第七話;セイヤカヤパムロガ

 どれだけの案内人がいるか知らないけど…世界中で人は、1秒に1人以上死んでると聞いた事がある。人以外の魂も相手するから…仕事は単純だけど、案内人は意外にも忙しい。


『さぁ!冥界へ行こう!』

『テル!縛っちゃ駄目!』


 空を飛べるようになってからは、テルの側を離れていない。だけど彼は話を聞いてくれない。人以外の魂なら扱いは単純だけど、そうじゃないと横暴な態度を執る。


『じたばたするな!面倒臭い!』

『乱暴過ぎる!』


 …どんどん酷くなって行く。


『泣いたって仕方ないだろ?人は必ず死ぬんだ。』

『縛ってご免なさい!でもこれは、あなたの為なの!』


 だからやり方を変えてみた。テルには何を言っても効果がない。死んだ人に嘘をついて、せめて怖がらせまいと努力した。


『そらっ!出発だ!』

『あっ!…あっ!……ええっと……。』


 時として外国の人も相手にする。テルは会話出来るみたいだけど私は英語が苦手だ。


『ヘルフェン・シエ・ミーェ!』

『アイム・ソーリー!!』


 空の彼方へと遠ざかる青い目の人に、それしか言ってあげられなかった。


(…って言うか、今の英語?)




 そんな日々が1ヵ月以上も続いた。…テルの性格は一向に変わらない。

 不安に駆られる。保護を受けてると言っても健太が心配だ。1日でも早く、テルを元の優しい性格に戻さなきゃならない。



「おや?あんたは確か…。」

「?私を知ってるんですか?」

「あ~。思い出した!ワシが死んだ時、側にいた子じゃね?」

「???」

「ワシじゃよ。ワシ!しがない亭主に殺された…」

「あっ!ヨネさん!?」


 そんなある日の事、女性の案内人に出会った。高速道路で玉突き事故が起こり、多くの人が死んでしまった日だ。


「違う、違う。」


 服装や話し方に覚えがある。ヨネお婆さんに違いない。

 だけど顔が全然違う。目の前にいるのは若い女性だ。本人だって否定してる。


「そんな名前で呼ぶのは止めとくれ。恥かしゅうて仕方ないよ。ワシは…セイヤカヤパムロガって名に改名したんじゃ。」

「……………。」


(案内人になったら、年齢だけじゃなくセンスまで変わっちゃうんだ…。)



「いつ、案内人になったんですか?」

「冥界に入って…1週間経った頃かね?デベルバガリコ様が仰った通り、あの世は居心地が良かったよ。もっと長居しても良かったんじゃが…残した子供や孫達が気掛かりでね…。さっさと案内人になったよ。」

「へ~!」

「先日、研修ちゅうのも終わった。今じゃ1人で働いとるさ。」


 また勉強になった。と言うより確認が出来た。なりたての案内人には、天使が教育係として付く事。案内人になったら見た目は、自分が理想だと思う年頃になる事。他に色んな案内人に会った事があるけど、皆、若々しい姿をしてた。

 そして…清々しい心持ちで冥界に入った人は、そこを天国と感じるのだ。


(テルに案内された人達は…本当に可哀想だ。)



「まだ死にたくない!助けて~!!」

「?しまった!」


 ヨネお婆さんとの再会にテルの事を忘れてた。


「テル!今日と言う今日は、縛らせないんだからね!」


 急いで彼の下へ行き、ステッキを奪おうとする。


「寄越しなさいよ!」


 だけど…やってみるだけだ。背が高いテルを相手にそれは叶わない。


「綾は黙ってて!こいつは縛らなきゃならない!事故を起こした張本人のくせに、反省の色がない!だから地獄に送ってやるって言ったら、掌を返してこれだ!いっぱいの人を殺したのに、自分はまだ死にたくないって言う!」

「………だけど…。」


 ノートには、高校生の男子が事故死したとだけ書かれてた。他の人の事は記されない。

 …現場が、こんなに酷いとは思いもしなかった。前の車にぶつかったとか、後ろからぶつけられたとかじゃない。ドリフト運転を験した結果失敗して、後ろの車に乗ってた人達が次々と犠牲になった。…この身勝手な高校生が、多くの命を奪ったのだ。


(やっぱりテルは、過去のトラウマに縛られてる…。)


「???」


 違和感に似た…何かを閃いた。


「おやおや…。あんたも見覚えある顔じゃね?うちの亭主は構わなかったけど、この子を相手に乱暴はお止し。」

「…誰?」

「覚えちゃいないかい?…まぁ良いさ。それよりも、この子の事はワシに任せな。」

「この馬鹿の相手は僕だ!そんな事したら、減点されるのはそっちだぞ?」

「……構いやしないさ。」


 そこにヨネお婆さんが割って入り、高校生の相手をすると言う。


「若いの…。これまた随分と迷惑を掛けたもんじゃね?」

「こんな事になると思わなかった。ただ友達に、カッコ良いところを見せたかっただけなんだ…。」

「あんたの勝手で友達も死んださ。まぁ…免許も持ってないあんたの隣に座ったんじゃ。自業自得と言えるがね。」

「…助けて下さい。許して下さい。俺はまだ死にたくない。」

「残念じゃが…それは叶わん。諦めてあの世に行くんじゃね。」

「嫌だ!そんなところに行ったら、絶対地獄に落とされる!」

「…今日だけじゃなく、これまで悪さばかりして来たんじゃろ?」

「………。」

「じゃが安心しな。地獄には行かせん。ワシが約束する。」

「!!本当ですか?」

「その代わり…約束しな。閻魔様と会うまでに、これまでの悪さを深く反省する事。親より先に死んだ事を悔やみ、詫びる事。あんたのせいで死んでしまった人達に、心の底から謝る事。それが出来るんならワシが、閻魔様に頼んでやるよ。」

