第九話;ヒリンパメカカピ

『調子はどうかな?彼は、話を聞くようになったか?』


 相手する魂が変わった。流石に善人とはいかないものの、肩透かしに終わる相手ばかりを案内し始めた。


「おかげ様で。でも…」

『うん?』

「どうして最初っから、こうしてくれなかったんですか?」

『………。ロブンダバビウダが…原則に則ろうって…』

「閻魔様も『…』が好きなんですね?」

『………。』


 テルが冥界に向かってる隙に、スローンズ・ペーパーが震えた。今日の相手は閻魔大王だ。相手を変えた成果が気になるみたい。


『コホンッ!何度も言うけど…これは、君に与えられた試練でもある。ビウダの意見も正しかったんだ。』

「(ビウダって…ロブで良いじゃん?)ペトロさんは相談役でしょ?これまでの相手は、閻魔様が手配してたんじゃ?」

『(ドキッ!)ばっ、馬鹿な事を…。』


(………。もう、どうでも良いや。)



「………。」

『どうした、急に?今度は君が「…」か?』

「………済みません。ちょっと考え事があって。」

『?』

「……教育係として合格すれば、健太の命は助かるんですよね?」

『当然だ。それは約束する。』

「……ありがとうございます。頑張ります。きっとテルを、立派な案内人…天使にしてみせます!」

『心強い言葉を聞けたね?何か…心境の変化でもあったのか?』

「………。相手する魂が変わって、テルにも変化がありました。今なら私でも頑張れると思います。」

『そうか…。それじゃ、頑張っておくれ。』

「………。はい。」




「お帰り!テル。今日も縛らなかったね?上出来、上出来!」

「………。」


 テルが冥界から戻って来た。だけど元気がない。玩具を取り上げられた子供のように、恋人を失った人のように精気がない。…閻魔大王のおかげだ。


『さぁ!冥界に行こう!』

『………。覚悟は出来ていました。長い闘病生活から、やっと逃れられたんですね?』

『??嫌がらないのかい?』

『むしろ早く死にたかった。病に倒れてからと言うもの、この世が地獄に思えて仕方なかった。死んで…やっと楽になれたんです。』

『………えっ!?』

『ただ…神様は、まだ私を苦しめるつもりでしょうか?行く先はやっぱり、地獄ですか?……生きている間、悪い事ばかり行なって来た。生殺しの闘病生活は、天罰だったと受け止めています。だけど罰は充分に受けた。出来る事なら極楽に行きたい。』

『………。冥界は、極楽じゃないけど地獄でもないよ。』

『………やっぱり地獄に行くんですね?気休めでも、慰めて頂き感謝です。』

『………そんなつもりじゃ…』


 最近は悪足掻きしなかったり、生への強い執着を持たない魂ばかりを案内してる。


『それじゃ……縛るからね!?逃げられても困る。』

『どうぞ…。でも、覚悟は出来てますよ?地獄行きは当然です。そこでもっともっと反省して、これまで以上の罰を受けるつもりです。…そして生まれ変われるとしたら、今度は人の役に立ちたい。』


 縛った相手が抵抗するのに快感を覚えてたテルだ。だけど最近はそれが出来ない。


『君にその覚悟があるなら…縛るのは止める。…つまらない。』


 面白くない顔をするテルの側で、私は微笑んでた。




「ねぇ、綾…。」

「何?どうしたの?最近、元気ないね?」


 そんなある日、テルが話し掛けてきた。私は心の中でガッツポーズを執った。テルの心境に、確かな変化が現れてる。


「………。」

「何よ?声掛けときながら、何も喋らないの?」


 元気がないのは寂しいけど、これもテルの為だ。


「うん…。何か、色々と考える事があって…。」

「テルらしくないね?何かあったの?」

「……。僕は、間違ってたのかな?」

「?」

「初仕事の時に出会ったお婆さんが、案内人になったよね?研修も終えて、まだ新人のくせにデベルバガリゴ様の教えを守ってた。」

「……命を、蔑むなって事?」


 そこまでを語ると、テルは下を向いて黙り込んでしまった。


「???どうしたの?」

「………。実は、僕には人間だった頃の記憶がない。ロブンラバビウダ様が言うには最後に肉体を持ってた時、病に倒れて記憶喪失に掛かってたんだって。かなりの重傷だったそうだよ?前前世までに積んだ徳のおかげで案内人になれるって言われて従ったんだけど、前世の病が、これまでの記憶を全て消し飛ばしたんだ。だから…」

「………。」


 …この時、テルが抱える悩みを知った。捻くれ者だから教えてくれなかったけど、2つのトラウマを抱えていたのだ。そしてその2つのトラウマが…テルを捻くれ者に変えたのだ。

 ヨネお婆さんが言ってた。『若過ぎたんじゃね…。良い事と悪い事の区別もつかん歳じゃ。』って…。つまり記憶を封印されたせいで、テルは善悪の基準すら失ってた。優しい性格だけじゃ案内人としては足りないのだ。


「お婆さんは、僕より新人なのに悪い魂を縛らなかった。死んだ2人を冥界に連れてった時も、彼らは逃げもしなかったよ。」

「…………。」

「新人は、悪い魂だけを相手にしなきゃならない代わりに、研修の間は天使様が付く。それなのに僕の場合は、君が教育係として付いた。」

「……?」

「ドドンギバムゴ様は、僕に期待していない…。そう思った。」

「!?」

「当然だよね?記憶を失って、善悪の判断も曖昧…。人に接する有り方も忘れた僕が、良い案内人になれる訳がない。」

「!!」


(…あれっ!?何か話が…変な方向に向かってない?つまりは、魂を縛ってたのは私が頼りなく思えたから?捻くれてるのは、見捨てられたと自棄になってたから?)


