第十二話;試練

「ルーデアボギダゴリ様!」


 2人の背中を追い、サマエル様のいる場所まで辿り着いた。既に、アードルフとの決闘は始まってる。


「加勢致します!」


 団長さんが隣に並び、アードルフに手を向ける。


「アードルフ!観念して冥界に行くんだ!」


 テルはその側でアードルフを怒鳴りつけた。


(……テル!)


 テルには力がない。加勢しても助けにならないと思った彼は叫ぶ事しか出来ない。

 だけど…


「テル!!」


 容姿は、サマエル様に劣らないくらい死神チックなものに変わりつつある。


「ぐわぁぁぁ!!」

「決まった!」


 2人の力が優った。空かさずサマエル様が薄幕でアードルフを包む。テルにはない、執行部隊だけに与えられた力だ。これでアードルフは逃げられない。


「アードルフ!冥界へ行き、永遠の時間を過ごすんだ!」


(?テル?)


「ドドンギバムゴ様が、きっとお前を許さない!転生も出来ないはずだ!君のような魂は、この世に必要ない!」

「テル!」


 観念したアードルフを前にして、テルがそう叫ぶ。

 容姿が…更に醜くなる。


(…違う…。)


 テルは、執行部隊の道を望んだんじゃない。今の彼は、死神として振る舞ってる。


「多くの命が君を怨んでる!憎んでる!冥界で待ってるぞ!?君を殺したくて仕方がない魂が大勢で待ってる!そこで苦しめられるが良い!」

「テル!」

「反省する必要はない!頭を下げる必要もない!君が犯した事は、償いたくても償えない!」

「テル!」


(…違う!)


「どうせ反省する気もないんだろ!?そんな魂は、2度とこの世に現われちゃならない!冥界で、最後の審判が訪れるその日まで、絶望と共に過ごすが良いさ!君の魂は、消えてなくなるんだ!」



『…ドリヌムレブギッタ。その名だけは忘れるな。』


 違う。ペトロさんはその名を叫べと言ったけど…それは違う。勿論、こんな展開になるはずじゃなかった。もっと時間を掛けて、テルのトラウマを解消してあげなきゃならなかった。


(だけど…それにしたって叫ぶ名前はドリヌムレブギッタじゃない!)


「ペトルス!!」


 私は、醜い姿に変わり果てたテルに叫んだ。


「!?」

「ペトルス!そう!あなたの名はペトルス!思い出して!」

「綾……。」

「命を奪う命、命を救う命…。それでも命は平等でしょ!?ペトルスだった頃のあなたは、どんな命に対しても救いの手を差し伸べてた!」

「………。」

「思い出して!過去の悲しみじゃない!この男が、国を滅茶苦茶にした事でもない!人間だった頃の、優しいあなたを思い出して!この男にも…魂の治療をしてあげなきゃ!!」

「!!嫌だ!この男だけは許せない!審判の日まで冥界に閉じ込め、魂の存在から消滅させなきゃならない!」

「違う!ペトルスだった頃のあなたは違った!…信じて!どんな命だって平等なの!アードルフの魂だって、私達と同じ価値を持ってるのよ!」

「…………。」

「救って!もう1度…アードルフを救ってあげて!」

「!!」


 トラウマの原因は過去の悲劇じゃない。アードルフの存在でもない。テルが…自分の信念に疑問を持ったからだ。


「信じて!あの頃のあなたを!ペトルス!!」

「………。」


 力の限り叫んだ。

 正直、私だって自信がない。アードルフと言う男は、さっきまでヨハンナさんを苦しめてた。テルが言うように、冥界に行っても反省しないかも知れない。

 でも、だからこそ救いの手が必要なのだ。


「アードルフが持つ、負の感情を解放してあげて!!」

「くっ!」


 テルが頭を抱え、蹲って苦悩する。


「ペトルス!あなたは知ってるはずよ!?アードルフだって1度は涙を見せたの!」

「……。うぅ…。」

「ぺ…!」


 霊体のはずなのに、もう声が出ない。私は正しく、魂の叫びを放っていた。

 それでも声にならない叫び声を出し続けた。天使の2人も、私達を見守ってくれてた。




「…………。」


 やがて…蹲ってたテルが立ち上がり、薄幕の中にいるアードルフに声を掛けた。


「君が犯した罪は重い。多くの魂が、君を恨んでいる。」


(……テル……。)


 霊力を使い果たした私は動けなくなってた。その場に倒れ込み、ただただテルの言葉を聞く事しか出来なかった。


「冥界に行っても転生は望めないだろう。君は、虫や微生物にすらなれないはずだ。」


(……テル…。どうしてそんな…)


「だけど諦めるんじゃない。冥界で学ぶんだ。命は、誰しもが平等に持つものだと…。君がヨハンナに与えた愛も分かる。だけどそれを、もっと多くの人に与えるべきだったんだ。」


(…テル!)


「君は方法を誤った。相手を憎むんじゃない。愛するんだ。するとその愛は、きっと君やヨハンナに返って来るはずだ。何故なら…命と同じく、愛も全ての魂に平等なんだから。」

「……ペトルス…。」

「アードルフ…。約束して欲しい。君が僕の手を握ったあの時の、涙を流した時の感情を、全ての魂に分け与えると…。」

「………。」

「それが出来た時、君にも分け与えられる何かに気付くはずだ。そしてそれに満たされた時、君の魂に平穏が訪れる。」


 ノートも見ていないのに、テルは悟った。…アードルフが彷徨える者になった理由は、ヨハンナさんを苦しめようと逃げ続けてた理由は、愛を与えたはずの彼女に裏切られたからだ。


「君の愛は強過ぎたんだ。ヨハンナは、そんな愛を求めちゃいない。命と同様、平等な愛を、君に持って欲しかったんだ。」

「だがヨハンナは…!」

「君を殺すような真似をしたかい?彼女は待ってたんだ。牢獄の中で君が反省してくれるのを待ってたんだ。それが…彼女が君に与えた愛だ。」

「………!…ヨハンナ……。」


 アードルフは気付いた。ヨハンナさんは、彼が憎くて牢獄に閉じ込めたんじゃない。愛しているからこそ、反省するチャンスを与えたかったんだ。


「君だけが原因じゃない。僕らの国の内戦は、僕らの知らないところから始まった。君も被害者の1人だったんだ。だから君は…せめて家族は守りたいと軍隊に入団した。そこで司令官となったのも、独裁政治を続けたのも、全ては家族の安全の為だったんだろ?」

「………。」

「気持ちは理解出来るさ。でも、やっぱり方法は間違ってた。家族を守りたかったのなら、全ての人と手を繋ぐべきだったんだ。」

「………。」


 …薄幕の中で、アードルフは腰を落とした。




「待った甲斐があった。お前の頼みならばと仕方なく連れて来たが…その格好の方がお似合いだ。」

「???」


 アードルフが、薄幕の中で2度目の観念をした。それを見守ってた団長さんがテルに声を掛ける。

 アードルフの容姿は変わった。黒かった肌は人だった頃の色を取り戻し、険しかった表情も解けた。


「執行部隊は似合わない。お前は医者だった。命を…救う医者だ。」


 テルだって同じだ。彼と出会った頃の容姿に戻った。

 だけどそれだけじゃない。黒のシャツとタキシードは白色に変わり、シルクハットとステッキは消えてなくなった。

 まるで…お医者さんが着る白衣姿になった。

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