第四話;ロブンラバビウダ

「どうしてここにいるのさ?屋上で待っててって言ったろ?探したじゃないか?」

「何言ってんのよ!空の飛び方も知らないし、そもそも、病院が何処かなんて分からないじゃない!?」


 ミカエル様とテルが2人の魂を冥界に連れて行って約1時間…。テルが事故現場に戻って来た。


「あ…。なるほど!」

「なるほどじゃないわよ!」


 2人の遺体は救急車で運ばれた。蘇生措置を験してたけど…生き返らない。


(お婆さんとお爺さんは、2人して冥界に旅立った。)



「ご免、ご免。」


 テルが反省した素振りも見せずに、口先だけで謝る。


(なるほど…。教育係が必要な訳だ。)


 性格が悪い。捻くれてる。ミカエル様とは、天と地の差がある。




「君は死神じゃないから、空は飛べない。冥界に入る事も出来ない。」

「だったらせめて、病院に連れてって。お父さんやお母さん、健太が心配なの。」


 口論の後、やっぱり空は飛べない事を知った。そしてここが何処かも分からない。

 冥界はとにかく病院に行きたいと頼んだけど、それも拒まれた。


「君が君の体に近付くと、魂が元に戻ろうとする。中に入ってしまえば、ドドンギバムゴ様の力を借りなければならない。面倒な事はさせたくない。」

「そんな事言わないで…」

「君の為でもあるんだぞ?幽体離脱は肉体に負担を掛ける。君だって重傷を負ってるんだ。下手すれば弟じゃなくて、君が冥界行きになる。」

「!!」

「両親は心配してるだろうけど…安心しなよ。健太は、君が教育係を放棄しない限り冥界に招待されない。ドドンギバムゴ様の命なんだぞ?逆に言えば彼は…君だって保護を受けてるんだ。死ぬ事はない。」

「………。」


 テルの言葉に従うしかなかった。皆が心配だけど、私が死ねば両親はもっと悲しむだろうし、健太も助からない。



「とりあえず…これを君に渡せってさ。」

「?これは?」


 病院を諦めた私に、テルが1枚の紙を差し出す。


「ロブンラバビウダ様から預かって来た。」

「??」


 何も書かれていない、白紙の紙だ。



「それはそうと…テル!次、あんな態度に出たら許さないからね!?」


 紙をポケットにしまって、思い出したようにテルを叱る。


「あんな態度って、何だよ?」

「お爺さんに対する態度よ!ミカエル様も言ってたでしょ?死んだ人を乱暴に扱う事は、教育係として許しません!」

「……。知らないよ。」

「!!テル!!」


 ミカエル様がヒントをくれた。閻魔大王が私に頼んだ事は、テルのこの、捻じ曲がった性格を直せって事だ。


「あの老いぼれは、最低の男だったろ!?あれくらいの扱いがお似合いだったのさ。」

「それは縛った後に知った事でしょ?あなたは最初から態度が悪かった。今だって老いぼれって馬鹿にしてる!」

「死んだ人間がそれを認めないんだ。…行く先は冥界1つ。逃げられて自縛霊や浮遊霊になられる前に、縛った方が賢明なんだよ。」

「でもミカエル様は、縛りもしなかったわ。」

「………。あのお方は特別なんだ。縛らなくても良い魂ばかり相手してる。」

「?どう言う事?」

「死神にも階級がある。あの人は、良い行いをした魂ばかり相手する。それに対して僕は新人。だから、どうしようもない魂を相手しなきゃならない。比べるのはフェアじゃない。あのお方だって、昔は同じやり方だったはずさ。」

「………。」


 テルが口を尖らせ、少し愚痴った。


(…………。)


 階級制度があるのは分かってるけど…それでもテルは間違ってる。お婆さんは、お爺さんと同じく死を拒んだ。だけどミカエル様は、暖かい態度でお婆さんに接した。


「きっと、縛るのは最後の手段!ミカエル様みたいに、先ずは死んだ人を安心させる事が大切なの!」

「そんな事してたら隙を突かれて逃げられる。今日は事故死の相手をしたから良かったものの、自殺した人間や死期を悟った人間が相手だったら、どうなってたか分からない。逃げられたら減点なんだぞ!?昇級も遠ざかる!」


(……死神社会も、結構シビアなんだ。)


 テルからまた少し、死神について教わった。


(でも…)


