主に3つ。決死の覚悟で地上に遠征し、地上での環境変化の調査、象頭兵との対抗、そして最終目標である【カーネル】と【コブラ】の破壊。





 コーディは左手で『急げ! 』の合図を私に送る。悲しんでいるヒマは無い。ビルから身を出し、目標地点の【カーネル】を目指して私達は進行を続ける。





 仲間の亡骸を横目にした私は、胸が重くなるも絶望の中に僅かな希望も見えた。





 象頭兵の残骸は、私達クジャク部隊が装備している銃器が有効だということを物語っている。かつて私達が使っていたライフル弾は象頭兵の固い装甲を傷つけることすら出来なかった。





 しかし近年改良に改良を重ねて特殊なフルメタル徹甲弾が開発され、クジャク部隊の基本装備として実用化された。その威力の効果は先ほどのガラクタと化した象頭兵を見ればてきめんだったと分かる。





 私達は戦える。





 ビルからビルへ、少しずつ、かつ迅速に【カーネル】へと近づいていく。遥か遠くでそびえ立っていた黒い巨塔が徐々に迫り、大きな存在感で私を見下ろしてくる。





「……変だな」





 コーディは突然走りながら私に疑問を投げかけた。





「どうしたの? 」





「いないんだ……象頭兵が」





 コーディの疑問は私も薄々感じていた。以前私も【カーネル】の調査のために地上に遠征したことがあったが、その時は【カーネル】の周辺100m内には砲台を囲うように象頭兵が30体以上配置されていた。





 そして今、私達もまさにその巨塔まで150mという距離まで近付いているのにも関わらず、出くわした象頭兵はさっきの残骸のみ。





「確かに……」





 コーディは走りを止め、かつて人間が地上で使っていた横倒しの放置トラックの底側に背中を向けてかがみ、身を潜める。私も同じように滑り込んだ。





「あのクソッタレども、何か企んでるのか?」





「分からない……でももうすぐで他のグループと合流だよ、パパッと急がないと! 」





「そりゃ分かってるけどよ……」





 コーディは背中に手を回し、背負われているミリタリーリュックのサイドポケットから双眼鏡を取り出す。





「ちょっと待ってくれ」





 コーディの大きく膨れたリュックの中には大量の爆薬が背負われている。この爆薬を持って【カーネル】の内部に潜入し、メインコンピュータを爆破、砲台としての機能を失わせる。それが今回のミッションの概要だ。





 今回ミッションに参加しているクジャク部隊は10人。一人が爆薬を背負い、もう一人がそれをサポートするという二人一組を5チーム編成している。それぞれ別ルートで行動しているのは、敵からの攻撃による被害を分散させる為。5チーム中1チームでも【カーネル】に辿り着けば良しとする作戦だ。





 コーディはトラックの影から身を少し出し、前方に象頭兵がいないかを双眼鏡で確認する。普段はおちゃらけて軽い雰囲気の彼は、いざ任務となると同じ人間とは思えないほど慎重に事を運ぶようになる。その辺りが部隊の仲間達に信用されている要因と言えるが、時間にルーズな点だけは一向に変わらない所が玉にキズだ。





 そんなコーディを尻目に私は腕時計をチェックする。海岸で部隊が5グループに解散してから28分経っていた。あと5分後には【カーネル】まで到着していなければならない。




「何か見えた? 」





 思わずコーディを急かしてしまう。焦る気持ちで時計盤の針を睨みつける。スイープ式の絶え間なく流れる秒針のスピードをいつもよりも早く感じてしまう。磨かれたカバーには、不安を隠せずにしかめた自分の顏が映りこむ。埃にまみれた自分の金髪。「今日でこの髪をキレイに洗い直すことは一生できなくなるかもしれない」そんなことを考えて一瞬だけ気持ちが緩んだその瞬間だった。





 私は腕時計のカバーに一点の影が映りこんでいることに気が付く。





 しまった! 





