最終話;アヤ

「君を迎えに来た。」

「……。僕は…死んだんですか?」

「…そうだ。」

「……あなたは天使?」

「一応そうなる。」

「………。」


 綾を冥界に連れて行ってから15年後…。僕は、とある魂を案内する事になった。


「誤って線路に落ちた酔っ払いを助けようと…命を落としたのか。だけど、君のおかげでその人は助かった。」

「……良かった。」

「?良かった?」


 名前は三瀬健太。若くして命を落とした。…綾の弟だ。


「君は助からなかったんだぞ?自業自得、死んで当然な男を助けて死んだ。…それで良かったのかい?」

「僕の命が、誰かを救う事が出来た。だったら満足です。」

「相手は…50を越えたおっさんなんだぞ?君より寿命が短い。そして君には、明るい未来が待ってた。」


 15年前から、ノートに書かれる経歴を詳しく読むようになった。彼女から教わった事を、何1つ忘れたくない。


(何よりも…あんな仕打ちはもうたくさんだ。…酷過ぎる。)


 その頃から僕の中に、新しいトラウマが生まれた。



 健太は一流大学で順風満帆な日々を過ごし、将来も約束されてた。医大に通い、成績も良く、就職先の誰もが欲しがる人材だった。


「命に…長い、短い、死んでも良い、悪いなんてありません。全ての命が平等なんです。」

「………。」

「…お姉さんが正しかった。」

「??」

「いや、何でもない。それじゃ…行こうか?言っとくけど、君が行く先は天国じゃない。勿論、地獄でもない。冥界と呼ばれる場所だ。そこでドドンギバムゴ様が待ってる。」

「ドドン…?」


(綾よりも覚えが悪いな。)


「ドドンギバムゴ様だ。冥界の支配者。西洋ではハーデス…東洋で言うところの、閻魔大王になるお方だ。」

「!!やっぱり、舌を抜かれるんですか!?」


(だけど綾より察しが良い。)