 テルには…3つのトラウマがあった。最後の1つが私だ。



「だけど…今更になって思う。立派な案内人になったお婆さんと…綾が言い続けてた言葉は似てる。」

「………。」

「僕が捻くれ過ぎてた。君は出会った日からずっと、教育係として必死になってくれてた。」


 …褒めてくれた事が、逆に私を惨めにする。健太を救おうと必死で、テルの本心を見抜けなかった。ペトロさんにも言われたのに、結局何も分かっていなかった。

 テルは…トラウマさえなければ優しい案内人なのだ。だけど私が教育係になった事、だから魂への接し方を教われなかった事が原因で自棄になり、乱暴な態度を執ってた。1つ目のトラウマも深く残ってる。

 強制的に教育係を任されたとは言え、私は余りにも役不足だった。


「これからは気を付けるよ。君の言葉に従う。」

「あっ……。」


 その時だ。テルの血色が良くなり、色白な肌に赤みが掛かった。改心した事が容姿に影響を与えたのだ。


「……これからも頑張ろ?私も頑張る!」


 …自分を反省した。魂に対してきちんと対応しろって言ってる私が、テルの事を何1つ分かってあげられなかった。


「ありがとう。頑張るよ。」

「おっ!?お前は…。」


 初めてテルの笑顔を見た。高笑いや嘲笑いじゃなくて、微笑んだ彼の顔は初めてだった。

 そこに、初めて出会う案内人が声を掛けてきた。見た目がかなりグロい。テルよりも死神チックな姿をしてる。


「??」

「覚えてないのか?俺だよ、俺!ヒリンパメカカピだよ!」

「…知らないよ。」

「?人違いか?てっきり知り合いかと思ったよ。それじゃ…同じグリム・リーパーと呼ばれる者同士、挨拶を交わそうじゃないか?俺の名前はヒリンパメカカピ。この職について1年になる。」

「グリム・リーパー?と言う事は…天使様!?いや!僕はただの天子、案内人です!新人です!だから隣には、教育係がいるじゃないですか?」

「?この女は、お前が捕らえた『彷徨える者』じゃないのか?」


 違った。出来の悪い、死神を自称する案内人じゃなかった。現れたのはサマエル様を上司に持つ、特殊部隊の天使だった。


「彼女は普通の人間です。まだ死んでません。ドドンギバムゴ様の命により、僕の教育係を任されたんです。」

「?そんな事があるのか?それにしても……似てるな。俺の恩人に…。」

「彼女がですか?」

「違う。お前だよ。俺がまだ人間だった頃、世話になった医者がいる。」


(???)


「共に内戦で命を失い、同じ頃に案内人になったんだ。」


(…まさか…!?)


「そいつは…人間だった頃はペトルスと言う名前だった。案内人になってからは、ドリヌム…」

「てっ、天使様!」


 焦って大声を出し、グリム・リーパーの声を掻き消した。

 まさか…ドリムヌレブギッタだった頃のテルを知る案内人…いや、天使と出会うとは思いもしなかった。しかも推測するに…西側自衛団の団長だ。


「?何だ?新しい手配書か?」


(ふっ~~!間一髪!)


「どうしたんだい?綾。急に大声なんか出したりして…。」

「あ…。その…。見た目がグロい天使もいるんだなって…。」

「!!口を慎みなよ!あのお方は立派な天使!逃げ出した魂を…」


 テルが説教、私が既に知ってる事を論じる間、団長さんは震えるスローンズペーパーを眺めてた。多分、ペトロさんか閻魔大王が事情を説明してくれてるのだ。



「…済まない。こちらの勘違いだった。急ぎの用があるので、これにして失礼する。」


 事情を把握してくれた団長さんが見間違いだったと言い、この場から去ろうとする。

 …危ないところだった。


「ヒリンパメカカピ様!お会い出来て光栄です!」


 テルが感動してる。特殊部隊の天使達は、世界中を駆け巡ってる。捕まえる事が仕事で、魂を迎えに行く事はない。現場では勿論の事、普段も滅多にお目に掛かれない天使なのだ。


「気を付けるのだ。強い負のエネルギーを背負った彷徨える者が、この国に身を潜めたと聞いている。私はそれを追って来た。」

「手配書が送られたんですね?頑張って下さい!必ず捕まえて下さい!」

「私にはまだ無理な相手だ。見つけ次第、ルーデアボギダゴリ様をお呼びするつもりだ。」

「!!あのお方を!?どれだけ凶悪な魂なんだ…。」

「………。とても凶悪で…個人的に冥界送りにしたいと思っている相手だ。君達に言える事は、気を付けろだけだ。」


(!?ひょっとして、アードルフの事!?)


 団長さんが、私の顔を見てそう言う。

 一難去ってまた一難。せっかく口止めに成功したって言うのに、あのアードルフが日本にいる。テルを苦しめるトラウマの根源だ。


(不味い…。テルと出会ってしまったら過去の記憶が蘇えり、また振り出しに戻っちゃうかも…。)

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