第八話;ルーデアボギダゴリ

「さぁ!冥界に行こう!」

「嫌だ~~!」


 テルは今日も、魂を縛って空の彼方へと消えて行った。


(せめて、到着するまでに死んだ人を安らかにしたい…。)


 仕事には付き添ってるけど、私は冥界に入れない。死んだ訳じゃないから、あの世とこの世の境界線…つまり三途の川や光の門と呼ばれるものが見えないそうだ。テルと魂の姿がふっと消えたら、そこが入り口らしいけど…。


(本当に見えないのかな…。)


 …確かめてみる必要がある。だけどその前に…


「ペトロさん!応答して下さい!」


 ヨネお婆さんと再会した時から、テルがいなくなる度に叫び続けてる。先に解決したい事があるのだ。


「ペトロさん!私です!お願いします!」


 だけど仕事が忙しいのか、白紙に文字は浮かばない。


「ペトロさん!!」

『…どうしたんだ?急に呼びつけて…。』

「あっ!繋がった!急じゃありません!ここ数日、ずっと声掛けてました。」


 そしてある日、やっと紙に反応が見られた。


『そうだったのかい?それは済まない。こっちも忙しくてね…。で、何か報告でも?彼は少しでも変わったかな?』

「テルは相変わらずです。だからお話があります。」

『?』


 先日、テルの言葉で気付いた。彼はトラウマに苛まれているけど、正義の心は持っている。命を大切にしない魂に腹を立ててたのだ。


「テルの性格は捻くれてるけど、変わった訳じゃないと思うんです。彼はまだ、優しかった頃の性格を失ってません。」

『まぁ、僕らが消したのは記憶だけだから…(トラウマを消し去るのは失敗に終わったけど…)性格が変わっていないのは当然だ。』

「えっ?」

『不安だな…。今更そんな事を言うのかい?僕らが君にお願いした事は、彼を優しい性格に戻す事じゃなくて、トラウマを解消する事なんだけど…。』

「………。」


 そうだった。確かにそう言われた。


(となると…もう1つの疑問も勘違いかな…?)


 私の早とちりだったみたい。

 だけど、尋ねたいのはこれじゃない。


「分かりました。努力します。だけど…テルの相手がそれを邪魔します。」

『??』

「どうして閻魔様は、捻くれた魂だけを相手させるんですか?もう少し正しい人を相手にすれば、それがテルのトラウマを解消する事に繋がると思うんです。」

『……言いたい事は分かる。(そうか…。)』

「?」

『(そうだよな…。)だけどこれは、全ての案内人が通る道だ。教育係が付く研修の間は、彼らが指示を下す。手本になるんだ。だから悪行を行なった者だけを相手させる。最悪のケースを何度も経験する事で、自立が早まるんだよ。』

「でも…私は天使の経験がない人間です。」

『(ごもっとも!)その気持ちも分かるけど…』


(…苛っ!)


『今回の件は、テルだけでなく君にも与えられた試練なんだ。君にはその素質や資格があるんだけど…分かったよ。ドドンギバムゴに話してみる。(いや~、参った。そこに気付かなかったな。条件は揃ってると言っても…確かに、綾君には難し過ぎる。)』


(苛苛っ!!)


