第三話;デベルバガリゴ

「これは…ワシじゃないか?どうして血を流し……!しっ、死んどる!?」


 デベ………ミカエル様が登場すると、車の中からお婆さんの魂が現れた。自分の死体を見て仰天してる。


「山崎ヨネ。あなたを迎えに来た。」


 今更救急車が到着する中、ミカエル様がお婆さんに声を掛ける。


「??あんたは誰ね!?」

「私はデベルバガリゴ。あなたを、冥界へと案内する者だ。」

「!ワシは死んだのかね?」

「残念ながら…夫の不注意で尊い命を失った。」


 お爺さんは、相変わらず棒立ちしたままだ。テルが縛ってる。その側でテルも棒立ちしてる。


「あんた!だから気を付けいと言うたじゃろ!?何を突っ立ってんだい!?反省してるつもりかね!?…ワシはまだ死ねん!このろくでなしが作った借金を返すまでは、死んでも死に切れん!子供達に苦労を掛けれん!」

「……その願いは叶わない。あなたは死を迎えた。」


 お婆さんの訴えにお爺さんがそっぽを向く。縛られてるけど、首から上は動くみたい。


(反省の色がない。お婆さん…これまで苦労してきたんだ。)


「駄目じゃ!嫌じゃ!あの子達に何も残してやれんまま死ぬのは嫌じゃ!」

「………。ヨネよ。彼らには彼らの生がある。あなたは、あなたの生を全うしたのだ。」

「後生じゃ!せめて!せめて金を返してから死にたい!極楽に行けんでええ!地獄に落としてもらっても構わん!まだ死ねんのじゃ!」

「あなたが行く先は、極楽でも地獄でもない。冥界と呼ばれる場所だ。そこであなたは、次の生の準備に入る。」

「??何を言うとるんじゃ?」

「詳しい事は後で話そう。私を信じ…共に冥界へと旅立つのだ。」

「死ねん!まだ死ねんと言うとる!」


 お婆さんはとても良い人。死んだ後も、残した子供達の先を考えてる。

 だけど、死を認めないのはお爺さんと一緒だ。ミカエル様を困らせてる。当然だ。天命を全うした訳じゃない。病気になって、死期を覚悟してた訳でもない。人なら誰だって、こんな状況を素直に受け止められない。


「山崎ヨネよ…。あなたは、生きている内に良い行いをした。子供達にも正しい道を説き、彼らは誰一人迷う事なく、それぞれの生を懸命に送っている。あなたの役目は終わったのだ。充分に果たした。後は、子供達を信じるのだ。」

「………。」


 だけどミカエル様は、お婆さんを縛る事なんてしない。


「悔いを残すのではない。6人もの子を、立派に育てた事を誇りに思え。子供達も、きっと立派な生を終える事だろう。」

「………。」

「手塩に掛けた子供達を、信じられぬと言うのか?」

「……じゃが…!」

「借金だとて…」


 優しく語り掛け、お婆さんに残る悔いを消し去ろうとしてる。


「…遺産の相続を放棄すれば済む事。」

「?」

「日本の法律では、親が抱えた借金を子息が引き継がなくとも良いとなっている。」

「!!?本当かね!?」

「3ヶ月以内に法的処置を行えば、夫が残した借金は消えてなくなる。確か…」

「じっ、次男坊が法律に詳しい!あの子なら知っとるはずじゃて!」

「うむ。」


(………。)


 …そして現実的な話を持ち出し、不安を取り除こうとしてる。


(天使…いえ、死神なのにこの辺はリアルなんだ…。)


「だが…伝え残すべきは金銭ではない。善を教え、徳を積ませる…。あなたはそれをやってのけた。そして子供達は、あなたの言葉に従う。冥界は天国や極楽ではないが…そこであなた方はきっと、安息の日々を過ごす事になるだろう。」

「………。」

「さぁ…私と手を繋ぎなさい。冥界へと旅立つのだ。」


(現実的な話を含めた)ミカエル様の説得に、お婆さんは納得したように思える。表情が安らかになり、口元は、笑ったかのように緩んだ。


(悔いや…迷いが消えた?)


「!!?」


 遂に、お婆さんがミカエル様と手を繋いだ。するとお婆さんの体も真っ白に光り出し…宙に浮いた。


「新人よ。死を迎えた者を蔑むでない。特に、望まぬ死を迎えた者にはな…。」


 ミカエル様はそう言うと、お婆さんと一緒に空の彼方へと消えて行った。


(冥界は…空の向こうにあるのかな?)




「………。」

「あ~~~。驚いた!まさか、デベルバガリゴ様が現れるなんて!」


 ミカエル様がいる間は、時間が止まったような感じだった。私は驚き、テルは息を飲んで緊張してた。


(それにしても…)


 空の彼方へ消える前に、ミカエル様がヒントをくれた気がする。私にだ。私の顔を見て話してくれた。



「さっ!仕事に戻ろう!冥界に行くよ?」

「ワシは死ねん!このまま死ねるか!!」

「……。強情で、話を聞かない人だな。もう死んだって言ってるだろ?」


 時間が流れ始め、緊張も解れたテルが仕事に戻る。

 でもお爺さんは、まだこの世に未練を残してる。テルも縛るのを止めない。


「デベルバガリゴ様が言ってただろ?子供達の事は心配ない。さぁ、行くよ!?」

「子供なんて関係ない!」

「??」


 テルがステッキを振り回そうとした時だ。お爺さんが、残した未練を叫び出した。


「競艇で負け込んどる!一発逆転せんと気が済まん!」

「…下らないね?借金を返す方法が賭け事だなん…」

「酒も飲み足りん!女だってまだ生きとる!」

「???」

「まだまだ、遊び足りんのじゃ!」


(!そう言えばお爺さんの経歴…。)


 ノートに浮かび上がったのは長過ぎる経歴だった。テルもそうだったし、私も適当に読んだ。

 でも、こんな事が書かれてた気がする。


『35歳の時、不倫相手の子供を引き取る。これで6児の父となった訳だが前述の通り、兄弟は全て母親が違う。』


「あっ!何するんだ?返せよ!」


 テルからノートを奪い取り、経歴を詳しく読んでみた。


(………。最低…。)


 ヨネお婆さんとの子供はたったの1人。他の5人は全て、浮気相手との子供だった。


(と言う事は……お婆さん…。)


 テルのノートにお婆さんの経歴は記されない。どんな気持ちだったのか、どんな覚悟で子供を育てたのか分からないけど、最期には子供『達』の安否を心配してた。そしてミカエル様は、子供達は正しく生きると言った。


「………。」

「返せったら!」

「あっ!」


 お婆さんに感心してる隙に、テルがノートを奪った。


「戻って来るから、病院の屋上で待ってて。但し、病室には近付いちゃいけないよ?」

「あっ!」


 そしてステッキを振り回し、お爺さんの魂と一緒に空の彼方へ飛んで行った。ミカエル様と、同じ方角に飛んで行った。




「……………。」


 死神の教育係として、初仕事に付き合った。ミカエル様にも会えた。だけど、何も分からないまま2人の死神が2つの魂を冥界へと連れて行った。


(私は…どうしたら良いの?)


 考える事、整理しなきゃいけない事がいっぱいある。他人の人生にも触れて、良い人、悪い人がいるんだと勉強になった。

 でも、とりあえずは…


(どうやって帰るんだろ?ここは何処?病院は何処?私も…空を飛べるの?)

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