 私達が身を隠している横転トラックの運転席から、這い出るモグラのようにひょっこりと象頭兵が銃をこちらに向け見下ろしている。





 まんまと罠にかかってしまった。象頭兵はいち早く私達の気配を察知し、確実に始末するため待ち構えていたのだ。この[身を隠すにはもってこいのトラック]の中で。





 急いでライフルを象頭兵に向けて構えようとするも、向こうの丸太のような大型ライフルの引金は半分ほど引かれている。遅かった。ほんの少し、気を抜いたその一瞬が命取りだった。





「バシ! 」

「バシ! 」





 金属同士が引っかき合う音の直後に空気中の分子が弾けるような、軽く耳の奥に突き刺す音が2回周囲に響いた。





 象頭兵が撃った弾丸が私に命中したのか? いや、違う。象頭兵は引金を引いていない。引けなかったのだ。





 象を模した特殊な強化プラスチックのマスクには。蜘蛛の巣のようにヒビ割れた穴が二つ空けられていた。象頭兵はゆっくりと体を重力に引っ張られ、トラックの運転席から地面に抜け落ちた。





「何だ! どうしたんだ? 」





 銃声でやっと象頭兵の存在に気が付いたコーディ。双眼鏡を外し私に問いかける。

「アリー、お前らしくないな、敵に先手を打たれるなんて」





 ビルの影から自動小銃を抱えた兵士が颯爽と近寄る。危機一髪のところで私達を象頭兵の襲撃から救ってくれたのはキャロル・パーマーだった。





「キャロル! 」





「お前!どうしてここに? 」





 キャロルは私達同様にトラックの底に背中を預けて屈みこみ、眉間にシワを寄せてアクアマリンに輝く瞳を私達に向けて口を開く。





「ヤバイことになった」





 キャロルの想定外のセリフに私もコーディも驚きを隠せない。男勝りの性格と体力の持ち主で、熱血溢れる彼女の口から後ろ向きな言葉は一度も聞いたことがない。





 そんなキャロルの口から「ヤバイ」という言葉が発せられることは、生まれたばかりの赤ん坊が突然歌いだしかのように不気味な違和感を味わったのだ。





「どういうことだ! 何があった? それに、相棒はどこだ? ドミニクと一緒だったろ? 」





 コーディはキャロルに詰め寄る。





「あいつに……やられた」





「あいつ? 」





 キャロルは唇を震わせた。ここまで心が動揺している彼女は初めて見たかもしれない。




「キャロル! あいつって誰なの? 」





 私がキャロルに疑問を投げかけたのと同時に、5点の影が突如地面に描かれ、それが徐々に大きさを肥大させていることに気が付く。





「危ない! 」





 私達三人はその影が頭上から何かが降ってくることを察知し、飛び跳ねて回避する。





「バフッ! 」





 野球でピッチャーの剛速球をキャッチャーミットで掴みとる時のような、柔らかいモノが硬いモノとぶつかり合う独特の鈍い音が周囲に響く。





 「おい……お前ら……? 」





 その陰の正体は、私達クジャク部隊の仲間、ダニエル、フィル、アラン、ドミニク、マイケルの5人だった。





「みんなどうしてここに……? 大丈夫なの? 」





 私が問いかけるも全くの無反応、しかも彼等はどうやら高所から飛び降りてこの場に着地した際、その衝撃で足の骨が折れたのか、生まれたての山羊のようにブルブルと震えながら立っている。





 それは異常だった。痛みなど一切感じていないように冷静な無表情でこちらをひたすら真っ直ぐ見つめている。明らかに様子がおかしい。





 「走って! 」





 キャロルが突然5人の仲間から逃げるように走り出す。その鬼気迫る雰囲気を察し、私とコーディも彼女に続いて走り出す。





「キャロル! まさかアイツら! 」





 走りながらキャロルは震える声でコーディに答える。





「もう手遅れだよ! みんな操られてる! 」





 後方の5人がゆっくりと銃を私達に向けて構え始めた。





「みんな! あそこに突っ込んで! 」





 キャロルの指示に従い、長年の劣化で陥没したアスファルトの窪みの中に滑り込んでうつ伏せになる。その瞬間、頭上に弾丸が空気を貫く感覚を味わった。信じられないことに、私達は仲間に撃ち殺されかけたのだ。





「クソッ! 」





 コーディは窪みから頭をひょっこり突き出し、5人の様子を伺おうとするも、絶え間なく掃射されるライフルの弾丸がをそれを拒む。今私達に向けられているのは【象頭兵】用の弾丸だ。もし喰らったら一撃で即死だ。





「あいつら……くそっ! どうにかならねぇのか! 」





「ダメだよコーディ! もう手遅れだよ! 」





「簡単に言うんじゃねぇよ! 」





 長い間共に過ごしていた仲間が理性を失い、容赦のない弾丸をこちらに浴びせようとしている。信じたくない光景だが、現実だ。





「……畜生……しょうがねぇ! 」





「コーディ!? 」





 私達は軍人だ。時には冷徹な決断を自らに下さなければならない場合がある……今がその時なのだ。





「くそったれぇぇぇぇ! 」





 コーディは弾幕の隙間から自動小銃を5人に向けて怒濤の銃撃を敢行した! 