 何故か、嘘をついたように思える。言い訳をした気がする。


「…それでも、私の言う事は聞きなさい。あなたの教育係なんでしょ?」

「何も知らないくせに…。今だって僕から教わったじゃないか?」

「閻魔大王からの命令なんでしょ?私に従わないと、それこそ昇級が遠ざかるかもよ?」

「!?」

「嫌なら…言う事を聞きなさい。」

「!!何だよ、もう!うっとうしいな!」


 形勢逆転。言葉は乱暴だけど、テルは降伏した気がする。私はつい、両手を腰に当ててテルを見上げた。心の中では見下げた気分でだ。




『ブルルルルッ!』

「来た!次の仕事だ!」


 少しの間、私とテルは牽制し合ってた。でも勝者は私だ。喧嘩相手に尻尾を折り曲げた猫のように、テルは一言も返せなかった。

 だけどノートが震えると水を得た魚のように元気になり、ステッキを振り回して宙に浮いた。


「君は、ここで待ってると良いさ。」


 だけど私は宙に浮かない。


「えっ!?1人で行くの!?」

「君がいると邪魔だ。」

「それで良いの!?昇級が遠ざかるわよ!?」

「………。関心がなくなった。君に指図されるくらいなら、僕はこのままを貫くさ。」

「何言ってんの!それじゃ、健太はどうなるのよ!?」

「それも知った事じゃないよ。僕か…他の死神が冥界に連れて行く事になるだろうね。」

「そんな!あっ!待ってよ!」


(……やばい!)


 これまた形勢逆転。テルを怒らせてしまった。


(…どうしよう。このままじゃ健太が死んじゃう…。)




「………。」

『ブルルッ!』

「!?」


 テルの姿が見えなくなった空を見上げてると、ポケットが震え始めた。


(紙が、揺れてる?)


 驚いた私はそれを取り出した。


(そう言えば…どうしてこの紙は触れるんだろう?自分の頬っぺたも触れないのに…。)



『彼は…君の話すらも聞かなかったか…。』


 不思議に思った矢先だ。白紙に文字が浮かび始めた。


(これは…死神のノート?)


『いや、正確には原紙だよ。これを束ねてノートを作る。』


 文字が浮かび、それが消えて次の言葉が浮かんだ。


(と言う事は…)


「あなたは、閻魔大王!!…様!?」

『いや、それも違う。僕の名前はロブンラバビウダ。ドドンギバムゴの補佐役であり、相談役を担う者だ。人間達からは、聖ペトロと呼ばれているけどね。』

「聖ペトロ!…………………って……誰ですか?」


 死神の名前は難しくて覚えられない。ミカエル様の本名も頭に入っていない。だから文字の主は、人間界での呼び名を教えてくれた。

 だけど……それを聞いてもピンと来ない。知らない名前だ。


『…………………………。』


 それがショックだったのか暫くの間、紙からの反応が止まった。


(『………。』って…。)


 ただただ沈黙を意味する『…』が、数え切れない程浮かび上がった。

 テルが言ってた。ノートに浮かび上がる文章は、意思が文字化したものだって。つまり…


(相当、ショックを受けてる…。)


「知らなくてご免なさい!元の姿に戻ったら、本で勉強します!」

『………。それは有り難い。それよりも君に話がある。テル(変な名前だな…。)が戻って来る前に済ませたい話だ。』


(『変な名前だな…。』って…。意思が……とことん文字化してる。)


『テル(………。)には、隠された過去があるんだ。』


(あっ、心の内を隠した。)


『覗き見は止めなさい。まぁ、文字化するから仕方ないんだけど…。本題に戻ろう。テルには……』



 それからペトロさんの話は続いた。死神についても色々と教わった。


 死神には特別な死神がいて、『死神に転生する資格を得た魂』だけを相手にする死神がいるそうだ。上位階級にいる死神がそれで、ミカエル様もその1人…。つまりヨネお婆さんは生きてる内に、そして前世でもそのまた前世でも徳を積んで、死神になる資格を与えられた。だからミカエル様が迎えに来た。

 テルも例外じゃない。生きてる間に徳を積み、認められて死神になったのだ。


 そこで1つの疑問が頭に浮かぶ。…テルの性格だ。徳を積んだ人間だったとは思えない。


『彼は、問題を抱えた案内人だった。』

「?」


 ペトロさんの話は、私の疑問と関係していた。


『彼は案内人になる資格を、充分に持った人間だった。だからドドンギバムゴに推薦した。しかし彼には暗い過去があった。生きていた頃の記憶は遥か昔の頃を含めて、案内人に転生すると消えない。その記憶に苛まれた彼は、相当な荒くれ者になった。』

「?テルは、新人じゃないんですか?」

『リハビリも兼ねて100年ほど冥界で過ごした後、2年は案内人として働いたよ。だけどどんどん素行が悪くなって行った。リハビリは失敗に終わったんだ。…だから僕らは彼の過去を消去する事にしたんだけど…トラウマが残った。だから今でも捻くれている。そのトラウマとは…』

「………!!」


(……テル……。あなたって人は……。)


 人間だった頃の彼…過去のトラウマを聞いた私は、閻魔大王に与えられた試練の大きさを知った。

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