第十一話;アードルフ
「君は…アードルフ!思い出したぞ!うわぁぁぁ!!!」
テルの、封印されてた記憶が遂に蘇えった。
『まさか、ウイガラトスミウが娘だとは思いもしなかったんだ。』
「!!」
叫び続けた結果、スローンズペーパーからそんな返事が返ってきた。
『ビリビリッ!』
そんなはずない。冥界の役人達は、個々人の過去暦を網羅してるのだ。
閻魔さんの間違いかペトロさんの間違いか、はたまたデデビッシュ何とかの間違いかは知らない。でももう、そんな事はどうだって良い。怒りが頂点からはみ出た私はスローンズペーパーを破り捨て、必死にテルを抱き締めた。
(サマエル様!早く!)
そして特殊部隊の到着を切に願った。
「観念しなさい!アードルフ!」
「止めろ、ウイガラトスミウ!お前では敵わない!止めろと言ってるんだ!くそっ!」
ヨハンナさんがアードルフに両手を向け、縛ろうとする。止めに入った教育係も加勢した。
「無駄だ!」
だけどアードルフを縛れない。
「きゃっ!」
ヨハンナさんは弾き飛ばされ、黒い薄幕に包まれた。
「くっ、苦しい…!」
「お前達だけが魂を縛れると思ったら大間違いだ!」
アードルフの、負のエネルギーがヨハンナさんを包んだ。
「!?お前が何故、特殊部隊の力を!?」
この男には縛られた経験が何度もある。いつの間にか部隊の力を自分のものにしたんだ。
「止めろ、アードルフ!…ウイガラトスミウ、干渉されるな!気をしっかり持つのだ!」
教育係が、薄幕に近付き大声を上げる。その中でヨハンナさんは、苦しみながら姿を変えつつあった。肌が黒くなり、服もボロボロになった。
「ははははっ!堕ちろ!負のエネルギーに支配されるのだ!」
「きゃああぁぁ!止めて~!」
髪も抜け始め、瞳の色も黒一色になった。
「次はお前の番だ。ペトルス!お前の顔も覚えているぞ!」
「うっ、うわぁぁぁ~~~!!」
ヨハンナさんの悲鳴が小さくなる中、アードルフがテルに向かって叫んだ。
「テル!しっかりして!」
そしてテルは、遂に気を失った。
「テル~~~!!!」
「何すんのよ!止めて!」
「五月蝿い!俺はお前が嫌いだ!強請る時だけ甘い声を出しやがって…。知ってんだぞ!?あいつと浮気してる事ぐらい!…痛てっ!」
「浮気じゃないわよ!本気で付き合ってるの!浮気の相手はそっちよ!誰があんなみたいな男を好きなるの!」
そしてアードルフのエネルギーは、周囲にも影響を与え始めた。喧嘩の理由はつまらないけど一組のカップルが、殺し合うかのようにお互いの首を締めつけてる。
(これが…アードルフの力…。)
「ふざけるな!上司だからって調子に乗るんじゃねえぞ!?」
「なっ、何をする!その銃を下に向けろ!」
『パンッ!』
事故直後の現場に一般人は少ない。だけど遺体を運ぶ救急隊や、警察官は大勢いる。その内の1人が銃を撃った。
「怨んでやる!この世を、この世界を憎んでやる!」
今度は、撃たれた人の魂が叫ぶ。案内人が到着する前に、死んだ事も分かっていないはずなのに、浮遊霊になって何処かに飛び去って行った。
(巨大過ぎる!アードルフは、こんな力を持ってるの!?)
