01

[Data Set-up: ver.0001]

[output: my memory , types of memory: 24 year]

[output: emotion , types of emotion: error]

[correction: emotion , output: identification by Virtual resuscitation]

[Authentication]

[all output matters: my 24-year memory , a fake me]

[In other words, I do not exist]





 西暦2078年 凶日

 戦場に似つかわしくないピアノの音が聞こえている気がした。自由でロマンティックな雰囲気は夜想曲を連想させるが、残念ながらわたしがいるのは炎天下のエジプトの真昼間という夜とは正反対の場所だった。


 スカーレットがこびり付いたゴーグルを頭の上に移動させる。地上からは蜃気楼がゆらゆらと揺れて、頭上からは真っ青な空から太陽の光が容赦なく目に入り込んできた。AR【meaning:拡張現実、Augmented Realityの略】上の手首に装着した小型のウェアラブルコンピュータから3Dで出現した画面は、本部からの情報を常に流し込んでくれている。本部に挙げられていた討伐リストの全員の死亡が確認されたらしい。リストの人間たちの顔写真と名前・性別・年齢などのパーソナルデータの記述の上から「DELETE」とはっきりと刻印が押されていた。わたしの眼球は、その半透明な画面の背後にさっきまで生きていた死人の体の一部がはっきりとクローズアップされた。

 特にそれらに何の感情も抱かなかったのは、わたしの心が戦闘用にプログラミングされているから。

 リーダーを失った反抗勢力など、ほぼゴミ屑と同然だ。わたしは漆黒のコートのポケットから体に悪い嗜好品を取り出す。そこらへんで適当に燃えている火を借りて、すぅと大きく吸い込んで紫煙を吐いた。真っ青な空にまるで雲を描くように紫煙が舞う。

「姫」

 ARに表示されたのは三年来の部下の名前と写真。

「なに」

「一服中申し訳ねえんですが」

 部下曰く、わたしが手を下した首領の一人の側近なる人物を捕まえたらしい。部下の声に交じって、後ろで抵抗する声が聞こえていた。ひどく、耳障りだ。

「どうします?」

 訊かれてわたしはすぐに上官の顔を思い浮かべる。上官ブルーノ・ジョイス氏【meaning:わたしの所属する組織のCEO】がこの戦場にいたならば、トップを無くした力を持たない余力程度の人間なぞ無意味に殺処分せず、自身がのめり込んでいる実験【meaning:閲覧制限ワードのため表示できません】とやらの被検体役にさせるだろう。それが何を意味するかは、今はここで言うべきではない。だから、わたしは部下に言う。

「殺せ」

 そして悪魔のような言葉を呟いたその口で、わたしはまた煙を吐いた。


 蜃気楼に揺れて、わたしは幻でも見ていたのだろうか。いるはずのない、過去の上官【meaning:わたしが憎む唯一の存在】に似た風貌の男が立っていた。

 了解、と部下が言うのと同時に、わたしはその嗜好品を口にくわえ、懐に隠し持っていた銃を構えた。慣れた手つきで弾丸が発射されると、幻ではなかったらしく、過去の上官に似た男は眉間に弾丸を受け鮮血をまき散らしながら仰向けに倒れた。近付いて、のぞき込む。

「なんだ、人違いか」

 すっかりと短くなってしまった嗜好品をぽとりと落とす。死んだ男の衣服に引火し、じわじわと炎が揺らめいていた。




 半世紀ほど前、勃発した第三次世界大戦。東南アジアを中心に勢力を振るっていたテロリスト集団とアメリカ軍の争いがトリガーとなり、これが拡大を続け、全世界がありとあらゆる兵器を用いて交戦を続けてた。そういえば、当時はまだ軍の他に次世代対戦闘用人型機動兵器【meaning:過去の遺物、時間と労力の無駄の塊】なんてものが実用化されていたらしい。核弾頭やミサイルなどさまざまなものを搭載していたらしく、最新のものは搭載されたエネルギー源のみでの自立飛行までも可能にさせていたが、現在に至るまでにその機動兵器の歴史は衰退の一途をたどっている。

 話を戻すが、その第三次世界大戦後、大多数の人々は平和と幸福を享受できる世界を望んだ。逆を返せば、極端に悪を忌む思想が流行した。そして、このとき思想というだけだった悪を忌み排除する風潮は、やがて組織化していった。


 国際保安監察機構(International Security Inspection Mechanism=ISIM)【meaning:わたしが所属する組織】

 ユーロ圏を中心に発達したこの組織は、流行りの思想を組織化した先駆者にして、唯一の国際機関である。


「マリア・クラインハイツ第三席、僕の質問を聞いていたかね?」

 そう言ったのは眉間に皺を寄せたブルーノ会長【meaning: ISIM上位監査会会長兼CEO】だった。ISIM本部で執り行われた総会での一コマである。わたしはご存知の通り、会長の話をこれっぽっちも聞いておらず「いいえ」と素直に答えた。右隣のレイモンが溜め息まじりに笑ったのが分かった。なにかおかしかっただろうか。わたしは冴えない顔をして、ちょうど対角線上に向かい合うブルーノ会長の顔を見た。

