第五話;ペトルス

 今日もこの地では、数え切れない程の人が傷付き…そして死んで行く。

 …内戦が勃発して3年。同じ国の人達が、東西に分かれて争いを繰り返してる。


(どうして…傷付け合うんだろう?)



「……。残念ですけど、左足を切断するしかありません。」

「構いません。命が繋がるのなら、そうして下さい。」

「………。」


 争いは、民間人をも巻き込んでる。2人の息子を持つ母親は、片足だけで生きて行かなければならなくなった。



「ペトルス!急患だ!多くの兵士が負傷して戻って来た!」

「…………。」


 そして医者は、負傷した兵士までも治療しなければならない。


「どうした、ペトルス!急げ!」

「はっ、はい!」


 僕はまだ若い。戦争をしなければならない理由が分からない。内戦だろうが何処かの国との争いだろうが理解出来ない。


「先生!助けてくれ!まだ死にたくねえ!」

「………。」


 兵士を治療しながら、いつも思う。


(どうして、誰かの命を奪った人達を助けなきゃならないんだ?)


「………。」

「せっ、先生よ~!答えてくれよ~!!」

「……大丈夫です。あなたは、僕が助けます。」


 それでも僕には、どんな命だって救う義務がある。


「ありがてえ…。宜しく頼む!…家族が待ってんだ。もう1度、娘に会いてえ…。」


 兵士が僕の手を力強く握り、涙ながらにそう言った。


「…………。」


 …奪われる命も、奪う命も平等なのだ。




 更に1年が過ぎ、内戦に終結が迫った。平和的な解決じゃない。僕らがいる東の領土が、西側をほぼ征圧したのだ。


「西へ渡る。」

「ペトルス!お前、何を言うんだ!?」


 その頃だ。西側へ渡り、負傷者を治療する事を決めた。腕には自信がある。


「西側には医者が少ない。なのに負傷者は増えるばかりだ。こうしている間にも、尊い命が絶たれてる。僕が彼らを救う!」

「危険だ!西側は、最西端にある臨時首都しか残していない。これ以上の争いが続くようなら軍隊はそこを、一気に攻めるつもりだ。」

「負けは目に見えてる。西側はこれ以上の犠牲を望まないはずだ。きっと降伏する。国が1つに戻るんだ。争いはなくなる。だったら1分1秒でも早く、負傷した人達を救うのが僕らの義務じゃないのか!?」


 武力での解決の先には、西側への差別が待っている。だけどもう、殺し合いはなくなるのだ。


(僕は政治家や軍人じゃない。この国がどう変わろうが、僕の役目は変わらない!)


「しかし!」

「もう決めたんだ!構わないでくれ!」


 出来る限りの医療品を車に積み、西の臨時首都を目指した。




 国境を越えるのには、勇気と知恵が必要だった。兵士が少ないルートを探り、西側への侵入を試みた。


「誰だ!?」


 だけど僕は、一介の医者に過ぎない。兵士達ほどの知識や経験がない。無事に国境を抜けたと思ったら、西側の軍人に銃を突き付けられた。


「僕は医者です!皆さんを助けに来ました!」

「その訛り…。東の人間だな!?騙されんぞ!スパイか、自爆テロを企む男なんだろ!?」

「信じて下さい!車の中には、医療品しか入ってません!」


 僕は急いで裸になり、体と車の中を調べさせた。


「救える命があるなら、僕に任せて下さい!これ以上、人が死んで行くのを黙って見てられない!」

「…………。」


 軍人に思えた人は、自衛団の団長だった。彼は全てのチェックを終えた後、僕を村まで案内してくれた。


(良かった…。)


 死を免れた。

 そして…


「先生!ありがとう御座います!おかげで娘は息を吹き返しました!本当に…本当にありがとう御座いました!」


 …多くの命を救う事が出来た。




「今日はこの村を頼む。」


 団長のサポートは頼もしかった。共に色んな村を回り、必要な物があれば都市に出向かい入手してくれた。


「……。ここも、酷い有様だね?」


 だけど、僕らの努力が負傷者の数を減らす事はなかった。


「戦線に近い村だ。犠牲者は多い。皆、東の人間にやられた。」

「…………。」


 その言葉が重かった。


「……ペトルス。」

「?何だい?」

「礼を言う。…ありがとう。」

「…………。」


 その言葉も重かった。




「降伏して下さい!東側はここを、一気に攻めるつもりでいる!占領や支配じゃない!虐殺をするつもりなんです!」


 僕の活躍は噂になり、遂には臨時首都に招待されるまでに至った。だけど理由は医者だからじゃない。西側の首脳陣は、東の人間である僕を利用しようとしたのだ。あちらの情勢を聞き出し、形勢逆転を狙おうとした。