正に…殺気の塊だ。このままじゃ、世の中が滅茶苦茶になってしまう。
「逃がしはせん!アードルフ、会いたかったぞ!?今こそ観念する時だ!」
気を失ったテルの手を強く握り、不安に駆られた。教育係すら何も出来ず、ヨハンナさんは声も出せないくらいにぐったりしてる。
でもそこに、覚えのある声が聞こえた。ヒリンパ何たら……自衛団の団長さんだ。さっき逃げた魂を縛ってる。
「お前はバルトロメウス!?グリム・リーパーになったのか!同じ穴のムジナのくせに!」
「だから100年と言う長い、冥界での任期を果たした。そしてお前を冥界に送る為にこの道を選んだ!覚悟しろ!」
「敵うと思ってか!?無駄だ!」
今度は団長さんがアードルフに手を向ける。
だけど悔しい事に敵わない。自ら言ってた。しかも魂を1つ縛ったまま立ち向かってる。…尚更に敵うはずがない。
「!!この気配は…?不味い!」
「きゃ!」
しかしその時だ。アードルフがヨハンナさんを解放し、この場から逃げ去った。
「あの男は!?」
「…取り逃しました。申し訳ありません。」
「頭を下げるな。私の到着がもっと早ければ…。」
執行部隊の長、サマエル様が現れたのだ。
「………。」
「テル!気が付いた?」
「……僕は…?」
精神世界も物質世界も静けさを取り戻した頃、やっとテルが目を覚ました。
「君は…バルトロメウス?いや、ヒリンパメカカピ!…思い出した。全部思い出したぞ!」
…過去の記憶も、ちゃんと戻ってる。
「ウイガラトスミウ…。まさか君が、アードルフの娘だったとは…。」
「………。」
テルが立ち上がり、醜い姿になったヨハンナさんに近づく。
「あの男は…君の命1つの為に多くの命を犠牲にした。」
(…?テル?)
「君の命が、大勢の命よりも貴重なのか?国1つが滅茶苦茶になるほど…大切な命だったのか!?」
「テル!!」
不味い。過去の記憶を取り戻し、あやふやだったトラウマの原因がはっきりした。
「君が生きて行く為に、それだけの為に西の人々は殺された!」
「テル!止めて!ヨハンナさんには何の罪もない!あなただって聞いたでしょ?彼女は父親が作った国を崩壊させたの!罪があったとしても、充分に返したわ!だから案内人になれたんじゃない!?」
興奮するテルを背中から抱き締め、必死になって止めた。
(きっと分かってる。テルだって、ヨハンナさんには何の罪もない事は分かってる。ただ、消化出来ないトラウマの…怒りの矛先を何処に向ければ良いのか分からないだけなんだ。)
「テル!お願いだから鎮まって!お願い!」
「………。」
「お願い!テル!」
暴れるテルを、必死になって抱き締めた。必死になって大声で叫んだ。
「綾…。もう大丈夫だよ…。ウイガラトスミウ…。怒鳴ってご免…。」
「………。テル…。」
思いが通じたのか、テルは次第に暴れるのを止め、ヨハンナさんに頭を下げた。
「君は…一番の犠牲者だったのかも知れない。命を狙われた事もあっただろう…。それなのに祖国の為に立ち上がり、元の平和な国に戻してくれたんだね?ありがとう。」
そして側に寄り、弱まったヨハンナさんを抱き締めた。
(テル……。)
テルは強くなった。トラウマを吹き飛ばし、優しい頃の彼に戻ったのだ。
「天使様、ヨハンナを宜しく頼みます。」
(?)
「ヒリンパメカカピ。知らない内に、執行部隊に入団したんだね?位はもう、天使様か…。」
「止せ。お前は恩人だ。位が上になったからと言って、お前への感謝は変わらない。同期でもある。俺達は仲間だ。」
「…だったら頼みたい事がある。僕を…アードルフ退治に連れて行ってくれ。」
「テル!」
ヨハンナさんに理解を示したテルなのに、容姿が出会った頃より不気味になり始めた。…グリム・リーパーの道を望んでるのだ。
「止めておけ。俺でも敵わない相手だ。今、ルーデアボギダゴリ様が追っている。あのお方に任せるのだ。」
「嫌だ!せめて、捕まるところをこの目で見たい。あの男だけは許せない!」
トラウマの原因をなくそうとしてるのだ。
…確かに、アードルフを冥界送りに出来たらテルの気持ちは楽になるかも知れない。でも…
(違う…。そんなやり方じゃトラウマは消えない…。)
「……。分かった。ならば付いて来い。ルーデアボギダゴリ様の後を追うぞ!」
「うん!」
「待って、テル!」
団長さんが宙に浮き、テルもそれに従った。
私も急いで空を飛び、2人の背中を追う事にした。
(テル…。早まらないで!あなたがしようとしている事では…トラウマは消せない!)
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