「うおおおおぉぉぉぉ! 」





 弧を描き飛び出す薬莢が次々と地面に叩きつけられる金属音とライフル弾の発射音がコーディのやるせない怒りのパーカッションとなる。





 注意を払いながら私もそれに続こうと、小銃を向けて窪みから顔を出して5人の姿を捉えた。





 私達の敵となったかつてのクジャク部隊員は、コーディの弾丸のダメージなど無かったように綺麗な姿勢でこちらに弾丸を放ち続けている。





「当たれぇぇぇぇっ! 」





 コーディの銃撃は一発も標的に命中していなかった……まだ彼らへの情を振り切れずに無意識に標準を狂わせたのか? いや……そもそもコーディは射撃に関しては元々センスが無かったということを私は思い出した。





「2人共どいて! 」





 キャロルが素早く私達の間に割り込み、伏せ撃ちの構えをとる。その銃口は自我を失った仲間達に向けられた。





「キャロル! やめろ! 」





 コーディにとって、これだけはキャロルにやらせたくなかったのだろう。でも、今は彼女に任せる以外に方法は無かった。彼女はクジャク部隊でもトップクラスの射撃技術の持ち主なのだから……





「ごめん、みんな」





 キャロルが引金を引いた瞬間、空気が悲鳴を上げるような轟音と熱風。地面を響かせる振動。無数のチリや石の欠片が体に当たる感触。全てを同時に体感した。





 5人の仲間の内、3人の背中には【カーネル】を破壊する為の爆薬を背負っていた。キャロルはそれを狙撃して起爆、誘爆、そして爆散させたのだ。





 爆音による耳鳴りに耐えながら、私はゆっくりと立ち上がって彼等が立っていた場所を確認する。





 地面には小さなクレーターが出来上がっていて、僅かに残った衣服の切れ端がゆらゆらと燃えて散り散りに落ちている。





 5人の姿は消滅したかのように無くなっていた。見渡すと所々に何かのパーツのような物が落ちていたり、電柱から電柱に張り巡らされた電線の上に引っかかったりしているが、それが何なのかは考えたくもなかった。





「こうするしかなかった……」





 ライフルを抱きながら胡坐をかいてキャロルは涙を流していた。コーディは彼女にゆっくりと近付いてそっと肩を抱いた。





「お前のおかげで助かった……けど、すまん……俺がやるべきだったんだ……」





「ありがとう……でも無理だよ。あんた射撃はヘタクソだから……」





 キャロルは自我を失ったとはいえ自ら仲間を5人も爆殺してしまった。私はほんの数十秒の内に起こったこの悲劇を整理することが出来ず、ひたすらコーディとキャロルを眺めていた。





「みんな……急ごう……」





 キャロルは声を振り絞った。





「[アイツ]が、ここに[アイツ]が来る! 」





「[アイツ]って……まさか? 」





 人間をゾンビのように操る能力、その力の持ち主に私は心当たりがある。それはキャロルもコーディも同様だった。現実世界の人類を追い詰めた根源。





「アト、5人」





 バケツを被って喋っているかのような、くぐもった生気を感じさせない声が頭上から聞こえた。私達三人はとっさに自動小銃を上空に向け、その声の主を確かめる。





 曇天の空をバックに宙を漂う存在があった。左右に羽が生えたような独特のカタチを模した蛇の頭。真っ黒で光沢のある鱗を重ねたような、強化素材の鎧を全身に纏った人型のロボット。





 間違いない。私は写真でしかその姿を見たことがなかったが、確信をもってその存在が100年以上に渡って地上世界の人間を苦しめた、あのロボットだと認識した。





「【コブラ】! 」





 私達の上空には憎き人類の天敵「【コブラ】」の姿があった。





 このロボット恐ろしい能力の一つに[リモートコントロールワーム]というモノがある。




 銃口のようになっている右手の5本指から射出される長細いハリガネのような形の機械は、人間の脳に撃ちこまれると、その行動をラジコンのように遠隔操作出来るというおぞましいシロモノだ。