「反省してます!皆に謝ります!」

「上辺だけはいかんよ?ワシには分かるんじゃ。」

「…………。」


 ヨネお婆さんが達者なのか…本来、案内人はこうあるべきなのか…。テルとの差があり過ぎる。


(だけどテルだって…。)


「ご免なさい!本当に反省してます!死んで詫びますから…許して下さい。」


(いや…もう死んでるんですけど…。)


 孫を相手にするようなものだ。高校生は泣き出し、ヨネお婆さんにすがり付いた。

 ヨネお婆さんがその頭を撫で、優しく呟く。


「若過ぎたんじゃね…。良い事と悪い事の区別もつかん歳じゃ。…充分に反省しとるようじゃが…あの世で、もう少しだけ反省しようかの?地獄には連れて行かんから、そこでもう少しだけ反省しようかの?そして今度生まれ変わったら、悪さはするんじゃないよ?」

「…はい。ご免なさい…。」


 高校生の態度が、演技とは思えない。


(ヨネお婆さん…見事!)



 お婆さんは、ミカエル様とは違うやり方で高校生に接した。悔いや迷いを消すのではなく、反省させて、更生する事を誓わせた。

 考えてみれば当然の事だ。生まれたからには死は訪れる。だけどその理由は人それぞれに違う。だから心残りや無念、死を悟った時の反応も違う。…当然、接し方や説得も変わってくる。


(だからノートには、これまでの経歴が長々と書かれるんだ…。)


 それに気付かなかった。テルはそこをちゃんと読まずに魂を迎えに行く。言い訳だけど、そんな彼の相手をするのが必死で気が回らなかった。


(ヨネお婆さん…やっぱり凄い!)


 ノートには、相手する死人の過去暦しか載らない。お婆さんは、この子の経歴を知らないのだ。




「待たせたね?あんたの友達も反省しとるようじゃ。喧嘩せずに、仲良く冥界に行くんじゃよ?」

「………。」

「俺が悪かった!許してくれ!」

「…分かったよ…。」


(お婆さんの相手…助手席に乗ってた子だったんだ。)


「テル…と言ったかね?これまた酔狂な名前じゃが…2人を頼んだよ?」

「えっ?僕が連れて行くの?」

「減点はワシが受けるよ。安心しな。…もう少し、このお嬢ちゃんと話がしたくてね。」

「…分かったよ。それじゃ…」

「お待ち!縛るんじゃないよ!?もう必要ない。」

「えっ!?そんな事じゃ、途中で逃げられちゃう!」

「この子達に限ってそれはない。縛らずに連れて行くんだ。」

「………。」

「分かったんかい!?」

「!!分かったよ!でももし逃げられたら、あんたの責任だからな?」

「つべこべ言わずに、分かったんならさっさとお行き!」

「………!」


 テルもすっかり、ヨネお婆さんにペースを握られてる。見た目は同じ歳に見えるのに…お婆さんの貫禄は凄過ぎる。




「さっ、積もる話なんてないけど…ちょっとだけ話そうかね?」


 テルが空に消えて行くのを確認すると、ヨネお婆さんは私を座らせた。事故を起こした車の上だ。下では救急隊が、2人の死体を運び出している。


(何か…死体を見るのも慣れたな…。)


「デベルバガリゴ様から聞いたよ。人間なのに、教育係を任されたんだってね?」

「はい。ですけど…」

「大変だろうけど…頑張りな。あのテルって子だって、そんなに悪い案内人じゃなさそうだ。」

「………。ところでお婆さん、案内人になる道を選んだんですね?」


 資格を得たからと言って、必ずしも案内人になる必要はない。もう1度人に生まれ変わったり、他の何かに生まれ変わる事だって出来る。


「さっきも言った通りじゃよ。子供や孫達が心配でね。」


 だけどその時には、冥界で任期を済まさなければならない。良い行いをしたから短いはずだけど、お婆さんはそれを待てなかった。それに転生してしまったら、もう1度死ぬまでこれまでの記憶は封印されるから、子供達の事も忘れてしまう。


(お婆さん…何処までも子供達が心配なんだ…。優しい。)


「なったからには、目指すはミカエル様ですか?私、もう1度お会いしたいです。」

「いや、ワシが目指すのは天使の中でも下級の天使…。守護天使じゃよ。ガーディアン…と言ったかの?」

「??ガーディアン?」

「日本で言う守護霊さ。いつか生まれる孫の背中で、その子の人生を見守ってやりたいんじゃよ。」

「………。優しいんですね。私にも、そんな天使がいたら良いなぁ…。」

「何を言うとるんじゃ。人には1人ずつ守護霊が付いておる。あんたの背中にも誰かがいるんじゃよ。」

「えっ?」


 お婆さんの話だと、守護天使は守るべき人が死んだら天界に戻り、次に守る人が生まれるのを待つらしい。大概は血筋の生を待つそうだ。


 案内人は、1つの魂に1人が付く。だけど冥界に案内するまでの話だ。仕事が終わると次の魂が待ってる。それに比べて守護天使は、背中に付いた相手の生涯を見守る。そうなると…


(天使の数って…案内人よりも多いんだ…。)




 ………。そして私はさっきの事を足して、2つの閃き…疑問を持つようになった。

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