「何故、残党を捕獲しなかった?」

「必要ないと判断しました」

「何故?」

「殺戮の真っただ中の戦場で、殺戮をしない理由とは?」

「質問に質問で返すな」

 少し口調を強めたブルーノ会長に隣に座っていた次席はあからさまに溜め息を吐いた。そして本来ならばわたしが座っているはずの席に座る第六席の彼は面白がって「大量虐殺国家の名残ってやつか?」と下品に歯を見せた。それに些か不穏な空気が流れる。

 ISIMには多国籍の人種が入り乱れているせいか、こんな風に祖国を愚弄されることも少なくはない。


 “悪”【meaning:世界が忌み嫌う行動と考え】というのはすなわち道徳や法律に背くものすべて。身近なことからいえばいじめ、他者への私怨、窃盗や殺人などはもちろん、健康に悪影響を与えるものまでも含むようになり、喫煙やアルコールの大量飲用、当然ながら違法薬物の摂取および所持なども、世界が忌み嫌う”悪”として考えられていた。これらの悪を判別する器官は、すでに我々の身体のなかにある。ISIMが考案した健康志向の飲料水であるゲネン水。所謂水素が配合された飲料水である。わたしは六席からの嫌味な発言を流し込むように、全員分に用意されていたゲネン水のグラスを傾けた。

 ISIM設立以降、マーケットでは当然として、飲食店や自動販売会社、更には水道会社などありとあらゆる飲料メーカーと締結し、ゲネン水を推奨し続けた結果、現在わたしたちが普段から飲んでいる水はすべてこのゲネン水に切り替わった。街を見渡せば背景のように馴染んだゲネン水が、種々の飲料メーカーや食品メーカー、さらには医療分野からも広告で宣伝されていた。特に害もなく、むしろ体を健康体に仕上げてくれる飲み物は、あらゆる方法【meaning:宣伝や著名人の口コミetc.】で民間人にはあまりにもごく普通に、何の疑いもなく、至極当然のように浸透していった。

 しかし、このゲネン水には秘密が隠されている。


「そんなもの旧時代の話でしょう」

 たった一言で六席の彼の発言を一蹴すると、彼はそれ以上何も言わなくなった。


 旧時代の話が出てきたことだから、もう少し昔の話について掘り下げてみようかと思う。大きく変わったことは、第三次世界大戦後より世界中の警察や軍隊が解体されたこと。これは大多数の人々による”悪”を排除すべきだという思想【meaning:つまりは戦うことすらも悪と見做している】の元、解体せざるを得なかったという。その風潮に拍車をかけたのがISIMであり、ISIMは人々への平和と幸福を宣言し、そのための実力行使【meaning:つまりは処刑、つまりは殺戮】はやむを得ないとISIMのみだけが戦闘力の保持を確立された。

 故に世界中の余力程度の軍隊は蜂起し、各地でかつては国防のために前線に立っていた軍人たちは、皮肉にもこのご時世では”テロリスト”という位置づけで紛争を起こしていた。なかなか争いが終結しない世界に、わたしはいつまでこの馬鹿げた喜劇を繰り返すのかとふんぞり返って、むしろ楽しんでいる次第である。


「まあ、ジョイス会長閣下。今回の件でエジプト自由軍の制圧は完了しています。これでしばらくはアフリカも恒久エリアとなるでしょう。それもこれもすべてはクラインハインツ卿の働き故かと」


 しかしながら我々ISIM軍も戦争に対する英才教育を受けたエリートで固めているだけはあって、旧時代の軍隊【meaning:雑魚の群衆】などわたしたちにとっては屁でもない。おっと、レディとしてはあまりよろしくない表現だったかもしれない。


 レイモンはそう言って自身の対角線上にいる六席をじっとりと見つめた。

「バーグマン卿、わざわざ尻拭い【meaning:アフリカ支部へ配属されていた六席はエジプト自由軍と長きに渡り膠着状態だった】をしてくれたクラインハインツ卿へなにか言うことはありませんか?」

「…マリアの信者が。調子に乗るなよ」

「汚い言葉は自信を脆弱に見せますが…」


「やめなさい」

 やれやれ、と盛大な溜め息を吐いたのは次席であった。ことの中心にいるわたしは一番外野でそのやりとりを見ていた。次席の制止にようやく収まった地味な攻防であったが、やがてブルーノ会長の次の発言にバーグマン卿は喜々として口角を釣り上げた。


「マリア・クラインハインツ第三席、極東支部への出向を命ずる」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る