「ペトロさん!」

『何だい?』

「…心の内、見え見えですから…。」

『(!!しまった!)なっ、何を言い出すのかな?』

「…嘘がつけないんですね…。」

『………。』

「その『…』も、止めた方が良いですよ?」

『…はい…。』


 閃いた疑問は勘違いに終わったけど、やっぱりやり方は間違ってた。

 ペトロさんが閻魔大王に、相手させる魂を変えようと提案してくれる。これでテルのトラウマが解消される日も近づくはずだ。


『だけど…さっきも言ったように、これは彼だけでなく君にも与えられた試練だ。僕らの助けにも限界がある。』

「………。尋ねたい事が、もう1つあります。」


 それでもペトロさんは、善人だけを相手させてくれる訳じゃないみたい。あくまでも私が教育係として、テルを立派な天使にさせる事を望んでる。

 ここも尋ねたかった。以前に閃いた、もう1つの疑問がこれだ。


『??』

「私は…」

「ここにもいたか!覚悟しろ!」

「!?」


 核心に迫ろうとした時だ。体が動かなくなり…テルに縛られた人達のように棒立ちになった。


「もう逃げられないぞ。観念して冥界へ入るのだ。」


 そして白く濁った薄幕が私を囲った。


「!?誰ですか!?」


 動けなくなり、幕からも出られなくなった私の前に、テルよりも死神チックな人…案内人が現れた。大鎌は持ってないものの、正しく絵で見るような姿をしてる。


「上手い事逃げ延びてきたようだが、俺を相手にそれは叶わん!」

「だからあなたは…誰ですか!?」

「………。俺を知らないのか?お前のような『彷徨える者』の間では有名なのだが…。ひょっとして、最近死んだ者か?」

「………。」

「俺の名はルーデアボギダゴリ。人間からはサマエル、彷徨える者達からは…グリム・リーパーと称される者だ。」

「……知りません。ご免なさい。」

「!?…くっ!どうやら俺の勘は当たったようだな?だが、それも今日まで…!」

『ブルルッ!』


 知らない案内人がプライドを傷付けられた時だ。手にしている紙が震えた。


「!?それは…スローンズペーパー!どうしてお前みたいな者が?」

「ペトロさん!助けて下さい!縛られちゃいました!この人、誰ですか?…あっ!」


 助けを求める最中、薄幕が消えてなくなった。


「返して下さい!」


 紙を見て驚いてた案内人がそれを取り上げる。



「………。なるほど。事情は分かった。」

「あっ…。」


 ペトロさんが助けてくれたみたい。紙と睨めっこしてた案内人が、縛るのも止めた。


(………。首から下が、全く動かなかった。…怖かった。やっぱりテルには、縛るのを止めさせなきゃ…。)



『済まない。ルーデアボギダゴリ様が勘違いなされた。事情は説明したから、もう安心してくれ。』


 返された紙にはそう書かれてた。


『君の提案はドドンギバムゴに伝えておく。それじゃ、僕は任務に戻るから。』


 そして反応がなくなった。


(もう1つ聞きたかったのに…。)




「縛って済まない。こんな事例は過去になかったものだから…。改めて自己紹介をしよう。私は…」


 突然私を縛ったのは、サマエルと呼ばれる天使様だった。そして彷徨える者…自爆霊や浮遊霊達からはグリム・リーパーと呼ばれてる。つまりは…死神と呼ばれているのだ。


 不思議に思った。死神と呼ばれる、若しくはそう自称する案内人はテルのような例外を除いて、物質世界に転生させられる。だけど目の前にいる不気味な人は違う。そして位は『天子』ではなく、『天使』なのだ。


「私は特例を受けている。案内人が逃した魂を捕らえ、強制的に冥界に送る役目を担っているのだ。」


 尋ねる前に、サマエル様が疑問に答えてくれた。

 テルが言ってた。魂は時として、案内人の隙を突いて逃げる事があるらしい。その後処理を専門とするのがサマエル様のような特殊部隊の天使達だ。縛るだけでなく、気の幕を張って彷徨える者を閉じ込める力を授けられてる。だからこの容姿は避けられない。多くの逆恨みを受けているのだ。だけど本人曰く、それこそが自分の誇りとの事。


「私は、常に世界中を周って彷徨える者を追っている。そこに君の姿が目に入った。知らなかった事とは言え、縛って済まない。」

「………。私は…大丈夫です。」




 テルはまだ戻って来ない。その間、サマエル様と少し会話を交わした。


「自爆霊や浮遊霊は、そんなに多いんですか?」

「浮遊霊は特に多い。自爆霊とは、死を認めずそこから動かない魂の事を言う。案内人の力も及ばない程に、この世に強い未練を残した者達だ。その場合、未練が薄れるまで放って置くか、私のような者が直々に向かって相手する。だから数は少ない。しかし浮遊霊の場合、案内人から逃げ延びた時点で何処にいるのか分からなくなる。それを追うのは難しい。だから世界中を飛び回り、彼らを探し続けるのだ。」

「なるほど。」


 教育係としては失格だけど、死後の世界に関してはなかなかの博識を得た気分だ。色んな事を知った。元の姿に戻れたなら…霊媒師か霊能力者にでもなれそうなくらいだ。


(戻れたらの話だ。……自信がない。)


「それじゃ、今日も誰かを探してここに?」

「いや、特定の魂を探している訳ではない。彷徨える者を見つけ次第、冥界に送るのだ。」

「なるほど。」

「但し、長く逃げ延びている魂には手配書が作成される。私達はそれをスローンズペーパーで受け取るが…それにしたって何処にいるかは不明だ。」


 スローンズペーパーとは、案内人ノートの原紙を指す。物質世界と精神世界を繋ぐ天使、スローンが名前の由来だ。


「………。」

「??どうしました?」


 話の途中で突然、サマエル様が黙り込んだ。


「実は…厄介な者がいる。冥界に入る事を拒み、仲間がこれまでに何度も獲り逃している。私なら捕まえる事が出来るのだが…なかなか尻尾を出さない。常に我らの目を避け、今もこの世を彷徨っているのだ。」


 サマエル様曰く、そんな魂はこの世に負のエネルギーを引き入れるそうだ。時には、戦争を起こさせる程の影響を与えるらしい。冥界もそうだと聞いている。


 天使や閻魔大王達は、この世を守ろうとしてるのだ。負のエネルギーを、冥界で受け持つよう日々努力している。

 やっぱり私達は、神様仏様に感謝しなきゃならない。死後の世界を知った事は、私にとってこの上ない勉強になった。


(霊媒師や霊能力者じゃなくて…尼さんかシスターになるべきかな?)



「アードルフ…。」

「……えっ?」


 そんな事を思った矢先だ。サマエル様が、聞いた事のある名前を呟いた。


「とある国で、多くの命を殺めた男の名だ。その国で起こった内戦の理由であり、破壊と虐殺の象徴としても恐れられていた。」

「!!」

「その男がこの世に与える影響は大きい。早く捕まえないと、大変な事になるかも知れない。」

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