 5人の仲間は【コブラ】にワームを撃ちこまれて操られていたのだ。





「クソッタレのクズヘビがぁぁ! 」





 コーディが大声で叫んだのと同時に、私達は手に持ったライフルの引金を思い切り引き、噴水のように弾丸を【コブラ】に撃ちこむ。





「うおおおおおおッ! 」





 しかし、咆哮も虚しく、放たれた弾丸は【コブラ】の装甲を傷つけることなく全て弾かれ、火花だけが虚しく周囲を照らした。





「効かない? 」





 【コブラ】は足裏から噴出されているジェット噴射を止めて一瞬で地上に着地、そのまま地面に降り立った衝撃で反動をつけ、こちらに飛び込む。





「うっ……? 」





 一瞬だった。





 私とコーディの間にいたキャロルが強風でさらわれたかのように姿を消し、気がついて後ろを振り向いた時には【コブラ】に手刀で腹を貫かれ、煮汁のように血を吐きだしている。





「アト、4人」





 【コブラ】がキャロルの腹部から右手を素早く引き抜く。糸の切れた操り人形のようにキャロルは地面に倒れこんだ。





「「キャロォォル!」」





 うつろな目のキャロルの姿に、私は血流が音を立ててこめかみを脈打たせるのを感じた。





 私達はライフルを構えた。効かないと分かっていてもそうするしかなかった。仲間が目の前で殺されて何もしないないんてことは、人間である私達には無理なことだった。





「ムダダ」





 【コブラ】が機械の指で器用にパチン! と音を鳴らす。その瞬間、【コブラ】と私達の間のアスファルトの地面にヒビが入り、破片をバラ撒きながら真っ黒で巨大な金属の塊が姿を現す。





「なんだッ!? 」





 その塊は4mほどの高さを誇り、大きな耳、長い鼻、ブーメランのような牙を携えた、見た目通り[象型の巨大ロボット]が四足で私達の目の前に立ちはだかる。





「こんなヤツ……今までいなかったのに……」





 それと同時に、どこかに隠れいてたのか無数の象頭兵が姿を現し、私達を円形に取り囲んだ。





「諦メロ人間。お前タチがいくら銃を改良シ、作戦を練リ、攻め込んデ来たトコロで、ワレワレは全てソレらを上回る」





 私は絶望という言葉を軽はずみに使うことを嫌っている。どんなに苦難な状況に陥っても、どんなに痛みが襲おうと、命ある限りは必ず希望があるハズだと考えているからだ。




 しかし、この状況はいくら客観的に考察しても……[絶望]の二文字しか浮かび上がらない。





 終わってしまうのだ。全てが。





「どうすりゃいいんだよ……」





 思わずコーディは弱音を漏らしてしまった。責めることは出来ない。突然大きな地震が起きたり、いきなり天から雷が落ちて敵に直撃したり。そんな天文学的に都合のいい奇跡でも起こらない限り、この窮地を脱することは不可能だからだ。





「構エロ」





 【コブラ】の合図で象頭兵達が銃を構える。標準は私とコーディ。あと数秒もすれば私達もキャロルや他の仲間のように、血で染まった肉片と化してしまうのだろう。脳裏に浮かぶのはかつて過ごした遠い家族との記憶。





 もう一度だけ、もう一度だけ会いたかった……





「待テ! 」





 【コブラ】はどう言うワケか銃を構えた【象頭兵】達を制止させ、私達の方へとゆっくり歩み寄ろうとした。





 【コブラ】直々に私達の命を終わらせようとしているのか? それとも捕虜にして拷問にでもかけようとしているのか? 





 一歩一歩と近づく無機質な金属体に、ただただ私は胸に渦巻く恐怖心を循環させた。

 殺られる……! 





「アリー! コーディッ! ……」





 【コブラ】と私達との距離が2mくらいにまで縮まったその時だった。





 幻聴かと思った。聞き間違いかと思った。だけど、ハッキリと聞こえた。





「キャロル! 」





 血を吐きながら全ての力を振り絞ってキャロルは私達の名を呼び、右手に握ったリモコンを掲げて見せる。そのリモコンは【カーネル】を破壊するためにここまで運んできた爆薬の起爆装置。





「やめろ! キャロル! 」





「コーディ……ミントの世話……頼むよ……」





 キャロルはリモコンのスイッチを押した。その指の動きがハッキリとスローモーションに見えた。





 私とコーディはとっさに今まで身を隠すために使っていたトラックの残骸の裏側に滑り込み、その直後、世界中のネジをかき集めて水面に叩きつけたような轟音と爆風が私達の真横を通り過ぎた。





 象頭兵が川に流されるように吹き飛ばされていく。





 キャロルの起こしてくれた奇跡……。





 私達は、まだ戦える。




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