「どうして争わなければならないんですか!?同じ言葉を話す人間同士です!同じ文化や風習を共有し、価値観も似てる!それなのに…どうして!?」

「…………。」

「何の為の戦争ですか!?何の為に…多くの人が犠牲になるんですか!!?」


 僕だって、医者として都市に向かった訳じゃなかった。この国に生きる、1人の人間として降伏を勧めた。

 だけど…偉い人達は耳を貸さなかった。


(西は降伏する気がない。…東側が多くの兵士を連れて、ここを侵略しに来る!)


 そして僕は監禁された。口を割るまでは外に出せてもらえない。


「ここから出して下さい!治療させて下さい!!こうしてる間にも、尊い命が消えて行く!」


 口を割りたくても割れない。僕は医者だ。軍の情勢なんて何も知らない。


「多くの人が犠牲になってる!西も東も!これ以上、つまらない争いは止めるべきだ!」


 知ってる事と言えば東にも西にも、多くの犠牲者がいると言う事だ。




「敵襲だ!アードルフがいる!死んだと思っていたのに!」


 数日後、遂に東の軍勢が攻め入って来た。


(……アードルフ?)


「防衛線を突破されました!このままでは、首都は占領されます!」

「くそっ!アードルフめ!」


(………。アードルフ…。)


『宜しく頼む!…家族が待ってんだ。もう1度、娘に会いてえ…。』


(!!あの男だ!)


 東にいた頃、司令官として名を馳せていた男を救った。


「降伏して下さい!今ならまだ間に合います!お願いです!降伏して下さい!」


 アードルフと名の男は、慈悲の心を持たないと聞いていた。だから治療にも戸惑った。

 でも、彼の涙と言葉を信じた。もう…軍には戻らないと思っていた。




 …数時間後、臨時首都は壊滅した。首脳陣を初めとする、多くの人が命を奪われた。是非もない虐殺が行われたのだ。


(そんな…馬鹿な事が…!)


 僕が救った1つの命が、多くの命を奪ったのだ。



「どうしてだ!どうして君が兵士に戻った!?」

「ここにいたか。会いたかったぞ?ペトルス…。この裏切り者め!」


 そして牢獄に、あの男が現れた。


「裏切ったのはどっちだ!?君はもう、内戦から足を洗ったんじゃなかったのか!?娘に会いたかったんじゃなかったのか!!!?」

「おかげで娘には会えたよ。この手で強く抱き締め、その温もりに感謝した。」

「…だったら何故…?」

「だからこそだ!娘の未来の為には、西の存在が邪魔だった!」

「!!娘の為に、ここに生きる人々を殺したのか!?それが正しい行いか!?たった1つの命の為に、どれだけの命を奪った!?命は…誰もが1つずつ持つ平等なものだ!殺された人の中には、娘を持つ親もいたはずだ!それなのに…」

「…五月蝿い。」

『パンッ!』


 …アードルフも、僕の言葉に耳を貸さなかった。


(まだ、救える命があると言うのに…。)


 銃口をこちらに向け、僕の左胸を撃ち抜いた。


(胸が痛い。苦しい…。)


 自責の念に迫られた。


(僕が…間違ってたのか?命は、誰に対しても平等に与えられたものじゃないのか?)


 命を救う命、命を奪う命…。それでも自分に、命は平等だと言い聞かせてた。しかし僕が救った命は、多くの命を奪った…。




「…………あなたは?」


 気が付くと、目の前に1人の男が立っていた。


「私の名は、ロブンラバビウダ。」

「ロ……?」

「ペトルス…。人間界において、私と同じ名を授かった者よ。お前を迎えに来た。」

「…………。」


 そして僕は…突然現れた男と共に空を飛んだ。

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