「死んだ後だぞ?痛みは感じない。大体、電車に引かれて死んだ君が舌を抜かれるのを怖がるのかい?」

「……。それもそうですね。はははっ。」

「………。それじゃ、行くよ?」

「宜しくお願いします。」



 健太をドドンギバムゴ様に託した。


「どうだった?健太を生かした事は正解だったでしょ?」


 彼が冥界に入るのを見送ると、背中から声を掛けられた。


「………。」

「膨れてないで、何とか言いなさいよ?」

「研修は…無事に終わったようだね?おめでと。」

「へへへっ。ありがと。それよりも返事は?」


 そこで久し振りに綾と再会した。彼女は今日から、天子として独り立ちする。


「………。」


 僕はまだ、あの時の事に腹を立ててる。




『ご苦労様、綾君。初めてお目に掛かる。ドドンギバムゴだ。』

『………。』

『………。まだ怒っているのかな?万事は、無事に解決じゃないか?』


 それは…15年前、綾を冥界に案内した時の事だ。そこで聞かされた、ドドンギバムゴ様の言葉に驚いた。


『知らせたように君は、15年の時間を冥界で過ごす事になる。その後の転生レベルはA。つまり…案内人になる選択肢を与えられる。』

『えっ!?』

『ドリヌムレブギッタ。驚くのは仕方ない。本来なら5年で済むのだが…彼女が資格を得る為には、やはり15年の時間が必要なんだよ。』

『そっ、そうじゃなくて…綾は、案内人になれるんですか?』

『?今更何を驚く?ノートでちゃんと説明したはずだぞ?読んでないのか?彼女の転生レベルはAだと記した。』

『…!!』


 あの時、僕だけじゃなく綾だってノートに書かれた事を読んでいない。だけど綾は勘付いてた。教育係にならなければ、デベルバガリゴ様が迎えに行く予定だったのだ。


『と言う事は…綾と、もう1度会えるって事ですか?同じ天子として、一緒に仕事が出来るって事ですか?』

『それは違うぞ?君は今日から天使になる。天界での暮らしも約束される。』

『!!』

『まぁ…それでも2人が案内人の道を選ぶのなら、いつかは現場で再会する事もあるだろう。』



 綾は僕を騙したのだ。それも知らずに、彼女の前で恥かしい態度を執ってしまった。これが新しく芽生えたトラウマだ。


「これからも宜しくね!?」

「………。」


 …綾の前で素直になれない。


『ブルルルルッ!』

『ブルルルルッ!』


 2つのノートが同時に震え出した。僕と、綾が持つノートだ。


「仕事よ?テル。先ずは経歴をしっかりと読みなさい。」

「………。」

「まだ膨れてるの?好い加減に機嫌直しなさいよ?」

「………。読んでるよ。」


 ノートが同時に震えた。どうやら、同じ現場に向う事になりそうだ。


「テル!行くわよ?」

「君はもう、僕の教育係じゃないんだぞ?指図するなよ?」

「教師と教え子の関係は永遠なの!」

「………。」


 綾に対して、素直になれない理由は他にもある。トラウマだけが理由じゃない。


「僕の魂は4000年前に誕生した!君はたったの3000年だろ?僕の方が年上なんだぞ!?」

「それでも教師と教え子の関係は永遠なの!あなたが約束した事じゃない?」

「!!」


 …またこれだ。

 綾は、冥界入りが決定した時点でこれまでの記憶を取り戻した。3000年分の記憶だ。そこから綾の態度が変わった。上から目線で僕を見ながら冥界へと入って行った。

 同時に、僕の中にあった綾に関する記憶も開封された。

 僕と彼女は…前世で出会っていた。


「ところで綾。新しい名前は決まったのかい?」


 僕は話を逸らす為に、新しい話題を持ち出した。


「アヤよ。漢字は日本でしか通じないから、発音だけにしたの。」

「??そんなセンスの悪い名前で良いのかい?」

「良い名前じゃない?私は私よ。霊体で過ごした時間が長かったのかな?案内人のセンスに目覚めなかったわ。」

「止めときなって!他の案内人達に笑われるよ?」

「…そう?だったら、マリアって名前はどう?」

「!!!!」


 話を逸らしたはずなのに、アヤには通じない。また僕をからかってる。




 それは…100年以上も昔の話。4000年にも及ぶ生の中で、今は汚点とも思える瞬間だ。


『おめでとう、ペトルス!これであなたも、今日から医者ね?』

『ありがとう御座います!これも全て、先生のおかげです!』

『謙遜しないの。あなたの実力とその優しさが、あなたの道を決めたのよ。』

『そんな事はありません。僕は…ずっと先生に憧れてきました。先生のような医者になりたくて努力してきたんです!』

『だったら、これだけは忘れないで欲しいわ。命は…誰しもに与えられた平等なものだって事を…。』

『勿論です!肝に銘じます!……先生!それと……先生が好きです!』

『あらあら…。歳も離れた私に勿体ない言葉。でも嬉しいわ。ありがとう。』

『本気なんです!愛してます!人として女性として、マリア先生を尊敬しています!愛してます!』

『止めておきなさい。あなたはまだ若い。きっと、私よりお似合いの人が現れるはずよ。』

『………。だったら!せめて忠誠を誓います!僕は貴女の教え子です!先生は恩人です!この関係は、生まれ変わったとしても変わりません!これが僕と先生を繋ぐ、永遠の誓いです!』

『そう。それは光栄な事ね?』

『(でも…でももし生まれ変わって…)』


 これが、アヤが教育係として抜擢された理由であり…僕の新しいトラウマの原因だ。


「ぼけっとしてないで、急ぐわよ!?」

「あっ!待ちなよ、アヤ!」


 せめてもの救いは、勇気がなくて口に出せない言葉があった事だ。アヤは知らない。


『でも…でももし生まれ変わって歳が近かったら…その時は、僕と結婚して下さい!』


(…言えない。絶対に知られたくない言葉だ。)


 今後は、案内する魂に教えよう。『この秘密は墓場まで持って行く』…なんて言葉は通じないのだ。


「テル~~!置いてくわよ~~!?」

「待ってったら!!」


 アヤが先に出発した。僕はその背中を、必死になって追いかけた。


『バサバサッ!』


 でも追い着けない。背中に生えた羽根を以ってしても…。


「アヤ~~~!!」

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